鏡と向かい合い、下唇を指で摘みめくってみた。光の加減で上手く見えない。顔をもう少し近付けてみたが変わらなかった。思わず唸る。

「嗚呼、僕ってなんて美しいんだろう」
「思ってませんよ!」

伊作の肩の上に顎を乗せた雑渡が変な声音を使って囁く。鏡と向かい合っていたのに、やってくる気配を感じなかった。食満が聞いたら、お前が抜けてるだけだと呆れるのだろうか。
しかし仕方がない。雑渡は読んで字の如く曲者なのだ。忍玉の身としては無駄に上忍らしい動きをしないでもらいたい。

「そんなこと言って許されるのは仙蔵くらいなものです」
「作法委員会の彼だね。確かに彼は美しい」

学園に忍び込む際に見かけたのだろう、確かにと頷いた。造形のみならず立ち振る舞いも洗練されていて、ぱっと見忍見習いとは思えない。

「でもね」

級友の姿を浮かべていた伊作の手を取り、雑渡は包帯で覆われた口元へ運んでそっと触れた。パチリと瞬いた彼に構わず、手に頬をすり寄せる。
素顔を曝したことがないせいで醜いのだろうと評判のこの顔に、体に触れることを人は嫌がる。初めての邂逅からずっと伊作は優しかった。厭うなど有りはしなかった。

「僕は君の手の方が美しいと思うんだ」
「手、ですか」
「うん。君の手は命を生かす手だ、暖かい手は美しい」
「手だけ?」

拗ねたように唇を尖らせた伊作だったが、ふいに顔をしかめて口元を覆い隠す。離れてく手の動きを未練がましく見つめる自分がいた。

「口内炎?」
「昨日からずっと痛くて…。薬つけようと場所を調べてたんです」
「どの辺りかな」
「下の前歯の根元が」
「どれ、貸してごらん」

伊作が握っていた小瓶を受け取ると、雑渡は彼の顎をくいっと持ち上げる。

「口を開けて、あーん」

言われるがまま従うと、先程伊作がしていたように下唇をめくった。目を細める雑渡は少しして炎症部分を見つけ小指に軟膏をとって塗り付ける。

「舐めたら美味しくないからね」
「ひゃい…うっ」

途端に顔をしかめる伊作の目尻に涙が浮かぶ。なるほど、不運委員長の名は伊達じゃない。

「……にあいえふ」
「我慢なさい」

口をへの字に曲げながら伊作はじっと雑渡を見上げた。この子供が何を考えてるのかくらい読みとるのは簡単だ。だからこそ、雑渡はニィっと笑う。

「そんな顔したって駄目だからね。苦いのは嫌なんだ」

伊作の恨みがましい視線を受け流して小瓶に封をする。無骨なこの手に薬など似合わなさすぎた。

「治ったらご褒美をあげるよ。養生するといい」

塗れた指をこれ見よがしに自分で舐めあげると、伊作の顔がぼっと赤くなった。どこまで想像したのか。本当に愛おしい子だ。
と、考える前に舌の付け根がきゅうっと竦む。

「…………苦い」

うっかりした。
吹き出す伊作も釣られて再び舐めてしまい、暫し二人で肩を震わせて耐えた夕暮れだった。