2014-12-16 公開
まとめブログ風に言うなら「俺的ネットニュースまとめ」。速報ではない。
有名どころから個人的なのまで、テキトーな順番で書いてます。自分語り成分が高めなので注意。
書いてる人もその世代じゃないネタが沢山あるので、詳しいやつはたいていWikipedia見て書いてるってことです。
気になる話があったら自分でggr。
「龍河銃夢」というハンドルネームの人に、「銃夢」という漫画を書いていた木城ゆきと氏が改名を求めた事件。
意訳すると「法的問題はないけど、そのHNだと僕本人の発言だと誤解されちゃうかもしれないからやめてね!」というお願いなのだが、
前代未聞の話だった、態度が高圧的だった、そういう自分の公式サイト名が他社の登録商標だった、などなどの理由で木城ゆきと氏が叩かれることに。
ついでに、銃夢にアメコミからの模写(トレパク?)疑惑があったことも発覚。(こちらについては回答を得られなかった模様?)
最終的に龍河銃夢氏に木城ゆきと氏が直接会って謝罪したことで一件落着となった。
なお、龍河銃夢氏は意図的に「銃夢」という単語を入れたわけではなく、たまたま入れていただけであった。
サイト閉鎖までさせられて、とんだとばっちりである。
消房のクソコテが燃えた祭。
goluahやってればたいてい知ってるはずので詳細は省略。
AA界隈で燃えた程度だと思ってたのですが、実はそれなりに住所が特定されてたりパスワードがバレてクラックされてたり・・・
結構な規模の祭だったようです。これが今のVIP・嫌儲・なんJのどこかだったらもっと燃えてたと思われ。
詳細はよく分からないんですが、ヲチされてるアレな人。
コミケから出禁くらってたり、漫画家のCLAMPにストーカーしたり、多作品に対しパクられ被害妄想してたり。
その悪行も確かに驚くべきではあるのですが、私にとっては
「本スレが12年で878スレ、しかも今でも続いている」
ということの方が驚きでした。
芸能人の田代まさし氏が覚せい剤で逮捕され、何故か2chで話題になったことを発端とした祭り。
(世代的に氏の人気・影響力を知らない自分としては「何故か」としか言いようがない)
アメリカの超有名雑誌のTIME誌が行っている、その年最も話題になった人を選ぶ「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選出しようとしたことが有名。
この「パーソン・オブ・ザ・イヤー」、2001年当時にネット投票に対応するという先見性を持っていたが、残念なことに不正対策がザルだった。
まず、(たぶん善意で)候補者を誰でも追加できるようにしていたため、「Masashi Tashiro」が登録可能だった。
さらにまずいことに、多重投票が容易にできてしまった。
この時開発された多重投票を簡単にするソフトが、ご存知「田代砲」。
最終的に「Masashi Tashiro」は一位を獲得したものの、運営判断で無効とされました。
実は1998年にも多重投票されていたようで、この時にきちんと対策をしていればなあ、と思ったり。
ポケモンならコイル、イナイレだったら五條さん、という「投票で遊ぶ」祭りの元祖だと思われます。
ニコニコ動画にコメントNG機能がなかった頃の話。
当時、「オミトロン」というフリーソフトが流行っていました。
このソフトを使うことで、不要な広告を削除したり、手動ながらNG機能も実装することができたのです。
ある日、この手動NG機能をマイリストのIDと組み合わせることで、そのマイリストの持ち主のコメントが分かるということが判明。
これにより、自分の動画に自分で称賛コメントを書き込む(・∀・)が次々発覚。
「アトリエかぐやは最後まで取っておく」とか歌っていた人物をメインに複数人が叩かれました。
2007年頃というのは(確か)H.264はまだ普及しておらず、VP6が主流でした。
また、動画サイト側も今ほど大容量化していなかったため、どうしても低画質・短時間という時代でした。アニメは3分割が基本。
そこに颯爽と現れた新たな動画サイト。それがStage6。
当時のメジャーなサイトの中では唯一HD画質に対応し、さらになんとダウンロードも公式で対応。
誰がどう見てもネ申サイトでした。
・・・が、やはり色々と無理があったようで、わずか1年半でサービス終了。短い命でした。
その後空席となった「ハイスペ動画サイト」というニーズを満たす後継サイトは一応あったようですが、ステ6ほどユーザーを集められず、
いつの間にかYouTubeが高画質・長時間に対応したことで、YouTube一強の時代となりました。
プロバイダとして有名な@niftyが運営していた、ニコニコ動画の劣化コピーサイト。
一度見に行った記憶がありますが、コメントがやたら低速だったことぐらいしか覚えてません。
当然、短命に終わる。
am=AmebaVison、fz=フォト蔵。いずれもかつて存在していた動画サイト。
かつてニコニコ動画はSMILEVIDEOと共にこの2サイトの動画にも対応していたが、いつの間にか対応終了。
・・・なおamとfzの動画については、fz2833861ぐらいしか流行らなかったので、惜しまれることはなかった。
(一応言っておくと、amは長時間に対応していたためTAS動画など一部の層から需要はあった。)
隣人に騒音で嫌がらせを続け、2005年に逮捕されたおばさん。
朝6時に布団をたたいていることなどを隣家の人に注意されたのがきっかけらしい。
それに抗議するため、「引っ越ーし!引っ越ーし!さっさと引っ越し!しばくぞ!」と布団を叩きながらリズミカルに大声を出すシーンが有名。
見てる側としては「頭おかしいけどおもろいことしてるおばさん」な訳で、flash素材として注目された。
(朝から大声で「出て行け」と言われる当事者は大変だろうが)
しっかしよくもまあこんなに毎日朝から大声出して・・・
そのエネルギーだけは見習いたいところである。怒りは原動力。
野球界の「田代祭」。川崎憲次郎投手を2003年のオールスターゲームのファン投票で1位にした祭り。
川崎選手は高額の年俸契約を結び、鳴り物入りで中日に入団。
・・・しかし全く活躍できず、給料泥棒として叩かれていました。
そこで目をつけられたのがオールスターゲームのファン投票。
「川崎憲次郎をオールスターファン投票1位にしよう。」スレッドが立ったのをきっかけに、特定の数選手へのネタ投票が集中しました。
東スポで報道もされたものの対策はされず、そのまま川崎選手は1位で選出されました。が、当然出場を辞退。
辞退すると普通はペナルティが下るのですが、特例が適用されました。
ちなみに、「ONE OUTS」という、大人の事情でアニメの2期が絶望的な野球漫画でもネタにされてます。
完全に今知った事件なのでほぼソースそのままですが、面白い話なので。
1998年の暮れに東芝のビデオデッキを買った「Akky」氏。
しかし、テープを再生したところノイズが出たため、初期不良なのか調査を依頼することに。
ところが、「調査」ではなく勝手に「改修」されてしまう。
その後、担当をたらい回しにされたあげく、複数の東芝の社員から「お宅さんはね。クレーマーっちゅうの」などと暴言を言われる始末。
これにAkky氏はブチ切れ。こっそり録音していた通話データをサイトで公開。
東芝は当初面会して謝罪をしようとしたものの、Akky氏はこれを拒否。さらにサイトで貶されることに。
どうしようもなくなった東芝が取った一手、それはなんと裁判所。サイトの一時差止めを求め、仮処分を申請したのでした。
これにネットユーザーは「恫喝」「言論弾圧」と反発。
また、一般の紙媒体でも取り上げられたことで、不買運動が活発化。東芝はリアルでもネットでも不利な立場に。
最終的に東芝は申請を取り下げ、Akky氏が面会に応じたため、直接謝罪するに至りました。
この事件の概要は以上です。
これだけでも面白いのですが、実はまだ面白い話が残っているのです。
まず、その音声データがうpされた告発サイト。
Wikipediaを見ると、どうやら1999年の6月上旬に開設され、1999年の秋に閉鎖されたようです。
秋というと9〜11月なので、存命期間は長くても6ヶ月間。
なんとこのサイト、このたった6ヶ月間で、100万アクセスを超えていたというのです。
1999年ですよ?99年ったらまだWindows98SEですよ?パソコンの普及率40%弱ですよ?
当然ダイヤルアップな訳ですよ。テレホマンフライングアタ〜ック!な時代ですよ!
まあ、実のところこれには理由がありまして。
実は、2chに「東芝サポート板」が作られていたのです。・・・流石たらこ。
この一件があめぞう→2chへの移行にも影響があったとか。
なおこの板は、騒動の終結とともに一度閉鎖され、現在の「ネットウォッチ板」となりました。
そしてもう一つのネタ、それはAkky氏のその後について。
実は事件の最中から、Akky氏は本物のクレーマーではないかという疑惑がありました。
そして事件のすぐ後に、週刊文春が「Akkyは被害者ではなく本当のクレーマー。いろんな店で返金させてる」という記事を掲載しました。
これに対しAkky氏は名誉毀損で刑事告訴。該当の店舗側もこれを否定していました。
それからしばらく人々の記憶から消えていく日々が続いていましたが、9年後の2008年に再登場。
Akky氏は週刊ダイヤモンドでインタビューを受け、店舗側も改めて週刊文春の話を否定しました。
こうしてAkky氏は「かつてネットで活躍した正義の消費者」という立場を固めたのでした。
・・・が。
そのヒーロー像は、わずか1年で崩れ去るのでした。
2009年6月30日。
なんとAkky氏が、逮捕されたのです。
母親の入院している病院からパソコンを盗んだ窃盗の罪で。
ZAKZAKも気が利いていて、
「ちなみに、今回盗まれたパソコンが東芝製だったかどうかは分かっていない。」
なんて書いてます。
Akky氏は病院でも治療法について苦情を訴えていたとのことですので、やはり本物のクレーマーだったようです。
でもなあ。盗んでどうするつもりだったんだろ。
・・・と思ったら、毎日の記事がありました。(リンク切れ)
(筆者注:盗難事件発覚後〜逮捕前)
「『情報が流出しないといった病院側の釈明は事実と異なる』と、怪文書を複数の新聞社に郵送していたという。」
・・・(^ω^ )
モノホンだったNE!(^ω^ )
パ・リーグに楽天が球団を持つようになる前、ライブドアと楽天のどっちが参入できるか競っていたころのお話。
堀江貴文氏のカリスマ性もあり当時イケイケの企業だったライブドア。
どれぐらいイケイケかというと、「回転回転回転回転ライブドアオート♪」とかいうCMまで作っていたほどでした。(説明になっていない)
時を同じくして、NPBのパ・リーグでは、近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブの合併話が進んでいました。
チームが合併するということは、6チーム→5チームに減るということ。
ライブドアはこの空いた一枠を狙い、パ・リーグへの参入を表明します。
ところが楽天も参入を表明。ライブドアVS楽天の参入争いが始まりました。
このときライブドアが行ったファンの声を聞く取り組み、それが「ネットで球団名を公募」。
しかし、「ネットで」「公募」と聞いて、ねらーが黙っているわけがなく。
「仙台ジェンキンス」「浦和レッズ」「楽天」といったふざけた球団名が、当然のように9割9分以上を占めました。
さらに今回はランキングが公開されており、さらにさらに専ブラのスレタイ一覧のように綺麗に縦に並んでいたため、
複数行(複数順位)を使ってクマーやジョルジュ長岡といったAAが投下される事態に。
「仙台ジェンキンス」と「仙台ギャラクシーエンジェルズ」の激しいデッドヒートの末、「仙台ジェンキンス」が1位に輝きました。
しかしまあ当然ですが、例によって投票は無効化。
今回は田代祭・川崎祭と異なりまともな候補が残らなかったため、完全にライブドアの独断で「ライブドアフェニックス」となりました。
その後はみなさんご存知の通り、ライブドアと楽天の戦いは楽天に軍配が上がり、「楽天イーグルス」がパ・リーグに加入。
楽天は勢いそのままに、日本製通販サイトのトップを突き進むことになります。
ライブドアは粉飾決算でホリエモン逮捕。株価が暴落。去年したらばも手放し、復活の兆しも見えません。
天国と地獄。
超余談ですが、ホリエモンが関わっていたためにタカラの「人生ゲーム M&A」も出荷が止まりました。
2012年に何でも実況J板の某コテハンが特定された祭。
本人がうpした大学の合格証明書、必死チェッカー、Twitter、mixi、GoogleMaps、お散歩組等のおかげでこれでもかというほど身バレした。
最初は「なんJの中で壊れるまでオモチャにする」という、すでに十分おかしいある程度の線引きのもとで、散々コケにされていた。
しかしその後、削除依頼・発信者情報開示請求のために弁護士が登場。
第二の「スマイリーキクチ中傷被害事件」になるとも言われ、IPアドレスが開示された人の中には裁判になるとgkbrする者もいた。
が、それも一瞬のことであり、現在も無事(?)に多方面にわたって延焼し続けているらしい。
何がとは言わんが色々と勉強になりました。
デカい事件のはずなのに、完全に記憶から消えてました。
2ch分裂の根源というか前兆というかなんというか。
PC系裏モノ雑誌の一つだった、ネットランナー。
ひろゆきやちゆ12歳の連載ページがあったり、アニメを作ったり、先行者をプラモ化したり、同業誌の中で一番精力的でした。
しかし、編集部の割れ疑惑などもあり、「ネトラン厨」という言葉が生まれるほど嫌われる雑誌でもありました。
一度復活するも、長続きせず再度休刊することに。今は業界全体に逆風が吹いてますし、再復活は相当厳しいと思われます。
記事の内容は忘れたけど、goluahの熱帯の画面が1枚使われたこともあったり。
良くも悪くもこんな人生を歩むことになったきっかけ。
本棚で見つけてしまったのが運の尽き。
超有名なはずなので詳細略。
これすら知らないようなヤシは回線切って・・・えっ?無線LAN?
docomo・au・Vodafone→docomo・au・ソフトバンクに変わりました。
さいたま的に大打撃でした。さよなら暴打フォン。
野球的にも大きな意味があり、ダイエーがソフトバンクになりました。
現在のニコニコアプリの前身。BINGO BREAKだけはニコニコアプリに移植され、今でも遊べる。
麻雀や大富豪、競馬ならぬ競猫などがあった。
どれも単独で遊ぶことは出来ず、動画再生ページを開く必要があったため、面倒だった。
麻雀については特にニコニコ動画独自の要素があったわけでもなく、普通に天鳳で事足りた。
東一で人和が出て、順番が回ってくることなく終わったことが一番の思い出です。
かつて「無料で」「cgiが使える」ということで、ウェブサイト作成において特に初心者から絶大な支持を誇ったisweb。
かくいう私も使ってました。( ´_ゝ`)さん氏をはじめとするgoluah界の方々も多数使っておられました。背景総合復活しないなあ・・・
そのisweb、採算がとれなくなったのでしょう。新規登録を終了するどころか、なんと既存のサイトも完全に消滅することになったのです。
図書館に例えるなら、新書購入しなくなるどころか更地になる感じです。激ヤバです。
2009年あたりで更新が止まったサイトがあったら、リンク集を是非ご確認ください。ほとんど死んでるはずなので。
なんか消滅したサイトのネタが多いなあ…
かつてゲーム作りにそれなりに使われていたshockwaveの公式サイトで、ゲームやムービーがたくさんありました。