年上彼女。何故か謙也視点。
リムジンの扉が開く
「どないしたんや財前!」
のん気に部活の準備しとったら急に白石が声を張り上げた。怒ってる声やなくて驚きと心配の混じった声や。俺以外の人間も何事かと白石の視線を追う。
視線の先におったんは呆れた表情の財前で、いちいち大声出すなっちゅー顔をしとった。声の変わりに大きな溜め息を吐きながらも財前はその場から動こうとはせん。肩にさげとったテニスバッグを足元に下ろして、無言のままそこに突っ立っとった。
「悪いんスけど俺、あんまり歩いたらあかんらしいっスわ」
その声は少しも「悪い」と思っとる声やなかった。俺らは何事なんかと財前に駆け寄る。
「そんなん見たらわかる!どないしたんや財前」
白石が本気で心配した様子で財前が登場したときと同じ言葉を繰り返した。財前の足に痛々しく巻かれた包帯を見れば誰だって心配するに決まっとるし、冷静に見えるかもしれんけど俺やって結構心配しとる。
「さっきの体育の時間に足踏まれたんスわ」
「話聞くだけで痛そう~!」
小春が体をくねらせながら言うたけど確かに想像するだけで痛そうやった。やのに財前はどんな状況でどんな人間にどんな風に踏まれたかまでわざとらしく説明してきて、俺らはその話を聞きながら顔を歪めることしかできん。
「やめい!聞いてるだけで俺も怪我した気分なるわ!」
「それはそうと、どれくらいで怪我治るんや?」
白石が顎に手を当てながらじっくりと財前の足を見ている。財前は包帯を巻かれた右足が履くはずだったスニーカーを手に持ってぷらぷらさせながら「さあ」とだけ短く答えた。みんなの動きが止まる中、財前の右手にあるスニーカーだけが揺れとる。
財前は包帯でぐるぐるにされた右足のかかとを地面につけて何やおかしな立ち方やけど、それでもいつものふてぶてしい雰囲気はそのまんまや。
「まだ病院には行ってないんか?」
「今から行くとこっスわ。やから今日は部活休ませてもらいますんで」
「それはええけど……。誰か迎えにくるんか?」
「来るはずですけど」
白石ばかりが財前の心配をして財前はどうにかなるやろっちゅー顔や。でも保険医が直接自宅に連絡をしたらしく、誰かが来てくれるのは確実らしい。
「迎えくるまで待たせてもらいますわ」
「そうやな。じゃあ俺らは準備再会や……」
「すみませーん!」
財前と一通り話し終わったところでフェンスの向こうから女の人が手を振っているのが見えて視線は財前からその女の人へと移る。
「ここどうやって入るんですかー?」
「ここは部外者は入れんことになっとるんですけどー」
「ちょっと用事があって……あ、光!」
「「「光?」」」
しばらく距離の遠いキャッチボールをしてそれから視線はまた財前に戻ることになった。財前の目は完全に冷めきっとる。
「すみませーん、私その子を迎えにきたんですー!」
「あー……えっと……」
白石が言葉を濁す。財前のオカンにしては若すぎるし財前の義姉にしても少し若い気がするけどもひとまず部外者ちゃうっちゅーこともわかったんやし、俺らはその女の人を入り口へと案内した。
「うわ、何があったらそんな足になるん?」
「踏まれたんや」
女の人が財前を見て最初に口にしたのは意外にも財前を心配する言葉ちゃうかった。これやったら白石のほうがよっぽど女々しいかもしれん。
部活の準備するにもできず、俺らが二人の会話を聞いていると女の人が顔をこっちに向けてはにかんだ。
「いつも光がお世話になってます」
「いえ……」
女の人に挨拶されてそんなこと予想もしとらんかった俺は上手い返事をすることができんかった。
失礼やと思いつつも女の人を観察してしまう。どう見ても高校生には見えへんし大学生くらいな気もするけど、大学生かそれよりも年上かの見分けなんて俺にはつかん。とりあえず大人の女性っていうんだけはわかる。……あかん、白石みたいに姉貴がおる奴はそうでもないんかもしれんけど俺なんかソワソワするわ!ちゅーか、これは普通に考えて財前の義姉で決まりやろ。
「申し遅れました、光の母です」
「「「えー!」」」
「阿呆か、さすがにオカンはキツいやろ」
「あはは、あかんかー!」
目ん玉飛び出そうなくらい驚いたけどそれはどうやら女の人の渾身のギャグやったらしい。財前は相変わらず何してんねんっちゅー顔と溜め息がセットや。
「財前のお義姉さんですよね?」
「びっくりやわ財前!甥っ子おる言うてたし!」
「そやね、そやね~!」
「は?先輩ら何言うとるんですか?は兄貴の嫁じゃなくて俺の彼女っスわ」
「「「ん?」」」
全員がワンモアプリーズと耳に手をあてて財前の方に耳を向ける。その仕草に財前は今日一番ウザそうな顔をした。横で女の人はみんなおもろいね!と笑っとる。
「やからこれは俺の彼女」
「ちょっと光!あんたいつもこんな感じなん!?」
「ちなみに大学生っスわ」
「だ、ダイガクセイヤテ?」
「謙也、片言になっとる」
「そやかて白石大学生やで!」
財前が驚くほどしれっとしとるのに俺はイラっとした。女には興味ないとかそんなことはどうでもええとか言っとったくせにこれかい!
「きゃー!財前くんさ・す・が!彼女さん年上やなんてー!」
「よく年上年上言われますけど、それって生きてる年数の話でしょ?は精神年齢俺以下っスよ」
「光!そういう話せんてええから!」
さんは財前のことを睨んでるつもりなんやろけど財前よりも背が低いさんがすごんでも全然怖くなかった。これ言ったらめちゃくちゃ申し訳ないかもしれんけど可愛いだけや。
「光からちらほら話聞いとったけど、噂通りのイケメンやねぇ白石くん」
「ははは、ありがとうございます」
「それは言われ慣れてる子の反応やなぁ。あ、あれやって、エクスタシーってやつ!」
「えっ、ちょ財前!お前家で何を話しとるんや!」
「白石が焦るとかかなりレアやな」
「とか言いつつ、ちょっと寂しいんでしょ謙也さん」
「んなことあるかい!」
「いやいや、イジられキャラの謙也くんもめちゃくちゃ可愛いで」
「うちの光くんとは大違いやわー」と言いながらさんに頭をぽんぽんと撫でられて、俺はそのままどこか遠くまで走って逃げたくなるくらい恥ずかしかった。
あー、くそなんやねん財前!お前ばっかずるいやんけ!ずるい上になんで俺はみんなの前で恥ずかしい目にあわなあかんねん!
「ごめんごめん!許してな、浪速のスピードスターくん」
さんに言われて俺は再び顔から火が出たんやないかと思った。
「ええ加減にしいや。怪我人待たせて浮気か」
「ユウジ以外から「浮気か」っちゅー台詞が聞けるとは……」
「しかも財前きゅんよぉー!」
「あーもー、キリないわ……」
流石にこのときばかりは財前が少し可愛く見えた。ほんまのほんまのほんまに一瞬やけど。
それからさんの車に向かうまで俺たちはぞろぞろと財前の荷物を持つという名目で着いていくことにした。財前はひたすら「もう散れ」というオーラを出しとったけど、そこは白石の笑顔でやすやすとねじ伏せられる。
さんは財前の家の近所に住んでいるらしく、所謂幼馴染。今日は都合の悪い財前のオカンに頼まれて、代わりに迎えに来ることになったんやと俺らに教えてくれた。
「運転大丈夫なん?」
「そろそろ慣れてきたし大丈夫!」
「頼むから事故って怪我悪化させるんだけはやめてや」
「そやなぁ、そしたら死ぬときは一緒やで光」
車を動かすからと先に歩いていったさんの振り返りながらの一言。冗談で言った一言やったんやろけど、その台詞は反則や。一瞬財前の顔が赤くなったように見えた。
「みんなわざわざこんなところまでありがとうね!」
「財前よろしくお願いします」
「オッケー!任せてや」
「……俺はめちゃくちゃ不安や」
「光くん今なんか言うたかな?」
「……言ってへん」
さっきは財前があんなに偉そうにいろいろ言っとったけど、やっぱりさんは財前より年上やと誰もが思ったはずや。
さんは先に財前を助手席に詰め込んでその後自らも車に乗って窓を空ける。
「みんなほんまにありがとう!次の試合は応援行くわ!」
「みんなで待ってます」
「ほら、光も挨拶!」
「……お先に失礼します」
「おう!ちゃんと安静にしときや!」
いつもは生意気なくせにさんの前やと財前はこんなにも素直でええ子なんか。さんと財前の乗る車が角を曲がるまで見送って、俺らは静かにテニスコートに戻った。
「謙也、明日財前にイジられても俺は知らんで」
「はぁ?何で俺が財前にイジられんねん」
「財前あれでめちゃくちゃヤキモチやきみたいやからなあ。今頃さんが苦労してへんかったらええけど」
白石が準備しよかと言ってみんなそれぞれに準備を始めた。
やけど白石のせいで、「なんで謙也さんの頭撫でたん?俺は撫でてくれんの?」とか「足痛くて歩かれへん」とか無謀な我侭を言っている、絶対にあり得へん幻想の財前が浮かんで俺は笑うどころかちょっと気持ち悪いなと思ってしまった。すまんな財前。
あとがき
謙也はツンデレ財前を想像して笑うよりも気持ち悪がるだろうなと思ったので少しだけオチを変えてみました。
2012/02/26
2022/02/06 加筆修正