泣きながら暴走する財前。リクエスト:勘違い嫉妬モノ。
ベイビーアイラブユー
教室のドアから半分だけ顔を出してお目当ての人物を見つめる。そして横におる変態は睨む。しばらくの間続けとったらさんが俺に気付いて「光くん!」と手を振ってくれた。嬉しくて抑えられずに小走りになると楽しそうな笑い声も先輩達に近付いて行くほど大きくなる。
「何の話しとるんですか」
「お、また来よったな財前」
「何の話しとるんですか、さん」
「光くんには秘密ー!」
「ね?」とさんが白石部長に同意を求めた。すると部長が「そやなぁ」と笑顔でさんに返す。何やそれ、めっちゃ腹立つんやけど。
既に放課後、数人の生徒がまばらに教室に残る中、部長にさんを取られた気になってそれが悔しくて後ろからさんに抱きついた。
「光くん拗ねてるわ」
「相変わらずやなぁ」
「……調子乗ったら部長でも許さへん」
さんがどんな表情をしとるんか俺の場所からは見えへんけど白石部長が一瞬溜め息を吐いたのだけは聞き取れた。後悔しろ、という意味を込めてさんを抱きしめる腕の力を強めると「光くんあかんて!」と抗議の声が上がる。さんやって部長とええ感じで話しとったんが悪いんや!
何回も名前を呼ばれたけどただ後ろから抱きつくだけで俺は何も反応を返さんかった。拗ねてるんやということをアピールすることにする。
「もう……光くん最近駄々っ子で困るわ」
「金ちゃんみたいに毒手攻撃も効かへんしなぁ」
「そやねん。普段はおませさんやのに、こんなときだけ赤ちゃんになるんやで」
いつもいつも俺のことは子供扱い……こういうとき堪らなく自分が後に生まれたことを後悔する。そんな俺の気持ちは置き去りに白石部長が口元をほころばせたまま目を細めた。
「ああ、赤ちゃんと言えば……さっきの話の続きやけど生まれてくる子は女の子やろか?男の子やろか?」
「んー、まだ初期やからどっちかわからんみたい」
最初は俺の話をしとったのにすぐに話題は最初の話題に戻ったみたいや。俺の兄貴に子供ができたときも家族でこんな会話をよくしとったな、と頭の片隅に思い出した。
「赤ちゃんが生れたらしばらく学校は休むんよね?」
「生まれる少し前から学校は無理ちゃうか?安静にしとかな心配や」
誰のことを言ってんかわからんけど母親になる人はどうやら学生らしい。誰の話をしてるんか見えてこんのでさんとの間に子供が生まれるんやったらやっぱ女の子がえぇなとか、二人に話を振られたわけでもないのに一人もんもんと想像を膨らます。
「何買うかとか決めんとあかんよね。動けるうちにって思うし……」
「そやなぁ。今度一緒に見に行こか?」
「ほんまに?白石くんが一緒やったら心強いわ」
さんの言葉に今日一番の笑顔を見せる白石部長。こうやってこの人は自意識過剰になるんやなと再確認したと同時に、二人の会話の意味がわからず唸り声をあげそうになった。
今度一緒に買い物行くやて?それも生まれてくる赤ちゃんのために?いやいや、何彼氏である俺を差し置いて話進めてんねん、意味わからんわ。しかもさんまでそれに同意してるんはどういうことなんですか……私には光くんがおるからって言ってくれへんのですか。
ちゅーかこの話おかしない?妊娠したんは誰なん?さんと白石部長はこの話の中でどういう立ち位置なん?聞きたいことが山ほどあるけど、今の俺は拗ねていることになってる(ほんまに拗ねてるんやけど)から下手に口出しはしたくない。
俺が背中にくっついたままそば耳を立てていると不意にさんが抱きついていた俺の手をずらした。どうしたんやろと思って覗き込むとずらした部分をさんが手で擦っている。
「さん大丈夫か?」
「……最近ちょっと、ね」
「気になるんもわかるけどあんまり無理したらあかんで。まだまだこれからなんやし」
「……そうやね」
!?!?
無理したらあかん?まだまだこれから?さっき赤ちゃんがどうとか言ってたやんな?生れたら学校休むとか、動けるうちに買い物とか……どういうことやねん、これじゃあまるでさんが妊娠したみたいなこと言うてるやん。
「最近食べる量が増えたんよね」
「栄養採るんは大切やけど、栄養の採りすぎもよおないと思うで」
「そうやんね、気を付けなあかんなぁ」
「お腹のためにもな」
お腹のためにもって言った!今部長、絶対お腹のためにもって言った!
「さん、お、俺……」
「あんなぁ光くん、世の中には聞いてええこととあかんことがあるんやで」
勇気を出して説明を求めたけどさんははっきりと拒絶の色を示した。
聞いてええこととあかんこと。実はさんが俺と部長とで二股かけとったってことですか?まだ二人とも中学生やのに二人の間に子供ができてしまったってこともやし、あとは本命が俺やなかったっちゅうこともきっと含まれとる。
こんなに好きになったんさんが初めてなんやで?めちゃくちゃ好きでたまらんくて、テニス部の人にも引かれとるしクラスの子にも引かれとるけど、そんでもそんなことはどうでもよくて、それやのに、それやのに……。やばい、なんか視界が歪んできた。なんかおかしい、これ危ないやつちゃうん。視界揺れてるしはっきりせんし、目から水分でてきた。勝手に涙出てくるし止められへんし、全然状況把握できへん。
俺が静かに制服のカッターシャツを濡らしとるんを目の前の二人は知りもせずに、相変わらず話続けとる。
「お腹目立ったら恥ずかしいな」
「このままやったら時間の問題ちゃうか」
なんでこの言葉が引き金になったんか自分でもわからへんけど、とうとう我慢できんくなって行き場を無くした俺はその場で突っ立って大泣きした。今までいつも泣くときはさんが傍におってくれたけど、今この瞬間だけは傍におってもいつものさんと俺じゃなかった。
教室に残っていたのは俺ら3人だけで他に誰もおらんかった。誰にも見られることはない。珍しく謙也さんもおらん。さんがいつものようによしよし、と抱きしめてくれようとしたけど俺は精いっぱいその手を振り払った。
「……意地悪しすぎた?仲間外れにしてごめんね光くん」
「意地悪言うても俺ら普通に話しとっただけやけどな」
「……嘘吐け!」
白石部長の台詞に思わず咬みついた。今まで俺にずっと隠し事しとったことはなんともないとでも言いたいんか。
「お、俺さんのこと、めっちゃ、す、すきやのに、ぶちょが……!」
「悪かったて財前、財前が邪魔やったとかそんなんとちゃうんやで」
「おれのこと、邪魔やと思っとったんやろ……!どうせ、さんは、俺のこと捨てるんや……!」
「ちょおオーバーやて光くん。私も白石くんもそんなふうに思ってないで」
「嘘吐くなぁ!二股かけとるくせに!」
「「二股?」」
さんと部長が顔を見合わせた。そうやって二人で口裏合わせようとしとると思うとまた涙が出てくる。
「お、おれ、さんの、初めての男になれる思っとったのに、さんは白石部長と……!」
「光くん何の話してるん?」
「さっき妊娠しとる言うたやないかー!俺の子じゃないんやったら白石部長の子しかありえへんやろ!」
「ざ、財前?自分、なんか勘違いしとるで?」
「私が妊娠しとるわけないやろ!」
スパン、とさんの平手が俺の頭にヒットした。直後に阿呆!と叫ばれて俺は拍子抜けしてしまったのか涙もぴたりと納まる。さんと部長の顔が穏やかなことが少しだけ救いやと思った。
「妊娠してるんは私のお母さんと白石くんのお母さんの共通のお友達の娘さん!大学生なんやって」
「で、でも動けるうちに買い物って」
「私達も前に少しお世話になったことがあるから二人で何かお祝いしよかて話してたんやけど、白石くん部活で忙しくなるやろ?あとはうちら受験もあるし」
「……さんのお腹は?」
「受験に向けてのストレスやと思うんやけど最近食べる量が……ね。光くん、普通乙女の体重に関して質問する!?」
「た、体重?ストレス?」
「財前はわかってへんなぁ」
今までの二人の会話を思い出してみると説明されてたことと全て一致した。……世の中の聞いたらあかんことってさんの体重……?
頭の中が未だに混乱しとるのに目の前で二人がニヤニヤ笑う。さっきまであんなに穏やか笑ってたやんか、二人とも。
「さんなんか嫌いやぁ!」
「ふーん、そっかぁ。えぇよ別に、私には白石くんがおるから」
「え、え、え、い、嫌やさん!そんなん嫌やぁ!」
「(財前は一生優位に立たれへんのやろなぁ……)」
あとがき
リクエスト:勘違い嫉妬モノ でした。
リクエストしてくださった方ありがとうございました。
言わずもがな、ベイビー=光くんです。
2013.07.26
2022/02/10 加筆修正