元カノ夢主と病んでる持田の修羅場でハピエンではありません。夢主でも持田でもないヴィクトリーの誰か視点。
二人の終着点
俺は東京ヴィクトリー所属のとあるプロのサッカー選手だ。それ以上でもそれ以下でもない、でも名乗るほどの実績はまだ残せていないのでそれ以上は聞かないで欲しい。
俺のチームは勝って当たり前のチームだと言われてて確かにチームとしての実績は申し分ない。代表に選ばれてる奴だっている。
選手層だって厚いチームだがその中でも一際オーラを放ってて、尚且つ実力だってそのオーラに負けないくらいすごい奴がいる。持田だ。あいつは王様って呼ばれたりもしていて……とにかくいろんな面が王様だと思う。
言っておくけど褒めてるわけじゃない。
悪い奴だとは思わないけどとにかく勝つことへの執着がハンパなく強くて、それが関係するところも関係しないところでも言動が少々横暴だ。
だからこそ俺は、そんな持田の見たことのない一面を見てしまって今猛烈に焦っている。
「……いつまでそうやってるつもりですか」
「!?」
「寝てるんですか?」
ビビった、俺の存在がバレたのかと思った……。
声を出しそうになったもののなんとか堪える。そのままじっとしていると、声の主は溜め息を吐いて再び軽快にキーボードを叩きはじめた。
今日はいつものように練習をして俺は数人の残っていた仲間と室内ジムでトレーニングをした。予定の無い日はこれが日課になっている。ただ一緒に残ってた奴の一人がトレーニング器具に頭をぶつけたらしく、俺は医務室に氷を取りに行くよう頼まれた。そして現在に至る。
医務室の扉は横開きになっていて、立てつけが悪いのかわざとなのか10センチほど隙間が空いていた。俺はそんな隙間を特に気にすることもなく扉に手をかけようとしたものの、思わず手を引っ込めてしまう。
隙間から見えたのは持田だった。
別に持田が医務室にいちゃ悪いなんてことはない。あいつもたまにジムを利用していて、一緒になることだってあった。
ただ今目の前に持田がいるということより、そのシチュエーションというか……。今日は姿がなかったからそのまま帰ったのかと思っていたらこんなところにいたのか。よりにもよって、医務室の主のさんの背中に抱きついてるなんて誰が予想できるもんか。
「持田くん、寝てるの?」
「……」
「私もう帰るけど」
「……」
さんの言葉を無視したまま持田は動く気配すら見せない。
この二人がどういう関係なんだろうとかこれが持田の素なのかとかとにかくいろんなことが気になるんだけどもあの空間に割って入る勇気なんてあるわけもなく、気付いてしまったからには足を進めるわけにいかなくなってしまった。
何も知らなかったら勢いに任せて入室できただろう。そのほうがよかった。
「ねえ持田くん、私もう帰るよ」
「送ってってやるからもう少しここいろよ」
「なんだ起きてるんだ。帰るよ」
「お前俺の話聞いてた?」
「持田くんは私の話聞いてた?」
「……」
あの持田が言い返さないことに驚くと同時に俺はさんについて何も知らないということにも気付いた。
医務室の主、さん。トレーナーってわけじゃないし何をしているのかよくわからないけどパソコンに向かっていることが多い印象。なんとなくふわっとした立場の人で、俺らの中でそれを気にする人は特にいなかった。
持田はここを保健室みたいな感じで利用しているんだろうか。
怪我や病気だけが保健室を訪れる理由にはならない。精神的な物とか気分的なものとか……持田に関してはこっちの要素のほうが強い気がする。
「持田くん、私帰りたい」
「」
「お願いだから帰らせてってば。持田くんの車なんか落ち着かないし目立つから嫌なの」
さんの名前だよな、って。持田がさんのことをこっちの名前で呼ぶことに違和感しかない。
「じゃあどうしたらいいわけ?」
「勝手に帰るから解放して」
「フツーの人がよく乗ってる車に乗り換えたら俺の車乗んの?」
「それなら乗ってもいいかな」
「じゃあお前用にプリウス買うわ」
「嫌味だなー」
持田が初めて顔を上げた。普段のあの笑ってるのに笑ってない顔とは全く違う、えらく気の抜けた顔だ。
そしてその持田を見るさんの目は冷めていた。何なんだこいつらの関係って。
「なあ、荷物いつ取りにくんの?」
「もう捨ててって言ったでしょ」
「本気で言ってんのかよそれ」
「大したもの残してないしいいよ、捨ててくれて」
持田はその言葉を聞いて再びさんの背中に顔を埋めた。
この場を離れたい気持ちがあるけど俺はチームメイトから氷を頼まれている。扉の外に立ち尽くすしかなかった。
「ほんと無理」
「何が?脚?」
「……ちげぇよ」
「持田くんこわーい」
持田の声がワントーン低くなる。さんはそれでもけらけら笑っていてどこまでも持田より優位に見えた。
「俺何も許可だしてねぇんだけど」
「どうして持田くんの許可がいるの?」
「……頼むって」
「頼むって何を?」
絶対にさんはこの話の趣旨を理解している。正直今初めて聞いた俺だってなんとなく理解してしまった。
持田があんなにも憔悴しているのは本当に珍しいけど、さんはそれでも断りもせずのらりくらりと持田をかわしていく。
「車でも何でも買ってやるよ」
「そんなものが欲しいんじゃないってことくらいわかってるでしょ」
「……」
「わかってなかったの?」
「わかってるけど」
「わかってるならわかるよね?」
「わかりたくなんてねぇよ」
「私復縁とか、過去の男と連絡とるとかそういうのはしない主義なの」
ここで初めてさんが核心に触れて同時に俺の中で想像と現実が一致した瞬間だった。
二人は恋人同士だった。でも持田が振られた。振ったのはさんだ。持田はさんと別れたくなくてさんの背中に張り付いて駄々をこねてる。
さんは遠回しに言うのをやめ、はっきりと持田との復縁を拒否した。
「私にはね、クイーンの座は似合わないんだよ」
「……」
「持田くんと一緒に過ごした時間は楽しかったしすごく贅沢な時間だったと思う。でも私にとってそれは全部過去だから」
「」
「今までありがとう。さようなら」
さんがそう言うと急に持田は立ち上がりさんを壁に押し付ける。流石にここから先は見たくないと思った。見たくないし見ていられない。
「ここで私のこと殴っても襲ってもこの結論は変わらない。今以上に持田くんのこと好きじゃなくなる」
「お前ふざけんなよ」
ふざけるなと言った持田の声は弱々しいものだった。
「元恋人のせいで試合に集中できなくて試合結果が散々とかやめてよね。サポーターに恨まれるのなんて御免だから」
「チッ」
持田が勢いよくこっちに歩いてきたので俺は扉の横の柱に隠れる。そのままの勢いで扉を開けた持田は扉も閉めずに部屋から飛び出し、振り向きもせず廊下を進んで消えて行った。恐らくあの様子じゃ俺の存在にも気付いていないだろう。
俺は恐る恐る扉の中を覗き込んだ。中には残されたさんがいて持田に掴まれていた手首を擦っていた。
俺が入室して後ろ手に扉を閉めると、俺の存在に気付いたさんが顔を上げて苦笑する。
「すみません、気まずいとこ見られちゃいましたよね」
「い、いえ……」
「ご用件は何でしょう?」
「氷を……ジムでトレーニングしてる奴に頼まれてて」
「ちょっと待ってくださいね」
事情を話すとさんはすぐに氷を準備し始めた。俺はなんとなく置いてあった丸椅子に座る。
「……持田のこと、なんで嫌いになったんスか」
「全然嫌いになんてなってないですよ」
「えっ、でもさっき……」
「そんなところまで聞かれてたんですね」
「……すみません、部屋に入るタイミングわかんなくて」
「いえいえ、職場でプライベートな話してた私たちが悪いんですよ。気になさらないでください」
さんは微笑してから氷を俺に手渡した。そしてデスクの下からさんの鞄らしきものを取り出し、ポイポイと物を投げ入れて行く。
「彼の隣に私は相応しくないですから」
「でも、あんなに持田必死だったじゃないッスか」
「彼はボール蹴ることだけ考えてたらいいんですよ」
「……じゃあ持田のことは今でも」
「愛していますよ」
俺の目を見てはっきりとそう言ったさんは凛としていて隙がなくて、後悔している様子すら微塵も感じさせなかった。
押しの強い持田が多いのであえて弱っているのを書いてみたかった。
需要はないと思う。
2016/04/22
2022/01/30 タイトルを『ただ愛おしい』から『二人の終着点』に変更。加筆修正