「男子テニス部ってマネージャー募集してるかな?」と友達に聞くとものすごく疲れた顔で「は?」と返されてしまいました。
青春ワルツ! ミッションインポッシブル 01
「、ちょっとこっちおいで」
「は、はい……」
友達がものすごい力で私の腕を掴んできたと思えばそのまま教室の隅へと追いやられた。声をワントーン落として彼女は尚も続ける。
「あんた本気なの?」
「本気って……テニス部そんなガチな感じなの?」
「ガチじゃないって言えば嘘になるけど、そういう意味じゃなくって!」
真田くん並に厳しい人がいて毎日部員が泣きながら部活してるのかとヒヤヒヤした。何事にも本気になれる人は格好いいけれど行き過ぎてるのはもう勘弁願いたい。
「忍足くん目当てなの?」
「違う!それは違うから!忍足くんに命かけられない!」
「命?」
こいつまたおかしなこと言ってるなという憐みの目で見られたけど冗談ではなく、私にとってこれはいろんな意味で命がけのミッションだ。
氷帝に転校して一週間と少し、私は幸村くんから毎日メールで針でちくちく刺されるかの如く地味に攻撃され続けていた。と言うのも私は彼氏をつくるどころかまだ氷帝テニス部への潜入も果たせていない。
同じクラスにテニス部の向日くんがいると知った時は正直向日くんと仲良くなってしまえばなんとかなるんじゃないかという淡い期待を抱いていた。でも実際は向日くんと仲良くなるどころか彼との接点はほとんどなし、話しかけることすら難易度が高い。
そして女子が怖い。クラスの女子も他のクラスの女子もイケメンに関することになると目の色が変わった。
一度「クラスにテニス部の男子がいるものの接触すらままならない」と幸村くんにメールしたことがある。すると「クラスメイトに話しかけられないとかそんなことある?」と返ってきて返信に困ったのは言うまでもない。
「忍足くん目当てじゃないならマネージャーになりたい理由は?」
「前の学校でもマネージャーしてたから……今更他の部活に入る理由も特にないし……」
「テニス経験者なの?」
「マネージャーだけだよ、テニスは全然」
また鋭い質問をされて一瞬心臓がドキリとなる。友達に嘘をつくのは嫌だけれど今は幸村くんが怖いから本当のことは言えそうになかった。
「テニス部の内部事情に詳しいわけじゃないけど男子マネージャーは数人いたと思う」
「女子は?」
「いるかどうかわからない。いたとしても続くのは身も心もゴリラみたいな女子なんじゃない?」
何となく予想していた答えに苦笑するしかできない。
立海では特殊な事情があったので事情を知る人たちは私のことを鋼のメンタルの女だと思っていたし、事情を知らない人も「あの子は友達ポジション」だと自分たちに言い聞かせてくれていたことで面倒なことはほとんど起こってこなかった。もしかしたらあの子ゴリラだからと陰で言われてたのかもしれないと思うとそれはそれで悔しい。
氷帝では単純にイケメンに近付きたい雌豚としか見られないのは明らかで、スパイだの何だの言っている場合ではないと泣きたくなった。
「経験があるならただのミーハーじゃないってことだし、向日くんに話してみれば?」
「向日くん部長なの?」
「何言ってんの、部長は跡部くんじゃん」
「いや知らないよその人。今初めて聞いたよ」
「A組の跡部くん知らないの?生徒会長もやってるよ」
「部長も生徒会長もってどんな人なの……」
「生徒会室にいること多いみたいだし、何なら転入の挨拶っていう名目で会いに行けば?」
「それは名案!」
生徒会長に私が転校生ですと挨拶しに行く学校だなんて聞いたことがないが、そんな馬鹿げた理由でも理由がないよりはましだ。挨拶をしてさりげなくテニス部のマネージャー経験のことを話して、ちょっとしたことではへこたれない鋼のメンタルをアピールすればもしや、じゃあうちでもマネージャーよろしく!という流れになるかもしれない。……かもしれない。
「今すごく馬鹿なこと考えてなかった?」
「天才的シナリオのことなら考えてた」
「……失敗しないようにね」
* * *
「幸村部長~まぁだダメなんすかぁ?」
「準備が整うまではダメだって言っただろう」
「そんなこと言ったってもう一週間以上経つじゃないっスかぁ!先輩のこと心配じゃないんスか?」
「俺は毎日連絡取ってるから何も心配してないよ」
「はぁ!?なんだそれ自分だけ!」
「赤也、そこまでにしとけって」
「……ちぇー」
幸村君からと連絡を取ることを禁止されて一週間と少し、赤也は日に日にうるさくなっていった。別にあいつと連絡なんて取れなくてもなんともねぇだろって言っても、あーだこーだと拗ねている。なんだかんだ言ってもこいつ後輩ポジでにべったべただったから寂しいのもわからないわけじゃないけど。
「残念だな赤也、きっと今頃は氷帝で新しい後輩ができてうはうはしとるぜよ」
「うわぁ!聞きたくねぇっスそんな話ー!」
「それに関しては大丈夫だよ、まだほとんどテニス部の人間と接触できてないみたいだから」
「なんだそれ、何してんだよあいつ」
「よっしゃー!もうそのまま卒業しちゃえばいいんスよ!」
「何だかんだ可愛がられてるねぇ」
可愛がられてるなんて仁王は言っているけどあんまりそんな雰囲気はなかった、と思う。赤也と俺との3人でよくバカやって幸村君に怒られたりもしてた。でも友達同士でつるんでる感覚だった。
そうやって毎日過ごしてきたのにいつの間にかその景色から一人消えている。いつも通りに練習していつも通りに過ごしてるつもりだけど、クラスにもうあいつの席はなくてもちろん本人もいない。なのにひょっこり出てきそうな気もして。
「俺今一人でしんみりしてたわ」
「なんだよブン太、らしくないな」
「がひょっこり出てきそうだよなー、とか考えちゃってさ」
「さんはご健在ですしひょっこり出てくることだってあるかもしれませんよ」
「その通りだ、勝手にを亡き人のように扱うのはやめたほうがいい」
「……そうだよな。腹減ったしさっさと帰ろ」
「勝手に死んだことにされたり空腹に負けたりする先輩の存在って……」
赤也に馬鹿にされたけどこれは安心からくる空腹だ。そう言えば似たようなやりとりをが立海辞めた最後の日の夜にもしたけれど、あいつが俺に電話をかけてきたことは幸村君にも赤也にもしばらく秘密にしておこう。
2017/11/25