悪あがきに反する現象 01
若者だらけの雑踏の中、隣を歩いていた友人が急に黙り込んだ。何事かと思えばポケットから携帯を取り出している。マイペースな性格の彼はこんな時、断りもなく電話に出るタイプの人だ。
相手を確認した後「おー、どした?」と、私と話すのと同じくらいの声量で電話に出る。あんまり会話を聞くのもどうかと思って、なんとなく数メートルだけ距離を取った。声色が明るいのだけはわかる。そんな私を気にしてか小さく手招きした友人は、楽しそうに会話を締めくくってから電話を切った。
「移動すっか」
「何か用事できた?」
「用事つーかお誘い?今日のお礼にお前も連れてってやる」
「お礼?」
今日は友人の妹へのプレゼントを買いに、付添いでここまで来た。彼には5歳年下の妹がいて、そんな妹をとても可愛がっている彼は、真剣な表情で私に同伴を頼んできたのだ。そんなお願いをされれば断れるはずもない。実際に一緒に店に行くと、少々厳つめの見た目をした彼は店で浮いていた。これでは店員さんに助けを求めるのも苦労するかもしれない。プレゼントを選ぶ以前の問題だった。
店員さんと彼との仲介や、女子目線での商品選びなど、それなりの役目は果たせたと思う。だとしても、無事に買い物を終えた後に休憩に入ったカフェでもご馳走になったので、これ以上お礼を要求するつもりはなかった。お礼なんて気にしなくていいと伝えてはみたものの、一向に引く様子のない彼は勝手に歩き始めてしまう。
「どういうこと?カラオケでも行くの?」
「カラオケはしねーな。酒はめっちゃ飲めるけど」
「お酒飲みに行くってこと?」
「そうだけどちょっと違う。言っとくけどめちゃくちゃレアだかんな」
「レア?」
「行きたくて行ける場所じゃねーんだぞ」
話が全く見えてこない上に一応私達は未成年である。年上の兄弟のいる友達の家に泊まりに行ったときに、こっそり……なんてこともあるけれど、飲酒は限りなく非日常的な行為だ。少々やんちゃな友人にとっても、違法行為なのは変わらない。
確かに興味はあるし、魅力的な誘いであることには間違いない。だとしても、私は健全な高校生でいたかった。言葉にならず、無言のまま彼を睨む。彼は立ち止まると、得意気な顔で私を見下ろした。
「そんな顔すんなって!灰谷くんの家に連れてってやるんだからさ!」
「……いや、誰?」
道中、如何にその灰谷くんがすごい人なのかという話を延々と聞かされた。どこかの地域をまとめている不良で、喧嘩に強くて、一緒にわいわいやるのが楽しい人、らしい。要するに彼が憧れている不良の一人だ。灰谷くんという存在は私にはピンとこないけれど、彼が浮かれているのがわかるから、このお誘いをお礼と呼べるくらいには貴重な体験になるんだろう。
厳つい見た目をしている友人から察するに、恐らくその灰谷くんという人は彼以上に厳ついに違いない。きっと他にも人を集めて騒ぐのだろうから、集まっている人は全員もれなく厳ついに決まっている。面白そうだとは言え、そんな集まりにホイホイ付いて行って大丈夫なのかと心配になってきた。それに、不良の知り合いなんて目の前を歩く友人くらいしかいない私のお宅訪問を、どうして灰谷くんはわざわざ許可してくれたのか。
「……まさか乱交パーティ的なことするんじゃないよね?」
「バカ!そーいうんじゃねーし!まあやろうと思えば全然やれるとは思うけどな、そーいうのも」
「……本気で言ってる?」
「流石に家ではやらねーと思うけど、その気になりゃ女だってすぐ集められる。灰谷くんに会いてぇって女なんて腐るほどいるしな」
「なのにレアなの?それに腐るほどは言い過ぎじゃない?」
「……お前は事情とか何もわかってねーから連れて行けるだけ。今日のことあんま他でベラベラ喋んなよ?面倒くせーから」
「腐るほど」の部分ははぐらかされたけれど、要するに私がその灰谷くんやその他大勢の不良さんたちに精通していないのが幸いして、一緒に連れて行ってもらえるらしい。価値がわからない人間だからこそ無害だと見なされたというわけだ。そんなにすごい集まりに参加できるのに、今日のことは人に話してはいけないと言う。
「いい経験したなぁって心に閉まっておけってこと?」
「酔った勢いとかなら喋っても大丈夫なんじゃね?知ってる人間だったらめちゃくちゃ食いついてくんぞ」
完全なる秘密ではないにせよ、口外したところで私自身の利益にはなりそうにない。接点があると思われても、きっと面倒なことしかないだろう。後々乱交パーティ云々に巻き込まれるのも絶対に嫌なので、今日のことは黙っておこうと心に決めた。
* * *
妹へのプレゼントと途中で買った差し入れのコンビニ袋で手が塞がっている友人の代わりに、インターホンを押す。正直言うとアパートみたいなところを目指しているつもりでいた。まともで高級そうなマンションに辿り着いたのは予想外だったものの、こういうところも友人の憧れの一部なんだろうなと納得する。
「おー、久しぶり」
「うっす!竜胆くん久しぶり!」
「マジで女連れじゃん」
扉が開いたと同時に一瞬の緊張が流れた。代わりの不良仲間ではなく、家主の灰谷くん直々にお出迎えしてくれたようだ。「灰谷くん」ではなく「竜胆くん」という新たな呼び名になったのは不思議だけれど、早々に私の存在に突っ込みが入ったので、とりあえず会釈しておいた。
「こいつ同じ高校のダチの
。いい経験かなーと思って連れてきた」
「オレらと騒ぐのの何がいい経験なんだよ」
「こいつそういうのと縁ないからさ」
「ふーん?」
竜胆くんが、友人の背中に半分隠れるようにして話を聞いていた私を覗き込む。まるで友達のいない可哀想な子、みたいに紹介された私は、とりあえず顔だけ笑いながら、こっそりと友人の背中をつねった。友人が一瞬ぴくりと跳ねる。もちろん竜胆くんは何が起こっているか知りもしない。派手な髪の毛に丸い眼鏡をかけた彼は、タレ目を数回瞬きさせてから身を引いた。綺麗な形の角度のある眉からは、意志の強さみたいなものを感じる。
もっとガタイの良い年上の人を想像していた。派手な見た目で歳ははっきりとわからないとしても、何となく飲酒はまだアウトな雰囲気がする。でも、悪いことをしてそうな人に惹かれる女子は一定数いるし、竜胆くんみたいな人はその界隈の人なら放っておかないんだろう。
踵を返した竜胆くんに続いて、私と友人も家の中にお邪魔した。広い玄関には似たようなサンダルや靴が散乱している。私の脱いだ靴だけ明らかに他のとは違うから、間違えられることはなさそうだった。
玄関で迎えられた時から思っていたことがある。恐らくリビングから、音楽がそれなりの音量で漏れているのだ。時間は夕方だとは言え、自宅で聞くことのない音漏れの音量にそわそわする。普通に話している友人と竜胆くんが不思議だった。
玄関の扉が閉まると音が更に大きくなったように感じた。爆音だ。リビングに入る瞬間竜胆くんに何か話しかけられたけれど、全く何を言っているか聞き取れなかった。私の反応を見てか、右側に設置されている機会のつまみを竜胆くんが少しだけ捻る。気持ち音が小さくなったような気がした。
「何でも好きに飲み食いしていいぜ」
「ありがとう。触らないから、これ見せてもらってもいい?」
「DJブース?クラブとか好き?」
「全然詳しくないんだけど、こういうの間近で見るの初めてだから」
複雑な機械やボタンが目の前にたくさんある。適当にポチポチ押してみたくなる衝動はあるものの、設定がややこしそうなのでそれだけは絶対にしないでおこうと自分に言い聞かせた。家主を怒らせるようなことは絶対にしたくない。
竜胆くんが機械の隣に備え付けてあったヘッドフォンを片耳に当てた。もう片方の手で機会を触り始めると、徐々に音やテンポが変わっていく。DJブースの前にあるソファ、そこで楽しそうに談笑したりお酒を飲んでいた10人くらいの男の子たちが、一斉に盛り上がりを見せた。竜胆くんが更に機械をいじるとまた違う音がして、何かの会場みたいにみんな声を上げている。それを見た竜胆くんも楽しそうに笑ってから、ヘッドフォンを元の位置に戻した。
「せっかく来たんだし楽しんでけよ」
「うん。……急に飛び入り参加してごめんね」
「こっちも気まぐれで声かけてる面子だし、気にすんなって」
竜胆くんに見送られるようにして、ソファの集団に交じっていた友人の傍へ向かった。彼の手には既に瓶が握られている。ソファ集団は8割ゴツくて、残りの2割が細身の男性で構成されていた。派手な髪型の人、長袖を着ているのだと思ったら実は腕全体に刺青をしている人など、ほぼ予想通りの厳つい人たちばかりだ。女の子はいないのかと探してみるものの、どこを見ても男子しかいない。
「竜胆くんのDJブース、かっけぇだろ?」
「DJブースも竜胆くんもすごかった」
友人が手にしているのと同じ酒瓶を手に取って、栓を開けた。一口含むと、久しぶりのあの独特の苦みが口の中に広がる。
「女の子はいないの?」
「たまーにいるみたいだけどほとんどいねぇよ」
「そうそう。ここに顔出しに来る女なんて、ほぼほぼ灰谷くん目当てみたいなもんだし」
「それに男のノリと女のノリって違うじゃん?別に
のこと邪魔だって言ってんじゃねーけどな?」
咄嗟に友人にフォローされたけれど言いたいことはわかっているつもりだ。男子特有の下品な話とか、そういうのはきっと男の子だけでするほうが盛り上がる。竜胆くんも、こういう場だから女の子を呼ぶ気もないんだろう。騒ぎながら長時間お酒を飲んで語り合うのが楽しいんだと思う。
「みんな私のことは気にせず、好きなだけ下ネタで盛り上がってね」
「そう言われるとやりにくいわー」
「ここで聞いた話忘れるためにも、
ちゃんもどんどん飲め~」
「あんま無理させんなよ、こいつ慣れてねーから」
まだ瓶の中身が半分くらい残っているのに、次の瓶が目の前に準備された。自分の限界なんて知らないけれど、死なない程度に楽しもう。友人の顔を見て瓶を掲げたら、呆れた顔をしていた。なんだかんだで困った時は助けてくれるいい友人なのだ。
「盛り上がってる?」
「おっ竜胆くん!」
「っていうか竜胆くん、この前のさ……」
しばらくして大きな酒瓶を持った竜胆くんが合流すると、場は一層盛り上がった。みんなどんどんお酒を体内に入れていく。それなのに話している内容はどこかのチームの誰が怪我したとか、どこの地域で何があったとか、少し真面目な話題もあったりする。有難いことに本当に私の存在を忘れているかのような下品な話もしてくれて、恐らくいつも通りのやり取りを楽しんでくれているのが小さな救いだった。
少し離れたテレビの前の椅子を陣取っていた私は、全ての話を意味が分からないなりに聞いていた。登場する人のことは知らないけれど、普段自分が遊んでいる場所や住んでいるところで知らない喧嘩が大なり小なり起こっていて、その話を聞けるのが新鮮だった。下品な話題も、ある意味新鮮で楽しかった。
「退屈じゃねぇの?」
一度ソファを離れた竜胆くんは茶色いお酒の入ったグラスを手に戻ってきた。先程座っていたソファではなく、私の目の前の床に腰を下ろす。ソファ集団は何か面白い話で大爆笑した後、その反動で誰かが零したお酒を、ティッシュで必死に吸い取っている最中だった。竜胆くんがそれを気にしている様子はない。
「退屈そうに見えた?」
「話聞いてても意味わかんねぇだろ?」
「誰の話かはわからないけど、あの場所近寄らないようにしよう、とかは考えてるよ」
「そっち?」
半笑いした竜胆くんはお酒を口に含んだ後、私の足元に置かれている瓶を見て再び笑った。
「あんまり強くない?」
「わかんない。こんなに飲んだの初めてなの」
「マジかよ。こっからみんな出来上がってきて、もっと楽しくなるぜ?」
事実、この輪の中で唯一の知り合いである友人は、見たこともないくらいへろへろになって、ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべていた。声をかけてみたら、今までにないくらい晴れやかな表情で何度も頷いてくれる。こんな状態の友人を無事に連れ帰ることができるのか、心配だ。
改めて友人越しにソファ集団を見回す。L字型のソファに座りきれない人が、床の上や、どこから持ってきたのかわからない椅子に座って、ローテーブルを囲んでいる。その後ろには、この部屋を包む爆音BGMを流している機械。恐らくキッチンがあるのだと思われる場所は頻繁に誰かが出入りしていて、こちらに戻ってくるときには必ずお酒を手にしていた。
視線をずらすと大きな窓からはバルコニー、その先に綺麗な夜景が見える。ここに来たのは夕方で、数時間経った今すっかり外は暗くなっていた。この部屋が何階だったかは思い出せなくても、それなりに高層階なのは景色を見ればわかる。鳴り止まない音楽と都会の夜景、自分が手にしているお酒の瓶。非日常体験の連続で、何だか自分が自分でないようだ。
なんとなく後ろを振り返ると大きなテレビと、その両脇に同じく大きなスピーカーが置かれているのに今頃気付いた。自宅のリビングにあるのよりも断然大きい。お酒で思考力が鈍くなっているせいか、何も映っていない真っ黒な画面に吸い込まれるように魅入ってしまった。
「何か見る?」
「?」
「オレの部屋にDVDあるから、適当に持ってきていいよ」
大きさに圧倒されてまじまじとテレビを見つめていたら、竜胆くんが声を掛けてくれた。話の中心にいたり、お酒を一気飲みしながら大騒ぎして忙しそうにしているのに、私の相手もしてくれるなんて優しい人だ。
「オレの部屋左、な」
言いながら右手で左を指差した竜胆くんは、再び会話に戻って行った。
特に映画が見たいわけではない。でもこの大きな画面で、いい音の出そうなスピーカーもセットで映画を見たら、ものすごい迫力に決まっている。そういう意味ではとても惹かれた。それに話のネタがなくなってきたのか、ソファ集団はパーティーグッズを出して新しい遊びを始めたようで、一層盛り上がっていた。何が用意されているのかわからないし、内容によっては私に振られるのは困る。
お言葉に甘えてDVDを探しに行くべく、竜胆くんの部屋を目指すことにした。立ち上がった瞬間の今まで感じたことのない浮遊感に、一歩目が出ない。それでも意識はしっかりしているし、数歩踏み出せば意外と真っ直ぐ歩くことができた。
左、左、と自分に言い聞かせながら、ソファ集団の後ろを通り過ぎる。左、左……心の中で唱えていると、不意に右側の部屋の扉が開いた。右?驚いて見上げると長い髪の男性……?が無表情にこちらを見下ろしている。
「……誰?」
心の中で全く同じことを考えながら、私はなんとか口に出さなかった言葉だった。ふわふわした思考のまま、怪しい者ではないと冷静に説明する。
「竜胆くんの友達の友達?……です」
「遠っ。まあいいか、水持ってきて」
「水?」
「水。冷蔵庫あっちにあるから。よろしく」
言うだけ言ってすぐにその人はまた部屋の中に引っ込んでしまった。謎の威圧感に自然と敬語になっていたし、頭の中のふわふわは若干薄れた。
言われた通りキッチンに向かい、躊躇いもなく冷蔵庫を開ける。見た感じだと中はほとんど飲み物しか入っていない。500ミリリットルのミネラルウォーターが入っていたのでとりあえずそれを持って、右の部屋をノックした。すぐに扉が開いて長い髪の人が顔を出す。
「入れよ」
「え」
水を差しだすより先に部屋の中に引っ込まれてしまった。扉は少しだけ開いている。仕方がないので、慎重に部屋の中に入ることにした。扉は閉めない。
「……どうぞ」
「どーも」
差し出された手に水を渡す。部屋を出てはいけないような気がして、扉の前で棒立ちのまま、彼が水を飲むのを眺めた。
キャップを閉めた彼は、私に手招きしてから足を組む。ダボっとしたTシャツにスウェット姿なのに、キマって見えるのが不思議だ。
「目ぇ覚めたし相手してよ」
「……だったら、竜胆くんの部屋にDVD探しに行こうとしてたんですけど……一緒に観ます?」
本当はこの人と一緒にDVDを観るところは全く想像できなかった。何もわかっていないフリをして、適当に話を流した方がいい。この雰囲気にこの流れ、少女漫画やドラマでありそうな展開を想像してしまう。
案の定と言うべきか、腕を掴まれたと思った次の瞬間には私が下で彼が上になっていた。彼の長い髪の毛が重力に従って、私の頬に触れているから間違いない。
「ビビったぁ?」
「!?……あの」
「竜胆にさぁ」
「……?」
「音うるせぇから下げろって伝えといて」
それだけ言うと彼はあっさりと身を引いた。大きなベッドの上で、私に背を向けるようにして横になったのを見て、部屋から出て行けと言われているような気がした。
わざわざ意味深なことをしなくてもと思いながら、慎重にベッドを下りる。「失礼しました」と横たわる彼に聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟いて、静かに扉を閉めた。
「オイ、こっちは左じゃねぇよ」
「!?竜胆くんか……びっくりした」
無事に部屋を出たのも束の間、背後から声を掛けられて飛び上がる。振り向くと少し怒った顔をした竜胆くんと目が合った。私が戻るのが遅かったから、家の中を物色していると思われたのかもしれない。
「ここの部屋の人に、水持ってきて欲しいって頼まれて……」
「兄貴に?」
「あー……お兄さんだったんだ」
言われてみれば目元がそっくりだった。それはそうと、お兄さんからの苦情を伝えなければならない。
「お兄さんから伝言。音量下げてって」
「マジか、やっべ」
竜胆くんが早歩きでDJブースに向かう。すぐに音量がぐっと絞られて、ソファ軍団の表情にも一瞬緊張が走った。竜胆くんとお兄さんの関係が垣間見えたような気がした。
竜胆くんの部屋にはたくさんの数のCDと、CDには劣るもののたくさんのDVDがあった。CDとDVDが棚を埋め尽くしている。あんな立派な機械があるくらいだから納得だ。
「すごい数だね」
「でも好みのやつあるかわかんねぇよ?」
適当にDVDを手に取ってみるとアクション映画だった。他にもタイトルから察するにヤクザ系やホラー、とにかく血生臭そうなものが多くてイメージ通りだ。
「たくさんありすぎてわからないから、竜胆くんの気分でいくつか選んでほしいな」
「しょうがねぇな」
竜胆くんはDVDの棚を30秒くらい見渡してから、迷う事なく3枚のDVDを選んだ。カーアクションと、有名な恐竜映画シリーズと、未知の生命体と戦う映画だ。真面目にずっと見ていなくてもなんとなく内容がわかるような、会話の合間にでも観られる絶妙なチョイスだった。どれも面白そうだけど、大画面と大音量(お兄さんから苦情が来るので程々かもしれない)で観るならこれしかない、と恐竜映画を指差す。竜胆くんが「気が合うな」と言って笑った。
DVDを手に部屋から出る。ソファ集団のうちの4、5人がソファの背もたれから顔を半分覗かせるようにして、こっちを見ていた。何事かとソファ集団と竜胆くん交互に目をやる。呆れた表情の竜胆くんは、私の手からDVDを取ってテレビへと向かった。
「どうしたの?」
「竜胆くんと
が消えたから、二人で楽しくやってんのかと」
「バーカ」
「今からジュラシックピーク観るんだよ」
竜胆くんがDVDをセットしている間、親に「友達の家に泊まる」と嘘のメールを送る。もちろん竜胆くんやここに連れてきてくれた友人ではない、女友達の名前を添えてだ。仮に終電前にお開きになったとしても、お酒を飲んでいたのがバレそうなので家には帰れないだろう。新しく開けたお酒に口をつけながら全部解散した時に考えればいいと、いつもの自分では考えられないくらい投げやりな気持ちになっていた。
メールを送った後の携帯を鞄の中に投げ入れて、映画が始まるのを待つ。テレビの前では竜胆くんが真面目な顔で機械を触っている。彼がお兄さんの部屋をちらちら伺いながら、ギリギリの音量を攻めてるのを見て笑ってしまった。
想像通りの映像と音響で映画は最高だった。そんな最高の設備で映画を見ながら、しょうもない話をする。先程私と竜胆くんを怪しげな視線で見ていたソファ集団数人とは、すっかり打ち解けた。
「私と竜胆くんがいなくなったとき、心配してくれたの?」
「ぜーんぜん。むしろそうなってみ?友達が竜胆くんとヤったって自慢して回るわ」
「それは最低」
「でもま、竜胆クン前科あるからな」
「あれな~」
「前のは女が突撃したんじゃね?」
映画を見ている人、話しをしている人、騒いでいる人、うとうとしている人を起こしている(殴っている?)人。それぞれ時間を過ごしている中、私達は竜胆くん不在で、彼の話題で盛り上がっていた。
映画はラストスパートに入っていて、最強の恐竜と人間がド派手なバトルを繰り広げている。これまでの集まりで起こった竜胆くんの女性絡みのハプニングと、恐竜の咆哮を同時に聞きながら、本日もう何本目か数えるのをやめてしまったお酒を口に含む。
無事に映画も終わり、エンドロールを眺めながらお馴染みのテーマソングを堪能した。いつの間にか彼らの会話はファッションの話題になっていて、この辺りで自分の記憶が飛び始めているというか、少し途切れ始めているのにようやく気付く。手に持っていた瓶はいつの間にか空になっているものの、おかわりが欲しいとは思わなかった。気分は悪くないし吐き気もない。顔が熱いのと、今更になって猛烈な眠気に襲われているくらいだ。
ソファで仮眠を取るのは気が引けた。竜胆くんと数人が陣取って騒いでいることは問題ない。いくらなんでもあそこで寝るのが無防備すぎると、酔いの回った頭でもそこだけは冷静になれた。辺りを見回すとカウンターキッチンと、それに合わせて脚の長いおしゃれな椅子が置いてあるのが見える。幸いそこは誰もおらず、お酒の瓶が大量に並べられているだけだ。
少しだけ眠りたくて、携帯だけ持って一番端の椅子に座るとカウンターに顔を突っ伏した。早朝のマックにこんな人いるなぁ、なんて考えていると周囲の音が徐々に小さくなっていく。
「オイ、大丈夫かよ?」
「……」
あれから何分経ったかわからない。肩を叩かれて顔を上げると、竜胆くんが隣に座っていた。竜胆くん越しに見える景色はまだ夜景のままだ。
「……眠たいだけだから大丈夫」
「オレの部屋で寝てこいよ。誰も行かねぇし」
「……じゃあそうさせてもらうね」
「左、な。間違えんなよ」
一度頷いてゆっくり椅子から下りた。さっきも間違えたわけじゃないんだけどなぁ、と思いながら左、左と再び心の中で唱える。
まっすぐ竜胆くんの部屋に入って、迷うことなくベッドに横になった。家で眠るように布団を被りそうになったけれど、いくらなんでもリラックスしすぎだと留まる。マットレスの柔らかさと横になっている幸福感で、瞬きするつもりだったのにそのまま寝落ちした。
竜胆を全然パリピにできない。
※天竺編設定については
memoにて触れます。
2022/08/12