悪あがきに反する現象 04
シャワーから戻ると携帯のランプが点滅していて、メールの受信を知らせる。それを横目に通り過ぎて、水を取りにキッチンへ。ペットボトルのキャップを捻ってからメールに目を通す。
『この前竜胆クンの家に来たちゃん?女の子いたじゃん?その子が大事なピアス片方なくしたらしくて、もし家で見つけたら教えて欲しいって』
メールを読んで彼女がピアスをしていた事を初めて知った。そういう印象がなかったので意外だと思いながら、携帯片手にその場でソファを探ってみたり足元を覗き込んでみる。それらしい物は見つからない。落ちている可能性があるとすれば彼女がいたリビングか、オレのベッドで寝ていたから、もしかしたらそこに紛れているかもしれない。
ソファ周辺を一周してからが突っ伏していたカウンターを通って、その後自室へ向かった。床にピアスが落ちている気配はない。布団を捲ったりしてみたものの、何も出てこなかった。どれくらいの大きさで、どんな形のピアスなんだろう。見当もつかない。仮にここで落としていたとしても、掃除機で吸い取っても気付かないくらいの大きさなら……。見つければ連絡するけれど、恐らく見つかることはないだろう。頭の片隅で結論を出しながらリビングに戻る。もう一度ソファの下を覗き込んでもやはり何も見当たらない。諦めて顔を上げると、丁度兄貴が部屋から出てくるところだった。
「どうした?」
「ちょっと探し物してるだけ」
だるそうにソファに座った兄貴が、オレに拳を突き出してきた。意味がわからない。よりによって寝起きの兄貴に「は?」なんて返したのに、機嫌は悪くなさそうだ。
「探し物ってこれ?」
「?」
兄貴がオレの目の前で指を広げる。掌の上には、明らかにオレも兄貴も身に着けないようなデザインのピアスが転がっていた。
「怖っ!多分これであってる」
「流石だろ?」
「どこに落ちてた?リビング?」
掌からピアスをつまみ上げながら、純粋な疑問として尋ねた。こんなサイズのピアスでも踏めば痛いし絶対に気付くとして、兄貴がこれを捨てずに取っておいたのが奇跡だ。
「ここじゃねぇよ。オレの部屋で見つけた」
「兄貴の?」
「そ。オレの部屋のベッドの上」
もう一度「は?」と声が漏れた。兄貴は「何か落ちてると思ったらこれだった」と淡々と説明してくる。それだけのことなのに、若干楽しそうに感じるのは何故だろう。
そう言えば、が兄貴に水を要求されて、部屋まで持って行ったのだと話していたのを思い出した。兄貴の部屋から出てきたときは興味本位で侵入したのか、それとも最初からそういう目的だったのかわからなかった。どちらにせよ、落胆したのを覚えている。こいつもこういう奴かという失望と、後で兄貴にボコられるかもという二重の憂鬱だった。その後結局、兄貴から声を掛けたことを聞かされて、その場で納得はした。でも今考えれば、その後聞かされた兄貴からの伝言で話を有耶無耶にされたようにも感じる。水を渡すために部屋に入った以外のことは何も聞かされていない。すぐに部屋を出たのかも、そうでないのかもわからない。何せそれなりの人数で騒いで酒を飲んでいたし、どれだけの時間、彼女を一人にしていたのか正確な時間だって覚えていなかった。
「これ、この前来た女のだろ?」
「……そうだよ」
「まああの状況なら落としてもしょうがねぇか」
「……」
独り言にしては声が大きい。悪意を感じて何も返さないでいると、兄貴はオレがテーブルに置いていた水を掴んで立ち上がった。「あぁいうのも悪くねぇよなぁ?」なんて、今度は明らかにオレに言い残して部屋に戻って行く。
兄貴が意図的に話を濁しているのは理解している。ぼんやりと匂わされた話の内容を確かめたいような、確かめたくないような。でも確かめたところで何になるのか、どうしたいのかもわからなかった。
2022/08/27