※短めです
※いちゃいちゃする竜胆と夢主を見る蘭視点
焼き尽くしてしまえ
玄関の扉を開けると部屋は暗く、一見誰もいないかのようだった。電気を点けようとするとリビングの方から白っぽい光が漏れているのに気付く。竜胆がテレビ見ながら寝てるのか。
テレビを消すか竜胆を起こすかその両方か、とりあえずリビングに向かうとソファには二人の人影が並んでいた。
「おかえり!」
「来てたのかよ」
「蘭も一緒に映画観よ!」
「多分兄貴は観ねぇよ?」
振り向いたがDVDのパッケージらしきものを手に掲げている。暗いので何も見えず、近付いてそれを受け取った。テレビの放つ光だけを頼りにあらすじを読もうとしたものの、よくわからない。わかったのは、この映画がホラー映画だということくらいだった。
わざわざ部屋を真っ暗にして映画を観ようとしていた最中らしく、テレビ画面は一時停止されている。
「えー、観ないの?」
「面倒くせぇ」
「座って画面観てるだけだろ」
「映画再生して満足してる奴の台詞だなぁ?」
「あはは、竜胆どんまい」
「オレはちゃんと観てるし」
竜胆が不貞腐れていると思ったのか、よしよしとか言いながらが弟の髪を撫でつけた。そういうことがしたいのなら部屋行けよと睨みつけてはみるものの、二人に届いている気配はない。
何かに火が付いた。オレに見せつける意図はないにせよ、帰宅早々これで癪に障ったのが本音だ。こうなったらとことん邪魔してやろう。買ってきたケーキを冷蔵庫に片づけてからの隣に座ると、竜胆が目を見開く。
「兄貴も観んの?」
「観るしかねぇだろ」
「は?何で?」
「ビビってるって思われたくないもんね?」
「それはねぇよ」
あははと笑うの笑い声だけがリビングに響いた。彼女のツボがわからないオレも竜胆も、それには続かない。
竜胆が再生ボタンを押したのか、画面が動いて音声も流れ出した。それに気付いた彼女が膝を抱えてテレビに向きなおると、部屋は急に静まり返る。映画の登場人物は森の中を移動していて、聞こえてくるのは小さな虫の音と砂利道を歩く足音だけになった。
ホラー映画と言ってもいきなり何かが飛び出して来たり大きな音がしたり、そういう類の映画だ。ビビっているのはほとんどだけで、別にオレは怖くもなんともない。竜胆も真面目な顔して画面を見ているけれど、怖がってはいないはずだ。そもそもオレらは幽霊なんて存在を信じてはいない。
主人公が森で発見した館の中で何かを探す場面に差し掛かる。段ボールを漁る音に紛れて、ゆっくりと左手をソファの背もたれへと伸ばした。撫でるようにしての首筋に指を這わすと、彼女がぴくりと背筋を伸ばす。主人公は一心不乱に、段ボールの中から見つけた本に目を通している。BGMも効果音もない静かなシーンだ。驚くような演出もないので、竜胆が彼女に視線を向けた。は声を発することはなく、恐らくだけれどオレ達が映画を観ている邪魔をしないようにしている。当然ながらオレは何も気になっていないふりで、画面から目を離さなかった。
それから少ししてまた同じようにの首に触れる。こっそりケーキに添えてあった保冷剤を抜き取ってそれで指を冷やしていたので、指先はキンキンに冷えている。こんな冷たさで急に触られれば、反応しないはずがなかった。
「ひゃっ」
背筋を伸ばす代わりにが声を出した。流石に今回はスルーできなかったのか、竜胆が「何だよ」と困惑した様子で話しかける。オレも心配したふりをして彼女の方を見ると、全く怖くない表情で彼女がこっちを睨んでいた。
「蘭!」
「何?」
「いたずらするのやめて!」
「はぁ?」
「は?じゃない!何かしてるの蘭でしょ?」
「何かって何だよ」
「冷たいので触ってきた!」
「冷てぇのって?」
保冷剤は見えない場所に隠してある。オレは両手を広げて何も持っていないとポーズを取ってから、さり気無く保冷剤で触れていなかった方の手での手を握った。彼女が混乱した様子でオレを見上げる。
「オレの手が冷てぇか?」
「……」
「何も持ってねぇし、そもそもが何のこと言ってんのかわかんねぇんだけど」
「でも……」
「どうしたんだよ?」
「何か冷たいのが私の首に触った」
が前のめりになって竜胆に説明する。眉間に皺を寄せながら聞いている竜胆は彼女の不安を取り除こうと、あれこれ理由を考えているようだった。
「気のせいじゃねぇの?」
「絶対違う!」
「こんな映画観てっから過敏になってるとか」
「だってすごく冷たかったんだよ!?」
何を言っても言い返すに困り果てた竜胆がチラリとオレに助けを求めてきた。流石に弟にも同時に詰められるとオレも手に負えなくなるので、竜胆にだけ隠していた保冷剤を見せてネタばらしする。暗がりの中、揺れる白い保冷剤を目を細めて凝視した竜胆は、一瞬目を見開いてから泳がせた。オレの仕業だとにバレるようなことをすれば後が面倒なのはわかっているので、彼女にどう嘘を吐くか考えているに違いない。
「……兄貴は何も知らねぇんだろ?」
「さっきから知らねぇつってんだろ」
「な?オレも何もしてねぇよ?」
「……竜胆、嘘吐いてないよね?」
「はぁ?つ、吐いてねぇし」
普段なら平気な顔して流せるようなことが、どうして相手だとできなくなるんだろう。竜胆はなんとか表情だけは平然を保とうとしているけれど、声だけ聞いていると明らかにしどろもどろだ。笑いそうになるのを何とか堪える。竜胆も竜胆だけどもなので、あの反応を見て嘘を見破れないポンコツ具合だ。
どうするのか見守っていたら、竜胆ににじり寄っていたは少し黙り込んだ後、竜胆に跨るようにして向き合う姿勢になった。オレがこの場にいなければ、映画観ながらヤってると間違われてもおかしくない。何でそうなるんだと言いたい気持ちはやまやまだったけれど、とりあえず静観する。
「本当に嘘吐いてない?」
「吐いてねぇよ。だから降りて」
「ちゃんと目見て言って」
「わかったからとりあえず降りろって」
「先に竜胆が言って!」
「……あのさ、会うの久々でこういうことされたら勃つからやめろって」
「はいぃ!?何で今そういうこと言うの!?」
「が降りてくれないから」
「で、でも!」
男は最低だ。オレも竜胆も考えることは同じだったわけだ。いつでもどこでもそういう事に脳みそが直結しているわけではないものの、相手が悪かった。もちろんオレは弟とのそういう場面に遭遇したことはないにせよ、二人の関係を知っていれば自ずとそういう風に見えてしまうものなのかもしれない。の行為は純粋なものだったとしても、浅はかだったと言わざるを得ない。
酷いものを見聞きさせられて頭がおかしそうになる中、が遠慮がちにオレの方を指差した。オレの存在を忘れているわけではなかったらしい。ちゃんと三人目が存在しているのは理解してるようだ。理解した上でそういうことするんだなオマエらは。そういう意味では余計に苛立ちが増す。
元はと言えばこんな状況になったのはオレの所為だ。ちょっとのことをビビらせてやろうという、悪戯心だった。だとしてもこんな形で反撃を食らうとは思っておらず、一気に疲れが押し寄せてくる。
急いで竜胆に跨るのをやめたは元の場所に戻ると思いきや、弟の足の間に納まった。両手を持って自分の腹の前まで持ってこさせてから、クロスさせるようにして重ねる。
「……何これ?」
「竜胆が私の後ろにいたら、狙われるのは竜胆の首だから!」
「お、おう」
「竜胆の前に座ってたら安全なはず!」
犯人はオレなのに竜胆をビビらせにいくわけがない。そもそも既に相手だとしても、そんな気はとっくに萎えていた。映画の内容なんてほとんど覚えてないし、映画自体もうどうでもいい。オレはさっきから何を見せられてるんだ?
「オマエらこれ以上続けたら出禁にするからな」
「出禁!?何で!?」
「あーあ」
「あーあって竜胆他人事!?私が出禁になったら寂しくないの?」
「……」
こいつらには何を言っても燃料にしかならないらしい。出禁の一言でこれだけ盛り上がれるならしばらくは安泰だな。マジで出禁にしてやろうか?
2022/10/01