※短めです

エデンの騎士


 久しぶりにと二人でファミレスに来た。オレが来たかったわけではない。がここのパフェだかケーキだかを食べたいと言ったからだ。
 夕方に近いファミレスはほとんど学生の溜まり場みたいになっていたものの、そこまで客は多くなかった。店員に席に通されてからメニューを手に取ると、向かい側の席に座ったが「何にしようかなぁ」と迷い始める。

 「え?オマエここの何かが食いたいって言ってなかったっけ?」
 「言ってたけど、やっぱりどうしようかなぁーって」

 こういう気まぐれなのはよくあることなので、適当に返事をして流した。結局なんやかんやでほとんどの場合、最初に選んでいたメニューに落ち着くので、あまり気にしないようにしている。何かあっても「また次に来た時に食えよ」で大体話はまとまるし、本人も食べ始めると悩んでいたことなんて忘れてしまう。言い方は良くないかもしれないけれど、扱いやすいので助かる。
 注文をするために確認したら、案の定最初に食べたいと言っていたパフェにすると宣言された。予想していたことなので驚きも苛立ちも感じない。


 「帰ったら小テスト対策、頑張ろうね」
 「!?げほっ!」
 「大丈夫?」
 「……」
 「圭介もしかして忘れてた?」
 「……忘れてねぇよ」
 「たくさん食べてたくさん頑張ろうね!」
 
 ドリンクバーから戻ってきたところで、いきなり小テストの話をぶっこまれて思わず咽た。そうだった、今日はこの後解散じゃなくて、オレの家で小テストの範囲の内容を一緒に復習する予定だ。小テストだからと馬鹿にはできない。むしろ、小テストも真面目にやらないとオレの場合は危うい。
 自分一人では勉強に行き詰るのは目に見えているので、最近はや千冬に付き合ってもらうことが多かった。は同い年で普通に進級しているから、オレの小テストとは無関係だ。小テスト対策を見てもらいつつ、は隣で自分の課題や勉強をしているわけだけど、彼女の教科書やノートを覗いても当たり前のように内容は意味不明だった。一緒に進級していればオレも同じ内容を学んでいるはずだったと思うと、ある意味ゾっとする。

 「明日は何の小テストだっけ?」
 「……英語」
 「圭介ちゃんと単語覚えてる?」
 「……」
 「とりあえずやれるだけやろうね」
 「……おう」

 覚えてると嘘を吐いたところで数時間後にはバレるので、自然と声は小さくなった。がオレを責めてるわけじゃないのはわかっているけれど、有難くもありプレッシャーでもある。テストで点が取れれば彼女は喜ぶし、逆にマズい点だとがっかりされる。自分が教えたのが報われなかったからと言うよりも、オレの未来を心配しているのだということは簡単に想像がついた。お袋と同じ視点だ。次進級できなければオレはお袋だけではなく、も泣かせることになるだろう。

 「帰りにぺヤング買ってく?」
 「何でだよ?」
 「だって絶対長期戦になるよ?単語覚えて、範囲のところ訳せるようにして、それから……」
 「……それ以上聞きたくねぇ」
 「解けるようになるまで付き合うから。帰り送ってくれるんでしょ?」
 「当たり前だろーが」
 「お母さんから帰りに圭介が一緒ならって許可もらってあるし、ちょっとくらい遅くなっても大丈夫」

 がオレが空手黒帯だと親に話したらしく、それから彼女の門限は少し緩くなった。この見た目で親もよく黒帯だなんて信じたなと思う。
 の母親にはガリ弁モードの姿しか見せたことはない。自分で言いたくはないけれど、如何にも勉強していなさそうな奴に「こんな時間までお宅の娘さんとウチで勉強していました」なんて、説明しても説得力がなさすぎる。実際にスキンシップなしでほとんどの時間を真面目に勉強に費やしているので、そこに関してはあまり罪悪感はなかった。
 ただオレが留年していることは伏せているし、暴走族がどうとか、中学生でバイクに乗っているのも無免許以外あり得ないので、そこだけは絶対に話せない。を家まで送る時も徒歩だ。
 彼女を安全に自宅まで送り届けることに関しては約束できるので、信頼されて嬉しい反面、隠し事があることは多少複雑ではあった。


 「ねぇ、あれ千冬くんじゃない?」
 「あん?」

 窓の外に視線を向けたが指差した先には、買い物袋を提げた千冬が歩いていた。ついこの前ペケJの餌について話したので、早速買いに行ったのかもしれない。店の側の歩道ではなく車道を挟んだ向こう側の歩道を歩いていて、こちらに気付く様子はなかった。
 「千冬くんに電話して!」とにせがまれたので携帯を取り出してかけると、数秒で千冬が出た。店の中なのもあるので「左向け」とだけ手短に伝えて電話を切る。は千冬とオレを交互に見て、電話を切った後は両手で窓の外の千冬に手を振ってアピールしていた。
 こちらから全て見られているとも知らない千冬は一瞬左を向いた後右を見て、不思議そうに前と後ろも確認した後にもう一度左を見た。やっと手を振るに気付いたようで、車が来ていないのを確認してから車道を突っ切ってこちら側に走ってくる。
 店と外を隔てるガラス越しに千冬が頭を下げた。が嬉しそうに手招きする。数回瞬きした後、千冬はファミレスの入り口の方向に向かって走り出した。

 「千冬くーん!」
 「どもっス」
 「隣おいでよー」
 「え」

 席に着いて早々にからの熱烈な歓迎を受けて、千冬は戸惑っていた。目で「オレさんの隣座るんスか?」と訴えてくる。が千冬を弟のように可愛がっているのはいつものことだし、問題はないのでそっちに座れと合図する。遠慮がちに隙間を開けて千冬が隣に座った。それなのには「千冬くん何するー?」と考えなしに距離を詰める。助けを求めるような視線が向けられているのを承知で、オレは千冬の方を見るのをやめた。

 「千冬くんはお買い物してたの?」
 「そっス」
 「何買ったの?」
 「場地さんに勧めてもらったペケJの餌とおやつを」
 「ペケちゃんのかー」

 言ってからはっとした表情になっては眉尻を下げる。千冬は何かマズい事でも言ったのかと心配になったようで、相変わらずチラチラとオレの方を見てきた。

 「ペケちゃんのだったら、圭介も一緒に行ったほうが良かったんじゃ?」
 「え?い、いや、そんなことないっスよ。ちゃんと商品名も覚えてたんで」
 「本当に?ならいいんだけど……」
 「買い物くらい一人で出来んだろ、なぁ千冬?」
 「当たり前じゃないっスか!でも場地さんと一緒でもいいっス!」

 空気が読めているのか読めていないのか、どちらかと言えば千冬の発言は空気を読めていない方の後味が強かった。折角助けてやるつもりで口を挟んだのに、残念なことにオレの意図は千冬に届かなかったようだ。
 「当たり前です」で終わっておけばいいものを「オレと一緒でも」だなんて言い出すから、言い返す言葉を失うくらい、わかりやすくは落ち込んでいた。自分が邪魔をしてしまったとか、そういうマイナス思考なことを考えているに違いない。
 オレが声に出さず「バカ」と口にすると、慌てた様子で千冬がフォローを始めた。

 「今度また3人で買い物行きましょう!さんがよかったら、3人で!」
 「私あんまり猫に詳しくないよ?」
 「別にペットショップじゃなくても……本屋とか!オレ漫画好きだし、場地さんも新しい図鑑チェックできるし……!」
 「本屋さんいいね。雑誌も見たいな」
 「決まりっスね!」

 千冬が小さく親指を立ててこちらに合図してくる。確かに千冬は頑張ったかもしれないけれど、元はと言えば自分で蒔いた種だ。
 の扱いにまだ慣れていないのはわかっている。他人のことを考えているが故に面倒くさい一面があると説明してやりたいものの、彼女本人の前ではそんなこと言えるはずもなかった。


 「ドリンクバーのおかわり行ってくる!」
 「おー」
 「2人のも一緒に行くよ?」 
 「行くなら千冬のだけでいい」
 「じゃあ千冬くん何がいい?」

 当たり前のように千冬は遠慮したものの、埒が明かないと判断したのか最後には折れてにグラスを託した。元気よくテーブルを去った彼女を見届け、千冬との会話に戻ろうとする。

 「よかったんスか場地さん」
 「ん?」
 「オレ何か入れてきますよ」
 「今はいーんだよ。後で行くわ」
 「?」
 「にグラス2つ以上持たせたら多分ぶちまけっから」

 あのままにグラスを3つ持って行かせるのは得策ではない。だからと言って、すぐにオレか千冬が追いかけるのは、アイツが拗ねるからナシだ。急いでいるわけではないし、頃合いを見て後で自分で行っても、行きたがるならに頼んでもいい。
 説明すると、千冬は納得したように頷いた。

 「あの、オレ前から思ってたんスけど」
 「何だよ」
 「場地さん、めちゃくちゃさんのこと大切にしてますよね?」
 「んー」

 大切にしていないとは思っていない。だからと言って、めちゃくちゃ大切にしているかと言われればそれも違うような気がする。特別何かしてやってるわけでもないし、東卍のこともあるから最優先にしているわけでもない。彼氏にもっと優しく接してもらっている女なんてたくさんいるだろう。
 
 「圭介ー……」
 「あん?どうした?」
 「千冬くんの飲みたいやつ、押しても出てこない……」
 「もう空なんじゃねぇの?」
 「水みたいなのだけは出るよ」
 「あー……わかったって、見に行くから」
 「お願い」

 空のグラスを2つ持って落ち込んだ様子のが戻ってきた。自分のだけ入れて戻ってくるわけでもなく、千冬の頼んだのが出てこないからと機械と格闘していたらしい。可愛い後輩の注文で頭がいっぱいで、自分の飲み物どころじゃなかったようだ。
 オマエのそういうところが好きだよ。口には出さないから本人に伝わらないかもしれないけれど、代わりに頭の上に手を置く。特に何の反応もしない彼女は、相変わらずドリンクバーのことで頭がいっぱいのようだった。でも、それでいい。




























2022/10/23