※R18です、ご注意ください

シャッフルビート 後編


 数十秒の沈黙の後、先に口を開いたのは竜胆だった。困惑した様子のがそれに続く。

 「……怒らせたな」
 「寝起きだったから……?」
 「違ぇよ。誤解させるようなとこ見せちまったから」
 「蘭ちゃんが誤解?竜胆くん相手に?」
 「誤解だったとしてもああいう場面は見たくねぇだろ。が逆の立場だったらどうだよ?」

 反論させる隙のない竜胆の問いかけにが黙り込んだ。二人の間に再び沈黙が流れる。

 「……蘭ちゃんに謝ってくるね」
 「オレも一緒に行く?」
 「ううん、二人で行くと蘭ちゃん素直になれないかもしれないし……言い訳っぽくなるのもよくないと思うから」

 が謝りに来ようとしているとわかって、扉から耳を離す。なるべく静かに素早く、ベッドに移動した。移動している間も二人は会話を続けているけれど、今はそれを聞いているほど余裕はない。
 ベッドの上に身体を滑り込ませるようにして横たわり、壁側を向く。いつも眠っているように布団もかぶった。乱れた息を整え、意識して眠っているようなゆっくりとした呼吸を心掛ける。数秒後、ゆっくりと扉が開く気配と、遠くに薄らとテレビの音がした。
 
 静かに扉を閉めてから、暗い部屋の中を電気も点けずにがこちらに近付いてくる。オレはとりあず目を閉じて、寝たフリを続けた。

 「……蘭ちゃん?もう寝ちゃった?」

 僅かにベッドが軋んだ後、が囁くのが聞こえた。距離はそこまで近くない。彼女の状態を諸々確認するために少しだけ振り返ってから「怒ってるぞ」と言うように再び壁側を向いた。オレが起きているのだとわかって、彼女はベッドに乗ってオレの肩に手を置いた。

 「……さっきはごめんなさい」
 「……」
 「私も竜胆くんも本当に悪気はなかったし、何もないの。でも、そんなのは関係ないよね」

 そう、悪気のあるなしは関係ない。悪気のない行動だから許されるなんてこともない。ジャッジするのは受け取る側だし、全ては受け取る側の気持ち次第だ。

 「もし私が蘭ちゃんの立場だったら、モヤモヤしてしまうと思う」

 モヤモヤ、正にその通りだった。自分の弟と彼女が仲良くじゃれ合ってる場面は、一見微笑ましいとも言える。でも、危うさを孕んでいるのもまた事実で、二人を冷めた目で見てしまった自分に気付いてしまった。

 「蘭ちゃんの弟だから、竜胆くんとも仲良くしたいの。……だとしても限度があるし、次からは気を付けます」

 再びを振り返る。落ち込んだ様子でオレを見つめる彼女と目が合った。誰が見ても反省しているとわかる彼女だけれど、その反省を更に今から態度で示してもらおうと思う。
 
 上半身を起こしてあえて何も言わないまま、を見下ろした。どんな言葉が飛んでくるのか予想もしていないであろう彼女は、不安そうに身体を縮こまらせてオレの視線に耐えていた。そんな彼女をそのまま無言で抱きしめると、向こうからも手が伸びてくる。
 ここであまり萎縮させてはこれからが楽しくない。首元に顔を埋めて、浅く呼吸を繰り返した。が身体の力を少し抜いたところで、埋めていた首元に優しく噛みついた。
 再びの身体に緊張が走るのがわかる。そんなことはお構いなしに、噛みついた部分に舌を這わせた。彼女の小さな抵抗を無視してベッドに押し倒す。

 「蘭ちゃん……!」
 「何?」
 「それはダメ」
 「何で?」
 「何でって、竜胆くんが……」
 「気にすんなよ」
 
 とセックスするには暗黙の了解がある。竜胆がいないこと、それが彼女の出した条件だ。
 付き合いだした頃に、何気なくに手を出そうとしたことがある。その時も今回のように現場はオレの部屋だった。竜胆は多分自室にいたと思う。彼女に激しく抵抗され、その日は結局何もなかった。
 セックスしていることを他人に悟られたくないと思うのは、真っ当なことなのかもしれない。オレは見せつけたいと思わないし見られて興奮する趣味はないものの、見られて困ることもない。だからと言うのもおかしいかもしれないけれど、今まで付き合っていた女を面白半分で竜胆と回したこともある。相手の女がノリ気だったのと、自分たちもただその時が気持ちよく、楽しければいいという考えしかなかった。そういうことに否定的だったり、疑問を投げかけてくるような存在は、オレらの周りにはいなかった。
 この事はに話したことはない。自慢げに話すような内容でもなければ、ネタになる話でもないからだ。彼女には確実に引かれるだろう。それを理解した上で、自然と彼女とのセックスは必ず竜胆が家にいない時か、彼女の家にいるとき限定になった。彼女が何を望んでいて何を嫌がるのかわかっていたし、わざわざそれに逆らうようなことをする理由もなかったので、今まで素直に従ってきた。
 今でもその考えは大きく変わらない。が嫌だと言うのなら、竜胆の存在を感じる場所でセックスする必要性は感じない。でも、必要性はなくても一度くらいそういう経験をしてもいいのかもしれない、という考えは過った。前はそんなこと考えたこともなかったのに、先程の二人の姿を見た時、オレ自身がそうしたい、そうしてみたいと思った。
 過去と少し違っているのは、竜胆に対して「オマエも混ざれよ」という意思表示ではないことだ。例えオレが目の前でを抱いていたとしても「オマエは立ち入り禁止」という主張であり、に対する所有欲でしかない。

 「竜胆くんリビングにいるから……っ!」
 「大丈夫だって」
 「大丈夫なわけ」
 「オレは気にしねぇし、バレたくねぇなら静かにしてれば?」

 左右に首を振って、それでもは難色を示した。当たり前だ、こんな理由で受け入れられる内容ではないだろう。でもオレとしては、だからこそ意味がある。

 「……蘭ちゃんお願い」
 「ダーメ。竜胆と仲良くする前に、オレと仲良くしてもらわねぇとなぁ?」
 「い、今じゃなくても」
 「今じゃないとオレ死んじゃうかも」

 冗談を交えながら、の耳元で笑って言い放った。誤解だったとは言え、竜胆とできてオレとできないとは言わせない。
 キスしながら徐々にの下半身に手を伸ばす。彼女が黙って流されるわけもなく、両手で阻止してきた。それでも、深く口付けると力が抜けるのか、抵抗する力が弱まって結局はされるがままだ。そこまで苦労もなく下半身に身に着けていたものは全て脱がし終えると、次は上半身に取り掛かる。寝るときはスウェット一枚だったはずなのに、この部屋を出るときに身に着けたであろうブラがしっかりと邪魔してきた。背中に手を回すのも同じように拒絶されたものの、手を滑り込ませるのに成功してしまえば後は簡単だった。

 「蘭ちゃん、やっぱり……」
 「何言ってんだよ今更。ハイ、頑張って」
 「んっ!」
 「別にいつも通り声出してもらっても、オレは全然いいけど?」

 やんわりと胸を揉んでいた手で軽く突起を摘まむと、油断していたのかは今日一番大きく声を上げた。今くらいの声量だとギリギリ竜胆には聞こえなかったかもしれないけれど、これで終わらす気はない。同じように胸を何度も攻め続けていたら、涙目になりながら彼女は自分の手で口を塞ぎ始めた。

 「それ反則ー。手ぇ離して……ムリムリ、首振ってもダメなもんはダメ」
 「だって」
 「仕方ねぇな。ホラ」
 「ンむッ!?」
 「それ咥えるのだけは許してやる」

 は上半身にスウェット一枚身に着けているだけだ。下着もズボンも既に取り上げた状態でわざと上半身にだけ服を着せているのは、スウェットの裾部分を咥えさせるためだった。半ば捻じ込むような形で無理矢理に裾を噛ませると、彼女は素直に布を口に含んだまま愛撫に耐え始める。

 「……んくッ!んっ……ふぅ……」
 「自分で裾咥えて胸見せてるみてぇ。痴女的な?最高」
 「……蘭ひゃん……やらぁ」
 「何が嫌?大丈夫、可愛い可愛い」

 竜胆の存在というプレッシャーと自分のさせられていることに対する羞恥心の所為か、遂にが泣き出した。あまりにも酷くすると嫌われてしまいそうなので、抱きしめてよしよしと背中を撫でる。彼女が布を咥えていてキスできない代わりに、一方的に瞼や額、髪の毛など、あらゆる場所に口付けた。酷いことをしているのはオレ自身なのに、そんなオレが彼女を慰めている矛盾はありながらも、これで落ち着きを取り戻してしまうのだからなのかもしれない。

 「落ち着いた?よしよし、じゃあ続き。次はこっち」
 「……ふぅんッ!んっ、んーッ!」
 「指入ってんのわかる?でもまだ何本か入んなぁ?」

 布を咥えるのは食いしばるのにはいいかもしれないけれど、声を抑えるのに役立つかどうかオレは知らない。それでも手を使うのを禁止されているは、スウェットを咥え続けるしかなかった。彼女に貸しているオレのグレーのスウェットは、既に一部唾液をたっぷり含んで色が濃くなっている。びちゃびちゃの布を口に、彼女は時折目をぎゅっときつく閉じながら、ナカを掻き混ぜられる快感に耐えていた。耐えると言っても、既にもう何回か指を締め付けて達してしまっている。

 「んっ……ふぅ……ん、んっ、んんッ!んくっ……」
 「三回目よくできましたぁ。なんだよ、竜胆がいても問題ねぇな」
 「んんッ!んー!んーっ!」
 「やっぱ嫌?いつもと変わらねぇのに?」

 ナカの壁を擦られて、本日三回目の絶頂を迎えたは多分、自分でもわけがわからなくなっているに違いない。僅かに理性は残っていて、心のどこかで竜胆のことを気にしてはいてもそれどころじゃない自分がいる。声も抑えられているのかどうかわからず、もう全部どうでもよくなりかけていたかもしれない。
 そんなところに竜胆の存在をチラつかせると、理性が息を吹き返したかのようには全力で首を振った。この雰囲気には呑まれないと言いたげに声も上げて、荒い呼吸を繰り返す。

 相変わらず痴女みたいな格好をさせられているは、胸元に多数の鬱血痕や噛み痕をつけられて、まるで今までオレと竜胆で遊んだ女みたいな姿になっていた。彼女に対してここまで酷い抱き方をしたのは初めてで、こんなことをしなくても満足できていた自分に驚く。それなのに、これまでの女とは本来正反対に位置しているような彼女だからこそ、乱れてぐちゃぐちゃになっているのを目の当たりにして、こうしてしまった罪悪感より若干興奮が勝っているのも事実だった。

 「そろそろ本番いくか」
 「……はぁ……はっ、蘭ちゃ……もぅ……」
 「いいんだ?口解放しても」
 「よくないけどっ、でも」
 「後悔しても知らねぇよ?」

 オレに物申すには口に咥えているスウェットを解放しなければならない。が布に噛みつくのをやめると、スウェットが吸いきれなかった唾液が口元からだらしなくこぼれた。今の彼女にはその液体を拭う余裕も、それに構っている暇もない。今まで必死に咥えていた布を放してでも主張したのはもちろん、この行為の中止を訴えることだった。
 それでも、そんなの決死の行いが実を結ぶことはない。彼女の言葉を遮るようにして言い返しながら、オレは自分の準備を着々と進めていった。もう既にくたくたの彼女は、オレが腰を掴んでも抵抗する元気は残っていないようだった。

 「今日は優しくできねぇかも」
 「ッあ!らん、んっ……あッ……んやぁ!」
 「あーあ、流石に今ので竜胆も気付いたなぁ。オレもう知らね」

 最初から今に至るまで、優しかったことなんかほとんどない。自分で吐いた台詞に笑いそうになりながらも、の奥を目指して遠慮なしに突き進めた。質量の違う圧迫感と食いしばる為の布を失くした彼女は、今までと比べものにならない声量で声を上げる。再び彼女の手が口元に伸びたところを、両手で掴んで阻止した。手首をマットレスに押さえつけるような体勢はオレの身体の支えも兼ねているので、体重が前方に乗る。狙っていなかったその体重移動の所為で、彼女は更に嬌声を上げる羽目になった。

 「ふぁあ!だめ、だめだめ!んくッ……ぁあ!」
 「……っあー、危ね。気ぃ抜いたらイきそ」

 挿入してそれほど時間は経っていないのに、既にが出来上がりすぎていて、全てを搾り取ろうとしてくる。熱いしうねるし絡みついてくるし、セックスのことだけ考えていたら早漏野郎みたいなことになりかねない。もう少し前の段階で挿れて慣らしておくんだったと後悔しながらも、この後のことを考えて気を紛らわせるしかなかった。
 は必死に身体を捩って横を向いて、なんとかして声を抑えようとしていた。もう手遅れだとは思うけれど、少しでも喘ぎ声を布団に吸わせようとしているような彼女が可愛い。それなのに、こんなになっても全部竜胆のことを気にしての行動なのが悔しい。

 一度のナカから抜いてから、彼女が精いっぱい身体を捩っているのを利用して、身体を反転させた。いきなりの事で訳がわかっていない彼女は起き上がろうともしない。の腰を持ち上げたとき、これから何が起こるのか察した彼女は、懇願するような瞳でオレを振り返った。

 「らんちゃん……」
 「頑張ったにご褒美」
 「今日はだめ……らんちゃん、本当に」
 「挿れた瞬間イくなよ?イっても終わらせねぇから」
 「おねが……っぁん!んっ、んぁ!あぁッ、んんっ!いゃあッ!」

 まだが何か言おうとしていたのを無視して、一気に腰を押し進めた。彼女がバックで突かれるのに一番弱いのは、オレだけではなくもちろん本人自身が誰よりも理解している。ギリギリ果てさせないように、ゆるゆるとピストンしていても反応が正常位のときとは段違いだ。顔をマットレスに押し付けているおかげで、ほとんど悲鳴のような声が吸収されているのだけが、彼女にとってせめてもの救いかもしれない。
 膣のナカが収縮を繰り返して、があともう少しで達しそうになっていた。それをわかっていてあえて腰を打ちつけるのをやめる。シーツを思い切り握りしめていた手が緩められた。状況が理解できていないのか、それとも期待していた快楽が与えられなかったせいなのか、激しい呼吸を繰り返しながら彼女が様子を窺ってくる。

 「今日はもうこれで終わりにすっから、最後にゲスト呼ぼうぜ」
 「……ゲスト?」
 「決まってんだろ、竜胆だよ」
 「……え?」
  
 竜胆の名前が出た瞬間、が目を見開いた。同時に滲み出た彼女の絶望の表情を、オレは初めて見たような気がする。

 「……どういう意味?」
 「そのまんまの意味。参加はさせねぇよ?鑑賞だけ」
 「ま、待って蘭ちゃん、それは」
 「竜胆ー!オレの部屋来い!」

 セックスしている姿を見られるだけでも嫌だろうに、この体勢じゃ部屋に入ってきた竜胆の方を向いて突かれるわけだから、今まで以上に抵抗したくなるのもわかる。途端に暴れ出したを、体重をかけるようにしてマットレスに抑え込んだ。ピストンは一旦休止しているものの、バックが寝バックに変わっただけで、状況は相変わらずオレのほうが有利だった。

 「竜胆!オイ!」

 を脅かすようなことを言ったけれど、竜胆は部屋に入ってこないと予想していた。リビングでのオレの反応を目の当たりにした竜胆が、のこのこやってくる程バカだとは思えない。これまでと違って自分も混ざって3Pするなんて期待できる状況じゃないだろうし、むしろ二人の問題に巻き込まれるのは御免だと考えているだろう。この部屋で起こっていることを察した時点で自室に向かった可能性もある。もしかしたら既にもうこの家の中にすらいないかもしれない。
 案の定、リビングからは返事どころか物音ひとつ返ってこなかった。竜胆の登場を何より恐れているは、なるべく息を殺してドアの外の様子を伺っている。気を逸らしている彼女の腰を指でゆっくり撫で上げると、反応が疎かになっていた部分が思い出したかのように再びオレを締め付け始めた。

 「竜胆来なかったなぁ?」
 「もう、ゆるして……」
 「許す?多分が思ってるほど、オレ怒ってねぇよ」
 
 世間一般的な考え方なら、オレのしていることは怒っている人のすることで、その感情は怒りだと指摘されるだろう。その可能性も、自分で嘘をつくようなことをしているのにも本当は気付いている。こうまでしても「怒っていない」と主張したいのは、思いのほか大きかったショックを隠すためなのかもしれない。
 また泣きそうになっているのを、は下唇を噛んで我慢していた。変わらずに指で腰の辺りを行ったり来たりさせながら、どう返そうか言葉を選ぶ。

 「怒ってねぇけど、オマエらにわからせてやろう思って」

 今更ながら、嫉妬の二文字が脳裏に浮かんだ。結局これなのかと思い始めると、笑ってしまいそうになる。

 「セックスするのに困る程の身体硬くねぇから、ストレッチしなくても平気だって」
 「……?」

 の表情が「そんな理由で?」と語っているように感じた。もちろん半分本気で半分建前だ。
 言葉にはしたくないけれどわかって欲しい。どうでもよかったら、こんな風に説明したり理由をつけて正当化させようとしたりなんかしない。優しくするのは面倒くさいだけだ。
 じゃあ、始めからこんなことしなければよかったと言うのもそれはそれで違う。普通の女になら口で言って、態度で示してやればいいなんて常識は知っている。でも、愛情の裏返しみたいなことを思いついてしまったんだから仕方がない。
 
 「が頑張ったから、もうどうでもよくなったけど」

 汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔に張り付いた髪の毛を、丁寧に払ってやる。口を半開きにさせて浅く呼吸を繰り返すの瞳は、先程みたいに絶望に染まりきった色をしていなかった。一方的に噛みつくようにして始めたキスも、今はお互いが舌を絡ませて貪っている。これだけでの膣は運動を再会した。湿り気を帯び、少し動くだけでぐちゅぐちゅと音が鳴る。
 腰を持ち上げて体勢を整えている間もは抵抗しなかった。全部受け入れたのか、それとも諦めや疲労が勝ったのかはわからない。黙ったまま徐々に腰を押し進めて行くと、先程とは違った声が聞こえ始めた。相変わらずくぐもった声なのには変わりないものの、悲鳴のような声とは少し違う、いつもの彼女の甘い声に安心感が湧きあがってくる。

 緩急をつけながらピストンを続けているうちに数分では果てた。彼女の締め付けに耐えかねて直後にオレも射精する。いつもならシャワーに直行するのに、倒れ込むようにベッドに身体を投げ出した彼女は、起き上がる気配のないままそのまま小さな寝息を立て始めた。
 彼女に布団を被せた後適当に拾い上げたスウェットを身に着けて、竜胆の様子を見に行くために一人部屋を出た。



* * *



 「……蘭ちゃんに謝ってくるね」
 「オレも一緒に行く?」
 「ううん、二人で行くと蘭ちゃん素直になれないかもしれないし……言い訳っぽくなるのもよくないと思うから」
 「……わかった」
 「でも竜胆くんもあんまり気にしないでね。竜胆くんは何も悪い事してないし、悪意も下心もなかったんだし」
 「そりゃそうだけど……」
 「話せば蘭ちゃんもわかってくれるよ。だから、謝る前からこんなこと言うのもおかしいけど、戻ってきたらまた今まで通りに接して欲しいな」
 「オレのことは気にすんなって。これ以上兄貴怒らせたら面倒くせぇことなるぞ」
 「ごめんね竜胆くん、でもありがとう。それじゃ、ちょっと話してくる」

 には悪い事をしたと思っている。このまま二人が別れるなんて事態にまでは発展しないはずだけれど、それでも今の兄貴は相当面倒くさいだろう。兄貴のことだから殴ったり蹴ったりはしないはずだ。それでも口論になるかフルシカトされて取り合ってすらもらえないか……今まで兄貴と喧嘩してきた女が泣き喚いたり、逆ギレして家を出て行ったのを思い出すと溜め息しか出なかった。相手がだからそうはならないとは思いたい。の後はオレが制裁を受ける番なので、彼女が帰った後のことを考えるとそれも憂鬱だった。

 しばらくリビングで様子は窺っていたものの、何となく話し声が聞こえるような気がするだけで、状況は全くわからなかった。露骨に二人のことを探っているような雰囲気になるのが嫌で、テレビを消す気になれず、ひたすら芸人が喋りまくっている所為もあるかもしれない。番組の内容は、当たり前だけれど頭には入ってこなかった。
 
 兄貴の部屋の側まで行ってみるかどうか迷っていたところで、甲高い女の声が聞こえたような気がした。直後にテレビから笑い声がどっと沸き起こる。先程の声は聞き間違いか?所謂喘ぎ声みたいな声だった。
 急に心臓がばくばくと動き始めた。ソファの上で固まったまま、視線だけドアに向ける。あの扉の向こうで今何が起こっているのか、知りたいような知りたくないような。テレビの音量は変えていないのに、声に集中しているせいでリビングが先程よりも静かに感じた。そんな中で、オレの耳はくぐもったような喘ぎ声を敏感に拾ってしまう。反射的にテレビのリモコンを掴んで、音量を2、3くらい上げた。まさか仲直りした二人が、部屋で仲良くAV鑑賞しているわけがない。……と言うことは、あの声はのものだろう。
 これまで兄貴とがヤっているのを、見たこともなければ聞いたこともなかった。兄貴はそういうことを気にしないし、気にしなさすぎて同じ女を回したこともあるくらいなので、に関しては意図的に悟られないようにしているとしか思えない。彼女の要望であることも簡単に想像できた。
 オレはソファに横になって、できるだけテレビに集中しようとした。芸人の笑い声よりもの声がはっきり聞こえるようになってきて、もっと音量を上げるか迷う。気まずさを理由に出かけることも頭を過ったけれど、彼女のことが心配だった。兄貴の判断の元こういうことになったとしても、が全てを了承したとは考えにくい。

 「竜胆ー!オレの部屋来い!」

 いっそ本当にこのまま眠ってしまいたいと思っていたところで兄貴に名前を呼ばれて、ソファの上で飛び上がった。何でオレが呼ばれた?が部屋から出てきた気配はないし、まさか今までの女みたいにしようって?何が起こるかわからないけれど、今部屋に入ったら後戻りはできなくなるだろう。でも出来ることなら、オレはが望んだように彼女には今まで通りに接したい。

 「竜胆!オイ!」

 もう一度兄貴に呼ばれたのをオレは無視した。こうなったら、オレはリビングで居眠りしていたことにするしかない。今もオレは眠っているし、何ならの喘ぎ声だって聞こえていない。全ては夢だ。
 もう先程からテレビはほとんど機能していなかった。オレの耳に届いているのは先程の兄貴の声と、いつもとは全く違うの嬌声だけだ。反応くらいしてもおかしくないのに、余程ショックだったのかオレの下半身もテレビと同じくらい機能していなかった。先程から目を閉じて早く終われと心の中で念じ続けている。うるさいから終わって欲しいのではなく、純粋にこの場にいるのがしんどかった。こんなことは初めてだ。ごめん、今まで通り接するには少し時間がかかるかもしれない……。

 どれだけ気まずい時間を過ごしたのか、いつの間にかの声は聞こえなくなっていて、テレビ番組も違う内容に変わっていた。扉の開く音がしたと思えば、すぐ後ろから兄貴に名前を呼ばれて、オレはさも今起きましたみたいな、ダルそうな顔をする。兄貴には寝たフリがバレていたとしても構わない。重要なのは、寝ていた体で話を進めれば、誰も傷つかないということだ。

 「竜胆」
 「……なに……今何時?」
 「オマエ寝てたのかよ」
 「……が話しに行くって見送って、そっから寝てた」
 「あっそ」

 兄貴の着ているスウェットは何故か上半身の一部が変色していた。何があってそうなったのか気になるのに、聞くのが怖くてとてもじゃないけれどツッコむ勇気がない。の体液だなんて返ってきたら墓穴を掘ることになる。

 「あっそじゃねぇよ、ちゃんと仲直りした?……まあオレも悪かったけど」
 「したした。多分」
 「はっきりしねぇなぁ」
 「元はと言えば誰が悪ぃんだっけ?」
 「……だから、悪かったって」
 「悪ぃって思ってんなら、オレが連絡するまで外ぶらついてこい」
 「はぁ?今から?」
 「今から。ちなみにいつ連絡するかは未定」

 はまだ兄貴の部屋だ。オレが家の中にいるといろいろと都合が悪いのもわかるし、何なら自分から適当に理由を作って外に出ようかと思っていたくらいなので、向こうから切り出してくれたのは有難かった。だとしても、ここで物わかりが良すぎるのも不自然だし、何も事情を知らないはずの人間なら必ず聞くであろう質問をぶつけておく。

 「別にいいけど、何で?」

 おかしなことなんか聞いていない。ごくごく普通の流れで兄貴に尋ねただけだ。それなのに、少し間をおいてから兄貴はニヤリと笑った。
 
 「オマエがいると、が部屋から出れねぇから。竜胆はずっと寝てたから何も知らねぇし、が寝てる間に出かけたって言っとく。だからオマエも、今度に会っても上手くやれよ?」
 「……」
 「流石にあの状況で寝てる奴は男じゃねぇだろ。……さて、オレも着替えるか。見ろよこれ、の唾のシミ」

 立ち上がった兄貴は例のスウェットの変色した部分をを摘まんで見せてくる。兄貴を騙せているとは最初から期待していなかったけれど、もう何も言い返す気になれず、出掛ける準備をするために黙って自室に向かった。
 今まで通り接するのに時間がかかるなんて言ってられない。次に会ったとき、少しでも不自然な言動をすればオレは兄貴に殴られる。



























後編が少し長くなりましたが書きたい部分は書ききることができました。
甘々な感じじゃなくてすみません…。お付き合いいただきありがとうございました。
2023/02/20