悪あがきに反する現象 03


 友人にピアスのことを話すのは少し憂鬱だった。でもあのピアスは別の高校に進学した友人が贈ってくれたもので、とても大切なものだ。このまま諦める気持ちにはなれない。ピアスが大切だということ、できれば探して欲しいということ。そこだけをなるべくシンプルに伝えれば大丈夫だと言い聞かせながら、一昨日ぶりに友人の前に立つ。

 「帰る時何で声かけてくれなかったの?」
 「だって寝てたし。つーかお前いなくなってちょっと焦ったんだぞ」

 ものすごい眠気だったし、盛り上がってるところに割って入って、横になってくるとは言いだせなかった。そう説明すると友人は豪快に笑った。

 「まああれだけ酒飲めば眠たくもなるよな!」
 「ちょっ、声大きい!」

 学校で何を言い出すんだと詰め寄ると、友人は再び笑い声を上げる。彼は機嫌が良かった。無事にプレゼントを渡し終え、妹もそれを気に入ってくれたそうだ。一通り彼の妹の話を聞いてから、私は本題を切り出すことにした。

 「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど」
 「どした?」
 「それが……竜胆くんの家でピアス片方失くしたかもしれなくて……」

 予定通りそのピアスが大切なものであることを説明してから、連絡を取って聞いてもらえないか頼み込む。すると友人は、困った様子で携帯をいじり始めた。

 「オレが竜胆くんと直接繋がってるわけじゃないんだわ」
 「そうだったの!?」
 「そ。まあ声掛けてくれた奴に連絡はしてみるけど、あんま期待すんなよ?」

 「ピアスちっせーんだろ?」と言いながら文字を打つ彼は、恐らく声を掛けてくれた人にメールしてくれている。それだけでも有難いのでお礼を述べた。すると彼は文字を打っていた手を止め、ニヤリと笑う。嫌な予感がする。

 「竜胆くんと何かあった?」
 「何かって何?」
 「もしかしてわざとかなって」
 「それは本当にない。帰り道に落としたかもしれないし」
 「ハハ、だよなー」
 「それにそんなセコいこと考える子、竜胆くん嫌いでしょ」

 懸念していた通りの反応が返ってきたので、溜め息混じりに言い返した。そんな手で落とせると思われている竜胆くんにも失礼だ。友人の目が少しだけ見開かれる。「どうしたの?」と聞くと軽い調子で「別にー」とだけ返ってきた。

 「とりあえずメールしといた。返信来たら言うわ」


* * *


 あれから1週間くらい経った。始めの頃は返信があるのではないかとそわそわしていたけれど、これだけ時間が経つと私の中でも諦めの色が強くなってきた。帰り道は下を向いて歩いて、ピアスが落ちていないか探してはいる。成果はない上に、これだけ時間が経っていれば、見つけたとしても踏まれたり蹴られたりして壊れているかもしれないので、どちらにせよ絶望的だった。

 今日も地面を見つめながら、昨日と少し場所をずらして歩いた。光る物が落ちていて一瞬期待したのも束の間、ちぎれたボールチェーンだとわかったとき、落ち込みは倍になった。しゃがんだまま溜め息を吐く。そのまま道路の端で丸まっていると、不意にポケットの中の携帯が震え始めた。のろのろと待ち受けを確認する。登録されていない番号からの着信だった。非通知ではない。でも見覚えもない。出ようか迷っているうちに電話は切れた。ポケットに携帯を戻そうとしたところで再び同じ番号からの着信が来て、私は電話に出ることにした。

 「……もしもし」
 『あ、出た。オレ、竜胆』
 「……?」

 オレオレ詐欺のような滑り出しで始まった電話の相手は、竜胆くんだと名乗った。本当に?待ち受けに名前が出ているはずもないのに、一度耳から離して確認する。相手の顔が見えるわけでもないので、確かめようはない。

 「えっと……電話ありがとう。ピアスのことかな?」
 『そう』
 「わざわざ誰かに番号聞いてくれたの?」
 『いや、番号は調べて買った』
 「お、お手数おかけしました」

 友達経由で伝わったと思った電話番号は、正規のルートで得たものではないと言う。「調べて買う」という聞きなれないフレーズに困惑した。でも、あっさりとそこを明かしてしまうのは竜胆くんらしい。

 「ピアス、どうだった?」
 『……家にあった』
 「本当に!?よかったー……」
 『で、いつ取りに来る?』
 「え」

 ピアスが無事ならそれでよかったし、急いで引き取りに行くことはないと思っていた。当然のように友人に預けておくから、といった流れを想定していたのだ。だから、私が直接受け取りに行くことになっているのが意外だった。でもよくよく考えてみれば、迷惑でないのならお礼も兼ねて、直接訪ねるのが筋ではある。

 『取りに来ねぇの?』
 「ううん、行く!行きます」
 『いつでもいいけど家にいねぇこともあるし、来る前に一応連絡して』
 「……この番号に?」
 『他にどこにかけんだよ』
 「そうだけど……。これ、竜胆くんの番号?」
 『兄貴のなわけねぇだろ』

 お兄さんの携帯からかけているかもとか、そういう問題ではない。上手く説明できないのでその場は笑って誤魔化した。電話を切ってそのままの流れで連絡先に竜胆くんを追加する。私の友人も知らない連絡先を知ってしまうなんて、何だか信じられなかった。




























2022/08/20