「はぁ?冗談じゃねぇ!」

 抗議の声が空しく会議室に響いた。先程から発言する声はあっても、誰一人としてオレの側に立って援護射撃してくれる人間はいない。それどころか、まともな意見を言っていると見せかけて面白がっている奴が大半だ。
 粘るオレを後目に九井がこの件はもう終わりだと言わんばかりにまとめに入り始める。それでも納得が出来ず、テーブルを叩くようにして椅子から立ち上がると、今まで一言も発さなかったマイキーの目が僅かに細められた。

 「もう決まったことだろ、三途」
 「……クソッ!」

 流れから察するに形勢逆転する望みが薄かったのは承知している。その僅かな望みがたった今、ボスの一言で消えてなくなった。これ以上この場で冷静にいられる自信がなく、まだ会議は続く予定だったのにも関わらず、そんなことは無視して部屋を去る。勢いよく閉めた扉の音を背に、当てもなく足を進めた。

ホワイトアウト 06


 事の発端はオレ主動で進めていた資金集めの一つに、九井が興味を示したことだった。小耳に挟んだ情報を元に資金集めのターゲットとなる企業や団体は決めていて、九井が目を付けた企業も始めはその一つに過ぎなかった。扱う企業の規模としては確かに大きめではあったものの、オレにとっては特別なことはない。いつものように適当に弱みをチラつかせ、様々な手で突いて金を毟り取るだけの簡単な仕事のはずだった。

 「暇そうで何よりだなぁ、三途」
 「オレが暇してるように見えてんならさっさとその頭、スクラップにしてもらえよ」
 「冗談だって」

 雑魚相手だといちいち資料を作ったり会議にかける必要はなく、数人の部下だけ連れて乗り込んでいくこともザラにある。ただ、相手がそれなりの規模のになってくると陰でよろしくない相手と手を組んでいたりするので、そうもいかない。そんな「もしかして」の可能性のある企業と団体をいくつかリストアップし、資料のチェックを渋々しているところにやって来たのが、暇を持て余した九井だった。

 「相変わらず訳のわかんねぇ案件ばっかだな」
 「金になりゃなんでもいいだよ」
 「まぁな。……ん?何だこれ『後継者問題』?」

 へらへらしながら資料を流し見していた九井が手を止める。そう言えばそんな情報のある企業があったと記憶を辿りながら、九井の持っている資料を覗き込んだ。

 「あぁ、それ。どこまでガチかわかんねぇが、情報自体は信憑性があるらしい」
 「へぇ」
 「頭悪ぃよな、これを機会に経営体制見直せって」
 「……これ、ちょっと調べさせてくれ」
 「はぁ?マジで言ってんのかよ?」
 「こういうオッサンなら、知らねぇとこで女孕ませててもおかしくねぇだろ?」

 九井の主張は最もだった。もし仮にこの経営者すら存在の知らない実子がいて、そいつが生きていたとしたら。企業なんて突くところは探せばいくらでも出てくるしこれ以外に粗探しするつもりだったが、会社の存続をかけた問題となれば話はデカくなるだろう。バカバカしいと思っていたのが、少し面白くなってきた。


 数日後。話す前から笑いを隠しきれていない様子の九井に声をかけられ、二人で適当な空き部屋へと移動した。

 「面白ぇ事になった」
 「この前のアレか?」
 「あぁそうだ。予想通り、一人見つかった」
 「マジかよ」

 九井がファイルから資料を取り出す。まず最初に見せられたのはどこかの筋から入手したであろう女の履歴書だった。貼り付けられている写真と経歴に目を通していると、他にも次々と資料が出てくる。既に調査を進めているらしく、日常生活を盗撮した写真も大半は同じ女が写っていた。

 「しかもだ。調べてみたら、かなりの上玉だった」
 「はぁ?どういう意味だ」
 「この女は愛人や浮気相手のガキじゃねぇ。一人目の嫁との間にできたガキだ」
 「は?」

 先程から九井の説明に「は?」としか返せなかった。「一人目の嫁と」言うからには離婚、再婚しているのは確かだろうが、こんな人間だからこそ親権を譲るとは思えない。オレが眉間に皺を寄せたのを見た九井は、更に続ける。

 「理由はわからねぇが、こいつが生まれる前……それも妊娠しているのを伏せられたまま、嫁とは離婚したらしい」
 「……じゃあオッサンはこの女の存在すら知らねぇってのか」
 「そういうこと。まぁ、一部で噂になるくらいだからな。そろそろ向こうも動きだして、すぐに知ることになるだろうが」

 どういう経緯でこの夫婦が離婚することになったのかについては興味がなかった。渡された資料を捲りながら、九井の話の続きを待つ。と言っても、どんな話の流れになるかはだいたい予想はついていた。

 「わかるだろ?この女を人質にして奴らを釣る。あいつらが全てに気付く前にだ」
 「……」
 「状況は一刻を争う。さっさと会議に通して実行に移そうぜ。オマエが考えてた以上のデケェ案件になる」

 九井は既に金の事はあれこれ計算済みだろう。こういう事に関してはこいつの右に出る奴はいない。ちょっとした小遣い稼ぎくらいに思っていた案件が思わぬ方向に転び始めて、オレ自身も悪い気はしなかった。
 機嫌の良さそうな九井は、オレの肩を組んだ。コイツのテンションが上がっているのはわかっていても、馴れ馴れしく顔を覗きこまれたのが不快で静かに睨み返す。部屋にはオレ達以外誰もいないのに、声のトーンを落として九井は続けた。

 「このプロジェクトのリーダーはオマエだ。オマエが持ってきた案件だからな、三途」
 「……何が言いてぇ」
 「オレは調べただけだ。でも調べたのはオレだ。計画にはオレも参加させろよ?」

 オレ一人の手柄にするなと念を押してから、九井は部屋を去った。ウチの調査部も使っただろうが、九井個人の情報網のことを考えるとコイツを無視して話を進めることは無理だろう。下手に蔑ろに扱って、内部から報復を食らうのは御免だ。

 九井が置いて行ったままの資料を集めながら、次の幹部会の日程を確認する。先になるようなら緊急招集することも考えたが、丁度明日に簡単な報告会として集まる予定があった。会議を通すと言っても適当に計画の流れを説明するだけで、余程酷い内容でないと却下されることはない。細かい中身について説明を求められることもほとんどないし、あいつらの興味は金と、自分たちに面倒が降りかかる可能性があるかどうかだけだ。その辺りの手配や説明は九井に任せておけばいい。どうせ奴の頭の中には、既にいくつかのプランが出来上がっているだろう。あの様子では明日の幹部会で議題に上げるだろうし、オレは発案者として堂々と座っているだけでよさそうだった。



* * *



 「珍しくオマエにしちゃあぶっ飛んだ案件持ってきたな」
 「どうせ九井の入れ知恵だろ」
 「うるせぇ」

 九井がオレに見せたのと同じ資料を全員に配り終えると、どこからともなく笑いが起きた。会議とは言っても集まるのは幹部しかおらず、何か問題が起きた場合を除いて雰囲気は緩かった。たまに菓子を持ち込む連中すらいるくらいだ。
 一通り説明を聞かされた他の幹部連中からは案の定反対意見はなく、計画が実行されること前提で話は進んでいった。女を拉致して人質に取るなど、余程の額が動かなければそんなことは誰もやりたがらない。こんな少々過激で面倒な案件はほとんどないと言えるだろう。話は早々に終わると思いきや、面白がっていつもよりも食いついてくる奴が多かった。
 
 「で、その女は誰がどこで面倒見んだ?」
 「第三倉庫が空いてんだろ。あそこにブチこんどきゃいい」
 「これからどんどん寒くなんのに、ハナから生かしとく気ねぇのかよ」
 「女の生死なんてどうでもいいだろうが」

 幹部連中の興味は具体的な計画の中でも特に「人質をどう扱うか」に集中した。誰の管轄の建物を使うのかといった具合に、自分たちが巻き込まれる可能性を気にしてのことだろう。もし向こうに突入するとなっても最初から応援を頼む気はなかったし、人質に対しても同様だったので早々にこの話題を切り上げようとした。長期戦覚悟の案件とは言え、いつも通りのやり方を提案すると九井から待ったがかかる。

 「いざとなりゃあ女は始末するが、最初から殺す前提でいられるのは困る」
 「じゃあどうすんだよ」

 最終的に向こうに死体を返すとなると、大問題になるのは避けられない。そうなってもドンパチすればいいくらいに考えていたオレとは反対に、九井は慎重だった。仮に本当に人質の死体を引き渡す流れになったとして、こういう時のトラブル処理は大抵九井に回ってくるのだから、奴にすれば人質が生きているのに越したことはない。当然と言えば当然だ。
 人質の扱いについて他の案を考えてもいなかったオレが投げやり気味に言い返すと、思いもよらぬ方向から意見が飛んできた。
 
 「三途が連れて帰って面倒見れば解決だろ」
 「はぁ?」

 訳のわからないことを言いだした灰谷蘭を睨みつける。組んだ手で隠してはいるものの、口元は笑みを浮かべているに違いない。

 「確かに。オマエん家異常に綺麗だし」
 「それとこれとどう関係あんだよ」
 「人質も快適に過ごせんだろ」
 「人質に快適な場所を提供する理由なんてねぇだろうが」

 灰谷蘭に続いたのは弟の竜胆と望月だった。明らかな悪ノリにいちいち真面目に返すのも癪ではあったが、このまま変な流れで押し切られては困る。淡々と説明するオレに対して、他の奴らが楽しげなのも気に入らなかった。暇潰しにしてんじゃねぇぞ。

 「倉庫が却下なら場所なんざこのビルの空き部屋でもどこでもある」
 「逃げられたらどうすんだよ」
 「見張りでも何でもつけりゃあいいだろ。それともウチに監禁してりゃ逃げねぇとでも思ってんのか?」

 あれこれ難癖をつけられていることに苛立ちが募っていった。何が何でも自分たちは被害を被りたくない、それでいて下っ端に面倒見させるのも面白くねぇから、どうせなら三途に押し付けて遊びたいとコイツらの心の声が聞こえてくるようだ。

 「オマエ、リーダーなんだろ?」
 「こんな時だけリーダーの肩書き持ち出してんじゃねぇ!」

 都合よくリーダーだと担ぎ上げてくるのは、狡さだと九井の次くらいに候補に挙がる武臣だ。咄嗟に声を荒げてしまったのを後悔しつつ、深呼吸して話の軌道修正に取り掛かろうとする。

 「一つ言えるとすれば、三途のマンションなら連中も派手なことは出来ねぇってことだ。他の住人の目があるからな」
 「……おい、オレは認めねぇぞ」

 ようやく口を開いた九井がまさかあちら側につくとは思わず、反論する声に殺意がこもった。本来オレを庇う立場である九井までも味方につけたオレとマイキー以外の奴らは、嬉々として畳み掛けてくる。

 「昼間は住人がいるし、夜は三途が見張れるならそれでいいじゃねぇか」
 「リーダー直々に見張ってくれるなら安心だなぁ」
 「決まりだな」
 「はぁ?冗談じゃねぇ!」
 
 この後ボスであるマイキーの一言で、オレにとって状況は絶望的になった。会議室を飛び出して廊下を歩きながら込み上げてくるのは、尚も苛立ちの感情だ。人質の面倒を見る羽目になるなんて冗談じゃない。しかもよりによって自宅でだ。
 オレが潔癖だと知っていて、あいつらが面白がっているだけなのは明確だった。それと同時に全ての面倒事もオレに押し付けようとしている。何がリーダーだ。この仕事が無事に終わればオレの取り分も相当なものにはなるだろうが、金の事がどうでもよくなるくらいにはイラついていた。

 ダミー会社の運営なんかよりも、こっちの仕事のほうが余程自分には向いていると思っていたし手っ取り早いしで、今までもこういうことは進んでやった。それが今回ばかりはそうも言っていられない。今からでもこのプロジェクトのリーダーとやらを九井に擦り付けたかった。なんならこの計画ごと降りることも脳裏を過ったものの、既にそれが許されない段階まで来ているのも理解していた。オレをリーダーに仕立て上げ、それを強調しつつ自分も計画に参加するなんて、あいつは今頃上機嫌だろう。九井にまんまと嵌められた。



























2023/06/17