肖像画の中とはいえ、それでも行事前の浮ついた空気というものは伝播する。 “その日”のために、生徒たちが密計をあちこちに張り巡らせるものだから、私たちも例外ではなく 何か企みごとをしているような気分になるのだった。私たちの中で一番に浮かれているのはフィニアスで、 その次に浮かれているのは意外にもアルバスだった。

この世を生きる者ならば、否応無しに惹き込まれそうになる空気の中、それでも“彼”は 日常と変わらない姿勢を貫いている。そのことはある種、尊敬にさえ値すると私は思う。

少しくらい、休んだって良いのに。誰も咎めはしないのに。
きっと子供の行事沙汰に便乗するのが嫌なのだろう、とは思うけれど、それでもやはり少し、寂しい。 そう感じてしまうのは、私が我がスリザリンを心から愛している所為かもしれない。


「ハッピーバレンタイン、セブルス」
「………何のおつもりですか、女史」
「今日はバレンタインデーでしょう?」


だから私は彼に、ショコラを一粒差し出した。 彼は眉根を寄せ、私のことが理解できない、とでも言うような表情をしている。
彼がこのキャンバスの向こうにいて、こちらの私とは物理的に相容れないのだということは、分かっている。 けれど、私が出来ることは、キャンバスのこちら側にだけしか無いのだ。


「気持ちだけでも、受け取ってくれないかしら?」
「…………」
「セブルス、あなたもいずれはこちらに来るのですよ。古株のご機嫌伺いくらい、こなさなければ」


スリザリンでしょう、と付け加えると、彼は口の端を歪めて「仰るとおりで」と言った。 それから杖を振り、どこからともなく鈍い色のゴブレットを取り出すと、それにワインを満たした。

「それではお気持ちだけ頂きましょう」と彼が言い、私はショコラを持った指先を少し上に掲げた。 気持ちだけは、彼のゴブレットと乾杯をしているつもりだ。


「いつもありがとうございます、セブルス」