バレンタインデーというのはそもそも聖ウァレンティヌスが当時の法律で禁止されていた“結婚”というものを 執り行ったがゆえに殉職したことに由来するわけだが、どういう訳かイギリスを含め西欧諸国では 男が女にカードや花と一緒に「Be my Valentine!」というこっぱずかしいセリフを贈る日ということになっている。

シリウス・ブラックは今まで女性に関して不便を感じたことはなかったばかりか バレンタインデーにも女の方からカードやプレゼントを貢がれる立場であったので、 ほぼ1年を掛けて真剣に口説き落としたがバレンタインデーに何のアクションも起こさなかったことに拍子抜けしたのだった。


「なあ、今日が何日か知ってるか」
「4月14日ね」
「じゃあ2ヶ月前は何の日だったか知ってるか」
「バレンタインデーね」


そこまで分かっていながら!とシリウスは苦虫を噛み潰した思いだった。 貰って当然とまでは思っていないが、自分の想いを受け入れてくれたのだからと少なからず期待だってしていた。
しかしはバレンタイン当日も、今日がその日だということさえ知らないかのような無関心っぷりだったのだ。 自分だけ浮かれているのもバカらしくなって、初めて自分から渡そうと思ったカードは 今もシリウスのローブのポケットの中で出番を待っている。

は黙々と分厚い本を読み進めていて、まるでシリウスのことなど構わない。 頬杖を突きながら何気なくのレポートに目を落とすと、ルーン語の文法間違いに気付いてしまった。 とんとん、と人さし指でテーブルを叩いての注意を引く。はすぐに杖を取り出し、間違えた箇所を修正した。 手早いものだ。シリウス絡みのことにもこの手早さがあったら良いのに、と彼は密かに思った。


「今日は4月14日だけど、1ヶ月前が何の日だったかは知ってる?」
「3月14日か?あー……知らね」
「ホワイトデーというのよ。アジアの東端ではバレンタインのお返しのようなイベントをするんですって」


再び本に視線を戻しながら、が静かな声で言った。ホワイトデーか、とシリウスは反芻する。 しかしシリウスももお互いに何もプレゼントをしていないのでお返しする物も無かったし、 どちらにしろ1ヶ月も前に過ぎ去ったイベントである。


「ミスター“ブラック”へ、“ホワイト”デーに“ホワイト”チョコでもプレゼントしようかと思っていたんだけど、」
「面倒になったとか言うんだろ」
「失礼ね。もっと面白いイベントを知ってしまったのよ」


本を閉じ、が顔を上げた。


「同じくアジアの東の端っこで、バレンタインにもホワイトデーにも思いを成就できなかった人のために、 “ブラック”デーというイベントをするらしいわ」
「ブラック…デー…」
「あなたのためのイベントだとは思わない?ミスター“ブラック”」
「お前、まさかそれを言うためにわざと…!」


ガタッと椅子を鳴らしてシリウスは身を起こした。は上目遣いにシリウスを見て、ごめんね、と言う。 その顔は悪戯に成功した子供のような笑顔で、シリウスは批難する気さえ失くしてしまった。

はローブのポケットからなにかを取り出し、シリウスに差し出した。 受け取って見てみれば、それはハニーデュークスで売られている中では一番苦いチョコレートだった。 当然、パッケージの色は“ブラック”である。


「“ブラック”チョコを、“ブラック”デーに、ミスター“ブラック”へ。 アドバイスをくれたジェームズに感謝しなくちゃ」
「あいつが犯人か!」