ふられた。
見事にふられた。

バレンタインに勇気を出して告白し、少し考えさせてと言われてひたすら待ち、 ホワイトデー3日後にキャンディと一緒にOKの返事を貰ったのに、1ヶ月も経たない今日、 やっぱりムリだとサヨナラされたのだ! 3日とか3ヶ月とか3年とか、3のつく期間が付き合いの山だとはよく聞くが、 私も例に漏れずお付き合い期間約3週間で破綻してしまった。 奇しくもカレンダーは4月14日、韓国ではブラックデーとして盛り上がる(らしい)日である。


「もしもし幸村?集合!黒い食べ物持ってこい!」


いっそ便乗してやろうと決意した私は、携帯を開くと幼馴染みである真田幸村に電話を掛けたのだった。 電話口の幸村は混乱した様子で「黒い食べ物?」と言っていたが、私の命令口調には何とも思っていないらしい。 優しい奴だ、と私はつくづく思う。小さい頃から私と彼の関係はいつもそんな感じだったから、もう諦めているのかもしれない。


数十分後、幸村は我が家にやって来た。
片手にぶら下げた風呂敷と、こざっぱりした出で立ちとが見事にミスマッチしている。それでも、幼馴染みである私の目から見ても、幸村はかっこいい。 しかしそんな男前な幸村でも恋路は前途多難らしく、バレンタインにはチョコの山を前にしながらも、 「本命に貰えねば意味がない」としょんぼりした顔で肩を落としていた。 まあそれはともかく。とにかく私は恋に破れた同士、幸村とブラックデーを満喫すべく呼び出したのだった。


「ハッピーブラックデー!なに持ってきてくれた?」
「ブラッ…?い、いや、佐助に聞いてみたが黒い食べ物はかりんとうしかなくて…」


渋いチョイスはきっと、信玄さんの好みでもあるのだろう。 冷蔵庫にはたしかコーラがあったはずだが、かりんとうには合わないかもしれない。
グラスと2リットルボトルを持って、幸村を自室に追い立てる。 かりんとうの袋を千切るように開ければ、甘い匂いが鼻に届いた。


「ほら食べなよ幸村!」
…お主なにをそんなに苛ついて…」
「ふられた!ソロデビューしちゃったアハハこんちくしょう!」


つかみ取りの如く、かりんとうをわしっと掴む。 幸村は「持ってきたのは自分なのに」とでもいうような顔をしていたが、私が自棄気味に笑うと途端に目を丸くして驚いた。 ぽかりと口を開けて、ジッと私にまっすぐな視線をぶつけてくる。
あんまり真剣に同情されたくなくて、できれば騒いで気分をまぎらわせたかったから呼んだのに。 何か言ってよと催促すると、ふられたのか、と幸村は小さく反応する。


「そうだよ、そうですよ。ふられましたとも。だからソロ同士慰め合おうって言ってるの。ほら食べなよ、はいあーん!」
「むぁ!やめ…っ」


私は幸村の口にかりんとうを差し込んだ。 2,3本まとめて突っ込んで、幸村がそれを全部口に入れる前にまた2,3本突っ込む。
そのうち、かりんとうの猛攻に呼吸を乱しながらも幸村は反撃に出た。 私の口にもかりんとうを突っ込んできたのだ。 半端に噛み砕かれた黒糖のカスが床にぼろぼろと落ちる。頭上には濃い茶色の菓子が飛ぶ。

いい加減に口の中の水分が奪われ尽くし、私はグラスに口をつけた。 けれど、一気に飲もうとしたせいか意外な炭酸の強さのせいか、すぐにゲホッとむせ返ってしまった。


「だ、大丈夫か?」
「ゲホッ、ムリこれ死ぬヤバイ、う、」


詰まる呼吸が苦しくて、ふられた上にこの責め苦かよと思うと虚しくて、 咳き込む度に目尻に涙が浮かんで来た。なにをしてるんだろう、私は。きっと、そんなだからふられるんだ。

向かい合っていた幸村は、手を伸ばして私の背中をぎこちなく叩いてくれた。 「大丈夫だ」と繰り返す声が聞こえる。優しい奴だ、私は勝手な女なのに。 せめて部屋の片付けは手伝わせないようにしよう、と、霞む頭でぼんやり考えた。


「大丈夫だ、さつき。俺が居る。大丈夫だからな」
「だい、じょぶ、て…うえっ…なにが」
「バレンタインにうっかり忘れられようとも、かりんとうで窒息させられかけようとも、俺が居る」


なにそれどういう意味?と聞こうとして、やっぱりむせた。 ゲホゴホと全身が震えると、その拍子に2ヶ月前の会話を思い出した。 そうだ私は、本命チョコを渡すんだとばかり張り切って、 毎年渡していた幸村と佐助へのチョコをうっかり準備し忘れたんだった。 あのとき幸村はとても残念そうな顔をして、その日一日ずっと不機嫌だったっけ。


「俺が居るからな、


ねえ、それってどういう意味?
幸村がもらえなかった本命チョコの人って、ねえ。