「珍しいね、慶次がブラック飲んでる」


ソレ、と人さし指を伸ばして慶次の手の中にあるコーヒーのスチール缶を示した。 出会い頭の私の唐突な言葉で慶次は一瞬キョトンとして、それからすぐにパッと顔を綻ばせた。


「だって今日、ブラックデーだろ?」
「ブラックデー?」


初めて聞いた、と私は言う。
今日は4月14日、バレンタインデーから2ヶ月、ホワイトデーから1ヶ月が経った日だ。 “ブラック”というからには、3月14日のホワイトデーに対抗しているのだろうか?


「なにそれ、四月馬鹿と五月本当の関係みたいなもの?」
「五月本当?」
「エイプリルフールに嘘をついた人が5月1日にその報いを受けて、言われたくなかった事実を ズバリ言われるわよ、の日」
「それこそ聞いたことねぇや」


でも面白そうだな、と慶次は鷹揚に笑う。随分昔に読んだマンガに出てきたんだよ、と私は答えた。

ひとしきり笑ってから、今度は慶次がブラックデーについて説明をしてくれた。 なんでもバレンタインとホワイトデーに負けたソロ部隊が黒いものを飲んだり食べたりしながら お互いを慰め合う日らしい。なんて悲しい日なんだろう。 五月本当の日より切ないかもしれないと私は思った。


「…で、慶次はソロ部隊なの?」
「まぁな、ビックリするくらい一人相撲さ」


中々の美丈夫である慶次がソロ部隊だというのは、意外なようで実はそこまで意外ではない。 彼は自分の恋愛に集中するよりも他人の恋愛に首を突っ込んだり巻き込まれたりすることの方が多いのだ。 しかも本人も、それで良いと考えている節が見受けられる。

慶次は黒っぽいデザインの缶を私に差し出しながら、首を傾げた。 このコーヒーは確か、新発売だといって最近テレビでよく見かけるものだ。


「飲むかい?もソロ部隊だろ?」
「断定しないでよ!……その通りだけど…」


私は缶を受け取った。慶次の手の温もりだろうか、冷えていたはずのスチールは少し生ぬるい。

確かに、私も慶次と同じでソロ部隊だ。バレンタインには浮かれる友人を微笑ましく送り出した記憶しかない。 それについて私は特になんとも思っていなかった。ソロ部隊だということを意識してさえいなかったのだ。 なのに慶次に指摘されて、独り身の自分が無性に悔しく感じ始めてしまった。

ちくしょう、と一言呟いて、苦いコーヒーを呷る。 この苦味で、私の中の悔しさが消え去ってしまえばいいのに!


「なあ、実はブラックデーってもうひとつ意図があってさ。 自分はフリーですよっていうアピールでもあるんだぜ」


私が返した缶を受け取り、慶次は上機嫌に言った。ふうん、と私は短く答える。


「俺、いまにアピールしてるんだけど、どう?」


慶次は苦いコーヒーを一気に飲み干して、私に言う。ぶらぶらと目の前で揺らされるスチール缶を視界に入れつつ、 いま慶次が言ったことの意味を咀嚼しようと頭が奮闘している私は、ぽかりと口を開けたまま彼を見つめ返すのだった。


How do you like lonely me?
………あ、これ、間接キス?