「おやシリウス君、そういえば大変な事態になっているのを知ってるかい?」
「なんだよ、どうせピーターがまた階段に挟まったとかだろ。
まったくアイツの鈍臭さはオレには理解できな――」
「なんと、が禁じられた森に特攻しに行ってしまったのさ」
ふらりと談話室に現れ、雑談のノリでとんでもないことを告げたのは、
お馴染みのモジャモジャ黒髪メガネ野郎である。
口をつける寸前まで運んでいたティーカップをテーブルに戻して、オレは奴を睨んだ。
どういうことだ、が禁じられた森に(特攻しに)行っただって?
「……おい、それ、」
「いやぁなんだかね、昆虫採集に赴いたらしいよ。ほら、リリーがカエルの繁殖に成功しただろう?
はどうも食料調達班に任命されたみたいでね。ちなみに僕は君にこの事を伝える係さ!」
なんで止めなかったんだ!とか、そういうことはもっと早く言いに来い!とか、
色々言いたいことがゴチャゴチャになって、結局「ばっ…なんっ…!」と言葉の断片しか出てこなかった。
エヴァンズの思惑にハマったのか、はたまたが勝手に森まで行っただけなのか。
とにかくオレは脱ぎっぱなしでソファの背もたれに掛けておいたローブを引っ掴んで、談話室の出口へと駆け出した。
けらけらと満足そうに笑うジェームズの声が、とても耳障りだ。(後で覚えてろ、クソ眼鏡!)
ハグリッドの目を盗んで忍び込んだ森はいつも通りに薄暗く、いつも通りに肌寒い。
は一体どこに居るんだろうか?
ざっと周囲を見渡せば、あまり遠くない所の樹の幹から覗くキャラメル色の頭が見つかった。
ひとまず安心して、早足で歩み寄る。
「……ここがどこか、分かってんだろうな?」
「あれっシリウス、こんな所で奇遇だね!」
奇遇じゃねぇよ探しに来たんだから。
と、よっぽど言ってやろうかと思ったが、それよりもの持っている虫カゴに視線を取られてしまった。
マグルの量販店で売られていそうな、
派手な黄緑色をしたビニールっぽい素材を直方体に編んだカゴ。(エヴァンズからの支給品だろうか?)
そこから、なにかの足が何本もハミ出ている。
なんだそれはという意味を込めて指差せば、はそれを持ち上げてニッと笑った。
「これ、気になる?
えっとねー、これはつまり……エサ!」
「んなこた知ってんだよ!
いや、女なら普通はもっと気持ち悪がったりするもんなんじゃねーの?
なんだよそれ、何の足だよハミ出てるじゃねーか」
「何の足って……あー…主にバッタとか?
わたしね、てんとう虫以外なら割と平気なのよ!」
気持ち悪がる対象が普通は逆だろうと言うと、は「そんなことない!」と力説して、
彼女にとってはいかにてんとう虫の背中の模様が人面に見えるかということを説明し始めた。
たしかに黒字に赤の斑点だったり、カミキリムシみたいな凶悪そうな顔立ちだったり、
言われてみればあまり可愛い昆虫というわけでは無いのかもしれないが、
それでもオレの知る限りでは女はむしろバッタとかを気持ち悪がるものだった。
(まぁ、そういう所がらしくて、だからオレは好きなんだけど)(言える訳が無い!)
そのままがふらふら歩くのに合わせて、一歩分空けた隣を歩く。
前の休暇で、エヴァンズはポケット一杯にカエルの卵を持って帰って妹にドン引きされたらしく、
他に場所も無いので自分のベッドの下にバケツを隠していたらしい。
それが今回孵化して成長したというので、エサとなる昆虫を探しに来たのだとは言った。
とりあえず黙って話を聞いていると、禁じられた森まで来たのはの独断であることが分かった。
よくよく考えてみればエヴァンズがに校則違反をさせるはずが無いので、至極当然のことだ。
「――ってか、だったら別に大人しく校庭で探すのでも良かったんじゃないのか、とオレは思うわけ」
「でもさぁ、森の昆虫を食べて育てば、きっとなんか、今までより強いカエルになると思うの。
もういっそ新種になっちゃったりして!」
「ならねーだろ」
「えぇぇ…やってみなきゃ分かんないよ?
夢が無いなぁ、シリウス君は」
は足を止め、草むらに向けて杖を振った。
すると小さなダンゴムシが丸まった状態で飛んできたので、
器用にもそれを虫カゴでキャッチしたは満足そうに笑う。
あまりにも暢気なその表情に、呆れと苛立ちが少しだけ復活してきた。
もし野生のトロールにでも遭遇したらどうするつもりだったんだ、
もし“おいでおいで妖精”にでも騙されて底無し沼に落ちたらどうするつもりだったんだ。
「…別に虫集めるなって言うんじゃなくて、もうちょっと危機感とか、持てよ。
もし日が落ちて帰り道が分からなくなったら、とか、ちっとも考えてねーだろ」
「あー…それは確かに考えてなかった。
ほんの思いつきで森に入ってみたわけだし…」
は意外そうな表情で言った。
正直、それみたことか!と思わないでも無かったが、つとめて冷静を装って「だろ?」とだけ返事をする。
だからもっと、周りを見てから行動して、
面白そうなもんがあってもオレたちからふらふら離れたりしないで、
できれば他の男子生徒に目移りもしないで、ずっと近くに居て欲しいものだ。と、オレは思う。
「――ねぇ。でも、もしわたしが迷子になって消灯までに帰ってこなかったら、
シリウスはきっとわたしを探しに来て、ちゃんと見つけてくれそうな気がするの」
「…………そりゃ、居なかったら探すに決まってんだろ」
「うん。だからね、すごく頼りにしてる」
少し首を傾げて、そのままオレを見上げて、がふわっと笑う。
(やばい)(やばいくらい顔が熱い)(オレ、もう、死ぬのかも)
誤魔化すように手で顔を覆い、オレはその中に細く長く溜息を吐いた。
いつでも迎えに行ってやる。だからいつまでもちゃんと信じて待っててくれ。なんて。(だから、言える訳が無いんだっつの!)
「今回も、ありがとね。探しに来てくれて」
「………おう」
ようやくの思いで搾り出した言葉は、たったそれだけだった。
それだけだったが、は満足げに頷いて、また草むらに向かって杖を振る。
もうこの際、なんでもいいか。
せっかくだから、野イチゴでも摘んで帰ろう。
その分だけ長くと2人で居られるなら、オレは昆虫採集に付き合うのだってちっとも嫌じゃないのだから。
リクエストありがとうございました!
なんだか虫メインの話みたいになってすいませんでした!