Chapitre EX. Allons faire les courses!

仕事が終わり、着替えのために荷物をいじっていると、「ねぇちゃん」と呼び掛けられた。振り返れば、もじもじしながらいつきが立っている。は首を傾げながら「どうしたの?」と尋ねた。


「あのな、明日はお休みだべ?だからもし暇だったら、おらの買い物に付いてきてくんねぇだか…?」
「いいよ、もちろん!」


いつきはの返事を聞くと顔をパッと明るくし、「ありがとうな!」と言った。そのまま待ち合わせについて詳細を決めると、 荷物を掴んで跳ねるように駆けていく。そんなに嬉しかったのかな?と小さな背中を眺めていたとき、不意に背後で人の気配がした。


「Shoppingか」
「ぅわっ!驚かさないでくださいよ…!」


まるで悪霊を見てしまったようなの反応に、政宗は形のよい眉を顰めて「あ゛?」と言う。 その凄味たるや、さすがは話の端々からその筋の方々と交流があるらしいことが伺える政宗である。は思わず「ごめんなさい!」と謝った。
彼は気にしていないというように手を振り、に話の続きを促す。


「ああ、はい…買い物に付き合ってほしいって…」
「何を買うんだと?」
「え、そこまで聞いてませんけど」
「おい、そこが重要なんだろ」


政宗は呆れたような目でを見下ろしてくる。そんなことを言われたって、いつきが何を買おうとしていてもは付き合うつもりなのだから、そこはあまり重要ではなかったのだ。
「まあいい」と言い、政宗はニヤリと笑う。


「待ち合わせは?」
「明日の11時に駅前ですけど…」
「Okay,I understand.」


今度はが「え゛っ」と濁った声を上げる番だった。どうも政宗はいつきの買い物に付いてくるつもりらしい。 別に不都合なことはないのだが、彼と並んで歩いていると周囲の視線が気になるのだ(それに万が一、いつきが下着を買うつもりだったらどうするのだろう?)。 しかし政宗本人は気にしていないらしく、再び鋭い目つきでを見ると「なんだ」と凄んだ。
すかさず、が二度目の「ごめんなさい!」を発したのは言うまでもない。









翌日。
慌てた様子で店の最寄り駅の改札にやって来たいつきは、待ち合わせた覚えのない政宗の姿にガチッと動きを止めた。


ねぇちゃ――って、なんで政宗が居るだ!?」
「居ちゃワリィかよ」


いつきは「悪いとは言ってねぇけど…」と言葉尻を濁しつつ、横目でちらっとを窺う。まるで犯人はお前かと言われているようで、は思わず“誘ったわけじゃないよ!”というアピールのために手を振って否定した。
政宗は不満そうな顔のままやはり何か言いたそうな素振りをしていたが、といつきが揃って『なんでもございません』というような笑顔を向けたので、結局なにも言わなかった。

が「じゃあそろそろ行きませんか?」と場を仕切りなおし、3人はショッピングモールに向かった。 それなりに新しく、休日には買い物客で賑わう場所である。は仕事帰りに偶にそこへ立ち寄ったりもするので、道に迷うことは無いだろう。




いつきを先頭に据えてしばらく歩き、3人はエントランスに着いた。
果たしていつきが何を買うつもりなのか(はたまた、目的のないウィンドーショッピングなのか)不明なため、政宗とはこっそり顔を見合わせた。いつきはフロアガイドの前で背伸びをし、きょろきょろと視線をさ迷わせている。
横からの有無を言わさぬ視線で『話を進めろ』と促されたは、遠慮がちに「いつきちゃん」と声を掛けた。


「ね、いつきちゃん。何を買うとかどこを見たいとかって、もう決まってるの?」
「ん…ええと…なんとなーくしか考えてねぇから、できれば順に見てきたいんだけども…」
「OK、なら決まりだな」


いつきの返答を聞くや否や政宗がさっさと歩き出す。
急いでそのあとを追いながらいつきは視線を素早く巡らせて、通り過ぎる店の様子を窺っているようだった。 政宗を追うあまりにいつきが本当に興味を持った店を素通りしてしまわないよう、は注意深く見守るために、一行のしんがりを務めることにした。

1階にあるのは全国チェーンのコーヒーショップやら靴屋、高級そうなジュエリーショップ、 休憩・待ち合わせのためのベンチスペースなどだったが、いつきはそれらには一瞥も呉れない。
政宗は視線だけでちらっと振り返り、いつきやの異論が無いことを確認してからエスカレーターに足を乗せた。続いていつき。最後に

次の階は主に若い女性向けファッションの店が集まっているようだった。 政宗は何食わぬ顔で人々の渦へ乗り込み、すぐに楽しそうな声で「Hey!」とたちを呼ぶ。


「おい見ろよ、いつき。これお前に似合うんじゃねーの?」
「うそばっか言うでねぇだ!」


政宗が指差していたのはいつきの趣味や普段の服とはかけ離れたものだった。 そもそも店の品揃えからして全体的に露出が激しく、革のライダースーツを着込んだ泥棒稼業のセクシー美女でないと似合いそうにないものばかりだ。 が、いつきはお世辞にも件のセクシー美女には程遠い体型である。
わざとらしい政宗の言い方に、いつきはぷりぷり怒って言った。しかし、いくらいつきが噛みつくように反論したところで、彼は悪びれる様子もなく笑っている。 やがて諦めたいつきが早足でフロアを通過して行く間も、政宗は愉快そうに店頭のマネキンへ視線を遣っていた。

次のフロアは男性ファッションやアウトドア用品などの店が多く並んでいた。
前の階で速度を落とし、今や最後尾をゆっくり歩いている政宗は、この階にはあまり興味が無いらしい。


「あの、なにか見るお店とか、あります?」
「いや。こういう場所で売られてんのは趣味じゃねえ」
「…そ、そうですか…確かに、もっと高級なお店とかの常連みたいなイメージですけど…」


モールに着いてから、3人の間にはまともな会話がほとんど無い。は気を使って政宗に話を振ってみたが、それもあっさりと終わってしまった。

居た堪れない気分を感じながら、アウトドア用品に目を向ける。真横に見える店ではバーベキューセットがセール価格で売られていた。 は何気なくそれを眺めて、“SAN”のメンバーでバーベキューをする場面を思い浮かべてみた。
きっと佐助が下ごしらえなどの準備を任されて、眼帯コンビはひたすら肉を焼き、幸村は早々に焼きそばを食べたがる。 そしてといつきは、すみっこで焦げたキャベツを処理する羽目になるのだ。

そんなことを考えていたら、いつきはもう次の階へ向けてエスカレーターに乗っていた。 政宗もいつの間にかいつきのすぐ後ろに居る。は小走りで2人を追いかけた。 よくよく考えてみれば“SAN”のメンバーは意外とインドア派なので、みんなでバーベキュー、なんて日は来ないのかもしれない。









いつきが少しでも興味のある素振りをすれば、すぐに政宗がひやかす。するといつきが怒って言い返し、結局店をじっくり見ることはない。

似たようなやりとりを繰り返し、気付いたときには買い物ができるフロアは終わっていた。 それでも数時間は歩きっぱなしだったので、3人はとりあえずカフェに入ることにした。
席について店内を見回せば、たちのテーブルを担当するのが新人であることが分かった。持ってくるメニューの部数を間違え、 水を出し忘れ、厨房からはカラトリーがひっくり返ったような賑やかな音がする。

その新人店員が別のテーブルでいよいよ注文と違うものを出したといって客に頭を下げているとき、政宗は「はっ」と笑っていつきを見た。


「お前、あいつとfriendになれるぜ。オーダーミスとマドレーヌ全焼は得意技だもんなぁ?」


いつきは聞こえていないふりなのか無言でオレンジジュースを啜っていたのだが、政宗がいつきの過去の失敗を指折り数えていくので、 とうとうバンッ!と机を叩いて睨み返した。


「黙って聞いてりゃ、言いたい放題でねぇか!確かにおらはこんな喋りしかできねぇし、しょっちゅう失敗もするけんど、 そんなにおらのこと嫌いなら来なきゃ良かったべ!バカにすんなら、とっとと帰ぇれ!」
「あ?んだよその言い草。ちょっとからかっただけだろ」
「“ちょっと”じゃねぇから怒ってるだよ!あーあー!だから政宗なんかお呼びでねがったのにな、ねぇちゃんと2人だけならこっだらこと無かったに違ぇねぇだ!」


テーブルに身を乗り出すようにして言い争ういつきと政宗に、は「ふたりとも落ち着いて…!」と声を掛ける。 なんとかして事態を収めようとしていると、政宗を睨むいつきの目には並々と涙が溜まっていた。これには思わず政宗も口を噤み、驚いた顔をする。


「もうすぐおらが店に入って1年だからっ、だから皆にお礼がしたくて、 なにか店に置けるようなもんでもプレゼントすっぺ、って考えたのに、なしてそういうこと言うだよ…!」


ぼろぼろと涙を溢すいつきに、は自分のハンカチを貸した。どうするつもりなのか、と政宗を見れば、バツの悪そうな顔で頭を掻いている。 本気でいつきをバカにしていたのではなくて、きっと悪ふざけが過ぎただけなのだろう。
「Sorry.」と小さく呟いた政宗は、腕を伸ばしていつきの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「言い過ぎたのは悪かった。だから泣き止めよ、俺が修羅場中みたいじゃねえか。ワッフルか?ケーキか? どうせウチの店よりは劣るだろうが好きなもん食わせてやるから、泣き止め、おい」


政宗のばかやろう、と最後に吐き出したあと、いつきはハンカチから顔を上げて「白玉小豆ぜんざいとワッフルプレート」と端的に答えた。 了解したように頷いた政宗は「ついでだ」と言ってにも注文を促してくる。少し迷って「ティラミスが良いです」と答えたのを聞き届けて、彼は例の新人店員に追加注文をした。

いつきが泣き止む頃には注文したものも揃っていて、和やかな雰囲気でティータイムを楽しむことができた。 政宗の言った通り“SAN”のケーキの方が美味しいのではないかと思ったが、それでも悪い味じゃない。
食べ終わり、新人店員のおぼつかないレジで3人分の代金を払った政宗は、店員の肩に手を置いて「まぁアンタも頑張れよ」と声を掛けた。 政宗が明らかに自分に呆れているのに気付いてたのだろう、店員は彼の態度の変わりように眼を白黒させていた。いつきとは先に店の外に出てからそれを眺め、なんだか笑ってしまった。




もう一度モールを回り直して、いつきが選んだのはイートイン用のスペースに飾れる時計だった。
さて明日、これを渡された幸村はどんな顔をするだろう?3人並んで帰り道を歩きながら、そんなことを考えた。














リクエストありがとうございました!
伊達いつっぽくしたいなぁと画策しましたが、うまくできたかどうか分かりません…!