むかしむかしあるところに、4人の偉大な魔法使いがおりました。 赤き勇気のグリフィンドール・青き叡智のレイブンクロー・慈悲深き黄金のハッフルパフ・冷静なる新緑のスリザリン。 4人は各々に素晴らしく、彼らの性質を継ぐ者たちも仲良く暮らしておりました。 …なんていうのは昔の話。 今ではグリフィンドールは傲慢なる赤い悪魔、レイブンクローは無感情な正論家、 ハッフルパフは愚鈍なハニーハンター、スリザリンは小心者の雨蛙、なんて言われる始末で、各々の派閥はとても仲が悪いのでした。 悲しいことに大多数の権力を握っているのは赤い悪魔。 金持ちも役人も、こぞって”空気読めない”人種ばかりなのです。 上っ面の皮の厚いレイブンクローや何も分かっていないハッフルパフなら、そんな世界でも生きていけるでしょう。 でも私のような、スリザリンの性質を継ぐ者には、魔法界は生き難くてひどい世界なのです。 私の家族はスリザリンでした。 両親はという姓の上にという名を私に授けてくれました。そしてそれからすぐに、私を遺して亡くなったのです。 私を引き取ったのは典型的なグリフィンドールの一族、ウィーズリー家でした。 彼らは一見人当たりの良い隣人のようですが、その実内面は結構なものです。 まず一家の大黒柱、アーサー・ウィーズリー。 彼は魔法省という公職に就いているのにも関わらず裏では自分から率先して法を破っています。(山ほどの証拠が納屋にあることを私は知っているのです) その妻モリーは一家を取り仕切る役を担った鬼婆です。 節約節約と言って私の食事や服やその他の費用を切り詰めるのに、子供たちの誕生日ともなればフィレ肉を塊で買ってきます。 ふくよかな体型は人柄の良さを表わすのではありません。ただのセルライトです。 長男のビルは昔から私をおもちゃにしていました。 優等生の皮を被って、裏では弟たちを指揮してやりたい放題だったのです。何度スカートをめくられ、何度下着を隠されたことでしょう! 次男のチャーリーと三男のパーシーは長男に比べればマシでした。 けれど私が困っていても知らんぷりだったり、逆に私が咎められたり、理不尽なこともなかった訳ではありません。 四男五男のフレッド・ジョージから悪夢が始まります。 彼らは喜んで私を実験台にしました。怪しげな薬を飲まされたことも、変な呪文をかけられたことも、一度や二度では済みません。 六男のロナルドはうすのろで、兄弟たちとの引き目に由来するストレスを全て私にぶつけてきます。 そうやって八つ当たりすること自体がうすのろの証のようなものなのに、分らない人には分らないのでしょう。 そして私の不倶戴天の敵が、ウィーズリー家の末っ子にして長女のジニーです。 家中での彼女はまるでお姫様扱いで、ジニーもそれを当然と思っているような節が見受けられます。 私とジニーは同い年なのですが、扱いの差は歴然です。ジニーがお姫様なら、私は小間使い。いいえ、ただのネズミかもしれません。 加えて、問題は『他の家族が私とジニーをどう扱うか』ということだけではありませんでした。 『ジニーが私をどう扱うか』ということもまた、私の被征服生活を彩るものでした。女同士の諍いが如何に醜いか、ご存知でしょうか。 兄弟の前では可愛らしく・時にお転婆な様子を見せるジニーが、無表情で「馬鹿じゃないの?」と私に吐き捨てる様子が、想像できるでしょうか。 両親の前では末っ子らしく甘えたり意地を張ったりするジニーが、私の評価を下げさせるような表現や単語を敢えて使っているという裏事情を想像できるでしょうか。 数え上げたらキリがありません。 私の生活はそのような感じで、常に抑圧されていたのでした。 # ある日、フレッドとジョージとロナルドが夜中に家を抜け出して、明け方にお客様を連れて帰ってきました。 3人の不在に気付いたモリーおばさまは真っ先に納屋(私の部屋です)に来て、行方を尋ねました。 本当は知っていましたが、私は「なにも聞いていない」と答えました。 前日の夕食のあと、フレッドとジョージに取り囲まれた私は「パパの車のロックを外す方法を教えろ」と詰め寄ってきたのです。 アーサーおじさまが不在の間、あの車を掃除するのは私の役目なのです。だからロックの解除方法も知っていました。 彼らはそれぞれ花火とマグルライターを持って、私の喉元で今にも点火しそうな構えをしていました。 「ママにはバラすなよ」「話したら分かってるな」と言われてはイエス以外に答える言葉はありません。 私は身の安全と引き換えに、モリーおばさまに何も喋らない誓いとフォードのロックを外す方法を教えたのです。 そして明け方、彼らはひとりの客人を連れて戻ってきました。まとまりのない黒髪、澄んだエメラルド色の瞳を遮るマグル製の眼鏡。 その人は『生き残った男の子』ハリー・ポッターでした。 私はいつもその時間にはおばさまの手伝いのために起床していましたが、この日は一睡もしていないという経緯で起きていました。 真夜中、兄弟たちの不在に気付いたおばさまに叩き起こされていたからです。おばさまは私に彼らの行き先を問い詰めましたが、 私は約束を守りました。シラを切り通したのです。私が供述したとばれたら双子に何をされるか分からないのですから。 「あなた達いったいどういうつもりなの!もし事故を起こしていたら、怪我でもあったりしたら―」 おばさまが彼らの不在に気付いたのは全くの偶然でした。なのに双子たちはおばさまのお説教の間、 まるで私が告げ口をしたからだとでも言うような様子で、横目でずっと私を睨んでいました。 お説教が終わると朝食になり、食事抜きを免れたフレッド・ジョージ・ロナルドと客人が一緒にテーブルにつきます。 おばさまは箒で私の足元を叩いて、準備をするように促しました。フライパンを火にかけながら客人の視線を感じましたが、反応している暇はありません。 彼らの朝食の皿が半分近く食べ尽くされた頃、そこへ降りてきた厄介者は眠そうな目を擦っているジニーです。 「ママ、朝から一体な、に…!?」 ジニーは食卓についている客人を見るや否や、目を丸くして飛び上がらんばかりに驚きました。 それもそのはず、ジニーはハリー・ポッターの熱烈な“信者”なのです。 彼女はきゃっと可愛らしい悲鳴を上げたかと思いきや、瞬く間に私の首根っこを掴んで元来た階段を引き返しました。 「ちょっと!どういうことなの!」 目を三角につりあげて私に詰め寄る、先程までのおばさまによく似たこの姿。可愛らしく聞こえたあの悲鳴はなんだったのでしょうか。 そんなことを考えていることは億尾にも出さず、私は「双子とロナルドが夜中のうちに連れて来たのよ」と簡潔に答えます。 ダイニングに居る客人や兄弟たちには聞かれないよう、声の大きさに気をつけながら。 ジニーは下唇を軽く噛みながら何かぶつぶつと考え事をしたあと、パッと顔を上げて私を見ました。 その表情は明るく朗らかで、今まで私に向けられたことのない種類のものです。 「なんて素晴らしいのかしら、!ハリーは嫌なマグルと暮らしているそうだから、楽しんでもらえるように頑張らなくちゃね!」 「…………」 「ね、?」 返事をしない私に、ジニーが凄みます。これは、ハリー・ポッターが快適に過ごすため、そしてジニーが彼に接近するために馬車馬の如く働けと言っているのだということが分かりますか? しかし、どうせ何を言ってもジニーの考えや私の扱いが変わらないのは分かりきっているので、私は「もちろんよ」と答えます。 私の返事に満足したらしいジニーは、そのまま階段を上り自室へ戻って行きました。 髪やら服やら、起き抜けのままでは決してハリー・ポッターに見せられないところをどうにかするのでしょう。 階下からはおばさまの呼ぶ声が聞こえます。「はい」と従順に返事をして、私は朝食の後片付けへ向かうのでした。 # それからあとのことは、正直、あまり詳細に覚えていません。ハリー・ポッターの登場は私の生活に何ら変化をもたらすものではなかったのです。 彼が居て良かったと思ったのはただ1度だけ、到着したその日の午前中に、車を持ち出した罰として双子とロナルドに庭小人駆除を与えさせたことだけです。 雑草と庭小人の繁殖しきった庭の惨状たるや、彼らがやらなければ翌日にも私に掃討命令が下されていただろうというほどでしたので、助かりました。 ジニーは相変わらずシャイな女の子を演じていて、 双子やロナルドやハリー・ポッターは毎日のようにクィディッチの練習へ行き、 おばさまは絶えず小言と張り手で私をロバのように働かせました。 ハリー・ポッターがやって来て1週間くらい経ったでしょうか、ホグワーツから手紙が届きました。 パーシーや双子やロナルドやハリー・ポッターには来学期用の購入リストが、ジニーと私には入学許可証がそれぞれ封入されています。 私たちはハリー・ポッターとロナルドのマグルの友人の都合に合わせてロンドンに出向くことになりました。 道中ハリー・ポッターがノクターン横丁に迷い込み、おばさまがひどく狼狽した際の八つ当たりを受けたりしながら、グリンゴッツでトロッコに乗ります。 私の両親の遺産はそれほど多額というわけではないのですが、私ひとりがホグワーツに通えるだけは残っていました。 それでも、一人で生きていくには頼りない金額なので、今は隠れ穴に身を寄せるしかないのが現状です。 マグルの女子は見慣れないものを見る目つきで私の方をチラチラと観察しているようでした。が、ハリー・ポッターもロナルドも、誰も特に何も言いません。 私だって自分からマグルに関わりたいとは微塵も思わないので、無視です。ぼそぼそと「ロンの家の召使だよ」というような会話が漏れ聞こえたりもしますが、無視です。 トロッコから降りた後は各自別行動となり、1時間後に書店で待ち合わせをすることになりました。 私はジニーとおばさまと一緒に、まずはマダム・マルキンの店へ向かいます。ジニーは大きな鏡の前で、私は店の隅で、それぞれ採寸を済ませます。 マダムのメジャーはこれから身体がどのくらい成長するのかも予測してくれて、一番良いサイズのものを薦めてくれるのですが、 ジニーは3年後の胸囲が私の3年後の胸囲に負けていると分かるとひどく不満そうでした。ざまあみろです。 杖を買って、ペットショップには立ち寄らせてもらえず、私たちは書店に着きました。 書店ではギルデロイ・ロックハートのサイン会が行われていて、おばさまは目をハートにして飛んでいきましたが、 ジニーの分も持たされている私は腕が千切れそうで、それどころではありません。 よろよろ歩きながら必要な本を2冊ずつ揃えていると、同じように本を揃えていた人にぶつかってしまいました。 すみません、と咄嗟に謝ると、ぶつかってしまった相手がまじまじと私を見ていることに気付きました。 プラチナブロンドの髪とアイスブルーの瞳が印象的な、見たところロナルドと同じくらいの年齢の少年でした。 「……・?」 「え?」 「ドラコ・マルフォイだ。覚えていないのか?…まあ、そうだろうな」 物心ついた頃には既に私は隠れ穴に居たので、ウィーズリー以外の人と交流したことはほとんどありません。 あるとしたら本当に幼い頃、まだ両親と暮らしていたときくらいでしょう。ということは、ドラコというこの少年はその頃の知り合いなのでしょうか。 彼は私の手の中にある本を見て、「ホグワーツか?」と聞きました。私は頷いて、今年から入学だということを説明します。 「の人間なら当然スリザリンだろう。それはともかく、なぜ二冊も買うんだい?」 「これは自分用とジニー用で…ジニーっていうのは私がいまお世話になってる家の末っ子で、同い年なの。ジニー・ウィーズリー」 ウィーズリー!と彼は驚いたような嘲るような声色で言いました。それから私の持っている他の荷物を見て、 制服や杖や色々なものを2つずつ持っていることに気付くと、途端に眉根を寄せます。 「、君はウィーズリーの家に居るのかい?もしかして小間使いのようなことをさせられているんじゃないだろうね?」 「ええと…その…」 肯定も否定もできず、私は曖昧に濁した言葉を返します。ドラコはそれで察したようで、「よく分かった」と言いました。 誇り高きスリザリンがウィーズリーのような家で小間使いをしているなんて、と、呆れられはしなかっただろうかという不安が私の中に渦巻きます。 そのとき、店の入り口の方から大きな声がして、私とドラコはそちらへ顔を向けました。 見ればアーサーおじさまと別の男性が殴り合っているではありませんか。その人はブロンドの髪にドラコのようなアイスグレーの瞳をしています。 ドラコは「父上」と言って、そちらへ向かっていきました。おじさまと殴り合っている男性が、ドラコのお父様だったようです。 私もそちらへ歩を進めながら、憂鬱さで溜息を吐きました。いい大人が、こんなところで、恥ずかしい。 お父様の横に並ぶ直前、ドラコは私を振り向いて、ニィと笑いました。 「じゃあ、また会おう。ホグワーツ…君の悪夢が終わる場所でね」 ホグワーツ。私の悪夢が終わる場所。 たしかに組み分け結果によっては、ウィーズリー兄弟から解放されて自由になれるのかもしれません。 けれど一人で生活できるだけの資金が無いので、休暇になれば隠れ穴に戻されるでしょう。それでは本当の自由にはなりません。 ああ、いっそ私の親類がホグワーツで見つかればいいのに。そう願いながら、私はジニーたちの元へ重い足を引き摺りました。 # それから数日が過ぎ。 ホグワーツ特急の発車5分前にキングズクロス駅に着いた私たちは大慌てでホームへ向かいました。 出発した汽車の中に、なぜかロナルドとハリー・ポッターの姿がありません。私も捜索を命じられ、一番遠いコンパートメントの方へ派遣されましたが、見つかりません。 別に彼らが居ないなら居ないで私の生活が平穏になるだけなので、正直に言うと、どうでもいいのですが。 途中で、ドラコたちの居るコンパートメントも見つけました。彼は私に手を振ってくれましたが、それだけでした。 結局ホグワーツにも私の味方なんて居ないのだろうな、と、デッキで風を浴びながら落胆に呉れるのでした。 とっぷり夜も更けた頃、汽車はホグズミード駅に着きました。 巨人の引率するボートにジニーと同乗する破目になった私は、「冷えるんだもの」という一言でコートを剥ぎ取られました。私だって寒いものは寒いのに、容赦なしです。 湖の対岸から少し歩いたところにある大きな樫の扉、そこがホグワーツへの入り口でした。 巨人(半巨人かもしれないです)から副校長へと引率役が替わり、私たちは大広間に連れて行かれました。スツールの上に置かれている帽子が目に入ります。 ついに組み分けの儀式が始まるのです。 「――・!」 名前が呼ばれ、私はスツールに座って帽子を被りました。ジニーはきっとグリフィンドールになると思うので、どうかそこだけにはならないよう、必死で祈ります。 スリザリン。この際ハッフルパフでも文句は言いませんが、できれば両親と同じ、スリザリンに。 たっぷり何秒か間を置いて、帽子はついに『――…スリザリン!』と高らかに宣言しました。 スリザリン。スリザリン! グリフィンドールのテーブルで、フレッドとジョージが面白くなさそうな顔をしているのが見えます。私がスリザリンに組み分けられたからでしょう。 小間使いが居なくなって、不便になるからでしょう。だって私はスリザリンの生徒になったのです! スリザリンのテーブルに向かうと、真っ先に立ち上がって出迎えてくれたのはドラコでした。 汽車ではあんなに素っ気無かったのに、と思いましたが、正真正銘のスリザリンであることが明らかになるまでは無理もないことだったのではとさえ思えてきました。 ドラコ、と声を掛けると、彼はニッコリ笑って私の肩を抱き寄せました。 「よく聞け、ウィーズリー!の一族がスリザリンに戻ったからには、これまでのようなグリフィンドールの独善は通用しないものと思え」 「なんだと!」 「明日以降、の住所は君たちの家から僕の屋敷に移るよう父上が手配して下さる。なんだいその顔は?もしや、彼女が僕の親戚にあたると知らなかったとでも?」 フレッドとジョージが怒りで顔を赤くしているのが見えます。 私が、ドラコの、親戚?そんなことは露とも知りませんでした。 ドラコは自分の隣の席を私のために引いてくれました。周囲のスリザリン生もみんな、歓迎するような笑顔を向けてくれました。 テーブルの上には暖かい料理。ぴかぴかの食器。驚きで声も出ない私に、ドラコは肩を叩いて励ましてくれます。 「ようこそホグワーツへ、・。 そして歓迎しよう、我がスリザリンの同士よ――君の悪夢は今夜で終わりだ」 ああ、ああ、偉大なるサラザール・スリザリン! あなたは私を、子孫を、決して見捨てなどなさらないと信じていました。それが今なのですね。彼らが、私の家族なのですね! 「ありがとう、ドラコ、みんな…私の悪夢を断ち切ってくれて、ありがとう」 お父様、お母様。は今、スリザリンに戻りました。 滋野さんへ!リクエストありがとうございました! あんまり性格ひっくり返せませんでした…すみません…! |