父の姉の良人の異母妹の、それからあと幾つか続柄があったような気もするが、まあ要するにその人は遠い親戚である。



「お前がね、真田様に気に入られたというから、私はひどく驚きましたよ。
 かつては下駄の歯を折らない日が無いほどで、国中の下駄を履き潰す娘と噂されたお前が、ねえ」

「あ、はは…左様でございましたわね…」

「笑い事ではござりませんよ、ええ、全く。
 お前はそうやって、昔から笑って煙に撒くようなところがありましたけれどね、」



その遠い遠い親戚関係を縮めて伯母と呼ぶとして、この伯母の急な来訪があって、は今日は朝からひと時も気が休まらなかった。伯母の話は止む所を知らず、またその内容がにとってはちっとも楽しいものではないのだ。
頼みの幸村は鍛錬から戻ってくる気配がなく、ひょっとして佐助が「なんか面倒そうだから戻らない方がいいよ」とか吹き込んでいるんじゃないかとさえ思った。



「それ、扇で口許を隠しなさいと何度も何度も申し上げましたでしょう。
 都に行ったというので幾分は良くなったかと思っていたのです、それなのに…」

「あの!おばさま、お話し通しでお疲れでございましょ、いまお茶を…」

「ま、それは嬉しい。
 お前が都で学んできたことを見せて頂きましょう」



失敗した。

お茶を持ってきて貰うからお喋りは少し休憩にしましょう、という流れに持って行きたかっただが、明らかに失敗した。伯母はが茶を立てると思い込んでいて、早速腰を浮かせている始末であった。

そもそもが都で学んできたのは茶の風流ではなく、舞だとか唄だとかそれに伴う楽器の奏で方だ。茶の淹れ方のうち、正しい順番かつ正しい作法で振舞えるものがあるとすればそれは湯を沸かすあたりまでで、それ以降はうろ覚えの手順で付け焼刃の作法で誤魔化すしかない。

もし、この伯母の前で、適当な茶を淹れてしまったとしたら――



――おお、此処に居たのか」

「幸村!……さま」



さあさあと引っ立てられる青い顔をしたを救ったのは、鍛錬からひょっこり戻ってきていた幸村だった。
渡りに舟、むしろ地獄に仏、とばかりにが目を輝かせると、なぜだか隣の伯母も顔を明るくしている。



「あら、真田様!もうすっかりご立派になられて…
 覚えておられますかしら、真田様がご幼少の折、我が屋敷へいらした時に…」

「ああ、左様なこともございましたか。某はどうも、物覚えが悪くていけない」



伯母は「いけないことはござりませぬとも」とやけに愛想の良い笑みを浮かべていた。
先程までの伯母のちくちくした小言を聞いていないからか、幸村もまるでやり手の商家の若旦那のような表情でにこりとしている。彼はこういう手合いの女性も苦手だったはずなのに、と思ってしまうだけがどこか歯がゆい顔をしているのだった。



「それにしても真田様がこの子をお気に召して下さって、父も兄も喜んでおりますのよ。
 だというのに肝心のこの子がこの通り、髪も纏めず、香を焚く程度しか気を遣いませぬでしょう、」

「おばさま、あの、幸村様はお忙しいのですから――

「いえ、おば上殿。これには某がそうさせて居るのです」



早く戻ってきて欲しかったはずなのに、幸村まで捕まらせてしまう訳にはいかない、と矛盾した使命感が胸に灯ってしまったは会話に割り込もうとした。だがその目論見が達成されるより早く、幸村がきっぱりと言い切り、伯母は「あら」と息を飲んだ。



「お恥ずかしながら、未だ気取ったおなごの類が苦手でして。
 だからにも、訳の分からぬ形に髪を結うなと、血気滴る紅は塗るなと、うるさく言うているのです。
 飾り甲斐もなく詰まらぬであろうに、文句も言わず従うてくれる、は良きおなごです」



にこりと。笑んだままの幸村が何てこと無い風に言ってのける。

幸村の突然の変わりように、の頭の中が「誰だこれ」で一杯になり、伯母を制止するために持ち上げた腕が行き場をなくしてふるふると宙で震えていた。誰だこれは。なんだかすごいことを言っていたような――



――奥様ぁ、お屋敷からお迎えが来ておられますよ。
 なんでも急ぎの用で、とっても急いでお戻り頂きたいとか」

「……あ、あら、左様でございますか。ご挨拶半ばで申し訳ござりませぬが真田様、私、これにて…」

「はい。伴を付けさせます、道中お気をつけて」



会話に一瞬の空白が生まれたちょうどその時、下男がやってきて伯母へ迎えが来ていると告げた。
はっとした表情で振り返った伯母は急いで帰り支度を始め、最後に「この子をどうぞお願い致します」と慌てて言い添えて部屋を出て行った。

幸村が戻ってきてから、あっという間に話が進展してしまった。
は首を捻って彼を見上げ、さっきのは変化した佐助だったし、と分かりやすい疑問から整理することにした。



「……ちょっとゆっくり帰ってきたでしょ」

「うむ。あ、いや、佐助が…大変そうだと言っていた。
 しかしの伯母上殿はあのようなお方だったろうか、未だに思い出せぬ」

「うちの伯母様はもっと物静かでお優しい方よ。
 今日いらしてた方は父の姉の嫁いだ先の方の妹君の…続きは忘れちゃった」



がそう言うと幸村も「まあ縁者なのだからおば殿で間違いではないな」と納得した。
だがまあそこは良いのだ、正確な続柄についてはも元からそんなに気にしてはいなかった。



「まだ不満そうな顔だな、

「いいえ、幸村様がいつの間にかわたくしに髪結いを禁じていることになっていたので、驚いた故の顔です」



はわざと言葉を飾って反論した。
幸村は困ったように眉を下げて、先程まで伯母が座っていた所に腰を降ろした。



「気に障ったか」

「いいえ――ううん。少し、頼もしいなって、思っただけ」



身体を少し傾けて、は肩から幸村に寄り掛かった。
緩んだ口許を隠しもせずに彼を見上げると、幸村もまた機嫌良さそうにしていたから、はもう一度「頼もしいな」と呟いて、瞼を閉じた。
















リクエストありがとうございました&遅くなってごめんなさい!
最初は松永さんが呼ばれてもないのに来ちゃう設定でしたが、長すぎたのでオリジナルの伯母(省略形)とさせて頂きました。