ホグワーツに来てから初めての長期休暇、クリスマス休暇はもう翌日に迫っていた。


お母さんに3ヶ月ぶりに会えると思うと楽しみで、
だけど入学の日に寂しさで泣いてしまったことを思い出すとどこか気恥ずかしさもあった。



わたしはリリーたち同室の女の子とクリスマス前哨パーティをした。
それぞれが一番お気に入りのパジャマを着て、上級生に頼んで買ってきてもらったホグズミードのお菓子を並べて、
あったかい靴下を二重履きしてホットココアを片手に、それはもう一瞬だって休まずにお喋りをした。

この3ヶ月で一番難しかった授業の話とか
初めて箒に乗ったときにリリーがどうやって引っくり返ったかとか
フランクは明らかにアリスが好きなんじゃないかとか、そういう話を。


不意にメアリがひときわ大きなくしゃみをした時、
わたしの肩がびくりと跳ねて、そのついでにひとつ思い出したことがあった。

そうだ、談話室にひざ掛けを置きっぱなしにしてたんだ。

あれは手触りがすごく良くて、おまけに暖かさには申し分がないから
ホグワーツ特急の中でも活躍すること間違いなしだ。


リリーに「忘れないうちに忘れ物を取ってくるね」と告げて、わたしは女子寮の階段を下りた。
忘れているから忘れ物なんじゃないの、とごもっともな反応が返ってきたけど、それは聞こえないふり。







「あれ、シリウス。こんな夜中に何ひとりでたそがれごっこしてるの?」



「なんだか…って、ひでぇ言い草」







談話室に降り立つと、誰もいないと思っていたそこには人影があった。
暖炉の前の、体が一番温まるソファに妙に背筋を伸ばして座っていたのは、同級生のシリウスだった。

“たそがれごっこ”というのは確かにふざけすぎたかな、とわたしは内心反省する。
でもシリウスはいつになく真剣な顔でいつになく考え込んでいるようだったから、
“たそがれている”と大真面目に言ってしまうのも悪いかなぁとか、一応気を使ったつもりだったのだ。







「何やってんだよこんな夜中に」



「同室のみんなでフライングクリスマスパーティーしてたんだよ。
 でも、忘れ物を思い出しちゃって。また忘れない内に回収しに来たの」







シリウスは考え事?と話を振ってみる。
そうすると彼はいくらか姿勢を崩して、まあな、と言った。







「あんまり夜更かしすると、明日の特急に寝坊しちゃうよ」



「…いや、そのままそっくりお返しするって、その言葉。
 いいんだよオレは、家に帰るかどうかも分かんねーし」







鼻で笑うように言い放たれたシリウスの言葉に、わたしは首を傾げた。
だって、意味がよく分からなかったのだ。

シリウスはそういうわたしを見て、うんざりしたような顔で自分のネクタイを引っ張って見せた。







「こんな色のネクタイつけて、どこに帰るってんだよ」



「あ……そっか。ごめんなさい、わたしが無神経の塊でした」







わたしは腰を折って深々と謝罪した。
そっか、そうだった。彼はシリウス・“ブラック”だ。
どうしてうっかり忘れることが出来たのか分からないほど、この世界では有名な一族だったじゃないか。


そうやって頭の中でぐるぐる考え込んでいると、
シリウスは百面相するわたしを見て、ぷぷっと笑った。







の気にすることじゃねーよ、“これ”はオレが望んで手に入れた色だし。
 あの家に立ち寄ったところで、どうせオレは十分もすればジェームズのとこに駆け込んでるさ」



「……相変わらず、仲良しなんだね」



「仲が良いっていうか…なんか、なんだろな。
 よく分かんねーや、あの眼鏡はあの通り変な奴だから」







やれやれと肩を竦めるシリウスに、わたしもつられて笑った。
良かった、結構失礼なことを言ってしまったけど、シリウスは許してくれたみたいだ。

わたしはホッとした気分で談話室を見回した。
女子寮へ続く階段の近くにあるソファの背もたれに、探していたものが掛けてあるのが分かった。


あったあったと独り言をこぼしながらひざ掛けを回収している間も、シリウスはまだこっちを見ている。
わたしはまた首を傾げて、彼を見た。







――は、家族なんだからクリスマスくらい、とか、言うタイプじゃねーかなと思ってた」







彼の目は、なにか珍しい生き物でも見つけたかのようだ。
わたしは傾げていた首を反対側に倒して、ちょっと言葉を探した。







「……確かに、そう思わないでもないけどね。
 でも、家族だからこそ色々あるってことも知ってるし。
 さすがにわたしだって、そこまで無神経の塊じゃないよ」



「ああ、悪かったよ」







家族だからこそ。わたしはその言葉を自分に言い聞かせる。
明日わたしが戻る家にお父さんは居ない。そのことをシリウスは知らない。

この世界っていうのは案外複雑に出来ているものなんだ。
わたしはそれを分かっているから、彼にだけ“普通”を押し付けてはいけないと思って、言葉を選んだ。



その結果であるわたしの返事に、シリウスは満足したみたいだった。
ソファから立ち上がりながら軽く謝ると、小さな欠伸をした。たそがれごっこは終わりらしい。
まあ、こんな会話でも気分転換になったなら良かったのかな、とわたしは思った。


「おやすみ」と言い合って、わたしとシリウスはそれぞれ逆方向に体を向けた。
わたしは女子寮、シリウスは男子寮。







――あの!ねえ、シリウス。
 休暇終わったら、新年パーティしようね!」







二、三段上ったところでわたしは足を止めて、せっかく上った階段を飛び降りた。
それから男子寮の方を向いて、ちょっと大きめの声で呼びかける。

シリウスは階段を下りては来なかったけど、
振り向いて柱の影から器用にわたしと目を合わせると、照れ臭そうに「声がでかいんだよ」と言った。
そうだった。うっかりしてたけど、もう夜中だった。


わたしたちはもう一度「おやすみ」と言い合って、再び階段に足を乗せた。

予定にはなかったけどシリウスにもクリスマスプレゼントを贈ろうかなとか、
家の近くのマグルの町でお菓子をたくさん買って来ようとか、
気の早いわたしはさっそくそんなことを考えたりするのだった。

















リクエストありがとうございました&遅くなってすみませんでした!
なにかイベントもののお話を、ということだったので、1年生のクリスマスでした…あれ?クリスマス前…?