「勝負だ、シリウス・ブラック!」

教授をかけてな!」



そっくりな二つの声がロンドン・グリモールド地区12番地のダイニングルームに響いた。
バイク雑誌を広げていたシリウスが顔を上げると、双子のウィーズリーが彼の前で仁王立ちをしている。



「……意味が分からんな」

「そりゃないぜ、シリウスの兄貴!」



シリウスは視線を雑誌に戻そうとしたが、
フレッド(だと思われる方)が雑誌を押さえ込むようにしてシリウスの視界に身体をねじ込ませて来た。

シリウスも体勢を変えて双子の粘着攻撃から逃れようとするが、
フレッドとジョージはシリウスをサンドイッチするように追い詰めていく。


しまいに、シリウスは諦めて雑誌をテーブルに置いた。
そして彼らに向き直り、何がどうなってをかけた勝負が必要なのかを問いただす。

双子は互いに顔を見合わせた後、天井を仰いだり頭を横に振ってみたり、
とにかく大げさな動作で嘆いて見せた。



「必死に存在をアピールしてきた我らのこの二年間!」
「いくら冷遇されようともめげなかった我らのこの二年間!」

「「それが、突然出てきた濡れ衣の殺人犯に一瞬で掻っ攫われるなんて!!」」



アホくせぇ。と、シリウスは思った。
声を揃えて一通り主張したあと、ジョージが「というわけで」と口調を普通に戻して言葉を続ける。
その横ではフレッドが何やら懐をさぐり、取り出したものをシリウスの雑誌の上に叩きつけた。



「腹に据えかねる我らの気持ちを汲み取ろうという意向を示して頂きたく、
 貴兄との戦略的対決を所望する次第」



シリウスはフレッドの出してきたものに視線をやった。
それは何と言うことも無い、至って普通のトランプである。

ばかばかしい、大体それを言うならこっちの忍耐は10年単位だ、と言い返そうかとも考えたが、
それも大人げないかとシリウスは思いとどまった。
魔法で決闘しろだとか殴り合おうだとかいう提案であればお断りだが、
たかがカードゲームにも付き合わないのは勇気のグリフィンドールの名が廃る。


シリウスは「いいだろう」と言ってにやりと笑った。
フレッドとジョージも不敵な笑みを浮かべ、腕まくりをする。



「で、なにで勝負する。婆抜きでも神経衰弱でも構わんぞ」

「知略的対決って言ったじゃないか、シリウスの兄貴」

「だったらポーカーに決まってるだろ」



子供の遊びじゃないんだぜ、と言われてしまったのはシリウスの方である。
少しカチンと来たが、相手は子供だと自分に言い聞かせて心を落ち着かせた。

シリウスは杖を振ってサイコロを取り出し、双子の方に押しやった。
ゲームの親を決めるためだ。



「―――おっと、まずは俺が親だな」



フレッドが4、ジョージが5の目を出した後、シリウスは6の目を出した。
訝しげな視線が向けられるのを軽く流しながら、彼はカードをシャッフルする。
それが終わったら各人に5枚ずつカードを配り、残りはテーブルの上にそのまま積み上げた。

「ゲームスタートだ」と、シリウスはしたり顔で言った。
それは、がこの場に居たなら「悪だくみの顔」とでも評されていたであろう表情だった。















そろそろモリーが夕食の支度を始める頃合かとダイニングルームに向かったは、
「ちくしょう!」「覚えてろよ!」と陳腐な悪役のような台詞を吐くウィーズリー家の双子とすれ違った。

なんだあれはと首を傾げつつ部屋の中に入ると、
散らばったトランプカードの前で悠々と構えるシリウスが居た。



「トランプ?」

「ああ、アーサーの所の双子とな」

「それは…通りでさっきの捨て台詞にもなるわけだわ。
 双子も気の毒にね、こーんなイカサマおじさんの相手だなんて」



はシリウスの背後に回り込み、彼が後ろ手に隠していた幾枚かのカードを取り上げた。
その中からシリウスはダイヤのエースをから奪い返し、「先に仕掛けて来たのは向こうだった」と言い返す。
事実、イカサマを仕込んでいたのはフレッドとジョージの方だった。
シリウスはそれを見抜き、彼らのカードより強い手札を、同じような手口で仕込んだに過ぎない。

どっちが子供なんだか、と肩をすくめて、はキッチンへ立ち去ろうとする。
シリウスはその腕を掴んで引き止め、自分に向き直らせた。



を賭けての勝負だったんだ、負けるわけにはいかないだろう」



キザったらしい言い方をして、シリウスがの手の平に軽く口付ける。
は少しだけ驚いた表情だったが、すぐに目元を緩めた。
ふ、と吐息のような笑みが零れる。



「……なあに、その雑誌の最新号でも出たの?」



冗談めかした口調だが、の表情は柔らかい。
そういうつもりじゃ無かったんだが、とシリウスは苦笑した。

不意にが掴まれていない方の腕を伸ばし、シリウスの髪に触れた。
幾度か、前髪を掻き分けるように指をくぐらせてから、身を屈める。

シリウスの額には温かい感触がして、次いで耳に小さなリップ音が聞こえる。
目の前にはの喉元があり、長い髪の先からは石鹸の香りがした。


シリウスの手が弛んだ隙に、の身体はパッと離れていった。
捉えようと反射的に伸びた腕をかわして、にんまりと笑う。



「しょうがないから、買ってきてあげる。忘れなかったらね」

「そりゃありがとよ」



忘れなかったらと言いつつも、きっとは次に仕事へ出た時には本屋に立ち寄るだろう。
うふふと上機嫌に笑いながらキッチンへと向かう、その足取りはとても軽やかだった。


最初の意図とは外れたが、まあ良い。
両腕を上に伸ばして軽く身体を傾けつつ、シリウスは背後を振り向いた。
そのまま声に出さず、「勉強になっただろ?」と問いかける。
は気付かなかったようだが、視線の先では驚きで目を丸くしたの双子が顔を覗かせていた。

彼もイカサマをしていたことか、わざと見せ付けるような態度か。
どれに大して文句を言われるだろうかと考えながら、再び雑誌を手に取った。

さて、次に新刊が出る来月まで、は覚えていてくれるのだろうか。










ロ イ ヤ ル ス ト レ ー ト ・ フ ラ ッ シ ュ
((弟子にしてください、兄貴!))
























ゆうさんへ!リクエストありがとうございました&遅くなってごめんなさい!
かわいい母というか犬母がブラック邸で密かにいちゃこいてるだけになってしまった。