今日は朝からいやな感じだった。 まず、朝起きてお風呂に入ろうとしたら片方のピアスのキャッチが無くなってることに気付いたのだ。 あーあやっぱり、カチって音がしてちゃんと引っ掛かるタイプにしとけばよかったな (でもこっちのオモチャっぽい方がかわいーし、安い!)。 それから電車に乗ってたらおしりにスコスコあたるものがあって、 「ぎゃ!初痴漢!」って思ったけどそうじゃなくて犯人をどうにかしなきゃ!って意気込んだ、 ら、サラリーマンのカバンが揺れてジャストミートでスコスコ当たるだけだった。 痴漢…もとい、痴鞄だったわけだ。これじゃ告発も出来やしない! お昼直前の講義が長引いて学食の200食限定ランチを食べられなかったし、 申し合わせたように教授たちがレポートを出したもんだから、バイトに向かう足取りも重くなるってもの。 ねー。ほら。なんかヤぁな感じでしょ。 あたしのバイトは家庭教師で、担当しているのは高校生の男の子。 そして勤務先のお家はなんと大学の裏門を出て徒歩5分。 大学の生協の掲示板にずっと募集が張られたままで、 お給料も立地も良いのになんで誰も応募しないのかなーなんて不思議に思っていたのが1年くらい前で、 それまで勤めてたコンビニが潰れるという危機を乗り越えるためにそのバイトに飛び付いたのが数ヵ月前だ。 なんで誰も応募しなかったのか、答えは簡単。 そこの人たちは、少し前までいわゆる『その筋のお方』だったのだ。 あたしの大学はいわゆる駅弁大学で、比較的近場から通っている学生が多い。 だから電車で1時間ちょっとかけて通学してるあたしはかなりの遠方組になるし、 だからまさかその伊達さんちがちょっと有名だってことは知らなかったのだ。 純和風なお屋敷に初めて着いたときの「わーすごーいカッコいー!」っていうあたしの純粋な感動を返して欲しいな! そしてあたしは大学の裏門を出て、閑静な街並みを職場目指して歩く。 頭を切り替えるのに十分な時間すら掛からず、伊達さんちは見えてくる。 「こんにちはー。ですー」 でっかい門の横にちょこんと添えられたチャイムを鳴らすと、 舎弟さん(っぽい)人たちが「お嬢先生!」と出迎えてくれる。 いくら今はカタギだって言ってもご近所さんに信じてもらえないのは、 きっとこういうのに原因があると思うけど、別にあたしはコンサルタントとかじゃないからアドバイスまではしない。 丸石で砂利を敷いた庭を、飛び石に沿って歩いて行くと、玄関。 買ったばっかりのパンプスは脱いだらキチンと揃えて、それでようやく若様のところへ行く許可が出る。 許可を出すのは小十郎さんという、頬に意味深な傷のあるダンディさんの役目。 「政宗様はまだ学校だ」とか、「今日の政宗様は体調が優れないから早目に終われ」とか、そういう指示をしてくれる人だ。 あっちなみにその“政宗様”っていうのが若様ね。それでもって、あたしの生徒。 政宗くん(以下、政くん)は、それはもう整ったお顔をしていらっしゃる。 髪は見るからに「触るとパサパサだろうな」っていう感じで、 青というより蒼っぽい色をした瞳は片方が眼帯で隠れているけど、 それでも他人を圧倒するオーラ?みたいな、色気?みたいなものがある。 ちなみに隠れているのは右目の方。そっちの目をどうしたのかは聞いていない。 プライバシーとか、ね、あるじゃない?(ほんとは怒られるのが怖いから!) まあそれはともかくとして、あたしは玄関から中庭の方へとお屋敷の廊下を歩いていく。 小十郎さんは(あの外見からは想像できないけど)この中庭で家庭菜園のようなことをしているのだ。 だからあたしが来る日はいつもここで雑草を抜きながら「今日の政宗様」情報を伝えるのを待ってくれている。 「小十郎さーん、こんにちはー。政くんもう帰ってます?」 「あ?ああ、お嬢先生…政宗様なら今日はもう部屋に戻っていらっしゃるぞ」 「了解です。じゃあ授業始めますね」 「政宗様をよろしく頼む。8時前には夜食の差し入れに行くからな」 あたしは小十郎さんに「かぼちゃのプリンがいいです!」と言い残して政くんの部屋へ向かった。 あたしはその日の講義が全部終わってからここに来るから、今日みたいな日の授業は夜の7時から9時とかになる。 だから、お腹を空かせて勉強する若様とあたしのために、小十郎さんが差し入れを持ってきてくれるのだ。 大抵は『小十郎さんの家庭菜園で採れた野菜を使った何か』になるので、 たまにネギのぬたとかが出てくる。ぬた、ってなに。現代っ子のあたしには未知の食べ物だった。 ここのお屋敷の廊下はびっくりするくらいピカピカツルツルに磨き上げてあって、 たとえば普通のソックスを履いていたら一昔前のギャグみたいに滑ってしまうのだ。 だからあたしはパンプス用のレースソックスで滑り止めにする(スケートして遊びたい本音は隠すべし!)。 「政くーん。政宗くーん。入るよー」 「Ah,Hello,Ms.Governess」 ノックをすると政くんのご機嫌な声がしたので、あたしは遠慮なく政くんの部屋へ上がりこんだ。 なんで英語?なんて思ったのは最初くらいなもので、この家ではそれが普通らしいと悟った あたしは今では「ヘロー☆」とピースしてやるくらいの余裕がある。 ハタチも越えたいい大人が恥ずかしくないのかなんて聞かないで欲しい。ほんとはちょっと恥ずかしいから。 (ハタチとか嘘だろ童顔じゃん、って思ったやつ、前出ろ、前だ!)(小十郎さんのマネ!) 政くんは高校の制服のまま、机に足を乗せた姿勢であたしの方を向いた。 シャツがだらしなくはみ出ている。ネクタイも喉元からだいぶ下がっている。 「だらしないですぞ!って小十郎さんに怒られるよ」と言うと、「言わせとけ」と政くんは言いやがった。 なんて生意気なガキだろう、と思ってはいけない。だって政くんは『若様』として育てられてきたらしいし、 その証拠に高校だって有名お坊ちゃま私立だ。あたしなんて簡単に社会的に抹殺できてしまう。 「で、、今日は何のLessonだ?」 「今日はねー、昨日やったテストの解説と補足かな」 あたしは政くんの横の椅子に座って、バッグからプリントを取り出した。 給料分は働かなきゃと思って作った数学のお手製テストで、昨日の授業で政くんにやらせたのだ。 丸付けをしてから来ようと思ったのに、今日はレポートとか色々忙しくて実はまだ採点出来てない。 あたしは筆箱にしているポーチからピンクのペンを出して、政くんが横から覗き込んでくるのには構わず丸をつけていく。 「なあ。約束、覚えてるだろうな」 「約束?あー、あの、90点以上だったら『言うこと1個聞く』ってやつ?」 「Yes!」 政くんはニヤニヤしながら言った(なんでそんなに嬉しそうなの)。 あたしは余弦定理の応用問題のところでちょっと手を止めて、ピン!と線を一本跳ねさせた。バツ!不正解! こんな調子で90点以上が取れるのかねえ、とあたしがニヤニヤして言うと、 政くんは舌を鳴らして「Shit!」と言う(こわっ)。 でもどうせ、『ご飯奢れ』とか『買い物行くから荷物持て』とか、若様といえど高校生なんてそんなもんでしょ。 あたしはそう予測してその賭けに乗った。だってそもそも90点以上が取れると思わなかったのだ。 政くんはいくらあたしが解説しても「ふーん」で聞き流すし、 高校のテストは赤点スレスレだし、暇さえあれば『サナダユキムラ』という同級生と決闘しているらしい (って、小十郎さんが嘆いてた)。 しかしあたしはヒヤヒヤしている。なんだか、思ったより、丸が多い。 政くんはにまにま笑いながらあたしの耳元で「Got it!」と囁いてくる(なにこのエロ声!ガキのくせに!) 最後まで丸付けをして点に換算してみると、なんと配点の高いところをキッチリ抑えているおかげで トータル91点だった。うっそなにこれ! 「ま、政くん!イカサマはよくないよ!」 「イカサマじゃねえよ!まぁこれが俺の実力ってこった」 まあ、その、生徒が良い点を取ったということは喜ぶべきことなんだろうなあとは思う。 あたしの教え方が良かったのよね、って自惚れることも出来るし。 政くんはニヤニヤ笑いながら「命令、ひとつ、聞くんだよなぁ?」と言ってくる。 でもどうせ命令って言ったって『ご飯奢れ』とか『荷物持ちになれ』とかその程度でしょ、 いやお願いだからその程度に留めておいてね、っていうあたしの内心の叫びはあっさり無視された。 政くんはあたしの背後に回りこむと、あたしの首に腕を絡めて、あたしの首に頭を埋めてきた。 まるで小さい子がお母さんに甘えるみたい。だけど政くんは小さい子じゃないので 「、あんた、俺の女になれ」なんて言いやがった。 えっこれどうしたらいいんですか小十郎さん! でも小十郎さんはあたしのヘルプに応えてくれない。きっとかぼちゃのプリンを作ってくれているからだ。 小十郎さんのかぼちゃはほくほくしてて煮物にすると美味しい。 だからきっとポタージュとかスムージーみたいにしても美味しい。ハイル小十郎!ハイルかぼちゃ! そこで政くんが「、」と吐息を首筋に吹き掛けてくるのであたしは鳥肌と共にハッと意識を取り戻した。 そうだ、あたし、かぼちゃにウットリしてる場合じゃない! 「あっ、あの、落ち着いて政くん、落ち着いて、ね?」 「政くんなんて呼ぶな。ガキじゃねえよ」 「ガキだよあたしからすれば!あ、う、うそうそ!噛まないで、ぎゃっ!」 噛まれた!(って言っても軽くだけどね。甘噛みってやつ。言ってて恥ずかしい) あたしは政くんの頭を押し返そうとするけど、政くんがあたしの後ろにいるのでうまく行かない。 あたしの指が眼帯の紐にひっかかりそうになっても政くんはそれについては文句を言わず、 ただ「、、」とあたしを呼びながらあたしの首を噛んだり舐めたり吸ったりしている。 え、え、え、え、どうしようこれどうしよう誰か止めて! 「ちょ、タンマ、政くん、ギブ!ギブ!」 「I can't wait.」 「日本語で言えよちくしょう!」 政くんの(ガキのくせにガッシリした)腕があたしを立たせ、体を反転させ、正面で向き合うようにする。 近付いてきた顔に思わず俯いて目を瞑るけどそんなの政くんには大した抵抗じゃないみたいで、 あっさりとあたしのくちは塞がれた(何に、って、その、…あれだよ)。 むぐむぐ呻くあたしなんてお構いなしなもんだから、そのうちあたしの頭はくらくらしてきた。 「あ、やばい、酸欠だ」って思ったときには足がふらついて、あたしたちは絡まった糸みたいに床に崩れ落ちた。 それでも痛くないのは政くんが背中を支えてくれたからだ。 「がそんなひらひらしたワンピースなんか着てくるから悪いんだろ」 「あた、あたしのせいなの?」 「全部あんたのせいだよ。全部!ああもうちくしょう。 昨日だって、俺にテスト受けさせといて、あんたは俺のベッドでごろごろしてたろ。 俺が、必死で、頭と体と闘ってたのに!」 「そ、それはごめん、」 咄嗟に謝ったけどあたしは別に悪くは無いと思う。いやそんな、 だって政くんカッコいいからこんな普通の女子大生にむらっとする(下品でごめん!)なんて思わなかったんだもん。 もっとグラマーなオネエサマとか、清楚なオジョウサマとか、色々食べ放題だろうと思っていた。 けれど、事実、政くんはあたしが欲しいらしい。それがこの場限りかどうかは今はともかく。 なーんて余裕ぶってモノローグしてる場合じゃないんだよね! 政くんの手が、諸悪の根源であるらしいワンピースの裾を容赦なくめくって、あたしの腿を撫で上げる。 あたしは思わず「わ、」と声を出してしまって、それが妙にバカっぽくて恥ずかしくて顔を背けた。 もはや抵抗できないだろうあたしに気付いたらしく、政くんはあたしを抱えて、少し離れたベッドに落とした。 「、」と間近からあたしを呼ぶ声ですら蹂躙してくるみたいだった。 やばい、だめだって、道徳倫理的にだめだって!(未成年政くん×成人あたし=違法行為!) 「政くん、ほんとだめ、あたし逮捕されちゃうからっ」 「させねえ」 「や、そうじゃなくてっ…こ、小十郎さんにも殺され、」 「させねえ」 あたしは身動きが取れない。ガッチリ組み敷かれてしまったからだ。 さっきから何回もくちを塞がれ放されしているせいで頭が真っ白だし、 政くんの茶色いパサついた髪は以外にも猫毛で柔らかくて、それが鎖骨や胸をくすぐって仕方ない。 もうだめかな、流されるしかないかな、正直に言うとあの、イヤじゃないし。 なんて意識の斜め上あたりで考えながらあたしはシーツをぎゅっと握った。 そしたら手のひらのなかに、潰れたシリコンのような、小さい柔らかいモノが転がり込んできた。 あたしは薄く開いた横目でそれを見る。それは、なんと! 「あ!」 あたしが色気とは無縁の大声を上げたので、政くんは肩をびくっと震わせた。 「なんだよ」と不機嫌そうな政くんに、あたしはその小さなモノを見せる。 「ピアスのキャッチ!あたしこれ探してたの!あー、そっか、 昨日ここでゴロゴロしながらジョジョ読んでたときに落ちたのかも。見つかって良かった!」 「………それだけか?」 「あ、ごめん。それだけ。続ける前にカバンにこれ仕舞っていい?」 政くんは盛大に溜息を吐いて、力を抜いた体であたしを押し潰した。 重いよ!と言うけど、政くんは「I'm withered…」と言うだけだった。 ウィザー、って、どういう意味だったっけな。 YOU MAKE ME HOT AND MAKE ME WITHERED,MY DEAR GOVERNESS! (ちなみにこのあと、かぼちゃプリンを持ってきた小十郎さんに見つかってすごく怒られた。 あたしが。なんであたし!?あたし被害者なのに!) |