「おはようございます!それでは早速、全国のお天気を見てみましょう。
 昨夜から今朝にかけて低気圧が発達しています、夕方には全国的に雨でしょう。
 お洗濯は午前中、または明日以降のほうがいいかもしれません。お出かけの際は―……」


たまたま、いつもと違うチャンネルに合わせた。それだけのことだった。
なにか予見するような力が働いていたわけではないし、 偶然見かけた深夜番組を観たあとの、そのままのチャンネルだっただけだ。
買い換えたばかりのプラズマテレビ(地デジやらブルーレイやらに対応している)のパネルの中で ハキハキと天気を読み上げる女性は、涼しげな目許を和らげて、まっすぐに政宗を見ている。

ぼとり、と、スコーンに乗せていたブルーベリーのコンフィチュールが制服の裾に落ちた。


「制服に垂れましたぞ、政宗様」
「……………」
「政宗様、聞いておられるか」


ワイシャツにスラックスにエプロンをつけた小十郎などは、言葉も姿も無視だ。 小姑のようなおっさんより、太陽のように朗らかに笑う女性を見ているほうがよっぽど良い。 政宗の視界と思考には、電線をいくつもいくつも隔てた向こうで、いま確かに笑っているだろう彼女で一杯だった。









「聞け、元親。俺はどうやら一目惚れというもんをしたらしい」


昼休みの屋上で、フェンスに凭れながら空を仰ぐ。 それからさりげなく、隣でパンをかじりながらイチゴミルクをすすっている元親にそう言ってみたところ、 元親は最高潮に気持ち悪そうな顔をして政宗を見た。


「……………あ、やべ、夕方から雨だってのに傘持ってきてねえ。
 元就、折り畳みとか余分に持ってねえかな……いや貸してくれねえか」
「Hey,無視すんな」
「…だってよう、おまえ、一目惚れって……誰に?」


恋愛相談なら前田と相場が決まっているのに、なぜ自分にこの話題を振ってくるのだろう、と、 元親は屋上から逃げ出したくてたまらなかった。
そんな元親の心情を知ってか知らずか(たぶん知ろうともしていないのだろうが)、 政宗は「よくぞ聞いてくれた!」とばかりに瞳を輝かせた。


「Weather forecaster.」
「あン?」
「相変わらずトリ頭なお前にも分かりやすく言うなら“お天気お姉さん”だ」


元親の手から、ピザに似せたパンの具が零れた。 政宗は「きたねぇなあ」と眉をしかめるが、実は彼の制服の裾にもコンフィチュールがついている。

元親は耳を疑った。まさか、校内校外を問わず『独眼竜』と呼ばれ畏れられる政宗の口から “お天気お姉さん”という単語が出てくる日が来るとは夢にも思わなかった。
というか、高校生にもなってテレビの向こうの人物に本気で惚れるのは、政宗の良しとする人物像的に許されるのだろうか? 政宗の目を見る限り、単なる「ファンになった」という報告ではないというのは明白なのだ。


「……お、おお、そっか」
「なんていうか、やっぱ同級の女どもはやっぱGirlなんだよな! ああいうのを“Not a girl , Not yet woman”って言うんだろうと俺は目が覚める思いだったぜ! 地味すぎず派手すぎない化粧!ハイビジョンにも耐え得る肌質!あの華奢さ! まあ髪はもうちっと長くても似合うんじゃねえかとは思うが、逆に女臭くなくて清潔感があるっつーか!」


政宗の勢いは止まらない。このままパーリィとか叫んでフェンスから飛び降りるんじゃないかと 元親はヒヤヒヤしたが、政宗はお構いなしで元親のイチゴミルクの紙パックを握り潰そうとする。 政宗の握力が高校生男子の平均を軽く上回っていることを知っているので、元親はそれとなく周囲のものを避難させた。

やはり会話の相手を努めるときのマナーとして、こちらもその話題に興味があるということを示すべきなのだろう。 最も手っ取り早いのは質問をすることなのだが、政宗が一目惚れしたという女性キャスターの名前も不明なので、 曖昧に濁した言葉を返すことしかできない。


「な、なあ政宗」
「あ?俺の話に割り込むたぁ良い度胸だな」
「ンな睨むなよ!こっちはその相手の名前すら知らねーんだけど」


元親が意を決して質問すると、政宗は睨むのをやめて「Oh」と鼻で笑った。


「知らね」
「知らねぇ!?」
「しょうがねえだろ、スイッチ点けたときにはもう始まってたんだ。
 明日はTitle callに間に合うように観りゃ分かる話だろ?」


鷹揚に言い放ち、元親の肩に肘を乗せてくる政宗はニヤニヤと笑いながらもご機嫌である。
なんだか面倒くさくなってきた元親は「まあ、でも所詮はテレビの中の相手だろ」とやる気なく返事をしたが、 政宗はニヤニヤ笑いを強めて「あのテレビ局ならツテがあってな」と言った。
元親は呆れて政宗を見る。そうだ、こいつはそこそこ良いトコの坊ちゃんだった。

「あぁそうかい」という、再度やる気のない返事をした元親には興味を示さず、 政宗はクツクツと楽しそうに笑う。その内ストーカー容疑で逮捕されるんじゃないか、 と元親が友人の近い未来を心配になってきたとき、屋上の扉がバンッ!と勢いよく開いた。


「ナントカと煙は高い場所を好むというのは正に貴様の事だな、長曾我部」
「顔見みせた途端にケンカ売ってンのか、元就」


威圧感たっぷりに腕を組んだ姿で現れたのは、しかめっ面の元就だった。
言外に「バカ」と罵られた元親は隣に座る政宗を指差し、 「ここにも居るぜ」と言うが、元就は一瞥しただけで興味無さそうにフンと鼻で笑う。


「類が友を呼んだのだろう、どうでもよいわ。
 そんな事よりも、今晩来いとからの言付けだが、貴様来るつもりはあるのか」
「マジかよ!行くぜ、もちろん!」


政宗の突然の恋(?)を聞かされ、ぐったりしていたはずの元親は、元気よく返事をした。
元就の登場からして興味を持っていなかった政宗だが、元親の態度の急変と 『』という見知らぬ女の名前に、ニヤァと笑みを浮かべると、元親の肩に腕を回して絡み出す。


「ほぉ、女か。テメェがそんなにHighになるほどの女か。
 しかも毛利がわざわざ伝言しに来るぐらい良い女か、んん?」
「おまっ……さっきまでお天気お姉さん……」
「抜かせ。は我の従姉妹よ。
 言付けに来たのも、こやつの為に回線へと流すパケットの料金が勿体無いからだ」


元就はそう言い、太陽のほうへ身体を向けた。「日輪よ…」と呟きながら幸せそうな顔をしているので、 恐らくはパケット代の節約と日光浴のために、わざわざ屋上までやって来たのだろう、と元親は思った。

は元就の従姉妹で、元親にとっては姉のような人である。 元々、毛利家と長曾我部家が隣り合っているという立地条件に加えて、毛利・長曾我部どちらも共働きで、 こどもらの世話をする人物が必要だったという生活条件によって引き合わされた3人だった。
はちょくちょく元就の家へ来て、昼や夜の食事を作った。 屋根伝いに元親の部屋へ侵入しては、毛利家へ引っ張り込んだ。 「お天道様は偉いんだよ」と幼き日の元就に刷り込んだのもだった。


「久しぶりだよなー!、就職したんだっけ?」
「地方局で気象予報士をしている」
「Is that true?」


突然喰いついてきた政宗に、元就が眉を顰める。
例の「お天気お姉さん」に繋がる情報があるんじゃないかと期待しているんだろう、 元親はそう予測し、内心面白がりながらその光景を見守った。


「なぁ、俺もアンタん家に連れてってくれよ。探し物の手がかりになるかもしれねぇ」
「探し物?どうせよからぬ事でも企んでおるのが関の山だろう」
No way!とにかく頼むぜ、な?元親も何とか言ってくれよ」
「オレぁ別にいいけどよ…」


でも多分、お前が探しているお天気お姉さんとは全然違うと思う。
先程聞いた政宗の言葉から想像できる『清楚なお天気お姉さん』のイメージを脳裏に描きながら、 その横にかつてのを並べてみて、元親は笑いたくなった。まさかこの2つがイコールで結びつくことはない、と思う。
しかし、そう注釈しようとした元親の言葉は政宗の「聞いただろ、な!」という歓喜の声に掻き消されてしまったため、 政宗本人の耳には届いていないのだろう。


「……まぁ良い。本気で来るつもりがあるのならば、19時前には長曾我部の家に居ろ」
「オーケィ、任せときな!」


やけに上機嫌で、政宗が言う。そのとき昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴って、 元親と政宗は頑なに同行を拒む元就の背後をのんびり歩きながら教室へ戻った。









放課後になって、元就に言われたように、政宗は元親の部屋に居た。
元親はベッドに転んだまま、マンガを読んでいる。では政宗は何をしているかと言うと、 夕方からのニュースのお天気コーナーが始まる時間だというので、テレビにかじりついて ひたすらチャンネルを回しているのだった。年代物のブラウン管のせいで目がちかちかする。 やはりテレビは薄型に限るな、と彼は元親には内緒で自宅のテレビと比較したりしていた。
外は小雨がぱらついている。朝、『彼女』が言っていた通りだった。

コン、コン、

元親がちょうど一冊読み終えたとき、窓のほうからノックの音がした。
なぜ、窓から。ここは二階だ。元親は飛び上がり、音源のほうへと駆け寄った。


「―――チカちゃん久しぶり!元気だった?今日はちゃんと傘持ってた?」
「バカおまえっ…!なんつーとこから入ってきやがる!」
「大丈夫、昔はよく通った道だもん!なっつかしいねー!」


元親の窓の向かいの、元就の部屋から、雨樋や屋根を綱渡りでやって来たのはだった。元親は慌てて窓を開け、の身体を室内に引っ張り込む。
それと同時に階下の玄関の開く音がして、「生きているのか、」と元就の興味無さそうな声が聞こえてきた。なんでこいつら、玄関からまともに インターホン鳴らして入ってこないんだ。元親はげっそりして溜息を吐いた。


「今晩ね、ナリちゃんち叔母さんも叔父さんも帰れないんだって。
 だから夕飯作りに来たの。で、折角だし、チカちゃんも呼ぼうかと思って!」
「あー…そのことなんだけどな、もう一人前追加してもいいか?」
「ん?いいよ、任せて!食費はナリちゃんちから出るからタダ飯だよ、良かったね」
「おう、わりぃな。オラ政宗、テメェもなんか言……政宗?」


黙りこくった政宗を見れば、目と口を大きく開いて呆気に取られた表情をしていた。
元親は肘で政宗の脇を突きながら、「オイ!」と必死に呼びかけ、彼の意識を取り戻させようとする。


「あんた……あんた、今朝の…!」
「今朝?あ、もしかしてテレビ見てくれたの?
 やだっ嬉しい、ありがとう!ちゃんと家出るときに傘持った?」
「Of course!」


胸を張って答える政宗に、は「君はいいこだなぁ」と笑い、階下から「遅い!」と苛立った声を投げてくる元就に 「いま行くねー」と返事をした。
軽い足取りで元親の部屋を突っ切り、ドアを開けて、消えていく姿。
そういえば最後に見たときよりずいぶん大人っぽくなったように元親は思った。


「―――――っっ、Thank you,元親!!」
「お、おぅ…!」


ぐっと親指を立てた手を元親に向けて、政宗はどこか据えた瞳で笑う。 結局、政宗の言っていた『清楚で華奢なお天気お姉さん』は、元親のよく知る人物だったらしい。 そういう偶然もあるものだな、と自分を納得させることにして、彼は階下へ向かうことにする。 を手伝わなければ、元就にまたネチネチ言われるのが分かっているからだ。

政宗が自分のベッドでゴロゴロ転がりつつ、「Got it!」などと呟いているのは、気付かなかったことにした。



PLEASE FORECAST THAT YOU WILL LOVE ME , BABY!



「ラー、アポロン、そして我らが母なる天照大神よ。
 今日も我らに日輪のご加護を与え賜うて下さったことに、感謝の念を表します。
 明日も変わらぬご加護を、そして日輪の光を、我らにお与え下さい。いただきます」
「頂きます」
「………いただきます…」
「(おい、この変な挨拶はここでは普通なのか?)」
「(ああ、まあ…毛利一族内ではな)」
「(Oh my…!What a absurd family…!)」