任務を終えて一月振りに帰って来た自室。 布団も敷かず、佐助は畳の上にうつ伏せでべったりと寝転がった。 古くなったいぐさが頬にちくりと刺さるが、転がった以上は動きたくなかったのである。 つかれた。いやぁ本当につかれた。 こりゃ歳末褒賞はうんと弾んでもらわなきゃなぁ。 「ははは」と乾いた笑い声を畳の目に捩じ込むようにこぼす。 と、そのとき、廊下をぱたぱたと歩いてくる足音が聞こえた。 音から判断される体重や歩き方と、呼びつけたりせずにわざわざここに来てしまうような人物の一覧を頭の中で照らし合わせてみる。 旦那―んなわきゃぁない。用があるなら呼ぶだろうし、気まぐれで来てみたとしてもこんなに静かに歩いて来れるわけがないからだ。 才蔵―これも違う。仮にも長を呼びつけることはしないだろうが、足音は明らかに訓練を受けた忍の立てるようなものではない。 となると、彼女だろうか。まあ消去法で考えるまでもなく、最初からそんなような気はしていた。 彼女だろうか。 そうだったらいいな。 人知れずにやついたまま畳に伏して足音を待った。 「さすけー、入ってもいーい?」 こちらの出方を伺うような控え目な声は予想通りにのものだった。 あえて返事をせずに突っ伏したまま、どう反応するだろうとまたにやにやする。 もう一度「さすけー」と呼ぶ声がしたあと、今度はが障子を開いたらしい音が続いた。 彼女にしては珍しく、隠密にしようという意思が感じられる。 「さすけ…しんでる…」 死んでねえ。 反論の声を上げそうになって、なんとか思い止まった。 狸寝入りを見破るための誘導尋問かもしれないし、そもそもは元から変な言い回しをする。 今のも、意味的には『眠っている』というのをあえて『死んでいる』と表現したのかもしれない。 と、努めて前向きに解釈した。もちろんこの間も微動だにせずにだ。 は佐助の顔を覗きこみ、眠っているのを確認してから、「よし」とひとりごちた。 なにが「よし」なんだろう。 佐助がそう思った次の瞬間、腰から足にかけて人の重みと体温がのっしりと降ってきた。 「え、ちょ、さすがの俺様もこれは予想外!」 「あれ、さすけ起きちゃった」 上半身を浮かせて振り向くと、まるで親亀と小亀のような体勢でが自分の腰にしがみついているではないか。 おまけには起こしたことを悪びれる様子もなく、腰に回した腕に力を入れてくる。 「何がしたいのちゃん」 「さすけで尻枕」 実に簡潔な答だ。 眩暈がしそうだと思いながら「意味わかんないどいてよ」と言うが、は退こうとしない。 いーやーだぁーと間延びした反抗の声を上げつつ、佐助の尻を目掛けて自分の顎を何度か打ち下ろしてきた。 「うほぅ、やっぱいい腰」 「それおんなのこの言う台詞じゃねーから!いたい、あご痛い刺さるやめて!」 まったく本当に何がしたいのだろう。 めいっぱい腕を伸ばしての顎を掴まえる。 えびのように反った背中が限界を訴えて軋むが、尻を触られまくるのに比べれば大したことじゃない。 猿飛佐助、常日頃から「忍は道具だ」との信条はあるが、忍であってもやっぱり男である。 「ちゃんのど変態。仕返しされたいの?」 わざと意地悪く言ってやる。 それでもしぶとく佐助にしがみつくは、唇を尖らせて「一ヶ月ぶりなんだからちょっとくらい良いじゃんか」と拗ねたように言った。 予想外に素直な言葉が返ってきて、今度は佐助のほうが面食らってしまう。 なんだろう。なんか、なんだろう、ちょっと嬉しい。気がする。 「一週間くらいで帰ってくると思ったのに、一ヶ月だもん」 「…なに、寂しがってくれたの?」 小さな声で「うん」と言ったあと、は瞼を伏せて、顔ごと佐助の服に埋めてしまった。 ちらりと見えたその表情は、やはり少し寂しげだったかもしれない。 かわいいこと言ってくれちゃって、と思わないこともないが、がしぶとく尻にしがみついていることが全てを台無しにしている気がした。 「ちゃん、腕でも膝でも胸でも貸してやるからそこ退いて。台無しだから、良い雰囲気だったの台無しだから」 「やぁだね。ここがいいの、もう今日はここで寝る!」 はまた顎を突き立てて、佐助の腰骨を押すようにしてくる。 良い按摩効果になるといっそ諦めるべきか、力尽くでも引き剥がすべきか、さてどうしたものだろう。 NINJAで枕! 壱―猿飛尻枕ノ巻 こんな日常にちょっと安心してしまう自分が情けない! |