僕が生まれたとき、母さんはたったの17歳で、そして父さんは死んでいた。 父さんが死んだのは僕が生まれたちょうど1年前で、享年18歳だったらしい。 母さんの両親と父さんの父さんは既に亡くなっていたので僕は父方の祖母しか会ったことがない。 けれど親戚はたくさん居る。指折り数えてみよう。 ロドルファスおじさん、ベラねえさん、ルシウスおじさん、ナルシッサおばさん、それからドラコ。 僕の家族構成は、突き詰めて考えると母さんしか居ないんだけれども、 それでも物心ついたときにはルシウスおじさんの家でドラコの兄のように扱ってもらっていた。 僕が生まれて数年は祖母と母さんと僕の3人暮らしだったけど、その祖母は僕が6歳のときに亡くなってしまった。 なので母さんと僕は、父さんの従姉妹であるナルシッサおばさんの嫁ぎ先のマルフォイ家に引き取られた。 そう言うとあまり近くない親戚のようだが、母さんとおばさんは姉妹みたいに仲が良い。 だから僕は、母さんと僕に父親がわりのルシウスおじさん、二人目の母であるナルシッサおばさん、 1つ年下の弟みたいなドラコを加えた5人家族のようなものだと思っている。 僕はブラック家の最後のひとりだった。 母さんは厳密にはブラック家の生まれではなく嫁入りした立場だったからだ。 死んだ父さんもやっぱりブラック家の最後のひとりで、僕にその肩書きを残して死んだ。 父さんの話をしようとするとルシウスおじさんは少し嫌がる。ナルシッサおばさんは辛そうな顔をする。 だから僕は母さんと2人だけになったときにしか父さんの話を聞くことは出来ない。 「あなたのお父様はね、とても不器用な人だったわ。  とても不器用で、とても優しくて、とても勇敢だった。  でも約束よ。この事はわたしとあなたと、クリーチャーだけの秘密よ?」 「どうして?」 「それは大きくなったら教えてあげましょうね」 母さんは僕が知らないと思っている。父さんが裏切り者だと呼ばれていることを。 僕は父さんが嫌いだ。母さんを裏切ってひとりにして勝手に死んでいったからだ。 だから母さんが僕のことを父さんにそっくりだというのが嫌で嫌で仕方がない。 「あなたはお父様にそっくりね、アルギエバ。  目許も、鼻筋も、口元も、すべてあの人と同じだわ」 「僕は母さんと一緒が良かった」 「あらどうして?わたしはあなたがお父様似で嬉しいわ。  まるであの人が帰ってきたみたいだもの。とってもハンサムよ」 母さんは僕の頭を優しく撫でてそう言う。 壊れないで、どうか壊れないで、と、僕はそんな母さんを見るたびにいつも願った。 11歳になった年にはホグワーツへ入学した。 僕の名前がスリザリンに組み分けられた瞬間、緑と銀のネクタイをしたテーブル一帯が熱烈に拍手をした。 まるで王の帰還だとでもいうような歓迎振りに少し驚いたが、寮監のひどく複雑な表情にも驚いた。 後から聞けば、教授は父さんのことも母さんのこともルシウスおじさんのことも知っているらしい。 知人の息子がいつのまにか成長していたので驚いたのかと思ったが、真相は違った。 僕が4年生のとき、つまり14歳になったとき、伯父の存在を初めて知った。 シリウス・ブラック。アズカバンに収容されていた凶悪犯だった。 その伯父がどうやらスネイプ教授の同級生で、いわゆる犬猿の仲であったらしい。 僕は父さんに似ていて、父さんはその兄とよく似ていたという話である。 だからつまり僕は伯父似でもあるということになる。 手配書の骸骨のような写真を眺めながら僕は自分の顎を撫でた。 僕もいずれこうなると予言されているようで嫌だった。父さんの死に顔を見ているようで嫌だった。 もう二度と伯父のことは気にしないことにしようと決めた。 僕は要するに優等生だった。成績もトップ、監督生で、卒業するころには首席だった。 たまに1つ先輩の双子のウィーズリーと廊下で決闘をする以外は模範生だと自負している。 レイブンクローは陰険だから気をつけなさいと母さんは言っていたが、彼らと目立って衝突することはなかった。 卒業後は、スラグホーン教授がたいへんに贔屓してくださったこともあり、僕は魔法省で働くことになった。 ただしNEWTの結果も伴っていたからこそだということは誰もが認めるところであると言っておく。 順風満帆、というやつなのだろう。血筋と、頭と、外見において、僕は何も苦労はしなかった。 闇の帝王が復活してからは、しかし話が変わってくる。 帝王は僕に死喰い人になれと言った。父さんの責任を果たせと言った。 母さんは帝王に泣いて縋って慈悲を求めたが、無駄だった。 「だめよ、アルギエバ、わたしをひとりにしないで、おねがい、お父様の意志を無駄にしないで、」 「落ち着いて母さん、父さんの意志って何のこと?」 「お父様はね、レグルスはね、本当は、本当は、あの方と闘おうとしていた、」 眼を丸くした僕に、母さんは初めて語った。 父さんとの出会いから、別れまで。 泣き崩れる母さんを支えながら僕はそれまで以上に父さんを呪った。 ばか親父。最低だ。ほんとうに、ほんとうに、最低なばか親父だ。 なんでそこで母さんをひとり置いて行ったんだ。 なんで母さんに重石ばっかり預けて行ったんだ。 僕は母さんを連れてマルフォイの家を飛び出した。 姿くらましであちこちに飛んで、追跡できないように何重にも魔法をかけて、ウィーズリーの元へ行った。 ダンブルドアが居ない今、どうすればいいのか良く分からなかった。 よく分からないがそこでならポッターに会えると思った。 不死鳥の騎士団たちから捕虜のように扱われながらも、母さんはルーピン元教授と話をした。 ここにポッターは居ないが、心当たりはある、と彼は言った。 そして僕は十数年ぶりに祖母の家、一族の家へ足を踏み入れた。 グリモールドプレイス12番地。埃と蜘蛛の巣にまみれた栄光の残りカスだ。 ポッターとルーピン元教授が話をして、ルーピン元教授が足早に立ち去ったあと、僕はポッターと対峙した。 「きみ、シリウスの……」 「伯父のことは今はどうでもいい」 その手元に光る金色のロケットが、何よりも憎らしかった。 ばか親父。あんなものひとつのために母さんを捨てるなんて。 「アルギエバ・レグルス・ブラック、父さんの責任を果たしに来た」 あの世であんたを堂々と殴るために、僕はあんたの尻拭いをしてやるんだ。 だから見ておけ、そして雲の上でせいぜい悔しがってればいいんだ。 “レグルス”の名が、ほんとうに蛇をくびり殺す、その瞬間を。