A swarm of bees in May
Is worth a load of hay;


「カリアッハ・ベーラ(Cailleach Bheur)。スコットランドやアイルランドに棲む青く醜い顔をした冬の妖精。 性別は女性で、晩秋になると魔力のある一本の杖を持って森や公園の中を歩き回る。 その際、その杖が木々に触れると、木の葉がすっかり落ちてしまう。 冬の間に日差しを暗くしたり雪を運んだりするのも彼女だが、春が来て五月祭のころになると石になる。 そして再び秋が来てハロウィンの日になると、息を吹き返して妖精の姿に戻る」


はいありがとうジェームズ。

「さすがだね」と声を掛けると彼は眼鏡をくいくいさせて「そうでもないよ」と言った。
シリウスは不機嫌そうに最後尾を歩いていてたまにピーターの靴を踏む。
どうやらゴルゴンブルーフィッシュ目覚ましはお気に召さなかったようで残念だ。


「で、そのカリアッハ・ベーラのひとりが禁じられた森にいるんだって?
 しかも中世以前のアーサー王の時代から!すごいねロマンだねドキドキしちゃうね!」
「うん。それに良い人だったよお土産くれたし」
「どこがだよあんな生臭せーの」
「生臭いのはのせいじゃなくて魚の体臭のようなものだし、
 お土産をくれたという点について見るなら良心的なひと(?)って言えるよね」


シリウスは「へりくつだ!」と憤ったように言う。
僕たちは禁じられた森を目指して歩いている最中だったりするのだ。


「大体さあ、カリアッハ・ベーラなんてハッグ系妖婆の一種だろ?
 なにが楽しくて休みの日にわざわざババアに会わなきゃなんねーのよ」
「ハッグ系ってなに?」
「なんていうか、マグルのイメージした分かりやすい“魔女”姿のことだ。
 鉤鼻で長い爪で空飛んで皺皺で人間食うみたいな。ブラックアニスなんかもハッグ系妖婆だな」


『へえ』『ほう』『ふーん』と僕らはシリウスの説明に反応を返す。
さすがはグリフィンドールの双璧ですねって僕とピーターは顔を見合わせる。

はちっとも皺皺なんかじゃなかったし爪も鼻も普通だったしなにより若かった。
「美しくないからいじめられた」って言ってたのはやっぱり周りと違ったからなのかな。
でもそんなことを言うとシリウスが無駄にハンサムを活用しそうだから言わない。意地悪じゃないよ。


「で、その彼女はどこに居るんだい?」
「あっ知らないや」


ジェームズの疑問にそう答えると「えー」と不満そうな声が返ってくる。
前は完全に偶然だったからなあと思いながら僕はつまさきで霜を踏む。
たぶん。たぶんね。湖らへんを歩いてたら会えるんじゃないかな。


「おぉーーぉーーいーーー」
「うわーすごく原始的」
「僕だよーーリーマスだよーーあっ名乗ってなかったか」
「おまえなにしてたの?」


何してたんだろうって自分でも思うけど予想外の邂逅だったんだから仕方ないと思うんだけどな。

僕は手をメガホンみたいにして「おーい」とを呼ぶ。
ざっくざっくと鳴っていた足元が霜から段々ときゅっきゅと鳴る白雪に変わってきた。
まだ晩秋のはずなのにいつの間にか真冬になっていたみたいな気温を感じた。


「おーい、」
「はいです。ごめんなさい遅くなりました食事中だったんです。
 レッドクレタシュリンプの氷結砕き、おいしいですよ。食べて行きますか?」
「いいえ寒いから結構です」


白雪がこんもりと積もった木の上からがさっと降りてきた。
まさかそんなところから出てくるなんてと僕は驚いた。でも顔には出さない。

はにこにこと嬉しそうに笑っている。
僕がジェームズたちを紹介しようと振り向くとそこには三人がぼけっとした顔で立っていた。


「あの人間たちは誰ですか?」
「えーと、右からシリウス・ジェームズ・ピーターという僕の友達です。
 あと僕はリーマスです。貢いでもらったお返しに来たんですけど今は暇ですか?」
「すごく暇です。あなたが冬を好きじゃないから仕事をあまりしないことにしました」


それはちょっとどうなんだろうと僕は思った。
そういえば前回に「まだ冬にするな」というニュアンスのことを言ったような気がする。

恐らくジェームズたちはの外見に驚いているんだろうなと予測できた。
彼女は前と変わらず原始的な裁断の布を纏って髪を靡かせていて青白すぎなければ完璧な姿だった。


「……し、皺皺じゃないじゃんシリウス…!」
「お?おう……あれだ、突然変異とか…?」
「ていうかやばいってリーマス完全に魅入られちゃったんじゃない?」


なにそれ失礼な僕は正常だ。


「カリアッハ・ベーラは人間を食べないので魅了の術は使いません。
 人間の精気はゴルゴンブルーフィッシュに比べるとあまりおいしくないです」
「あ、そ、そうですか。そうですよね。すいません」


三人を代表してなのかジェームズがに謝った。
いつまでも立っていると足が疲れるので僕はその隙に地面に座った。
ローブを通して雪のつめたさがじわじわと伝わってきて正直に言うと少し不快でもある。


「でもこの森には食べる種族も居るので気をつけてくださいね」
「えええっ、そ、そんなに危険なのが……?」
「居ますよ。アハ・イシュケやナックラヴィーなんてうようよしています」


は実に事も無げに言う。
僕はそれらの単語に聞き覚えがなかったのでグリフィンドールの双璧にヘルプの視線を遣った。

ジェームズとシリウスは顔を見合わせて喉をごくりと鳴らす。
その見事に揃った動作が双子のようだといつも言われている。


「アハ・イシュケ。アイルランドやスコットランド高地地方の海や塩水湖の塩水の中に棲むとされる馬の怪物。 良く晴れた日、特に午後になると毛並の良い馬の姿で岸辺の草を食み、 興味深々の少年や少女が背中に跨りたくなるように誘う。 そして誘惑に乗ってこの馬に跨ってしまうと二度と降りることが出来ず、水中に引き込まれて食われてしまう」

「ナックラヴィー。スコットランド北東にあるオークニー諸島の海に棲むといわれている怪物。 下半身は馬で上半身が人間だがケンタウルスではない。 皮膚がないので筋肉や血管が露出していて、首が無く肩の上に直接乗っているのでコマの様にくるくる回る。 性格は極めて凶暴。家畜だけでなく人間も食い、吐く毒の息で作物を枯らす」


なるほどなるほど。それは危険だ。
ピーターは顔を青ざめさせて「ひぃ」と鳴いた。
「うぴぃ」かもしれない。とにかく誤字じゃなくて本当に鳴いた。


「ナックラヴィーは本当は淡水には棲めないんですがここの気候は合うらしいですよ」
はそういうひと(?)たちと友達なんですか?」
「いいえ友達ではありません。怖いので出来るだけ会いたくないと思っています。
 私が妖精で彼らが妖怪という違いがあるからだと思いますが偶然すれ違えば挨拶はします」


マグルのアパートに住んでいる主婦のようなことをが言った。
僕は「あーそうなんですか」と言ってまだ震えているピーターの背中をさすってあげた。
森が危険なことはもとより承知だったはずなのになにを今さら怖がることがあるだろうかと思う。


「そこの人間たちは私が怖いですか?」
「いや!怖くは!ないですけどね!」
「ではあなたたちともお友達になれますね。嬉しいです」


引き攣った声のジェームズに笑いかけるとは滑るように足を進めた。
見れば彼女が通ったところの雪は硬質化してアイスバーンのようになっていた。それは滑るわけだよ。

この会話パターンからするとはまた『お土産』をくれるのだろう。
じろじろと彼女を見ているシリウスを軽く注意して僕らは待った。


「……さあ、あなたたちにも貢ぎ物です。サウザンアイランドといいます」
「ドレッシング?」
「ドレッシングとはなんですか?」


はとろりとしたピンク色の花を何本か抱えて戻ってきた。
その名前に思わず疑問が口をついたけれどドレッシングのことではないらしい。
詳しい説明を省いて「葉っぱにかけると美味しいよ」と言うと「ああ蜜ですね」と納得してくれた。
蜜?と思ったけどきっと彼女たちは葉っぱに蜜をかけて食べるんだろうと思うことにした。

凍死寸前のひとのような血色のくちびるに花弁を寄せてはふーっと息を吹きつける。
背筋がぞわぞわっとした一瞬のあとには綺麗に水分を飛ばされたドライフラワーが出来ていた。


「これを人間の女に貢ぐとサウザンアイランドの香りが縁結びをしてくれますよ」
「えっ本当に!」
「はい、マジです。あなたは好きな娘が居るようなので応援します」


ドライフラワーを渡しながらがジェームズの目を覗き込む。
ジェームズはびくりと肩を震わせて「えっ?えっ?」と混乱していた。


「私は妖精なのでお見通しです」
「あ、うん、そうなんですか」
「そうなんです。でも私にはこれくらいしか出来ません。ごめんなさい役立たずで。
 ……あ、その娘の体温を下げて逃げられなくすることくらいならお手伝いできますけど、」
「それ犯罪だから!」


慌てた顔のシリウスがつっこみをいれた。
ジェームズが「いっそ手伝ってくれ」なんて言って血迷ったら困るからだ。
それにしても妖精だからお見通しというのはずいぶん都合の良い設定になっているなあと僕は思った。

僕らはお礼を言って森を去った。寒くて寒くて死ぬかと思ったからだ。
はまた木の下に佇んで手を振って見送ってくれた。やっぱりきれいな光景だった。


森の中を歩きながら僕らは彼女についての討論会議をした。
きっと友達がほしいんだろうなという結論になったのでハグリッドの小屋へ行く。


「ハグリッド、かくかくしかじかなんだけど」
「そりゃ初耳だ!ほんならもうちっと妖精仲間でも捕まえてくるか」
「うん出来れば人間食わないやつにしてね」


話のわかるハグリッドに感謝してドライフラワーを一輪あげた。
次に行ったら妖精仲間と遊ぶに会えたらいいなと僕らは期待している。