A swarm of bees in May Is worth a load of hay; ジェームズはがくれたサウザンアイランドをリリーにプレゼントした。 (ちなみにシリウスのサウザンアイランドは片っ端から女の子が持って行ってしまった) リリーはちゃんと喜んでくれたみたいだけど後から僕にこっそり「妙だわ」と言った。 何がだろうと思ったら「ジェームズに花を理解する心があるなんて」ということらしい。 そこで僕は「選んだのはジェームズじゃないんだよ」とうっかりバラしてしまった。 ついでに僕らの部屋にサウザンアイランドが花束で置かれているということも教えてあげた。 するとリリーは「その冬の妖精に会ってみたい!」と言って目をキラキラさせた。 というわけで僕とリリーはいまの元へ向かっている。 朝に降るのはもはや霜ではなくて白い雪になっていた。 なので雪に埋まってしまう靴には防水の呪文をかけている。 この寒さもが頑張っているせいかと思うと文句を言いたくなってしまう。 冬を呼び込むのが彼女の使命だと分かってはいるんだけど寒いものは寒い。いやなんだよ。 「ねえリリー、本当に行くの?寒いよ」 「行くわよ!だらしないわねえ!」 リリーは勇ましい足取りでざっくざっくと雪を蹴散らして進んでいく。 がどこに住んでいるのかやっぱり知らないままなので今回も目指すは湖付近だった。 勝手なイメージだけどは一晩中散歩をする眠らない種族だと僕は予想している。 だからきっと定住地というか巣というかそういうものは無いんじゃないかななんて。 「こんにちは!さん、いらっしゃるかしら!」 「…うーさむっ……ーー居ないなら居ないで早めにそう言ってー……」 思ったよりも情けない声が出たけど寒いものは寒い。だからいやなんだってば。 「だらしないわね!」と二度目のお叱りを受けたそのとき近くの茂みがガサッと鳴った。 かな?と思って僕はそっちへ視線を向けた。 しかしその茂みから出てきたのは背が高くてパイプを咥えた若い男だった。 その服装はなんというか中世の貴族。マグルに化けそこねた魔法使いのような違うような。 「……お嬢さんはのお知り合いですか?」 「え?ええと正確には私じゃなくて彼なんですけど、あなたは?」 「わたしはと申します。以後お見知りおきを」 とかいうひと(?)はリリーの手を取ると甲に頭を垂れた。 仕草までが中世の貴族だった。そして僕は存在を無視されている。 さんはリリーの手を離そうとせずそのまま森の奥へ歩いて行こうとする。 「あのー」と声をかけても僕の存在はやっぱり黙殺されてしまった。いやな感じだなあと思った。 するとガサゴソと音をたてながら反対方向の茂みから人影が現れた。 「あっさん!今度はなにをしているんですか!」 「おや」 「あっ」 それはいつも通りにただの布っぽい服をふわふわさせただった。 最初に会ったころより顔色は真っ白に近くなっているけれど何故か不健康な感じはしない。 それどころか青白いより真っ白のほうが雪景色に溶けていくみたいできれいだった。 は僕のほうを見て「あ、」と言うと嬉しそうに笑った。 とかいうひとは相変わらずリリーの手を握ったままそんなを見ている。 「また来てくれたんですか」 「うん。でも寒くて死にそうです」 「それはごめんなさい。さんが私を怒らせるのでつい制御が効かなくて、」 『なるほどあのひとのせいか』と思って僕はというひとを見た。 彼はニヤリと笑ってリリーから手を離すと細長い腕をに伸ばした。 「あなたがあんまりにもネクラベーラだから放っておけないんですよ」 「またそうやって人のことを根暗ベーラと言いますか。カリアッハベーラです。 さんはガンコナーの一族で性質が悪いのでそこの人間の娘も気をつけてくださいね」 さんはの髪を掬ってくちづけする。 は気持ち悪そうに顔を顰めるとリリーのほうを向いて言った。 ガンコナー?? 混乱している僕のとなりに戻ってきたリリーが小声で「妖精よ」と教えてくれた。 それにしてもネクラベーラとはちょっと面白い。でも彼女が悲しむだろうから言わない。 「ガンコナーは人間の娘を口説いてはポイ捨てするいやな妖精ですよ。 いっそ妖怪と言っても間違いではないですから決して名前を教えてはいけません」 「そんなに意地悪な紹介をしなくてもいいでしょう、」 「ちょっとどこを触っているんですか気持ち悪いんですよマジで!」 の腰に手を回してエスコートするようにさんが囁いた。 リリーも僕も『うわぁきもちわるっ』と顔を顰める。かわいそうな! しかしもやられっぱなしではない。 さんの手を掴んでぎゅっと握った次の瞬間にはそれは見事に氷漬けになっていたのだ。 なるほどユニコーンを凍らせてやるとか言っていたのはこういうことかと僕は少し納得した。 「つれないですねえ、ネクラベーラ。黙っていたら美人なのに」 「ガンコナーの魔力は効きません。私は人間ではないし根暗ベーラでもないですから。 あなた一体なにをしにこの森へ来たんですか?さっさと帰ればいいじゃないですか」 「美人の妖精が友達を欲しがっているから、と拉致されたんだと何度も言いましたよ」 存在を忘れられている僕とリリーは黙って顔を見合わせた。 それってもしかして僕らがハグリッドにお願いしたせい? 「意味がわかりません。誰がさんのような趣味の悪い妖精を拉致しますか」 「なんだかひどく巨大で黒いモジャモジャでしたよ」 「もういいですさんとマトモな会話できるなんて思ってません」 「巨大な黒いモジャモジャ=ハグリッド」の方程式はアッサリ解けてしまった。 僕はのことを『かわいそうに』と同情的に見た少し前の自分を少し呪った。 いやいやいやいや何を同情しているんだ。僕らのせいじゃないか。 でもが僕ら以外と会話をして生活できているということは良いことだと思った。 思わざるを得なかった。そう思いたかったからそう思ったことにしておく。 きっと最終的にミスをしたのは人選(妖選?)を間違えたハグリッドだ。 は気まずい感じで佇む僕らのもとへやって来ると困ったように笑った。 美の女神かなにかのようなその笑顔にリリーがぼうっと見惚れるのが分かった。 普通なら僕が見惚れるべきだろうとは思うんだけどなぜか見惚れはしなかった。 「せっかく来てくれたのに名前も聞けないですねごめんなさい」 「き、気にしないでください!ここに来たときだけ別の愛称っていうのも楽しそうですから」 「優しいですね。優しくて可愛いのであなたは大好きです」 はリリーの頭をするすると撫でながら言う。 どうやらのほうも気に入ったらしい。 取り残された僕とさんが示し合わせたように顔を見合わせる。 「わたしは男には興味はないよ」 「僕も無いですよ」 僕があなたを狙ってるみたいな言い方やめてください。 「さん!その人間に手を出したら本気で怒りますよ」 「……………その“人間”、ね」 がリリーを背中に庇いながらさんに噛み付くように言う。 対する彼の返答にものすごく含みがあった気がして僕は眉を顰めた。 「それよりわたしはそちらのお嬢さんのほうが気になるな。お名前は?」 「え、っと……」 「エインセルとでも名乗っておいたらいいんですよ」 困惑するリリーにが助け舟を出した。 リリーはと僕を交互に見て、「じゃあ、エインセルで」と言った。 「『エインセル、遊ぼうよ』『エインセル、お名前は?』『エインセルはエインセル』 『エインセル、誰が怪我をさせたの?』『エインセル!』なるほどね。 ではエインセルのお嬢さん、恐ろしい母親が来る前にわたしは退散することにしましょう」 そう言うとさんはパイプの煙をふーっ吐き出して優雅に一礼して見せる。 そして煙が空気に溶けていくのと同じように段々霞んで見えなくなった。 今のは一体なんだろう?と僕とリリーは顔を見合わせた。 は苦々しい顔で「逃げられました」と呟くと雪を固めた椅子を作った。 「エインセルというのは尖った耳の少女の妖精で“自分自身”という意味を持つ名前でもあります。 昔々ある人間の少年のもとへエインセルが現れ『エインセルだよ、遊ぼうよ』と言いました。 ふたりは仲良くなり『お名前は?』と聞かれた少年もまた自分を『エインセル』だと名乗りました」 は同じ椅子をもう二つ作ってくれたので僕とリリーはそれに座って話を聞く。 「少年はうっかりしてエインセルに火傷を負わせてしまいエインセルは大泣きします。 するとエインセルの母親の妖精が現れて恐ろしい形相で『誰が怪我をさせたの?』と言います」 「“エインセル”ね!」 「そうですエインセルは怪我をさせたのは『エインセル!』だと言いました。 そして少年はエインセルの母親に復讐されずにすみましたというお話です」 リリーは目を輝かせてエインセルだらけの難解な会話を楽しんでいる。 なら「恐ろしい母親が来る前に」というのは「が怒る前に」という意味だろうか。 妖精の謎掛けは難しいなあと僕はぼんやり思った。 その少年は何て機知に富んでいるんだろう。もしかしたらジェームズの祖先なのかもしれない。 「たとえガンコナーでも“自分自身”は口説けません。 だからああいう手合いにはエインセルと名乗るのが厄除けになりますよ」 「さんのお話、とっても面白い!」 リリーはそれから夢中になってと話し込んだ。 僕は冷たい椅子に座りながら寒いなあとひとりぼんやりしていた。 寒いしお腹が空いたしで今ならゴルゴンブルーフィッシュでも食べられそうだった。 それから大分経って日が傾いてきたので僕とリリーは森を去った。 道中でリリーが「おねえさま…」と呟いたのは聞かなかったことにした。 談話室に入るとジェームズが「リリーまさかリーマスと浮気かい!」と泣きついてきた。 リリーはすてきな笑顔で「エインセルよ」とジェームズを突き飛ばして女子寮に戻った。 「リーマスどうしよう機嫌が良いのにすごく冷たくあしらわれた!」 うんもう機転を利かせて頑張るしかないよきみのご先祖さまのように! |