A swarm of bees in May
Is worth a load of hay;


を連れて談話室を出ると案の定フィルチが氷に足を取られていた。
すかさずジェームズがフィルチに失神呪文をかけてシリウスが廊下の氷を消失呪文で消す。
見事な連係プレーに僕とピーターは端っこで「すごいねぇ」「すごいねー」と言い合っていた。
は彼らの杖と自分の杖を見比べてなんだか残念そうな顔をしている。


「人間の杖は立派で良いですね。私ももっと良い杖を拾えばよかったです」


ねえ聞いた?いま『拾う』って言ったよね?
ということはの杖はやっぱり枝なのかと僕は納得して「そうですね」と相槌を打った。
ピーターはそんな僕を半目で見ている。でも僕はつっこみはシリウスに任せることにしたのだ。


「おやおや悪戯っ子たち。そこに誰を連れているんだい?」
「ニック!やあこんにちは。彼女はだよ」


フィルチを片付けてさあいざ出発、というタイミングでニックが壁を通り抜けてやって来た。
はオーロラのような髪をふわふわさせながら「こんにちは」と言う。
がヒトじゃないことは一目瞭然なのでニックは少し困ったような顔でジェームズを見た。


「えーっとまあその要するに彼女はカリアッハ・ベーラなんだけどね」
「なんと。森に棲んでおられる冬の精どのであられましたか」


僕らは顔を見合わせて驚いた。って有名だったんだ?
でもはよく分かっていないらしくて「ええ森に住んでいます」と首を傾げていた。


「私はニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿と申します」
「ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿ですね」
「僕らは『ほとんど首なしニック』って呼ぶけどね」


長ったらしい名前のやりとりにジェームズが口を挟んだ。
ニックはきっとフルネームで呼んでくれる味方が欲しいんだろうけどそうはさせない。
はニックが恨めしげに僕らを見ているのに気付かずに「ほとんど首なし?」と言った。


「そう。ニックは首がないんだ。“ほとんど”だけど」
「どういう意味ですか?」
「こういうことですよ」


ニックが自分の首をぐいと引く。
ぐいっ。ごろん。まあそんな効果音な感じで。

は目をぱちぱちさせてニックを見ていた。
叫んだりしないところを見るとやっぱりヒトとは感性が違うのかもしれない。


「……ニックさんはデュラハンの一族のかたですか?」
「デュラハン?いいえ私はどこにも属していませんが」


「首無し狩にも入れないしね」と小さく言うとニックがじろりと睨んできた。
しいて言うならグリフィンドールつきのゴーストだけどデュラハンとかいうものじゃない。


「でも首が取れるんですよね?」
「“ほとんど”ね」


ニックはまた首を引く。ぐいっ。ごろん。
だけどその首の皮は1センチほどを残してニックの身体にくっついている。
は不思議そうな顔をしてニックの首の切断面に見入った。なんというホラー映像。


「……ああではデュラハンではありませんね。
 デュラハンの首は完全に外れていますしそもそもあの一族は女性でした」
「というかそもそもニックはゴーストだからね」
「じゃあ既に死んでいるんですか……」


なぜか残念そうにが言う。
なにも悪いことをしていないのにニックは申し訳なさそうな顔で「ええ死んでいます」と言った。
それより僕はデュラハンとやらの真実が知りたいなあと思ってのほうを見た。


「デュラハンは人が死ぬ直前になると現れる妖精です。
 自分の首を小脇に抱えながら黒い馬に引かせた馬車に乗って街中を走り回ります」
「へえ。小脇に抱えながら」
「小脇に抱えながらです。ちなみに馬車を引く馬も首がありません」


は僕の視線に気付いてデュラハンについて解説してくれた。
ニックはデュラハンの首なしっぷりが羨ましいのか「それはそれは…」と言ったきり黙ってしまった。


「走り回ったあとはその死人が出る家の前で止まります。
 デュラハンが来たことは家人にも分かりますがドアを開けると桶一杯の血を浴びせられるんですよ」
「うわあ。それじゃあドア開けちゃだめですね」


なんて嫌な妖精なんだデュラハン。
ニックは悲しそうな顔のまま頷いている。デュラハンと一緒にしてごめんねと心の中で謝った。

そんなことを話しているとフィルチが「ううん」と唸り始めた。
やばい目が覚めるのかもしれないということで僕らはニックに別れを告げる。

はずっと森にいたから自分が建物の中にいるということだけで感動するらしい。
窓枠やドアノブを見てしきりに感心する彼女にちょっと可愛いなあなんて思ったりする。
立場的に優位な状況とか?なんかこう父性的なもの?から出てくる『かわいい』だと思う。けどね。

西塔の屋上で雪見をしようという話になって僕らは螺旋階段をひーひー言いながら上った。
こんなときにはさすがのシリウスでも息切れをする。神さまは平等なのだ。
はけろっとしているけどそれは彼女が厳密にはヒトではないからだろうということで納得する。

先陣を切っていたジェームズが「やっと着いた!」と言って屋上への扉を押し開けた。


「あらあら…こんなに寒い日に物好きですわね」
「おやグレイ・レディ」


そこには居たのはレイブンクローつきのゴースト『灰色婦人』だった。
「レディもね」とジェームズは返すけれどレディはゴーストなので寒くはないはずだ。

「そちらはどなた?」とレディがのほうを見て上品に問う。
レディは灰色だけどドレスは中世の豪華なドレスを着て髪も丁寧に結い上げてあって。
は真っ白くて髪を靡かせてフランス人がデザインしたと言われたら納得してしまいそうな服を着て。
確実に違うんだけど何故かこのふたりは似ているような気がした。


「そこの森に住んでいるカリアッハ・ベーラのです」
「私はレイブンクローつきのゴースト……グレイ・レディと呼ばれていますわ」
「ゴーストというよりあなたはシルキーのほうが本質が近いようですね」


は目を細めて小さく頷きながらレディを観察した。
レディは困ったように微笑んでいる。そりゃそうだろうなあと僕はこっそり思う。
だからそもそもゴーストだって言ってるのに!


「シルキーは特定の家や建物に居つくブラウニーと亡霊の間の存在です。
 灰色か白のドレスを着ていて家に気に入らないものが入ると追い出そうとします」
「レディ、けっこう当たってるんじゃないかい?」


ジェームズが冷やかすように言ってもレディは困ったような微笑を崩さなかった。さすがは淑女。
けれど結構当たっているというのは僕も賛成する。
レディのドレスは透けてるけど一応灰色だしレイブンクローは資格の無い者を嫌うような一面がある。
まあだからといってレディがホグワーツのゴーストであることには変わりないんだからいいけどね。

はまだ目を細めてレディを観察していたけれどそのうち「なるほど」と呟いて観察を止めた。


「………ああなるほどロウェナさんの縁者ですか。それなら納得です」
「あなた、どうしてそれを……」
「私は妖精なのでお見通しです」


それ前にも聞いたかも。でもつっこみはシリウスの役目なので僕はスルーした。
それよりロウェナさんって誰だろう?どこかで聞いたことあるような名前なんだけど。

レディはついに困ったような微笑を消して口元を固く結んでしまった。
そして「失礼いたしますわ」と言って西塔の外壁に溶けていく。
はどうしてレディが態度を変えたのか分からないらしくて首を傾げていた。


「ねえさっきの言葉どういう意味?」
「彼女が生前に大きな魔力の影響を受けていたという意味です」
「(だめだ分かんないや)、ふうん」


分からないけどが「この建物はおもしろいですね」とご機嫌なのでまあいいかと思った。
屋上から見える森は地平線よりずっと先まで続いていて僕はちょっと恐ろしくなる。
見渡す限り真っ白な光景はニックの切断面なみにちょっとしたホラー映像かもしれない。

しばらくするとピーターが凍えながら「帰ろうよう」と言いだした。
見ていて哀れなくらい震えているので僕らは「そうだね」と返事をして螺旋階段へ戻る。
が階段全部を凍らせて滑り台のようにしてくれたので帰りは楽だった。
ただしローブのおしりの部分が冷たくて悲鳴を上げそうになる。それに面白かったけど目が回った。

お昼ごろになって気温が上がるとが「溶けるので帰ります」と言った。
最後に厨房へ案内してそわそわしているしもべ妖精から凍ったままのタルトを貰ってお土産にした。


「また来てねっていう貢ぎ物のフルーツタルト。美味しいよ」
「ありがとうございますこれはドラゴンフルーツですか?」
「いや普通にプラムとかアプリコットだけど」


玄関で見送り際にはタルトを少し齧って嬉しそうに「おいしいです」と言った。
森まで送ろうかと思っていたけどあまりに寒いのでそれは無謀だという結論になったのだ。

は白い地平線に溶けるみたいにして帰っていく。
森にはドラゴンフルーツが成っているんだろうかとひそひそ話し合いながら僕らは談話室へ戻った。