A swarm of bees in May
Is worth a load of hay;


「ずるい!あなたたちだけお姉さまと遊んだなんて!」
「えっゴメン、ゴメンよリリー!でも突然のことで僕は知らなかったんだよ!」


休暇明けにリリーはジェームズから来訪の話を聞くとひどく絶望的な声を出した。
そしてジェームズをなぎ倒してティータイム中の僕のところへやって来ると「リーマス!」と怒る。


「どうして教えてくれなかったのよ!」
「教えたところでリリーはマグルの実家だったよ」
「そんなもの姿あらわしでどうにでもなったわ!」


「それは法律違反だよ」と言ってもリリーは聞いてくれない。
僕の手からティーカップとハニーデュークスのデラックスショコラを奪ってシリウスに寄付してしまった。
シリウスを横目で見ると「ラッキー」なんて言って僕の紅茶を飲んでいるところだった。


「わかったわかった。じゃあ今度の週末にでも一緒に遊びに行こうよ」
「行く!私もタルトを焼くわ!それとも違うもののほうがいいかしら?」


リリーは「プディング、ジェラート、アップルパイ…」と指折り数えていく。
ジェームズが物欲しそうな顔でリリーを見ている横ではシリウスが紅茶の甘さに咽こんでいた。


そして週末。
僕は凍らせたザッハトルテを片手にうきうきしているリリーと一緒に禁じられた森へ向かった。
禁じられた森は文字通り禁じられているということを監督生リリーは分かっているんだろうか。
なんて考えてみても結局は僕もリリーと同じ不良監督生なので何も言えないんだけどね。


さん!こんにちは!エインセルよ!」
「誰それ?」
「もうリーマスったら忘れたの?“エインセル”のお話をしてもらったじゃない!」


ああそういえばそんなこともあったっけと僕は思い出す。
僕とリリーはの名前を呼びながら湖畔を目指した。


「はいです呼びましたか?」
さん!お久しぶりです」


凍った湖面の先の浮島から声がしてそっちに顔を向けるとが居た。
リリーは僕にザッハトルテを預けてぶんぶん腕を振る。目がハートだった。

氷の上を滑るように歩いてくるはまるでジーザスクライストみたいに見えた。
寒いなあと息を吐き出すと白い靄が目の前にかかる。


「こんにちはお嬢さん。リーマスさんもこんにちは」
「あっこんにちは。この前のタルトは美味しかったですか?」
「とてもおいしかったですプラムコットでしたっけ?」


だめだ合体してる。プラムとアプリコットのフルーツタルトだったのに。
リリーがきょとんとして僕を見てくるので「そうそうプラムコット」と合わせておいた。


「あのっあの、私ザッハトルテを持ってきたので食べてみてください!」
「ザッハトルテ?」


リリーが僕からケーキの箱を奪って蓋を開けた。
途端に甘いチョコレートの香りが冬の匂いの中に立ち込める。
は箱を覗き込んで「ほわぁ」と気の抜けた声を出した。

僕とリリーとは湖畔に座ってザッハトルテを食べた。
には凍ったまま渡して僕らの分はリリーが魔法で溶かしてくれた。
仕上げたのはリリーだけど実は行程にはしもべ妖精たちがふんだんに協力している。
彼らはいったい何カ国分の料理を知っているんだろうかと不思議に思う。
ともあれ美味しいものは美味しいからいいんだけど。幸せだね。


「美味しいです。わざわざ持ってきてくれたのですねありがとうございます」
さんのためですもの」


心底心酔したように言うリリーの顔を覗きこんでは何度か瞬きをする。
そうしてどこかの女神さまのような柔らかい笑顔を浮かべた。


「もうひとり待っているひとがいますよ」
「え……?」
「ジェームズさんですね」
「えええええっ…」
「お見通しです」


は女神さまのように笑ったまま少し勝ち誇ったように言う。
たしかにさっきジェームズは僕とリリーを悲痛な表情で見送った。
その視線はケーキ箱に向いていたしオーラ全体で「僕の練習見に来てよ」って言っていた。

どうやって知ったのかは知らないけどきっと『妖精なのでお見通しです』ということだろう。
リリーは図星を突かれたせいで頬を赤くしておろおろしたように視線をさ迷わせている。


「あっ……あんな眼鏡のことはいまはいいんです!
 それよりさんはその、こ、恋人とかは居ないんですか!?」
「いないですよ。そもそもカリアッハ・ベーラは女性のみの一族ですから」
「ええっじゃあ誰とも結婚できないじゃないですか!」


は「そうですね」と他人事のように言ってザッハトルテを齧る。
リリーは憤然としたように「そんな!」と言ってを見る。
あれかな。これからコイバナってやつが始まる感じかな。

僕は居心地が悪くなってきたのを感じて足元を見た。
結婚なんてそんなもの人間だって出来ないひとがいるのに驚くことじゃないと思うんだ。
まあどうやって一族を増やしていくのかは知らないけど。


「別に一族だけで交配する必要は無いんですよ人間とは違いますから。
 例えばセルキーやグウレイヴの一族は人間と交わったりもします」
「そうなんですか?」
「稀にハーフもいますが生まれた子供の大抵はどちらか一方の性質を受け継ぎます。
 妖精なら妖精。人間なら人間です。私の父親も人間だったように思いますが忘れました」


アーサー王以前から生きているんだから幼い頃なんて忘れてしまったとしても不思議ではないと思う。
リリーは恋するおとめの顔から勉強熱心な生徒の顔になりそしてまた恋するおとめの顔になった。


「でもっ……さんとかいらっしゃるじゃないですか」
さんは人間の女にしか興味がありませんよ」


完全に言い負けたリリーは悔しそうに僕を見た。
そんな話を振られても困るんだけどそうは言えないので苦笑を返す。

だって僕はそもそも完全なヒトじゃないし。
リリーみたいに輝いてるひとが近くにいるのはちょっと眩しいくらい。だし。


「リーマスも何か言ってよ!」
「(なにかって言われてもなあ)、今日はさんはどうしたんですか?」
さんならあそこの浮島に居ますよ」


彼女が最初に居た湖の先の浮島を指差しては言う。
僕とリリーは一生懸命に目を凝らしてみるけれど人影なんてものは見えない。
というよりあんな浮島でなにをしてるんだろう?


「あまりにしつこかったので氷漬けにしてやりました」
「マジですか」
「マジです」
「……あの、そうじゃなくて!」


なにかって言うから頑張ったのにリリーは不満そうだった。
僕はコイバナよりさんが何をしたのかのほうが気になるんだけどなあと思った。

はリリーの髪を撫でながら僕の方を向いて微笑んだ。
リリーはぐっと口をつぐんでの動向を見守る。


「リーマスさんは分かるかもしれないですね私の言っている意味」
「意味って?」
「私たちが交わらない理由です」


分かるか って?

そもそも僕は完全なヒトじゃないというのはさっきも思った通りだ。
と出会ったのは毎月の恒例行事がきっかけなんだしそこは忘れていない。

僕は誰かヒトを伴侶として選ぼうなんて思ってない。
だって僕がヒトじゃないからおこがましいというか不安というか怖いからだ。

だから分かるのは『ひとりでいいんだ』という気持ち。
『ひとりじゃなきゃだめなんだ』っていうほうが正確かもしれないけど。

それでも僕がジェームズたちと居たいと思うようにも誰かに居て欲しかった?
だから僕に近付いた?そういうこと?僕が完全なヒトじゃないから?


黙り込んだ僕を心配するようにリリーが顔を覗きこんできた。
僕はそれにぎこちない笑い顔を返したけどリリーは納得しきってないみたいだった。
は再びザッハトルテを齧るのに専念し始めたらしくてもう僕を見ていない。


「……帰ろうリリー」
「え?リーマス?」
「寒いもん。風邪引いちゃうしジェームズが待ってるよ」


なんだか心臓のあたりがぞわぞわしている気がした。
どうにも落ち着かなくて僕はリリーのローブの裾を引っ張って帰ろうと促す。
はそれ以上僕について言及する気はないらしくて「帰りますか?」と言った。


「ケーキをごちそうさまでした。また来てくれますか?」
「それはもちろん!ほらリーマスも返事!」
「…………たぶん。都合がつけば」


「楽しみにしています」というの声が少し離れたところから聞こえてくる。
僕はリリーの袖を引いて振り返らずに片手を挙げて振って見せた。

僕の帰る先はホグワーツだ。
僕はヒトじゃないけど。ヒトの建物に入って。ヒトみたいに振舞って。


だけどいま気付いたよ。
僕はヒトとしてと接しようとしていたんだ。


吹きすさぶ風がの白いくちびるから零れる氷の吐息のように思った。