A swarm of bees in May
Is worth a load of hay;


は僕がヒトじゃないことを知ってるみたいだどうしようと言ってみた。
すると「それの何がだめなんだい?」とジェームズは不思議そうに言った。
僕は雪がわさわさと降りしきる窓の外を眺めながら「さぁ?」と言った。

何がだめなんだろう?
僕がヒトとしてと接しようとすることの何が?


ジェームズは言う。


言い方はキツいけど君が人狼であることは確かだ。
そしてその上で僕は君と話をしている。
しかし僕はヒトに話しかけているつもりだよ。
君の中に狼の部分があろうとも今はヒトの部分に話しかけているから。


って。


難しいよね。
僕にも分からなくなってきた。

でも僕がこのことに気付いて愕然としたのも確かだった。
僕の中の残り半分のヒトの部分がいつの間にか我が物顔をしていた。
その半分がヒトではないものを見下しているとかいうことは無いと思うけど。

はそのことを全部知っているんだろう。
なんたって『妖精なのでお見通しです』で何でも見抜くから。


「でも知った上で君と接していたんなら気にしてないんじゃないかい?」
「そうかもしれないけど」


でも僕は気持ち悪い。
僕は何だ。人狼だろうに。何のつもりなんだ。
ヒトのつもりなのか?おこがましいね!


「まぁそう言わずに着眼点を変えてみようじゃないか!
 君は人狼だ。が、こうしてヒトの中に生きている。
 彼女は妖精だ。が、群れから追い出されてヒトの近くに住んでいる」
「だから?」
「君とさんは似た者同士だ」


続けて「だから?」と返すとジェームズは苦い顔をした。
なんて嫌味な言い方なんだろうというのは僕も分かっている。

だけどどうにも気持ち悪くて仕方がない。
僕とが似た者同士だとしてそれが何になる?それで誰が救われる?

「君は救われるんじゃないかな」とジェームズが言った。
僕は窓の外を眺めながら「どうしてさ」と言い返した。


ジェームズは言う。


君はヒトである自分が狼である自分を食い潰すことを恐れている。
だから消される前に自分でヒトである自覚を消したいんじゃないかな。
でもそれは僕らを裏切ることだから出来ないんだ。
君が狼を受け入れられたのは僕らがキッカケだからね。
その矛盾がさんによって見えてしまったのが気に入らないのさ。


って。


どうして僕のことなのに僕より詳しく分析できるのかすごく不思議だ。
やっぱりジェームズは例のエインセル少年の子孫とかなんじゃないだろうか。


「じゃあジェームズは僕はどうすればいいんだと思う?」
「そこは自分で考えたまえよ」
「研究っていうのは結論を提示してこそなんだよ」


ジェームズは肩を竦めてやれやれと呟いた。
僕は雪を眺めながらこれはが降らせているのかなあと考えた。


「別にどうもしなくていいじゃないか」


ジェームズは首を捻りながらちょっと考えたあとまるで世間話のように言った。
僕はうっかり気が抜けて「ごめん聞こえなかった」と聞き返してしまった。
どうもしなくていいなんて僕のこの悩みようを見てどうしてそんな結論になったんだろうか。


「もう1回聞くけどそれの何がだめなんだい?
 別に君もさんも今まで通りでいいじゃないか」
「今まで通りって?」
「ふらっと遊びに行ってお土産もらってシリウスからかってればいいじゃないか」


ジェームズは「うんうん」と感心したように頷きながら言う。
僕は別にシリウスをいじめているつもりはないので「最後のは余分だよ」と言っておいた。
そうだよからかってるわけでもないよ。おもしろい反応だなあとは思ってるけど。


「君は否定したいのかもしれないけど君のヒトの部分は今の生活を楽しんでいるだろう?
 もしかしたらさんだってそういう風に誰かと一緒に遊びたいのかもしれない。
 だけど完全なヒトとは相容れない・相容れてはいけないんだって思っている」
「否定しないよ。僕はホグワーツに来れてすごく幸せだと思ってる」
「そうかいそれなら僕らも嬉しいよ。
 で、だからさんと一緒にいられるのは君の特権なんじゃないかな」


特権。
特権。僕だけの権利。
僕が半分ヒトじゃないからこそ出来ること?

風がひときわ強く吹いて僕らの部屋の窓をガタガタ揺らした。
そういえばは人間と結婚する妖精のことをなんと言っていたっけ。


「ねえジェームズ、(あーなんだっけ)…シルキーとかいう妖精って居たっけ?」
「ああなんかさんがグレイ・レディに向かってそんなこと言ってたよね」
「あっじゃあ違うや。なんかそんな名前で人間と結婚する妖精なんだけど」


ジェームズは眉間に皺を寄せてううんと唸りながら考え込んだ。
シルキーじゃなくてサルキーじゃなくてミルキーでもなくてでもなんか近い名前なんだけど。
そこで今までだんまりを貫いていたシリウスが「セルキーじゃね?」とぽつりと言った。
「ああそれそれ」と言いながらジェームズはシリウスの背中に足を乗せた。


「でかしたぞパッドフット。セルキーだよセルキー。そうそう思い出した。
 まあアザラシのことなんだけど昔は毛皮を被った妖精だと思われてたっていう種族だね」
「ヒトと結婚するの?」
「女性セルキーの毛皮を奪うと奪った男と結婚するらしいよ。海に帰れないから」


「まるで天女の羽衣だね!三保の松原だね!」とジェームズは言う。
ミホノマツバラが何かは知らないけど「そうだね」と相槌を打っておくことにした。
それにしてもアザラシの中に着ぐるみのように妖精が入っているというのは初耳だった。

あともう一種類言っていたのは全く思い出せない。ブレイグとかなんとかだったっけ?
僕が呪文のようにそう呟くとまたしてもシリウスが「グウレイヴな」とつっこみを入れた。
そうか僕もと一緒でぼけ属性になってしまったのかと思うとなんだか愉快だった。
ああなんだ結局一緒なのか。僕もも。


「グウレイヴはいいよね男のロマンだよね!シリウスのストライクゾーンど真ン中さ!」
「へえ。どんな妖精なの?」
「休日に湖にボート浮かべちゃう有閑系金髪美女」
「うわあそれはみごとにストライクだね」


シリウスは不満そうに眉根を寄せたけど文句を言う事なく視線を雑誌に戻した。
きっと見事にストライクであることに嘘偽りがないから反論できないんだろう。


「そんな美女がパンとチーズが好物だからってだけで結婚してくれるんだよ最高だね!
 あっもちろん僕はリリーのほうが好きだけど!一般論として最高だってこと」
「うんそこはもう知ってるからスルーしたいな」
「いいもんね傷付きはしないさ。リリーの素晴らしさは僕が独り占めするさ。
 ちなみにグウレイヴは3回殴られると湖に帰ってしまうから調子に乗るとよくないよ」
「そうだよ良くないよシリウス」
「おまえさっきからかうのは余分だっつったじゃん」


シリウスは僕のわざとらしい言葉に自然に言葉を返す。
うん。なんだろう。単純かもしれないけど調子が戻ってきた気がするんだ。
僕は半分ヒトで半分ヒトじゃなくてそれでもここでこうやって笑っている。
軽口を叩けばそれを返してくれる相手がいる。僕はそれをとても幸せだと思う。

だからきっともこういう時間が欲しかったんだ。
のぼんやりしたネガティブな言葉に僕が微妙にずれた答えを返して。
シリウスがそれにつっこんでジェームズとピーターがそれを眺めて笑ってて。
僕が半分ヒトで半分ヒトじゃないからその大切さを共有することができるんだなあと思った。

まあジェームズがさっき言った通りなんだけどね。
『どうもしなくていい』んだろうなあと今この瞬間に思ったんだ。

難しいね。
やっぱり僕もよく分からないから「分かってくれる?」とは聞かないでおくよ。


「今度またを城に呼んだら喜んでくれるかな」
「喜ぶと思うよ。ぜひ次はピーブズと対決してもらいたいところだね」


そう言ったジェームズに「あっそれ僕も思った」と言うとピーターが「…僕も」と小さく言った。
ピーブズを見たらはどんな妖精と勘違いするんだろうかと今から考えたくなってしまう。
きっとどこかの女神さまみたいに笑いながら氷の女王みたいに辺り一面を氷漬けにしてしまうんだ。

うん。なんだろ。はやく会いたいな。
こないだは嫌な態度取っちゃったから怒ってないといいな。

窓の外でわさわさと降りしきっている雪はの指先から生まれたんだろうか。
どこかで拾ったらしいあの枯れ枝の杖を一振りして。
僕が「冬はいやだ」と言ったのをいちいち気にしながら。


「なんかさあ」


シリウスが背中にジェームズを乗せて腹這いになったまま雑誌を読みつつ声を出した。
今日の彼はどうにも物静かで不気味だ。つっこみだって1回しかしなかった。
そんなことを考える僕の代わりにジェームズが「なんだい?」と話の続きを促す。


「おまえのこと好きみたいに聞こえる。
 なんでもねーことグチグチ考えてみたけど急に吹っ切れて先のことにワクワクして」


ジェームズが「えっ本当かい!」とびっくりしたような声を上げた。
シリウスは視線を雑誌に向けたままで僕のほうを見ようとしない。
僕のことをメデューサかなにかで目を合わせたら石にされるとかでも思っているのかもしれない。

僕が?を?好き?

まあ確かに些細な一言でどん底まで悩んだし。
シリウスのつっこみっていうくだらないことで急に吹っ切れたし。
ああ早く会いたいなあなんて思ってみたりしてるけど。

えっこれってそういうこと?そういうことなの?


「…………よく 分かんない けど  そう  かも しれない」


とりあえず分かるのはシリウスがやっぱり神さまに贔屓されているんじゃないかなってことだ。