AWARE --
I.conscious of,alert to
II.knowledgeable about,understanding of



























     オルフェウス   1-02.AWARE


























大切な大切な名付け子の大きく見開いた目が見えた気がした。
半開きの口。彼の全身から驚愕が滲み出ている。

どうしたハリー なにをそんな顔してるんだ?
誰かがなにかしたのか?なにか言われたのか?
またあの豚みたいな従兄弟か?それともマルフォイのクソガキか?

彼を落ち着かせようとして俺は手を伸ばそうとするが、そこでようやく気付くのだ。
自分が彼の世界から今まさに消えようとしていることに。





   ベラトリックス・レストレンジ





こいつ、こんなにババアだったっけな。
それを言うならリーマスだってそうだけど。
俺は、そんなに長い間、アズカバンに居たのか。


思考は止め処無いのだがなにせ身体の自由が利かない。
これでは手を伸ばして可愛い名付け子に触って安心させてやることが出来ない。


ああ、くそ、ベラめ、あのババア


そして俺は、アーチの向こう側へと倒れこんだ。


















それが最後の記憶

















「………いてぇ」







歴史の記録係とかいう女によって暗闇に吸いこまされたあと、俺はこれでもかという程にもみくちゃにされた。
どこかであちこちをぶつけた気がする。が、なにせ暗かったので本当にぶつけたかどうか定かでは無い。


しかしおかげで思い出したこともある。


俺が死んだとき(なんて嫌な表現だ)のことだ。
あのときの光景がまるでコマ送りでもしているかのように脳に再生された。



ハリーは、どうなったのだろう。
ダンブルドアは間に合ったと言っていたが、怪我は無いだろうか。
ハリーの友達たちや騎士団のみんなは無事だろうか。





ああ、俺は一体、どこに来てしまったんだろうか。





辺りを見回す。

ソファがたくさんある。
向こうの端にはドアが見える。外へ続くのか別の部屋へ続くのかはわからない。
階段は2つある。
それから、暖炉。





               (なんか、)





ちらほらと、階段の上の方から足音と声が聞こえてくる。
部屋の様子と音の様子からすると、どこか個人の家というわけでは無さそうだが。





               (なつかしい…?)





ふと壁にかかっている時計を見ると、7時をすこし回ったところだった。
窓の外は明るいようなので、おそらくは朝なのだろう。

階段から聞こえる足音が、何人かが俺の見える範囲に人がやって来ることを教える。
俺はとっさに一番近いソファの影に隠れた。







「やあ、おはよう、おはよう、諸君。爽やかな朝だね!
 僕らの健やかなる6年目の幕開けに相応しいこの朝日はまるできみの笑顔のようだ!」


「うるせぇよ」








ハネまくった頭を大げさに振りながら熱弁を振るう男に、別の声が静止をかける。
それでもハネ頭(寝癖?癖毛?)は止まらない。







「きみに会えない3ヶ月が僕にとってどれだけ辛かったことか!
 そして新学期という新しい節目を僕がどれだけ待ち望んでいたか!
 なのに昨日の夜はさっさと部屋に引き上げてしまうだなんて…
 きみは、それが僕を燃え上がらせると知っていてそんな態度を取るのだろうか…」


「予行演習はいいけど、本人に聞かれる前に黙った方がいいと思うよ」








また別の声が割り込む。

聞き覚えのある声。
聞き覚えのある喋り方。

まさか、と思い、
ソファの影からはみ出ないよう、最低限の動きで声の主たちの姿を伺う。

ハネ頭。黒髪。茶髪。金髪。







「なぜだい?彼女への賛辞じゃないか」

「そんな間抜けな抒情詩を喜ぶ女はいねぇ」

「スペクタクル!と言ってくれないか、友よ」








ハネ頭が黒髪の肩を軽く叩く。
まだあまり明るくないとは言え、午前7時の朝日はカーテンから漏れている。
朝日はカーテンの隙間から床を這い、延長線上のハネ頭を照らし―キラリと―そのメガネを光らせる。







「ジェームズ!?」







その横顔は、あまりにも知りすぎた顔だった。
声と一緒に思わず体までソファの影から出てしまうが、誰も俺の方なんて見ていない。

それどころかさっきの俺の声すら聞こえていないようだった。
ハネ頭のメガネ男(つまりジェームズ)は相変わらず喋り続けている。
黒髪、茶髪、金髪、の正体なんてものは今更考えるまでもない。





               (ここは…ホグワーツ…?)





そしてさっきジェームズが『6年目の幕開け』と言っていたことと併せて考えよう。
ここはホグワーツのグリフィンドール寮で、6年目の幕開け、つまり9月だ。
この場に居るのは何人かの下級生たちと、6年生になった俺たち4人。

俺は呆然と立ち尽くしたまま懐かしい寮の風景を眺めていた。
至って通常。俺の記憶とも大差なく、ハリーたちの時代とも大差ない。


唯一のイレギュラーは、『一度死んだことを認識している俺』が居ることだろう。


周囲の生徒たちや『6年生になった俺』たちは『一度死んだ俺』に何の反応も示さない。
自分たちの会話を続け、笑いあい、談話室を出て行く。





               (見えてない…のか?)





試しにソファの肘に手を伸ばしてみるが、指先が突き抜けるだけで感触は得られない。
なるほど、俺はこっちの時代のものには干渉できないらしい。

つまり見えないし、聞こえないのだ。
少なくとも、今は。

安心したような寂しいような気分になりながら、俺は再びソファの影に隠れた。
さすがに至近距離に同じ顔が見えるのはなんだか居心地が悪いというものだ。







「おはよう、リーマス」


「おはようリリー。6年目もよろしくね」


「ええ、私の方こそ」


「お、おは、おはようエヴァンス!あの、6ね」


「ええポッター、今年こそ貴方達の素行に改善が見られることを期待しているわ」








そうだ。あの頃の俺の日常はこんな感じだったのだ。
未来の妻の気を引くのに自滅しているジェームズと、それを笑っていた俺たち。

何年か経ってそれが二度と戻らなくなるなんて事は、疑ったことすらなかった。
仮に誰かがそう忠告したとしても、分かったから隠し持ってるファイア・ウィスキーを寄越せ、と笑って流しただろう。







『空席』について考えてみる。



俺がこうしてホグワーツに戻ってきた以上、歴史の記録係の言っていたことは本当なのだろう。
この時代に、『空席』ができる。俺はそこに、座る。

だがこの時代に人の生死が関わるような事件があっただろうか?
それとも、大きな事故が?


ホグワーツ6年目、という1年間を思い起こしてみても、そんな記憶は見つからない。(もちろん学校内では、だが)


もしかしたら学校内で起きるわけではないのかもしれない。
今この学校に在籍している人間に関わるが、事が起きるのはその人物の出かけた先、ということだ。
それなら俺の記憶に無い事だって少しは説明がつく。
きっとその人物は関わりのほとんど無い寮の奴だったのだろう。
さあこれで円満解決、あとはそいつを探すだけ。


なんてことには当然ならない。


この校内の人間に関わるだろうと予測が立てられるだけ、
世界中の人間を虱潰しに調べろと言われるよりは遥かに楽なのかもしれない。

それはそうなのだろう。
それでもこの学校に一体何人の人間が、そしてゴーストやら魔法生物やらが居ると思っているんだ。

それらに全部目を光らせるなんてことは、無理だ。不可能だ。
ヒントといえば『目の前にいるでしょう?』だけだったのだ。
意味がわからない。なんのヒントだ。







「よう


「おはようシリウス」








『6年生になった俺』はという女子生徒に声をかけたようだ。
聞きなれた自分の声だ。少しばかり浮かれているのがわかる。

ああ、お前はいいな、楽しそうで。
そのツケ、20年後にまわってくるから覚悟しとけよ。

俺はソファの影から楽しそうな『向こう』の自分を見た。







、早く朝食に行きましょう」


「待ってリリー。シリウス、6年目もよろしくね」








という奴は、どうやら同級生のようだ。(しかもリリーと親しい)
はリリーの後を追いながら、当時の俺に笑いかける。
その表情が俺の視界に入り、網膜を介して脳に辿りついたときには俺の思考は停止していた。





そこには『歴史の記録係』がいた。







「ま、待て!」







またしてもソファの影から飛び出ることは免れたが、声が飛び出してしまった。
無理もない。いや、声だけで済んだほうが驚きだ。(すごいぞ、俺)

という女の髪は、あの部屋で見た焦げた砂糖のような色だった。
ちらりと見えた目はそこそこに大きく、顔立ちだって悪くない。

何もかもあの部屋の主と同じなのだ。





               (どういう事だ…!?)





歴史の記録係が、監視として俺と共にこの時代に来たのだろうか?
それともこの女は生徒のフリをした記録係の手先なのだろうか?
もしくは記録係が、この女の顔を敢えて真似していたのだろうか?







「―いま…シリウスなんか言った?」


「なんかって、なんだよ」


「なんか…呼ばれた?わたし」








あるいは、彼女が、該当者なのだろうか

――『空席』の。







「空耳だろ?というよりも…終に痴呆か、


「そうかも…!」


「いや、冗談だから」


「わかってますよーだ」








彼女たちは連れ立って談話室を出て行く。
俺は他の生徒たちが動き回るのを相変わらずソファの影から眺めていた。

該当者なのだろうか?
彼女が?





               (……!)





俺はようやく彼女の名前を思い出した。

そうだ。。あの頃リリーの同室だった。成績も悪くなかったはず。
猫みたいな目をした女の子。とぼけた受け答えをする奴。
どう反応するのか楽しみで、よく話しかけたっけ。





               (…そうだ、だって、俺はが―)





が?





どうして忘れていたんだろうか。
あの部屋の主の顔を見たときの既視感は気のせいではなかったのだ。



ちょっと目を伏せて爪先を見るときの表情も、
快活に笑ったときに見える歯や浮かび上がる笑窪も、





               (―…俺は、が好きだったんだ…)





軽い挨拶程度でも浮かれてしまうくらい。
朝から顔が見れたことだけでその日が成功した気分になってしまうくらい。


どうして


どうして、忘れていたのだろう

こんなに大切なことを、
あんなに大好きな人を、

俺は今までずっと思い出せなかったのだ
思い出そうとすら、していなかったのだ―――



























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9月2日 朝