DETERMINATION --
I.strong will,resoluteness
II.a finding,conclusion
オルフェウス
1-04.DETERMINATION
はね、17歳になったらお嫁に行くのよ、というのが、私が小さい頃のお母さんの口癖。
どんな人におよめさんになるの?と尋ねるのがわたしのお決まりの仕事。
世界で一番強い魔法使いのお嫁さんになるのよ、というのがお母さんのこたえ。
『世界で一番強い魔法使い』の正体を知ったのは、15歳の誕生日だった。
わたしが生まれた日はちょうどイースターの日曜日だったらしい。
だからホグワーツに入ってからもイースター休暇は実家に戻ってお母さんとケーキを食べたし、その年もそうだった。
炊事・掃除をこなすお母さんの姿に、わたしは小さい頃から聞かされていた言葉を思い出した。
17歳になったらお嫁に行く。その時は、わたしもああいう風に働くのだろうか。
――そういえばお母さん、昔言ってたよね。
は17歳になったら世界一強い魔法使いに嫁入りするんだ、って。
あれって結局どういう意味だったの?わたしすっかり忘れてたけど、あと2年だね。
お母さんは、たったいま飲もうとしていた紅茶のカップを床に落とした。
ああそれはただの冗談よ、とお母さんが笑いながら言う姿を想像していたわたしはひどく驚いたのを覚えている。
顔を真っ白にして、お母さんは震えていた。目には涙が溜まっていた。
――母さんね、に黙ってたことがあるの。
その尋常ではない様子に、わたしもケーキを食べる手を休めた。
杖を一振りして床に落ちたカップを片付けたあと、お母さんは言った。
――父さんが死んだときのことよ。
そうして、お母さんはゆっくりと話し始めた。
きっとわたしが質問しやすいように、と思っていたのだろうけど、
正直言って、わたしの頭はそれに感謝するどころじゃなかった。
お父さんが純血主義の集会で、自分の命のためにわたしを売った?
――じゃあお母さんが言ってた『世界で一番強い魔法使い』って…
――ええ…そうよ
今度はわたしがカップを床に落とす番だった。
――………ヴォルデモート卿。
「!朝よ、起きないの?」
シャッと音をたててベッドを覆うカーテンが開いた。
寝ぼけた頭にも朝日が入り込むのか、わたしの意識は一気に覚醒する。
寝起きは良い。これはちょっとした自慢だと思っている。
「起きる…ん、ありがとうリリー」
「クマが出来てるわよ。また夜更かししてたのね?」
夜更かし。
その単語にわたしは内心、談話室での密談がバレたのかと思ってヒヤっとするけど、それ以上の追求はなかった。
バレたわけでは無さそうなので、ひとまず安心といったところ。
まあでもリリーは鋭いから気を抜きすぎるのは危険なんだけど。
「眠いんだけど、寝つきは悪いの。さいきんね、ちょっと」
まあ、というリリーの声がする。
本当は夜更かしした手前、なんだか申し訳ない気分になった。
「あんまり酷いようなら校医の先生に相談するのよ?はいつも自分で片付けようとするけど、ダメよ」
ありがたい忠告に適当に返事をしながら、わたしは昨日のことを思い出す。
新学期1日目の昨日。あんなに驚いた初日はきっと初めてだ。
なぜなら昨日の朝、談話室にはシリウス・ブラックが2人居たのだ。
最初は、誰か別の人と見間違えたんだろうと思った。
あんな美形はざらに居るもんではないけど、まだ脳がしっかりしてなかったかもしれないし。
だけどそんな考えはジェームズ・ポッターの登場によってあっさり打ち壊されてしまった。
ジェームズ!
彼は、確かにそう言った。
そう叫んでソファの影から出てきた。
その顔はたしかにシリウス・ブラックの顔で、その声はたしかにシリウス・ブラックの声だった。
だったのにも関わらず、グリフィンドールの談話室でその事に気付いている人は居なかった。
いくらあの4人組の悪戯に慣れているとは言っても、初日からシリウスが分裂しているのに無反応ってどういうこと?
わたしはまだ談話室への階段を降りきってはいなかったから、わたしが硬直しているのに気付いた人も居なかった。
シリウス(ソファに隠れていた方)は、何を思ってかソファに手を伸ばしたり引っ込めたりしている。
意味がわからなかった。
シリウス(ジェームズと話してた方)はいつも通りの会話を仲間たちと展開している。
とても自分が分裂しているとは思わせないような態度だった。
あ、いや、彼らなら新学期の初日だろうがいつだろうが1人くらい分裂させるかもしれないけれど。
けど、そういう時にお決まりの『何が起こるかお楽しみ』といった雰囲気が無い。
『、どうかしたの?』
階段の上のほうからリリーの声が聞こえる。
自分が道を塞いでいたことに気付いて、わたしは道をあける。
『なんでもない。あ、ほら、ジェームズが居るよ』
ちなみにこれは魔法の言葉だ。
この言葉が耳に入れば、どんな話をしていようともリリーはそっちに意識を持っていってしまう。
けっこう便利なので、本当は居ないのに、そう言ってみることもあったりする。(ジェームズごめん)
『ああもう、嫌になるわ。どうせ何かまた気色の悪いことを捲くしたててるに違いないもの。
あの人の第一声、賭けてもいいけど、ろくなもんじゃないわよ』
ああ、効果テキメン。
わたしが道を塞いでたことなんてすっかり忘れて、リリーはジェームズの批判に余念が無い。
その隙に、わたしは談話室へ降りて両方のシリウスを観察する。
隠れていた方のシリウスは再びソファの影に隠れてしまった。
一方、ジェームズと一緒の方のシリウスはリーマスとリリーを見ている。
誰にも見えないのかもしれない、と思った。
だから誰も気付かないし、だから彼はあんなに不思議そうなのかもしれない。
ふ、と頭に浮かんだ考えだったのだけど、意外と現実味があった。
だとしたら、さっきソファにしていたのは物に触れるかどうかの実験だったのだろう。
『よう』
ジェームズと一緒だった方のシリウスがわたしに声をかける。
相変わらず爽やかでいい笑顔だけど、リリーが呼んでいたので見惚れている暇はない。
6年目もよろしくね、と、さっきのリリーとリーマスを真似る。
待て!
隠れていた方のシリウスが、声を上げた。
今度はさっきみたいに飛び出してくるわけではないようだった。
呼ばれた気がする、とわたしは横に居たシリウス言ってみた。
彼はどういう反応をするのかな?
誰にも気付かれないと思った矢先に、自分のことが見えている人物が居ると知ったら?
それはほんの好奇心だった。
お父さんを死へ追いやったのと、たぶん同じ種類の好奇心。
それから彼は、校内のあちこちで見かけられた。
温室の近くだったり、中庭の木の陰だったり。
どの場所にいても、わたしやリリーや、時にジェームズたちを伺っていた。
きっと彼は本物のシリウス・ブラックだろう。
このホグワーツにはシリウスが2人居るのだ。
ああ、なんてこと。
わたしの頭は混乱していたわけではない。
ただ冷静に、その事実を受け止めていた。
だってわたしが、あのヴォルデモート卿の花嫁になるかもしれないのだ。
この世は何だってアリだって、そんなことはわたしが一番分かっている。
つまり逆を考えてみれば、シリウスが分裂してしまうくらいなのだから、
ヴォルデモート卿がわたしを迎えに来る可能性だって否定はできないのだ。
『世界一強い魔法使い』の正体を知ったあの日。
あの日からずっとわたしの中で渦巻いていた疑惑の嵐は、嘘のようにおさまった。
そっか、この世はやっぱり何でもアリなんだ。
「支度は済んだ?朝食に行きましょう」
わたしは欠伸を噛み殺しながら、リリーの後を追う。
欠伸なんて見られたら、リリーにまたお小言を頂戴する羽目になるだろう。
「今日、授業なんだっけ?」
「1時間目は『古代ルーン文字』よ」
「う、予習してない…」
「夜更かしはしてたのにね」
「…ごめんなさい」
階段を下りて、談話室へ出る。
やっぱり、というか何というか、そこにはジェームズが立っていた。
朝日を浴びて爽やかに笑うクィディッチのヒーローは、今日も一段と眼鏡が眩しい。
「おはようエヴァンズ!今日は『ルーン文字』だね!ああも、おはよう。
それで、『ルーン文字』なんだけど、僕ちょっと自信がなくて…きみも一緒に見てくれたら嬉し」
「ご自分の優秀なお友達となさいよ」
去年までと何も変わらない、リリーとジェームズのやりとり。
昨日と何も変わらない、リーマスたちの呆れ顔。
ただ今年からは、今日からは、わたしにだけは仲間が、増えた。
わたしにだけ見える、彼。
わたしにだけ聞こえる、彼。
彼はきっと、わたしのこれからに大きく関わってくるだろう。
「おはようシリウス。シリウスも『ルーン文字』取った?
困ったことに、わたし予習してないの。当てられたら助けてね」
「お前、少しは自分でやろうとかそういう殊勝な態度はないのか?」
リリーは談話室のドアへわき目も振らずに歩いていく。
ジェームズはリリーの後を必死で着いていく。
リーマスはピーターの面倒を見ながらジェームズを見ている。
ピーターは曲がったネクタイを直しながらよたよたと歩いている。
シリウスは、わたしが追いつくまで待ってくれている。
わたしは、みんなのあとを追いかける。
談話室のドアを出る直前に、わたしは室内を振り返り、目ですばやく彼を探す。
彼は、昨日の夜に話をしたときと同じソファの近くで、わたしを見ていた。
「――…おはよう。行こう?」
わたしは彼に言う。
彼はちょっとだけ戸惑って、歩き出す。
わたしも前に向き直って、みんなを追いかける。
彼は否定してくれたけれど、わたしはきっと、死ぬだろうと思う。
去年までは、それがひどく怖かった。
昨日までは、その日がひどく憎かった。
17歳になる日まで、ずっと怯えていなくちゃいけないと思っていたから。
怯えて、どうすればいいのか途方にくれて、悩んで悩んで悩みまくって、
それで気付けばその日が来て、いろいろ後悔しながら死んでしまうのかな、って、思っていたから。
去年までは。
昨日までは。
それでもいいと、今は思っている。
その日が来るのは避けられないだろうから。
だけどその代わり、わたしはとことん足掻いてやろう。
足掻いて、反抗して、こんな娘なら要らなかった、と後悔させてみせよう。
だってわたしには、わたしにしか見えない味方が居るのだから。
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9月2日〜3日 ヒロインサイド