BEHIND --
I.at the back of
II.below in rank,grade,etc.
オルフェウス
1-05.BEHIND
突然だが、オレにはいま好きなやつがいる。
・という名前の同級生だ。
ちょっと吊り気味の目尻は猫みたいだと思うし、
無造作に伸ばされてるだけの髪はまるでキャラメルのような色で、
わざと悪戯っぽく笑うと、笑窪ができる。
いつごろから好きかというと、たぶん入学したくらいからだ。
初めて見かけたのはホグワーツ特急の中。
目が合ったときはヤバイと思うくらい心臓が跳ねた。
初めて会話をしたのは入学して3日目くらい。
談話室でさっそく薬学のレポートを書いていたエヴァンスと口論になったとき、
それを諌めてくれたのがだった。
ちゃっかりとエヴァンスから解答を聞き出しつつ諌めるその手腕に感心したのを覚えている。
ちなみにジェームズはこのころからエヴァンスエヴァンスと騒ぐようになった。
どれくらい好きかと聞かれたら、1日中語り尽くす自信がある。
挙げれば暇が無いくらい好きなところがありすぎる。
少々悪態をつこうが(ちくしょー、とか)行儀が悪かろうが(足でドア開けるとか)、
もうそんなことはマイナスになるどころかそれが持ち味だろって言い切れる自信がある。
要するに、オレは・が大好きだということだ。
自分でもありえないくらいハマってる自覚はある。
それでも止められない。
例えばこうだ。朝からと楽しく会話ができたとしよう。
その日はきっとウロンフスキー・フェイント10回連続成功できそうなくらいテンションが上がる。
ならさっさと告白してしまえ、と悪友たちにはよくせっつかれる。
しかし告白して返事が「ごめんなさい」だったらどうするんだ!
挙句に気まずくなってあんまり会話もできなくなったらどうしてくれるんだ!
そうなったらオレはショックで何も喉を通らなくなって衰弱して死ぬかもしれない。
リーマスには「きみは意外と乙女チックで気持ち悪い人種だったんだね」と言われた。
おまえに抉られた心の傷とかを全部積み上げたら天文学塔を超える高さになるとオレは思う。
まあつまり何が言いたいのかと言うと、
オレはが好きでのことをよく見ているからの異変には敏感だ、ということだ。
体調が悪そうなときはすぐにわかるし、
誰かに告白されたときだってすぐに見抜ける。
だから、の母親が再婚するかもしれない、という話になったときも、
あんまり食べなくなって考え込むようになったに真っ先に気付いたのはオレだった。
いつもならクィディッチの練習を見学したり図書館でレポートを書いていたが、
どこを探しても見当たらなかった。エヴァンスに聞いてもわからなかった。
たしか、4年生の春ごろだったと思う。
結局、学校中を走り回って見つけたは、空き教室に居た。
埃っぽい窓辺に座って、夕陽だけを頼りに手紙を読んでいた。
『こんなとこで何してるんだ?』と、オレは言った。
あくまでも偶々通りかかったような感じで。
は持っていた手紙をひらひらと振って、
『ラブレターもらっちゃった』と言って笑った。
『へえ』とオレは言った。
一瞬、嫉妬と焦りで手紙をひったくって燃やしてやりたくなったが、
すぐにおかしいと思った。違う。は嘘をついている。
なぜなら告白された後のというのは見るからに挙動不審なのだ。
上の空かと思えば、急に焦ってあさっての方向へ駆け出したりする。
そういう時は大抵告白した男が視界に入ったときなので、オレはの後を追う。
他の男のことがの頭の中にあるなんて1秒だって耐えられない。
できればその男を2,3発殴ってしまいたいが、睨むだけで我慢するのだ。
ところが今はどうだ?
は至って冷静に手紙を見つめている。
とても悲しそうな、寂しそうな眼差しで。
オレはの横に座った。
『湖で巨大イカがまたピーターを引き摺りこもうとしてさ、』オレは話し出した。
どうしてもっとこう気の利いた言葉が言えないんだオレのバカ!と思った。
『へぇ………』
『おまけに引っ張り上げようとしたジェームズにまで絡んできやがってさ、』
『…そぅ……』
『あいつの眼鏡、今ごろは湖の底で水中人に割られてるだろうな』
『……………』
は悲しそうな視線のまま、手紙を眺めていた。
読み返しているわけではなく、ただ紙面の文字を視界に入れているだけのようだった。
太陽が空を真紅に燃やしていた。オレは待った。
はひとりになりたがっていたのかもしれなかったが、
オレはをひとりにはさせたくなかった。
『…………お母さんが、』
唐突に、は喋りだした。
『お母さんが、再婚するかもしれないって言ってきたの。
……うちはお父さんが……色々あって死んじゃって、ずっと2人暮らしで…
親戚ともあんまり仲良くなくて、お母さん、ひとりでわたしを育ててくれて…
………苦労させてきた分、親孝行しようって、わたし、決めてたはずなのに……』
はそこで一旦言葉を切って、手紙を折りたたんだ。
『…………おめでとうって、言えないの。
お母さんが幸せになれるんだから、ちゃんと言いたいのに……
新しいお父さんが来たら、お母さんは死んじゃったお父さんを忘れちゃうのかな、って……
死んじゃったお父さんを過去のことにして、そのまま……わたしも置いてかれるのかな、って』
は跳ねるようにして窓辺から離れた。
夕陽のせいで、の髪はエヴァンスのような赤毛に見えた。
はくるりと体を回転させてオレを正面に見据えると、にこりと笑った。
オレはまだ窓辺に腰掛けていたので、目線がちょうど同じ高さになった。
『そう思ったら寂しくなっちゃって、ちょっとシンミリしてたんだけど…
なんかね、愚痴を聞いてくれる相手が欲しかっただけなのかもしれない。
シリウスとジェームズの眼鏡のおかげで、ちょっと楽になった気がする』
『……ん。や、そんならいんだけどさ』
そうやって笑ってるはいつも通りに見えたけれど、
やっぱりどこか寂しそうで、オレは頭を必死で働かせて言葉を探した。
『……オレはさ、この通りグリフィンドールになってからずっと、
家では針の筵っていうか四面楚歌っていうか、居心地悪い気分してて。
でも元を辿っていけばさ、オレ、ガキのころからずっと家が嫌いだったんだ。
母親も父親も祖父さんも祖母さんも、みんな理解できなかった。不気味だったよ』
家族に置いていかれる感覚。
それがどんなに寂しい気分にさせるか、オレはよく知っているつもりだ。
『みたいにさ……そういう風に悩んじまうのは、仲が良いって証拠だろ?
だったら、悩むことも落ち込むことも全然悪いことじゃないと、オレは思う。
オレの家だったらおまえ、誰が離婚しようが再婚しようが二言目には"純血"だぞ?
そんなんよりは断然マシだと…………や、わりぃ。なんか最悪な例え話になっちまった』
そこまで喋ってから、はたと気付いた。
生きている母親も死んでしまった父親も等しく大切にしているは、
もしかするとオレの理想の家族の在り方を実現している存在なのだろう。
ずっと家族に置いてけぼりにされていたオレは、
無意識にそれを感じ取り、求めていたのかもしれない。
純血だろうがマグルだろうが、
生きていようが死んでいようが、
そんな枠には囚われる事のない『愛情』を与えてくれる――――
小さいころからずっと探していたのは、そういう存在だったのかもしれない。
その後、オレとは一緒に談話室へ戻った。
最後に『ありがとう、シリウス』と言って微笑んだの顔は今でも思い出せる。
「置いてくぞ、パッドフット」
いい気分の回想をしていたオレの耳にジェームズの声が飛び込んできた。
はっと顔を上げると、いつもの面子がオレを見ていた。
うっかり廊下で物思いに耽ってしまったが、
そういえばオレたちは『ルーン文字』の教室に向かうところだった。
かっこわるい姿を晒してしまった、と思ってオレはを横目で窺った。
幸か不幸かはオレの方を見てはいなくて、
なぜかその視線の先はオレたちよりも後ろに向けられているのだった。
「………おまえどこ見てんの?」
「え、いや、べつに、どこも見てないけど?」
あっそ。とオレは言った。
どこも見てないわけはなくて、多分何かを見つけたか探してたかしたんだろうが、
オレは詮索しないことにした。もし視線の先にスネイプが居たりしたら最悪だからだ。
朝からいい気分だったのに、それをぶち壊されちゃたまらない。
は正面を向いて、少し先を歩いていたエヴァンスのスカートについて話し出した。
いわく、今日はアイロンがうまくかかってないからとても不安らしい。
うん、べつに、そんなことよりオレはのことが聞きたいけどな。
先頭を切って歩いていくのはエヴァンスで、
それにくっついていくのがジェームズで、
その1歩後ろにいるのがリーマスで、
リーマスと並んでるのがピーターで、
それより2歩下がってるのがオレとで。
いつも通りの朝の、いつも通りの順番で、オレたちは教室に入った。
教室に入るとオレたち4人は一番後ろの席を陣取り、
とエヴァンスは一番前の席に座るのが毎年のことになっている。
いつも通りにジェームズの横に座ってから、しまったと思った。
予習してないから助けてくれとに言われていたのを忘れていたのだ。
助けようにもこの席からじゃどうすることもできない。
ああしまった。マジしくった。せっかくのアピールチャンスだったのに!
「あれあれ、こんなむさ苦しい所に座ってていいのかな?」
「うるせー。自分でも今後悔してたんだよ、バカ」
しかし席を替えることはできなかった。
教授がちょうど入室してきたのだ。
なんだもう、マジでタイミング悪いなチクショー。
「OWL試験を合格して、みなさんがこの授業を再び選択してくれたことを嬉しく思います。
今年度からはルーンのなかでも最も古く、難解なものを勉強していきましょう。
ではテキストを開いて。3ページ。まずは去年までの復習から始めます。
、あなたがOWL試験で間違えた文法ですから、あなたに訳してもらいましょう」
オレはテキストの3ページを開いた。
なかなかに意地悪な文法構造をしているのがわかった。
もちろん予習なんてオレもしてないが、何とかなりそうな程度ではある。
の背中が見るからに焦っていた。
見事に予習してない部分を当てられてしまったことにも、
OWLで自分が間違えたところをみんなの前で暴露されたことにも動揺しているようだった。
「…………スカンディナヴィア、の、古い王の、墓?…に、記された、
ひとつなぎの、詩は、ものである、王妃が、命じた………エルンバード、に?」
の声が頼りなさげに単語を訳していく。
ああ違う、そこは「王妃がエルンバードに命じた詩」んじゃなくて
「エルンバードが王妃に捧げた古い詩を引用したもの」になるんだ。
教師はちらりとを見た。惜しい、という意味だろう。
その視線を受けて、はエヴァンスを見た。助けて、という意味だろう。
しかしもエヴァンスも最前列に座っているのでそれは不可能だ。
エヴァンスは必死でテキストを指差している。
関係詞の部分を見落とすな、とサインしているのだろう。
ジェームズがにやにやしてオレを見ていた。
うるさい。何も言うな。どうすれば助太刀できるか考えてるとこなんだ。
その時、の表情が変わった。
焦りは消え、びっくりしたような目線だけをすこし横に投げた。
それはエヴァンスが座っているのとは反対方向で、
黒板が見えにくい位置なので座っている生徒もいない方向だった。
「あ……………じゃなくて、エルンバードが王妃のことを詠った、
その古い詩を引用した呪文により、彼らの聖地を守護する呪文としたもの、である」
あ?
え?
あっという間には課せられた文を訳してしまった。
エヴァンスがを驚きの表情で見ていた。(オレもたぶん同じような間抜け面をしている)
「………ミス・」
「な、なんでしょう、先生」
「………NEWT試験では間違わないように」
「が、がんばります…」
言い終えると、は緊張がとけたようだった。
エヴァンスがの肩を叩いていた。
ちゃんと復習してたのね、という囁きが聞こえた。
は苦笑いで応えていた。
なんだ?
予習はしてなくても復習はしてたのか?
次の瞬間、は机の上に無造作に置かれていた勉強道具を、すっとずらした。
その動作はなんだか隣の席の人物のためにスペースを空けたかのようだった。
まるでそこに、遅刻してきた生徒が滑り込んできたとでも言いたげな。
「…………‥‥・・‥…」
気のせいだろうか?
はまたエヴァンスの反対隣を横目で見て、なにか囁いた。
と言っても声が聞こえたわけではなくて、の口元が少し動いたように見えただけだ。
見間違いならそれでいいんだが無性にそうとも言い切れなくて、
なんだかすごく背中がむず痒くなるような感覚がした。
何なんだ?
なんか居るってのか?
オレは目をこすった。
別にそんなことをしなくてもオレの視界は良好だったが、
見間違いだと思いたいとき、人は自分を納得させるために目をこするのだろう。
本当に、気のせいだろうか?
が誰もいるはずのない空間に、微笑んだように見えたのは。
「どうした、わんわん。目にノミが入ったのか?」
ほっといてくれ!
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9月3日 シリウスサイド
*「オレ」→シリウス・ブラック・ヤング(6年生)
「俺」→シリウス・ブラック・リベンジ(36歳)