RAMROD --
I.a metal rod used to push powder and bullets down the barrels of old-fashioned guns
or for cleaning a gun's barrel
II.a person who forces others to cooperate with him or her
オルフェウス
1-10.RAMROD
その少し前のこと。
「……はぁ……」
図書館から談話室へと私が戻ってきた時、そこは何だかひどく騒がしかった。
急いだために乱れてしまった自分の赤い髪を整えながら、私は室内をぐるっと見回す。
それを静めるためだったら、私に与えられた監督生の権限を行使することだって厭わないつもりだった。
その時はもちろん『ポッター!』というのが私の第一声になるだろう。
だって他の人が原因なのなら、ここまで騒ぎが大きくなるはずはないから。
だけど、私が空気を吸い込んだとき、私の目にはすっかり肩を落としたの姿と、
ふんぞり返ったポッターと、そして何故か肩から三角巾で右腕を吊るしたフランクの姿が映った。
何だかイレギュラーな雰囲気を感じて、私は談話室の隅のほうでおろおろしていたブラックをとっ捕まえた。
私が『どういうこと?何が起きたというの?』と問いただすと、
ブラックは更に不安そうな、泣きそうな顔になって、黙っての方を指差した。
『、』
『見ればわかるわ』
『フランク、』
箒が乗ったままで三階の突っ込んだんだ、
という意味のよく解らないブラックの説明が、私の耳を右から左へ流れていく。
私はブラックを横目で睨んで、微かに残っていた雑音のようなそれらを繋ぎ合わせた。
そうすることで、どうにかしてその言葉の意味と状況を一致させられるような説明が生成できないかと思って。
ええと。
が、三階から、箒に乗ったまま、フランクに、激突した、とか、そういう、感じ?
「………はぁ………」
「ちょっとブラック、溜息ばっかり五月蝿いのよ」
状況から判断出来そうなことではあったけれど、うっすらと解読出来た意味はとても褒められたものではなかった。
より正確な事情を推し量るために、私はブラックを追い立てて進ませると、
とポッターとフランクの近くにあるソファへ腰を降ろした。
そこには、誰かの忘れ物じゃないかしら?という感じのマグルのチェスセットが置いてあった。
私たちはそのままチェスを始めたけれど、ゲームにはちっとも集中できなくて、
というよりは出来るわけがなかったものだから、最初の3手から盤面は全く進まなかった。
私たちはお互いに次の手を考えるフリをしながら、たちの声へ意識を集中させる。
「……空き教室に、黒いネコがいたの。野良だと思う。
キティ・ブラックって名前をつけたんだけどね、ブラック繋がりってことで、
その子を呼ぶときはもっぱら"シリウス"って…呼んでたのね、わたし」
の弁明の声が聞こえてきて、ブラックは面白いほどびくりと肩を震わせた。
こんな状況じゃなければ笑ってやるところなのだけれど、ブラックは私の親友に心底惚れている、らしい。
らしいというのは何もブラックの気持ちが曖昧なのではなくて、
彼がきっぱりとに気持ちを告げないことによる表現なのだけれど。
だけどそれは、見ていれば、一目瞭然の片思い。
いまオレの名前言ってたよな、シリウスって言ったよな、
とブラックが小声で私に囁いてくるので、空耳じゃないの、と私は言い返す。
そうね、私にもそう聞こえたわ、なんて事は言ってあげない。
それはブラックがいつもポッターと悪ふざけをしているから、というわけではなくて、
単純に私の内に何だか悔しさのようなものがふつふつと湧き上がってきたからだった。
ああ、とても釈然としない。
何がって、親友の私よりもブラックの方が優先されたってことが。
たとえその子猫が黒かったにしても、白かったにしても。
「それで、今日もそのネコと遊んでたんだけど、空を眺めてるうちに、
その……キティ・ブラックと箒に乗ろうと思いついて、窓から出たんだけど、
えっと、キティが落っこちちゃって、慌てて急降下したら、……フランク、に突撃してしまいました」
「ほお。で、キティ・ブラックとやらはどこへ?」
「え?に、逃げちゃった。わたしが乱暴したと思って怒ってるのかも…」
ポッターはへぇとかほぅとか言って訳知り顔で頷いているけれど、
きっと彼は信じていないんだろう、と私は思った。
なぜって、私にも信じられないから。
、貴女気付いていないのかしら?
貴女、嘘をつくと、すぐ顔に出るんだもの。
がフランクにひたすら謝ると、フランクは、気にしないで、と優しい言葉をかけた。
そしてそのまま丸く収まりそうな空気になったのだけれど、
ポッターは眼鏡を無駄に弄りながら、すべてをぶち壊すような態度を取った。
「責任、とってくれるのかなぁ?」
「せ、責任?」
ポッターがいつも通りに乱れた髪を頭に乗せたまま顔をにぐっと近付た。
はかわいそうなくらいに頬を引き攣らせる。
ちょっとポッター、後で覚えていなさいよ。
ポッターの態度にとってもとっても腹が立って仕方がないので、
私はルークの駒を取ると他の駒を全部無視して、一気にブラックの陣地のキングの傍に進めた。
チェックよ、とブラックに注意を促すと、ブラックは慌てて盤面を見た。
自分がどういう戦術を取ろうとしていたのか、はたまた相手がどういう手を打ってきたか、
私たちはお互いにそんなことを気にも留めなかったものだから、
ブラックは4手目で急に私のルークがチェックをかけてきた不自然さに気付かなかった。
キングの防衛のためにブラックがあたふたとクィーンの駒を手に取ったとき、
「なんでもします」という諦めたような怯えたようなの声が、私の耳に飛び込んできた。
もう、待って、ちょっと待って。
早まっちゃダメよ!
『ちょっと待ちなさい!』と、今度こそ私が監督生権限の行使に踏み切ろうとした瞬間、
ポッターは急に顔を輝かせて立ち上がり、談話室どころか大広間にまで響きそうな大声で、叫んだ。
「パッドフット!今度のスリザリン戦はがチェイサーだ!!」
「は………え?なに?」
ぱくりと口を開けたままは動きを止めてしまい、
ブラックは持っていたクィーンの駒を談話室の床に落とした。
ごとりという音が響いたということにも、
談話室中の好奇の視線が自分に向いていることにも、
何に対しても一切の歯牙を掛けずに、ポッターは早口で捲くし立てながらぐるぐると歩き回る。
「いやほら!僕が出場停止になったらっていう約束だったけど、
別にが補欠であることに変わりはないんだからさ、オッケーだろう?
我ながらすんばらしい解決策だと思うね!そうだろう、フランク?」
呆気に取られながらも、フランクはそうだね、と答えた。
もし私がフランクの立場だったのなら、同意するよりもポッターを黙らせることの方が優先だと判断しただろうに。
ポッターはシャーロック・ホームズよろしくその場でぐるぐると円状に歩き回りながら、
やっぱりその長広舌を止めないで、なあとかなあフランクとかなあパッドフッドなんて言い続ける。
わたしは自分の陣地のクィーンを掴んでブラックの陣地のキングの退路を塞いだ。
チェックメイト、とブラックに宣告してソファから腰を上げると、
私のクィーンさながら、ポッターの周回軌道を邪魔するように立ち塞がる。
「ポッター!貴方ね、どうしてそうなのよ!
の意向をきちんと聞いたの?他のチームメイトの事は考えているの?
貴方ってどうして、本当にどうして、そんなに自分勝手なのよ!」
「エヴァンズ!」
いつの間にかリーマスがブラックの背後に立って、「リリーの勝ちだね」と言っていた。
ポッターはそっちを見たり私を見たりとフランクを交互に見たりした。
本当に、ポッターの神経は信じられない。
なぜ、自分の決定が絶対だという態度を取るの?
私はポッターのそういうところが嫌いだ。
偉そうで、自分の言ったことなら反対される筈がないと思っていて、
思うだけならまだしも、それを大っぴらに態度に表す、その無神経さが。
リリー落ち着いて、とが私に言ってくるけれど、
いいえ私冷静だもの、どうして落ち着くことができようかしら?と私は思う。
落ち着くべきは、注意されるべきは、この、ポッターだってこと、どうして皆気付かないのかしら!
「いいこと、ポッター、皆が貴方に対して寛容であると勘違いしないことね!
私は正しいと思ったことは応援するけれど、間違っていると思ったら、
たとえ貴方が相手だろうと、皆が見ないふりをしようと、絶対に見逃したりしないわ!」
「……エヴァンズ、そうじゃないだろう?」
「な、何が違うって言うのよ」
ポッターは忙しなく動かしていた身体や顔の動きをようやく止めて、私を見た。
さっきまで意味も無く指で弄っていたものだから、眼鏡は顔の中心から少しずれていて、
とても間の抜けた面構えであるはずなのに、ポッターはじっと、真剣な眼差しで、私を見る。
不覚にも少し怯んでしまいそうになる自分を内心で叱咤して、
私はポッターを、ポッターが私を見るのと同じように真正面に、見据えた。
「正しいとか違うとか、そういう正誤の問題以前に、エヴァンズは僕が嫌いなんだろう?」
「なっ…!」
何を、言うのよ、この男は!
私は咄嗟に『そういう事じゃないわ!』と言いそうになった。
つまり『それとこれを一緒の問題にしないで!』という意味なのだけれど、
もしそう言ってしまったら、仮定することすらとっても不愉快なことに、
まるで『私はポッターの事を嫌ってるわけじゃないわ』という意味にも捉えられるので、
私は仕方が無く、本当に本当に不本意だけれど、今にも飛び出しそうなその言葉を呑みこんだ。
「…え、えぇそうよ、嫌いよ、貴方なんか!
だけど!それと、これとは、別の問題でしょう?」
「別なもんか!いいかいエヴァンズ、僕は今たしかに、僕ひとりの権限でをメンバーにした。
だけど僕には、キャプテンという、正当な立場がある。僕はチームの選抜を執り行い、
必要ならば補充し、鍛え上げ、来るべき闘いで然るべき結果を残す義務がある。
君がすっかり忘れてしまったのならば言うけれど、には選抜で良い結果を残した実績がある。
それは、チームに入れるのならば彼女が最適だという、立派な証拠だとは思わないかい?」
「でもっ」
「エヴァンズ、僕は君が好きだから、あまり棘のある言葉を君に投げたくはない。
だけど君がどうしても解ってくれないのなら、僕は心を鬼にしてでも言うよ。
君が気に入らないのは僕自身であって、純粋にクィディッチの為を思って怒っているわけでは、ない。
僕は純粋にゲームのことを考えている。これは戦略なんだ。だから、素人が口を挟まないでくれないか?」
「……っ……………」
談話室の彼方此方から、ジェームズ、という制止の言葉が聞こえてくる。
言い返せなかった。
別にポッターがあんな言い方をしたからではない。
誰のせいでもない。ポッターの言葉で気付いた、自分の醜さに言葉が出なかった。
「……………ったわよ」
「リリー?」
「わかったわよ……貴方の、言う通りだわ。
少し、自分の感情に流されすぎたかもしれない……ごめんなさい」
きっと私は、ずっと自分を騙していた。
ポッターが嫌いだから、という自分の心を隠して、いつも何かしらの理由をつけていた。
監督生だから、とか。女子を代表して、とか。そんな風に偽りながら。
ああもう。どうしてこんなに悔しいのだろう?
あの男を負かしたくて、ついむきになってしまったことが悔しいし、
それをあの男に見抜かれたことも言い当てられたことも悔しいし、
子猫の名前がブラックだったことも悔しいし、何だかもう、悔しくて、堪らない。
エヴァンズ僕も言いすぎたよごめん本当にごめん、とか何とか、
急に自分の不遜な態度を謝ってくるポッターに背を向けて、私は女子寮の階段へ足を進める。
今日は私、どうかしてる。
「………リリー、大丈夫?
ごめんね、わたしの為に言ってくれたのに、ごめんね」
数段上って、談話室の喧騒が少し小さく聞こえるようになったころ、
が私を追ってきて横に並び、そう言った。
けれど、どう答えればいいのか分からなくて、私は何も言わずに首を振った。
嫌いだもの、あんな男。
自分のことを王様か何かだと勘違いしていて、
自分に歯向かう相手には何をしても許されると思っていて、
クィディッチの才能をひけらかして――――
けれど今日、私に反論した時のポッターはいつもと少し違う気がして、
少しだけ、ほんの少しだけ、怖かった。
(それとも、これも私が自分に言い聞かせてるだけかしら?)
(いいえ、いいえ!そんな事はないはずよ)
(だって嫌いだもの。あんな男。嫌いだもの!)
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11月初頭 リリー vs ジェームズ