COMBAT --
I.a violent struggle
II.to fight against



























     オルフェウス   1-11.COMBAT


























大変なことになってしまった。



ジェームズが珍しくリリーにきつい言葉で反論した後、リリーは部屋へ戻ると、
虚ろな表情でひたすら何かを考え込んで、ぼんやりと「おやすみ」と言って早々に眠ってしまった。

どうしよう、大変なことになってしまった。

それもこれも、明らかにわたしが原因なのが腹立たしい。
なぜもっと上手く立ち回れなかったんだろう。


もしこのことが原因で、リリーとジェームズが完全に決裂してしまったら?
もしわたしが原因で、週末のスリザリン戦で負けてしまったら?


そう思うと居ても立ってもいられなくて、わたしはそっと部屋を抜け出した。
時計の針は午前1時。『彼』はまだ起きているだろうか?



誰も起こさないように気を配りながら階段を下りる。

深夜の談話室は、昼間とは違った顔を見せる。
ひんやりした窓辺は、昼間に立っていると日差しが温かくて気持ちいいのだけど、
夜中になってそこに立てば、凍えてしまうんじゃないかと思うほど冷え込む。

『彼』はそんなところにひとりで居て、寂しくないんだろうか?

もし寂しいと答えられてもわたしには何も出来ないわけだから、考えれば考えるほど虚しい。
わたしは本当に『彼』の役に立てるだろうか?







「シリウス、起きてる?」


「………?」







おずおずと声をかけると、暖炉に一番近いところの、皆が競って奪い合うソファから『彼』の声がした。
ほっと息をついて、わたしはそっちへ向かう。

なんだかこんな状況は、彼と初めて会話をした時によく似ている。


ごめんね、寝てた?と聞くと、彼はあいまいに言葉を濁した。
そういえば彼は眠ることはあるんだろうか?
飛ぶことは出来なかったわけだから、眠ることも出来ないのかもしれないとわたしは思った。







「どうしたんだ?」


「んっと…眠れなくて……というか、今日はほんとにごめんなさい。
 自分のこと、馬鹿だなーってつくづく思って……あの、わたしのこと、迷惑だったら…言ってね」







とんでもない、というような表情でシリウスはわたしを見た。
どうやら今のところは彼の重荷になっているわけではないようなので、わたしはひとまず安心した。

だけどすっかり安心してしまうには、まだ早い。







「………釈然としない、って顔してるな」


「わかる?もうね、ほんと、胃が痛いのよ……試合のこととか、
 リリーとジェームズのことを考えると、わたしの所為で何もかもダメになるんじゃないかと思って……」







わたしは彼に向かい合うように座って、言う。

自分でも意識できるくらいに顔を顰めて打ち明けると、
「駄目になる?」という鸚鵡返しのシリウスの声が聞こえた。







「そんなことにはならないから、気にしない方がいい。
 まあ……少なくとも俺の記憶の中では、万事うまく行っていたな」







わたしは吃驚して彼を見た。
こっちのシリウスが自分の過去について話すことは、本当に珍しいことだからだ。

彼はすこし悪戯っぽい表情で、笑っていた。
その表情は確かに見慣れたシリウスの表情で、わたしはハッと息を呑んだ。
彼は、本当に間違いなくシリウス・ブラックなんだと、改めて思い知る。
どれだけ月日が経っても、シリウスはずっとシリウスなんだ。







「ほんとに?嘘じゃない?リリーはちょっと動揺してるみたいだけど……でも、ジェームズは?
 このことでジェームズがリリーを嫌いになったりしない?」


「ああ、あいつがリリーを嫌いになるわけがない。
 今ごろは寮で枕を噛みしめながら『僕は馬鹿だ僕は馬鹿だ』って呻いている頃さ」







わたしはその状況を想像してみた。

涙を目に浮かべながら、枕をひしと抱きしめて、強烈な自己嫌悪に襲われるジェームズ。
きっとシリウスやリーマスは慣れているのでそんなジェームズを見ても『ああまたか』と思うだけだろう。

あまりにも簡単にその光景が想像できてしまうので、わたしはこみ上げる笑いを堪えきれなかった。
そんなわたしを見て、シリウスも笑う。







「大丈夫だ、どうせあいつは朝が来るころには立ち直ってるからな。
 いや、開き直るというべきか?……それより自分の心配をした方がいいぞ」


「どうして?」







シリウスは呆れた、というようにわたしを見た。







「……朝が来るまで、ジェームズはリリーに認めてもらうためにどうすればいいか考える。
 賭けてもいい、そのためには試合でスリザリンを叩きのめすことだと考える。
 じゃあそのために必要なのは何だ?練習と、練習と、練習………というわけだ」


「……あー……そっかぁ……」







そうなると、こんな時間まで起きていては体が持たないかもしれない。

わたしは今さらながらに引き受けてしまった事の重大さを思い知った。
わたしの所為で何もかもを台無しにしないためには、試合で勝つこと、足を引っ張らないこと。


それでも幾らかはスッキリして、わたしは立ち上がった。
おやすみ、ありがとう、と、わたしはシリウスに言う。
ああ、とシリウスが言うのが聞こえた。


頑張ること、闘うこと、勝つこと。


いつだってそれはグリフィンドールの目指すところなのだ。



















+



















そして翌日放課後。







「いいか、僕たちが目指すのは勝利、それも完璧な勝利、ただそれだけだ!
 中途半端な勝利は要らない、辛勝なんてもってのほかだ!
 僕たちはスリザリンを、再起不能なまでに叩き潰すんだ!」







『あっち』のシリウスの言ったとおり、ジェームズは勝利に燃えていた。
わたしは練習用のユニフォームが捩れているのが気になって仕方ないのだけど、
メンバーに怪我させた上にキャプテンを無視するのはさすがにまずいと思って、我慢する。

すると、わたしの横に座っていた『こっち』のシリウスがこっそりと耳打ちしてきた。







「……あいつさ、今日ほとんど寝てないんだぜ。
 なんか知らねーけど、ずっと考え込んでてさ……」


「どうせ『僕はバカだ僕はバカだ』って唱えてたんでしょ?」







シリウスは吃驚したようにわたしを見た。
どうやら『あっち』の彼が予言したことは事実だったらしい。

そんなことを考えていると、ジェームズの決意表明は終わっていた。
ぞろぞろと皆で競技場に繰り出すと、きれいに晴れた空が眩しく光っていた。


わたしは観客席の隅に『あっち』の彼を見つけた。
チームメイトにバレないように、こっそりと手を振る。

彼は不思議そうに自分の周囲を見回して、どうやらわたしが手を振っているのは自分らしいと気付いた。
そしておずおずと片手を上げて、少し笑う。







「ぼけっとしてると置いてくぞ、


「あ、待って待って!」







ちょんちょん、と『こっち』のシリウスが自分の箒でわたしの背中を突いてきた。
わたしは体をひねってそれから逃げて、自分の箒に跨る。

そのまま地面を強く蹴れば、箒は何の抵抗もせずに空に舞い上がる。
だんだんと太陽が近くなるのを感じながら、わたしはチームメイトの方へ箒を向けた。



そうして、練習が始まった。

ジェームズはあっちへこっちへ指示を出しながら、チェイサーに変化球ばかりを投げてくる。
それをキャッチするのは正直言って、とても骨が折れる。
魔法でもかかっているのか、捕まえた瞬間にクァッフルが逃げようと暴れだすのだ。

ビーダーの2人はまるでマグルのベースボールでもしているかのようだった。
彼らはひたすらブラッジャーを打って、打って、打ち返した。
そしてその黒い弾はブーメランのように弧を描いて戻ってくる。


打って、捕って、投げて、打って、投げて、たまに落として。







「よし!みんないいぞ!この調子を試合まで保つんだ!
 目指すは完全試合だ、いいな、10点だってやるなよ!」







ジェームズが上空から叫んで、さすがにそれはムリだ、とみんなが思った。


気付いたときにはもう空は紺色になっていた。
星がチカチカしている闇色の空はとても綺麗で、秋の大三角が見えないかなと探してみたくなる。

だけど近頃、朝と夜はめっきりと冷え込むようになった。
もう冬の星座が見えるころだろうか?
それならオリオン座を探さなくちゃなあ、とわたしは思った。


ー、と、間延びしたジェームズの声がしたので、
はいはーい、と、わたしは適当に返事をした。

指先が真っ赤になっているのが月明かりで見えた。
わたしは手を箒の柄から離して口元に持っていって、はぁーっと息を吹きかける。
じんわりとした痛みのような温かさが指先に纏わりつく。







ー」


「もー、だから、さっきからなにー?」


「そこあぶないぞー」







えー?と思った瞬間、耳元でガツン!という音がした。







「だから危ないってさっきから言ってんだろうが、バカ!
 どこに耳つけてんだ!背中か!それともついに難聴か!」


「お?シリウスくんナイスフォロー!」


「ナイスフォロー、じゃねーよ!
 なんださっきのやる気のない『あぶないぞー』は!」







見れば、すぐ目の前でシリウスがビーダーの棍棒を握り締めてジェームズに叫んでいた。

あれ?危ないってわたしのことだったの?なんて思いが頭を過ぎる。
目を凝らせば夜空に同化して溶け込むようなブラッジャーの姿が微かに見える。








「………え……び、びっくり…!」


「おまえなぁ……びっくり!って…それだけかよ…」







シリウスはがっくりと肩を落とした。
うそうそ、ごめんね、とわたしが彼に声をかけると、シリウスは素っ気なく「おう」と言った。







「まあ、でも…それがビーダーの仕事だからな」


「いやぁ、まったくその通り!僕はそれを見越していたわけだよ、シリウスくん。
 チェイサーの為なら、たとえピッチの反対側に居ようと、自分がブラッジャーにぶつかろうとお構いなしさ!
 やだなあ、そんなに見つめられたら照れるじゃないか。な?よーしみんな!早く夕食へ行こうじゃないか!」







ジェームズがわたしとシリウスの傍まで飛んできて、言った。
メンバーに練習の終わりを告げると、睨むようなシリウスの視線から逃げるように控え室の方へ飛び去っていく。


わたしはシリウスと一緒に、地面に降りた。
どうやらジェームズに対してまだちょっと怒っているらしく、彼は無言で歩き出そうとする。







「シリウス!あの……ありがとね」







箒を持ち直しながらわたしが言うと、シリウスは今度はちょっと機嫌を直したように「おう」と言った。







「ねぇ、試合でもちゃんと助けに来てね?」


「わかった、わかった。
 だからおまえも、自分でもちゃんと気をつけとけよ」







あーはいはい、とわたしがふざけて言うと、シリウスは箒の柄でまたしてもわたしの背中を突いた。
それは練習が始まる前よりもちょっと強めの威力だったので、わたしは少しよろめいた。



『あっち』の彼はどうしているだろうかとわたしが考え始めたとき、
あいつの眼鏡なんかブラッジャーに割られればいいのに、というシリウスの呟きが、わたしの耳にしっかり届いた。


























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11月初頭 ジェームズの眼鏡はいつだって危機一髪