SLIPPERY --
I.causing people or things to fall or slide
II.evasive,not to be trusted
オルフェウス
1-12.SLIPPERY
に対して申し訳なさを感じずに話が出来たのはいつ以来だろう。
俺は観客席に座りながら(これは空気椅子というべきか?)そんな事を思った。
珍しく、本当に珍しいことだが、この出来事は俺の記憶の中にも存在する。
ちなみに、この後の筋書きはこうだ。
『グリフィンドールはスリザリンに勝利する』
『祝賀会でジェームズとリリーは仲直りをする』
『それをきっかけにジェームズとリリーの親交が始まる』
そして1年以上をかけて、ジェームズはリリーをデートに誘うことに成功する。
つまり、これはハリー誕生への重大なステップなのだ。
リリーと仲直りした後のジェームズのニヤついた顔は、いやでも忘れられない。
とはいえ、やはりそこにもの姿は見当たらないのだが。
なぜの姿だけが消えてしまっているのだろう?
俺に残っている記憶の中ではいつも、誰か違う人物がの役割を演じている。
今回であれば、記憶の中ではフランクは勝手に階段から落ちた、という設定だった。
フランクの代理を務めるのはリーマス、という設定だった。(だからこそリリーは猛烈に怒ったのだ)
「――さあ、始まります今年度の初戦は因縁の対決、グリフィンドール対スリザリン!
赤と緑の因縁、金と銀の因縁、1000年の時を越えて受け継がれた闘志を見せてくれ!
まずはスリザリン・チームの入場だ!今年のキャプテンは……」
実況が始まり、会場が沸く。
ハリーの時代でもそうだったように、俺の時代でもクィディッチは生徒たちの一番の感心事だった。
グリーンのユニフォームを風に靡かせて、スリザリンの連中が入場する。
俺は出来る限りそっちを見ないようにした。見たくない顔がゴロゴロ転がっているからだ。
この瞬間から数年後、あの中から一体何人が死喰い人として俺たちの前に立ちはだかっただろう。
「続いてはグリフィンドール!今回は試合直前にチェイサーがひとり欠場する事故が起きたが、
キャプテン・ポッターはどのような戦術を披露してくれるのか?ポッターの伝説は繰り返すのか?
そして期待のピンチヒッターは―――・!」
入場するを眺めながら、俺は当時のリリーの気持ちがわかるような気がした。
『ポッターの伝説は繰り返すのか?』だと!
これじゃあ本当に英雄扱いだ。もちろんクィディッチが上手かったのは事実だが、
他のメンバーがあまりにも蔑ろにされすぎている気がする。(俺も大人になったもんだ)
昔も今も変わらないマダム・フーチが笛を吹く。
そして―――
「―――試合開始!」
コイン・トスの結果はグリフィンドールの攻撃から。
まずボールを持ったが猛スピードでスリザリン側のゴールへ向かって行き、
それを追うようにして敵やら味方やらの選手が入り乱れる。
ジェームズはいつもより高度を下げたところでチーム全体に指示を出しつつも、
太陽の光で眼鏡をキラリと光らせながらスニッチの気配を追っている。
開始から5分も経たないうちに、まずはグリフィンドールが先制点を入れた。
大歓声と同時に、今度はボールがスリザリン側に渡る。
しかしこのままの勢いで行けば俺の記憶通りになるだろう。
しかし試合は中々の接戦となる。
点を入れては取られ、取られては巻き返した。ジェームズは少し焦り始めているように見えた。
スコアは130対150。劣勢だが、そのうち40点はが稼いだものだ。
が再びクァッフルを手に、スリザリン側へ突っ込んでいく。
相手側はキーパーもチェイサーも動員してそれを妨害しに来る。
「――さあ、代打とは思えない働きを見せるがアタックをかける!
入るか、グリフィンドール140点目の行方は?ん、おっと……?
ポッターが…スニッチか?いや……いや!スニッチだ!」
ジェームズは一気に飛び上がった。
続いてスリザリンのシーカーが追いかけるように上空へ舞い上がる。
観衆の目がシーカーたちに集中した一瞬、
その一瞬がどれだけ大切か、
それを知っているのはスリザリンだった。
「!!」
リリーの声がして、生徒たちは一斉に視線をゴール付近に戻した。
ゴリラと見紛うほどの体格をしたキーパーがにタックルをかけた。
ボールを抱えているのでファウルではない、が、フェアと言えた光景ではない。
は片手で箒にしがみ付いたが、慣れないユニフォームの所為だろう、
ずるっと滑るようにして箒から落ちてしまった。
途端に悲鳴が上がる。
マダム・フーチは笛を吹こうとしたが、思い直した。
は落下しながらも両手でボールを掴み、キーパーの頭上高くそれを放り投げたのだ。
そしてオーバーヘッドスローで投じられたクァッフルがゴールの縁に引っかかった瞬間、
「――スニッチは……ポッター!
グリフィンドール、140点目と同時にスニッチを獲った!
勝者はグリフィンドール!!290対150のスコアで、グリフィンドールの勝利!」
そしてアナウンスと同時に、『あっち』の俺がを受け止めた。
驚いたような、でもどこか期待通りだとでもいうような表情で、が『あっち』の俺を見る。
口の動きから読み取れる限りでは、『あっち』の俺はに「バカ」とか何とか言っているようだ。
ジェームズはスニッチを掴んだまま観客席の周りを飛び始めた。
歓声を上げるグリフィンドール生たちの前で、勝ち取ったスニッチを高く掲げる。
それに倣い、他のメンバーが続々と凱旋を始める。
『あっち』の俺に抱えられたままのが、俺を見て大きく手を振った。
今度はその箒からも落ちるんじゃないかと心配になるくらい元気よく手を振ったので、
『あっち』の俺はのユニフォームを掴んで、少し苦そうな顔をする。
ニコニコと手を振り続けるに、俺も手を振り返した。
+
「おつかれ諸君!ありがとう諸君!
そしてよく頑張った、僕!カンパイ!」
グリフィンドールの談話室はまるで優勝でもしたかのような騒ぎっぷりだった。
ジェームズはソファの上に立ってバタービールのジョッキを高く掲げ、談話室中に宣言する。
その横ではこの勝利の立役者でもあるが溢れんばかりの笑顔で立っていて、
『あっち』の俺はそのそばで疲れた顔をして座っていた。
「……あれほど気をつけろって言ったのにおまえはほんと…
あれか?オレの心臓を止めてやろうとでも思ってんのか?」
「うん……それも少しあるけど」
あるのかよ、と『あっち』の俺が言う。
「でもだって、この前約束したでしょ?助けに来てくれるって。
シリウスを信じてた証拠じゃない!ね?ほら、元気出して!」
『あっち』の俺はがっくりと肩を落とした。
少し、自分に同情した。(頑張れ、俺!)
飲めや、歌えや、果ては脱げやとまでなりそうな雰囲気だった。
壁にはグリフィンドールの獅子を象った巨大な旗が貼られ、
テーブルというテーブルの上には所狭しと菓子やらジュースやらが並んでいる。
俺は談話室の片隅でそれを見守っていた。
いいさ、主役はいつだって若いやつらだ。(別に悔しくなんかないからな)
「……ポッター」
わいわいと騒がしい談話室で、リリーだけは普段通りの態度を保っていた。
リリーは呆れたように溜息をつく。
ジェームズは「やあ!」と言って笑顔でリリーを見た。
その笑顔が少し引き攣って見えるのは、やはり先日のことを受けてだろう。
宣言通りに勝利はしたが、果たしてリリーは本当に自分のことを認めてくれたのか、と。
俺にはジェームズの頭の中が手に取るように解る。
「あー…エヴァンズ、この前は言いすぎたよ。本当にごめん」
「いいえ、私だって悪かったのだから、貴方が謝る必要は無いわ。
……あの、私、貴方に言いたくて………その…試合、勝って…嬉しいわ」
にやっとした顔で、と『あっち』の俺が顔を見合わせる。
ジェームズは「エヴァンズ!」と叫んでから、感極まって何も言えないようだった。
俯いて恥ずかしそうにしているリリーに見られないように、『あっち』の俺がジェームズを蹴った。
チャンスだろうが、バカ!と声に出さずに言っているわけだ。
ハッとしたジェームズは、慌てて近くのテーブルからキャンディを鷲掴む。
それはダイアゴン横丁で売られているスニッチの形をしたキャンディだった。
なぜそんなものがこんなところに、しかも大量に置いてあるのかは、ジェームズのみぞ知るということだ。
「エヴァンズ…ほら、きみも食べなよ!
せっかくの宴会なんだから、勝利は全員で味わうものさ!」
「ええ、ありがとう」
リリーは少し微笑んで、キャンディを受け取る。
「し、試合では、チームのた、ために捕ったけど…
このス、スス、スニ、ッチは、エ、エヴァンズのためだけに取った、から…!」
なんてね!アハハ!とジェームズが言って、リリーがキャンディを開封した瞬間。
ボン!と音がして、リリーの手の中にあったキャンディだったはずのものは爆発した。
空中に浮かぶ『いじきたないやつめ!』という火花の文字。
「………そう………貴方の気持ちは、よーく解ったわ」
「ち、違うんだエヴァンズ!聞いて!お願い、聞いてくれ!
これはきっとスネイプ用の僕の備品のひとつが紛れ込んでいただけで
別にきみを驚かせようとかいうんじゃなくて侮辱しようとかいうんでもないんだよ!」
ジェームズは真っ青になって弁解していたが、リリーは怒りで震えて聞いていない。
マズイと思ったのか、がリリーの肩に手を置いて、「リリー」と呼びかけた。
しかしリリーはそれを振り払い、キッとジェームズを睨みつける。
「あっちでイタズラ!こっちでイタズラ!
そんなに笑いたければ、ずっと笑っていればいいわ!――
『笑い続けよ』!」
リリーの杖から呪文が迸る。
ジェームズは「おっと!」と言ってそれを避けたが、勢いのついた呪文は止まらず、壁にぶつかってあちこちへ反射した。
生徒たちが逃げ惑うなか、リリーは憤然とした足取りで女子寮への階段を駆け上っていった。
そのあとを追いかけるジェームズ。
ごめん!ごめんなさい!という声が虚しく響く。
「シリウス危ない!」
突然、の声が聞こえた。
どうしたのかと思って俺は顔を『あっち』の俺の方へ向けたが、
が見ているのはそっちの俺ではなかった。
目の前に迫る光の筋。
避ける間もなく、俺は反射的に目を瞑った。
「お、わ、はは、なんだこれ、ちょ、リーマス!
とめて、これとめて、ははは!」
が、
俺は『やりなおし中』な身なわけであり、『空席待ち』なわけであり、
当然というかなんというか、呪文は俺の体を通り抜けて更に壁にぶつかって反射し、『あっち』の俺へ当たった。
リーマスはの方を不思議そうに見て、俺の方をちょっと見て、それから笑い続ける『あっち』の俺を見た。
そして「面白いからそのままでいいんじゃないかと思うよ」と言う。
生徒たちは怒涛の展開に付いて行けず、ぽかんとした表情で立ち尽くしていた。
『あっち』の俺の笑いながら怒る声と、階段の下から必死で謝るジェームズの声だけがしている。
俺はを見た。
はびっくりした顔で俺を見ていた。
お互いに顔を見合わせて苦笑しながら、俺は思う。
こんな光景、あっただろうか?
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