WATCHDOG --
I.a guard dog
II.a guardian,observer for any wrongdoing



























     オルフェウス   1-13.WATCHDOG


























ぼくの友人の話をします。


。女性。


ぼくの親友のひとりが、心の底から彼女に惚れています。
だけれど彼は意気地がないので、告白どころかアプローチすらできません。

ぼくの親友のもうひとりは、心の底から彼女を頼りにしています。
なぜなら彼は彼女の親友であるリリーに心から惚れているからです。


ちなみにぼくは、彼女のことが結構好きです。
たまに突拍子もないことをしたり言ったりする子だけど、根は正直で、やさしい子だから。


きっとなら、ぼくの『体質』のことも受け入れてくれるでしょう。
驚いたあと、離れるのではなく、友達でいてくれるでしょう。
もしかしたら薄々勘付いているかもしれません。変なところで鋭い子だから。

だけどぼくがそれを自分から打ち明けることはありません。
『もしも』が怖いからではなく、現状に満足しているからです。
それを臆病と呼びたければ、どうぞ呼んでください。
ただぼくは、彼女がぼくの『体質』を知っていようがいまいが、いま以上に幸せになることはないと思っているだけです。


。グリフィンドールの6年生。
生まれた日がイースターの日曜だったことを、誇りに思っている子。


なぜ、と聞いたことがあります。
そうしたら、『きっとわたしはイースターエッグのプレゼントなんだよ』と返事が来ました。
エッグはイースターマンデーに来るものじゃないか、と、ぼくは思いました。
だけど指摘することはしませんでした。
きっとのことだから、もっと深い意味があるんだと、思うから。

でももしかしたら単純に誤解しているだけかもしれません。
は、そういう子だから。


変、といえば聞こえは悪いけど、ひょうきんというか、おちゃめな感じで。
はそういう子だって、そういうところが良い所だって、知っているから。



だけど知ってはいても、納得できることばかりではありません。



ぼくの友人のはなしをしますが、聞いてくれますか?
さいきん、すこし変なんです。


いつものみんなで談話室に居ても、違うところを見ていたりします。
誰もいないあたりに笑いかけたりしています。
独り言が増えたと、リリーから報告があったりしました。

それから、誰も見たことのない黒い子猫の存在を主張して、
おまけにその子にあろうことかシリウスという名前をつけたのだけど、それはまあどうでもいいとして。


極めつけは、先月のクィディッチ祝賀会でした。


怒ったリリーの放った強烈な呪文が談話室中を反射していたときのことです。
は切羽詰ったような声で「シリウス危ない!」と言いました。
シリウスは、まったく危なくないところに居たのに。

そして驚いたシリウスがのほうに勢いよく振り返ったため、
彼は背後から迫る呪文に気付かず、結局はくすぐりの呪文の餌食になりました。

が「危ない」と言った瞬間、その危なかったであろう場所には誰もいませんでした。
ソファも、テーブルも、なにもないような、談話室の寒い一角だったからです。



以上のことを総合して考えてみたところ、あまり信じたくないような結果がでました。
















「ありえねーだろ」







そう言ったのは、シリウス・ブラック。17歳。あれ、まだ16歳だったかな?(まあいいや)
彼はぼくのに関する考察の結果に、そう評価を下した。






「どうして?」


「や、だってありえねーだろ」







彼は頭は悪くないはずなのだけれど、ときどきこうやって頭が悪いとしか思えない返事をする。
ぼくは「どうして」と聞いたんだよ、シリウス。
それが質問に対する正しい解答の仕方だと思っているなら、きみの知能はマンドレイク並だ。


ああ、ついていけない人のために、解説します。
ぼくの結論は、はぼくらに見えない何かと仲良くしている、もしくは狐に憑かれた、です。


ジェームズはシリウスの横でさも納得したかのようにふむふむと言っている。
だけどその実、彼はぼくの話なんか聞いちゃいない。なぜわかるかって?
なぜなら彼は現在水面下で進行中の『地図』計画のために失敬してきた資料を読んでいるからだ。







「だいたいどうしたらキツネに憑かれるなんて面白いことになるんだよ」


「コックリサンでもしたんだよ。ならやりかねないなあ」







コックリサンて誰だとシリウスが言うので、ぼくは油揚げの化身だと答えた。
ジェームズはまだふむふむ言ってて、シリウスは変な顔をした。

この『なんかが変じゃないか?会議』はこれでもう3回目だ。
その度にシリウスはのおかしな行動について議題にかける。
うんざりだと思ったけど言わないのはぼくの優しさだと思う。
その代わり「きみはストーカーか」とだけ言っておいた。(これぞ友情)


シリウスはいつも『なにか辛いことがあったんじゃないか』とか、そういうことしか言わない。
きみがのこと大好きなのはもうわかったよ、という気分だ。正直に言って。







「わかったぞパッドフッド、きみは、アレだろ?
 がきみのことを好きすぎて遂にきみがもうひとり見えるようになったとか、
 いっそ本当に居るとかなんかそんな感じのことを言って欲しいんだろう?」


「お前は黙ってろバカメガネ」


「いやぁ、尊敬しちゃうな、僕だってまだリリーの幻影なんて見えないのに、
 は僕のリリーへの愛を超えるほどの愛をきみに感じているんだろうねえ、よかったねえ、はい終わり」







まだシリウスが何か言いたさそうにしているのをピシャリと遮って、ジェームズが言った。
そしてジェームズは羊皮紙を差し出した。シリウスを押し退け、ぼくはそれを受け取る。

さすが学年主席のかけた魔法は素晴らしく、それはもうほとんど完成に近い。
けれど問題がひとつ。『必要の部屋』は地図上に必要かどうか?

もちろん必要なわけだけど、『部屋』の魔法がおとなしく地図に屈服してはくれない。
つまり、なかなか素直に地図上にその『部屋』の存在を表させてくれない、という意味。
きっとこの『部屋』を造ったのはゴドリック・グリフィンドールだろうとぼくたちは推測している。
なぜって?無意味に手ごわいから。無意味に、ね。


地図を眺めていて、ふとぼくは談話室に『』の文字があることに気付いた。
もちろん彼女だってグリフィンドール生なのだから、談話室にいること自体は不思議ではない。
ただ気になるのは、いまがもう深夜と呼んでも差し支えのない時間だということだ。







「シリウス、またが談話室に居るよ」


「あ?」







そう言ってぼくが地図を差し出すと、シリウスはひったくるようにそれを受け取った。
ジェームズはそれを眺めてニヤニヤと笑っている。きっと、最初から気付いていたんだろう。


シリウスは眉根を寄せて地図を睨み付けた。
そうしていると本当に二枚目なのに、いつもどこか抜けているんだから勿体無いことだ。

彼が探しているのはきっと、談話室に他の生徒が居ないかどうかということだ。
もしくは今からベッドを抜け出して談話室に向かおうとしている生徒が居ないかどうか。
おおかたが深夜デートの約束でもしたんじゃないかとハラハラしているんだろう。
そんなに気になるなら早く告白しちゃえばいいのにってぼくらは言うけど、彼はいつも口篭る。







「……あいつ、何してんだろな、こんな時間に」


「さあねえ」







誰か待ってんのかな。(さあねえ)
それとも勉強か。(さあねえ)
暖炉燃えてんのかな、寒くないかな。(さあねえ)
何か羽織るもの持ってんのかな。(さあねえ)(というかうるさいよ)







「オレ、ちょっと見てく―――」


「ぼくが行くよ、シリウス。きみは散々がひとりの所を狙って出没しているから、
 実はそのうちストーカー容疑で捕まるんじゃないかと思ってぼくはいつもヒヤヒヤしているんだ」







シリウスは苦虫を3匹ほど一気に噛み潰したような顔をした。
彼の言わんとするところは解るのだけど、ぼくは敢えて気付かないふりをした。

そしてそのまま立ち上がって、部屋のドアを、開ける。

ドアは少し軋んだ音を立ててしまい、少し申し訳ない気分になった。
ごめんねみんな、この音で目が覚めてしまったらシリウスに文句を言ってくれるかな。







まだ階段を降りきらないうちに、偵察の意味をこめてぼくはそっと談話室のほうを窺った。
だけどこっちを見ているの瞳と、しっかり目線がぶつかり合う。

はニッコリ笑うと、持っていたマグを挙げて見せた。
湯気の踊るそれはきっとココアだろう。ああ、うらやましい。







「リーマスも飲む?」


「いいね、頂こうかな」







ぼくが来たのはやっぱり正解だったようだ。
もしシリウスだったらこの素敵なお誘いを断らざるを得なかっただろうから。

ぼくはの向かい側のソファに腰掛けた。
はチラッとこっちを見たけど、特に何も言わなかった。







「こんな時間に、何してたんだい?」


「ん……哲学?ポリフェノールはねぇ、脳を活性化させるんだよ。
 だからこの時間は、これからのことを考えるのにうってつけなの」







へえ、とぼくは相槌を打つ。







「で、どんな命題に対してどんな結論が出たの?」


「そこが難しいんだなあ。とりあえずリーマスへのクリスマス・プレゼントは、
 今年もフォンダンショコラにしようっていう結論にはなったんだけど」







それはいいね、とぼくは言う。
出来れば去年のものより大きいサイズだったら言うことないよ。

はくすくす笑って、別のマグを差し出した。
ぼくはそれを受け取り、吹いて少しだけ冷ます。







「……ぼくはてっきり、がキティと遊んでるんじゃないかと思ったんだ。
 これでも動物にはけっこう好かれるんだよ。仲間のにおいでもするのかなと思うくらいさ。
 だからキティ・ブラックともお近付きになろうと思ったんだけど、ハズレだったみたいだね」


「…そうだねえ。でも…案外、近くに居るかもよ?」







たとえば、いまリーマスが座ってるところ、とかね。

はそう言って、笑った。
ぼくは背もたれから背中を少し離して、何か潰してはいないだろうかと確認をした。
もちろんそこに黒い子猫なんて、居るわけがない。(うん、よかった)

何も居ないよ、とぼくは言う。
たとえばだもの、とは言う。


ぼくはマグを傾けて、ココアを流し込んだ。
熱くなく、冷たくもない、温かい濁流が喉を通っていく。
チラリと目の端に映り込んだ月は、ぼくを無表情に見ている。







「………さて、ぼくはそろそろ戻ろうかな。
 も、風邪を引かないうちに部屋に戻るんだよ」


「はーい」


「さもなければ、シリウスが心配のしすぎで倒れるかもしれないからね」







なによそれ。そう言いながら、はくすくす笑う。







「それじゃ、リーマスは心配してくれないの?」


「まさか!ぼくはいつだってやリリーのことを心配しているよ。
 それからついでに、あの黒髪コンビのこともね」







そうとも、いつだって心配しているさ。


どうかこの幸せな時間が続きますように、終わりませんように、
どうかこの暗黒の時代が終わりますように、続きませんように、って。

みんなで笑って卒業できますように。
『あの人』のいない世界で、この光景を再現できますように。














ぼくの友人たちの話をします。
みんなバカです。優しい人たちです。とても強いです。
ぼくにとって大事な存在です。掛け替えのない、掛け値なしの、仲間です。


だからどうか、見えざるキティ、きみがぼくらに影を落としませんことを。


























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12月上旬 ある夜 狼の嗅覚