WUTHERING --
I.blowing strongly
II.having blustery winds
オルフェウス
1-17.WUTHERING
「行ってらっしゃい、シリウス・ブラック」と、声がして。
気がつくとそこはグリフィンドールの談話室だった。
俺は瞼をごしごしと擦りながら、ひどく懐かしい気さえする目の前の景色を眺めた。
幾人か、私服を着た生徒が俺の横(または俺の体をぶち抜いて)通って行く。
ここはいつだ?
いや違う、妙な言葉になってしまった。
正しくは『ここはいつの時代の談話室だ?』だ。
ハリーの時代か、それとも昔の俺の時代か?
しかし残念なことに、見知った顔はなかなか通らない。
痛むような気がするこめかみを押さえながら、俺は足を踏み出した。
なぜだろう、歴史の記録係が絡んだ移動のあとの俺はいつも突っ立っている。
たまにはソファとかベッドとかせめて洗い立てのシーツの山とかに落としてくれないものだろうか。
しかしこの体が今のところ他の時代に干渉できない以上、
そういう場所に落とされても突き抜けてしまう気がする。(自分でつっこむのって虚しいもんだぜ!)
引き寄せられるように暖炉に向かってふらふら歩いていると、馴染み深い声が耳に届いた。
「あああ待ってエバンズ!
も、も、もう少しゆっくりして行ったらいいんじゃないかな食後なんだし!」
「お気遣いをどうも。だからさっさと部屋で休むことにするわ。ね、」
まさに弾かれたように振り返る。
そこに見えたのは黒いもしゃもしゃの髪をした眼鏡男、
女子寮への階段に消えていく赤毛の先っぽ、それから引っ張られていく。
ということは。
俺はどうやらまた彼女の時代に戻ってきたようだ。
まあ確かに、俺が『やりなおし』を待つ身で、歴史の記録係が言うように、
いずれ流出するの時間の『受け皿』であるということを考えれば、
この時代以外に戻ってくるところはない。
やジェームズの服から判断する限り、今は冬なのだろう。
付け加えるなら、その外見年齢は最後に見た姿に比べて大きく離れているわけでもない。
となれば、現在がどの時点かという問題に対する
いちばん分かりやすい答えは『クリスマス休暇が終わったあと』だろう。
記録係のもとへ“呼ばれた”ときにはクリスマスイブだったはずだ。
つまり俺は何週間か一気に飛び越えて戻ってきたということか。(そんな無茶な)
だがそうでもなければ俺は声を聞いてくれる相手も姿を見止めてくれる相手もいない
孤独な時間を過ごす羽目だったわけだから、その意味では感謝すべきなのだろう。
ここがの居る時代だということに自分でも驚くほど安心し、
俺は暖炉近くのソファに座り込んだ。(つまり空気椅子)
まだ、俺の『やりなおし』は続いている。
+
「ただいまシリウス、元気にしてた?」
午前1時半。
人気の失せた談話室に、の潜めた声が木霊する。
元気にしていたかと俺みたいな存在に聞かれても答えようがないので、
ああとかううとか半端に濁した言葉(もはや唸り声)を返した。
は笑って、「どっちなの」と言う。
「何と言うか…俺自身の調子は変わらないんだが、」
「が?」
「……記録係に、呼び出された」
寝巻きにマントを引っ掛けた格好で、は俺の向かいのソファに座る。
「記録係って、あの記録係?
シリウスがその……死、んじゃったあとに出てきたっていう」
「ああ、それだ」
「…なにかヒントとか言ってた?」
『シリウス・ブラックが、いずれ流出する・の時間の受け皿だから、だね』
記録係の声、つまりと同じ声が俺の脳内に響く。
言える、わけがない。
そんなこと。
「…俺が飛べない理由を教えてくれた」
「うそ!で、なんでって言ってた?」
「何だっけな…時間の種類が違うとか言ってたぞ。"人"と"道"とで」
「へぇ。ためになるね!」
「ならないだろ」
俺の素早い否定に、は片頬を少し膨らませて不満げな顔をする。
その顔は両頬を膨らませた子供というよりひょっとこに近くて、
せっかく顔の造りは悪くないんだから止せばいいのに、と俺は思う。
(でもきっと、『オレ』はのそういうとこが好きだった)
「のほうは何も変わりなかったか?」
「わたし?そうだねぇ、特には……あ!
今度産まれるの、女の子だったんだって!ほぼ17歳差の妹!」
はピースサインを作って満面の笑顔で俺を見る。
そういえば、の母親が再婚した理由はそれだった。(しかし頑張るよなその歳で)
「わたしさ、実は兄弟欲しかったんだよね。
シリウスは弟でしょ?レギュラスくんだっけ?」
「あ?あぁ、まぁ……で、いつ頃産まれるんだって?」
「それがね、すごいの!わたしの誕生日と同じくらいの予定なんだって。
だから3月の終わりから4月にかけて、かな?」
そう言うと、はマントのポケットに手を入れて、なにかを探る。
俺は頭を殴られた気がした。
の17回目の誕生日。
ヴォルデモートの迎えの日、その日の近くで、の妹が産まれるかもしれない。
嫌な偶然だ。
いや、偶然で済むのだろうか?
『よく思い返してごらん?彼女が成人を迎える頃、何が予定されているか』
なあおい記録係、お前が言ってたのはこの事か?
うそだろ、偶然だろ。もう1回出てきてそう言えよ!
しかし歴史の記録係は応えない。薪の爆ぜる音だけが虚しく響く。
はポケットから羊皮紙の切れ端を取り出して皺を伸ばした。
「――あったあった。はいシリウス、クリスマスプレゼント!」
笑顔で差し出してくる。
自分以外のものに触れない俺。
どうしろというんだ。
「……あのな、、俺、触れない…んだ、けど、」
「あっ!」
は目を丸くして驚き、俺と羊皮紙を交互に見た。
そうかそうか、やっと思い出してくれたか俺がゴーストみたいなもんだって。
「ご、ごめん!嫌がらせのつもりとかじゃないんだけど、ついうっかり…」
「分かってる。気にすんな。…で、それは何なんだ?羊皮紙か?」
「えっと…宝の地図?」
どうして疑問符がつくんだ。(どうせなら言い切ってくれ)
は羊皮紙を俺によく見えるような向きに変え、
表面に描かれた星マークのところを指差した。
「ここに、シリウスくんへのクリスマスプレゼントが埋めてあります」
「…というか、これどこだ?」
「何を隠そう、わたしの家です」
いたずらを企むジェームズのような顔で、が言う。
思わず「はあ?」と大きめの声が出てしまったが以外には聞こえないので問題ない。
の手元を覗き込んでみると、それは確かに家屋を中心に据えた地図だった。
庭の外れ、“ヒースの茂み”という文字が振ってある真横に、星のマーク。
つまりそこに、『宝』が隠してあるんだろう。
「本当はシリウスがこっちに戻ってこれたとき、直接渡せればいいんだけどね。
でもわたし、そのときどうなってるか分からないないから……
だから地図にしたんだけど、そっか、そういえば触れないんだったっけ」
「…………ごめん、な、」
「いいのいいの、うっかりしてたのはわたしだし!
隠すまでは覚えてたんだけどなあ……なんで地図書くときに忘れてるかなあ、もう。
それで…えっと、じゃあどうしよう。カーペットの裏に挟んでたら掃除で捨てられると思う?」
暖炉ぎりぎりのところのカーペットをめくって、
羊皮紙を挟む素振りをしながらが言う。
俺の耳には、『どうなってるかわからないから』という言葉が、痛い。
どうしてこんなにあっさりと、自分が死ぬかもしれないという事実を受け止められるのだろう。
たとえ何年か前から知っていたとしても、リミットが近くなるにつれて
不安だとか恐怖だとかがもっと増していくものじゃないんだろうか。
なのにどうして、こんなに他人のことを気に掛けていられるんだろう。
俺はの『そのとき』について決定的な情報を持っていて、
なのにそれを隠すつもりだっていうのに、どうしてこんなにも良くしてくれるんだろう。
「捨てられちゃったときのために、うちの住所を教えとくね。
えーと、ウィルトシャー州ブロンテの町、“嵐ヶ丘”っていうところなの。
まわりは湿地っていうか沼?みたいなのばっかりだから、すぐ分かると思うよ」
「……ああ、分かった。俺がこっちに戻れたら、まずは宝探しってわけだな」
「その通り」と言って、は楽しそうに笑う。
俺はカーペットの表面、羊皮紙が隠されたと思われるあたりをじっと見た。
地図は覚えた。しもべ妖精がうっかり捨ててしまっても大丈夫なはずだ。
が何を隠したのかも分からないのに、俺の心臓は刺さるような痛みを感じていた。
どうしてか、にとってとても大切なものを隠してあるのだろうという予感が頭を離れなかった。
記録係は言った、を助けられるかどうかは俺次第だ、と。
そして、を助ければ俺が消えるかもしれない、とも。
なあ、俺がいま、記録係が話したことを伝えたら、きみはどう思うだろう。
それでも俺に、宝探しのチャンスを与え続けてくれるんだろうか。
生きても良いと、言ってくれるんだろうか。
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1月中旬 in honor of Emily Bronte,author of "the Wuthering Heights".