TREASURE-HUNT --
I.a search for lost riches
II.a game in which competitors follow a series of clues that lead to a hidden prize



























     オルフェウス   1-18.TREASURE-HUNT


























1月23日。
何年も何年も昔のこの日、イギリスに起こったことといえば。


1570年
スコットランド王ジェームズ5世の庶子で、女王メアリー・スチュアートの異母兄である、
マリ伯1世ジェームズ・スチュアートが暗殺され、英国史に大内乱をもたらした。

1866年
風刺詩人トマス・ラブ・ピーコックが死去。

1943年
第二次世界大戦において、イギリス軍がナチス占領下にあったリビアの首都トリポリを制圧。
またちなみに、同時に、オーストラリア・アメリカ連合軍がパプアにて日本軍を打ち破り、
太平洋戦争における日本軍の攻勢を衰退させるターニングポイントともなった。


それから記念日でいえば、エジプトの殉教者 聖アバカフの記念日であり、
東方正教会の礼拝日であり、ローマ・カトリック教会の聖女エメレンティナの記念日であり、
モロカイ島に散った聖女マリアンヌの誕生日にして記念日であり、バウンティ号の記念日、でもある。

殉教者たちは時に本物の魔女や魔法使いだったりもするので多少は分かるけれど、
バウンティ号なんていうのはマグルの歴史にちょろっと出てくる船なので、正直わたしは知らない。


だからわたしにとっての1月23日というのは、
ただ単に『1,2,3が連続してるのが(妙に)嬉しい日』、ほんとに、ただそれだけの日である。はずだった。















「あのさ、この間から気になってたんだけど、なんでそれ手にしてんの?」







朝、わたしがシリウスとジェームズとピーターと同じテーブルでオートミールを掬っていると、
わたしの横から、シリウスがわたしの手元を指差して言った。

なんのことだろう、と思って、わたしは視線を下げる。
溢れそうなくらいにオートミールを乗せた銀色のスプーンが朝日できらきら光っていた。
これ、きっとゴブリン製銀食器(つまり息が止まるほど高いやつ)なんだろうなぁ。







「……オートミール?だって朝ごはんだし…」


「そっちじゃねぇよ。それ、手首の」







わたしは今度は指先から手首に視線をスライドさせる。
そこにはクリスマスにシリウスがくれた細い鎖が2,3重になって巻き付いている。
いつもはマクゴナガル先生に注意されるから外してたんだけど、
今日は土曜日だからいいかな、と思ってつけてみたのだ。







「それ、首にするやつなんだけど」


「うん、分かってる。
 でも首は先約があるから、こっちにしたの」







そう言ってわたしがカッターシャツの襟に隠していた鎖を引っ張り出すと、
シリウスは眉を寄せてすこし不機嫌そうな顔をした。
その反応は休暇が終わって寮に戻ってすぐ"これ"に気付いたリリーと似ていて、ちょっと面白い。

ちなみにそのリリーは監督生のなにかがあるとかで、朝早くから部屋を出た。(休みなのに!)
きっと今ごろリーマスと「お腹すいた」とか言ってるんだろうと思う。







「……なにその指輪」


「お母さんの結婚指輪。もらったの」


「え、あ……わ、悪い」







シリウスは慌てて謝る。
お父さんが誰に殺されたのか以外は、うちの事情はみんな知っているのだ。

気にしないで、とわたしが言ってもまだきまり悪そうで、
シリウスはカボチャジュースのピッチャーをちまちま傾けている。







「……1つだけなのか?」


「うん、お父さんの指輪は預けてきたから」







誰に?と聞きたそうな顔のシリウス。

未来のシリウスにだよ、なんて言ったら、彼はどういう反応をするんだろう?
わたしの頭がおかしくなったかと思って心配するんだろうか、
それとも冗談だと思って笑い飛ばされるんだろうか。







「信頼できる人に、ね。
 まあ、いまは事情があって地面に埋まってるけど」


「ぜんっぜん意味わかんねぇ。なんだよ埋まってるって」


「あ、埋まってるのは指輪ね。その人じゃないよ?」







シリウスは着いていけないというようにため息を吐いた。

これが何年か何十年かしたら『あっち』のシリウスになるんだと思うと、不思議な気分だ。
『あっち』の彼は言葉遣いも物腰も、今よりずっと大人っぽい。


だけど彼らは同一人物で。
そして1回、死を見ている。


休暇が終わって戻ってきた日の夜、『彼』は所在なさげにソファに座っていた。
どうしたのかと思えば、例の神様みたいなひと(?)に呼び出されていたらしい。
そこで何を話したのかは教えてくれなかった。
『彼』が空を飛べない理由とか言ってたけど、きっとそれはウソか、
もしくは本題じゃなかったんだろうとわたしは推測している。

だって『彼』は、わたしと目を合わせようとしなかった。
プレゼントの地図のことを話してても心ここにあらずで、
被害妄想っぽく言うなら、わたしが『目の前に居ることを認めたくない』みたいに見えた。


もし埋めてあるのがお父さんの指輪だって分かったら、『彼』はどう思うんだろう?
こんなに“重い”もの要らない、迷惑だ、って思うんだろうか?
わたしが逆の立場だったら、確かに困惑するかもしれない。

でも、あの指輪以外になかった。
わたしが『彼』へ感じている想いを分かりやすく伝えるのには、他のものじゃダメだった。


誰にも気付いてもらえないかもしれないけど、
でもわたしはあなたのことを分かってるよ。
大丈夫、あなたがここに居た証は、ちゃんとあるよ。

わたしに、死ぬことは乗り越えられるって教えてくれたから、
わたしはそれですごく勇気付けられたから、
だから“重い”かもしれないけど、感謝の気持ちを受け取ってくれるといいな。







「ところでね、
 ちょいと協力してもらいたいことがあるんだけど聞いてくれないかい?」







そんなことを考えていると、わたしの斜め前、
シリウスの正面に座っていたジェームズがわたしを呼んだ。

そっちを見ればジェームズの眼鏡は逆光状態で思わず笑いそうになったけど、
ここでもし笑ったらオートミールが零れてテーブルが地獄絵図になるのが目に見えているので、
わたしは頑張って笑いたいのを堪えようとした。

そしたら今度はわたしの体の中でオートミールが逆流しそうになり、
シリウスがさっと差し出してくれた水を飲み干すと、わたしは肋骨が重なり合うあたりを叩いた。
あ、危なかった、17歳になる前に死ぬところだった。そんな間抜けすぎる死に方いやだよ!







「な、なにジェームズ?
 言っとくけどスリザリン寮奇襲作戦なら聞かないからね。
 あとリリーの写真撮ってこいとかソックスを売ってくれとか言ったら眼鏡割る!」


「それはそれで非常に欲しいけど、今回は違う!」







シリウスが小声で「この変態」と呟くのが聞こえた。
うん、わたしもそう思う。







「だからつまり、あと1週間もすればリリーの誕生日じゃないか!
 僕は今年こそリリーに素敵な日をプレゼントしたいんだよ、だって成人の年だよ!」


「え……つまり身も心も『僕が大人にしてあげるよ』作戦?」


「女の子がそんなこと言っちゃダメ!」







わたしは「了解ですジェームズ隊長」と言う。
別に、冗談なんだからそんなに慌てなくてもいいのにな。
(というかジェームズが本気だったら、さすがにわたしマクゴナガル先生に通報する)







「なんて冗談はさておき、何をプレゼントするかは決まってるの?」


「まあね!時計にしようと思ってるんだ。ほら、彼女の両親はマグルだろう?
 だから成人の贈り物に時計をあげるってことを知らないと思うんだ。
 と言っても、親が子に贈るような高級なものをあげても彼女を困らせるだけだろうし、
 雑貨屋とか通販とかで買える程度のものにしようとは思っているんだけどね、
 まあつまりにリリーが好きそうなデザインのものを選んで欲しいというわけさ!」







ジェームズが身体をわたしの方へぐいっと乗り出させて言う。
クルクルに跳ねた髪の毛が間接的に窓を塞いで、眼鏡の逆光はおさまった。

意外とマトモなことを言った彼に感動したのはわたしだけじゃないと思う。
わたしの横や正面ではシリウスとピーターは口を半開きにしてジェームズを見ている。
え、じゃあこれ、シリウスたちにも内緒でひとりで考えてたってこと?







「あと普通に渡したんじゃつまらないとも思うんだけど何か良い案ないかい?
 マグルのドラマ風に、花の根元を時計で巻いて束ねて渡すとかどうだい!」


「ああまたそんなよく分からないこと……せっかく感動したのに…!」







ジェームズは「シチュエーションにこだわるのも大切だろう!」と胸を張った。
確かにそれも大切なことだろうし、ジェームズの主張は一理あるとは思う。
思うんだけど、なんでだろう、ろくなことにならない気がひしひしする。
ついでに、手伝ってあげたい気持ちと巻き込まれたくない気持ちもひしめき合っている。

時計を贈りたい気持ちは評価するとして、
そんな急に『面白いこと考えて!』なんてお願いされても困る。すっごく困る。
ジェームズはもしかして世界中の人が彼と同じくらいユーモアのセンスを持っているとでも思っているんだろうか?


シリウスが「普通にしとけって」と忠告するのを一蹴するジェームズを見て、わたしは溜息を吐いた。
しょうがない、こういうときは、奥の手というやつだ。






















+






















「――――っていうわけで、ちょっとでいいから未来を教えてもらえないかなーと、」







いつもの空き教室でひとりぼーっとしていた俺に、はそう言った。
はあ、と、間抜けな言葉を返すと、は「やっぱダメ?」と聞いてくる。
駄目というか何と言うか。いつものことだが、そんな記憶が見当たらない。



俺がの傍を離れてこの空き教室に来たのは、
』という人物についてもう一度思い出そうとしたからだった。

俺にとっての過去であるこの世界に、彼女は存在していないはずだった。
そんな女子生徒のことなんて何ひとつ覚えていなかったし、誰ひとり話題にしなかった。
なのに久々に戻ってきたこの時代にはが居る。

それでも、今この時点より先のことは何ひとつ分からないままなのだ。
1日が終わった夜中になると、偶にその日より過去の出来事についてだけふっと思い出すことがある。
まるで、俺の記憶というのは1日1ページ、全部で1冊のノートに記されていて、
そのノートの現在より前のページに、誰かが勝手に、について脚注を加えているかのように。

昨日まで知らなかったことが、気付いた瞬間には、『思い出』として知っていることになっている。
これまで気味が悪いと思っていたことなのだが、記録係との邂逅以降は、以前より恐ろしいと感じる。
その記憶の1ページ1ページが、綻んでいくの時間のように思えて、仕方が無いのだ。







「……やっぱダメ、だよね。カンニングしてるようなもんだしね」


「駄目っていうか――――ごめん……」


「いいのいいの!親友の誕生日なんだからズルしちゃ手抜きみたいで申し訳ないし!
 あの、じゃあ未来じゃなくていいから、いま何か面白いこと思いついたりしない?」







俺には、未来を教えて欲しいというの願いを叶えることは、砂時計が尽きたって不可能だ。
だから、が気遣うように話題を変えてくれたことに安心もするし、悔しくも思う。

パッと表情を切り替えて、は期待に満ちた顔で俺を見る。(すげえ罪悪感…!)







「まあ……下手に奇をてらうより直球勝負のほうが良いと思うけどな」


「やっぱりそう思う?『あっち』のシリウスもおんなじこと言ってたけど、
 間髪入れずに『つまらない男だなきみは!』ってジェームズに言われてちょっと怒ってた」







そりゃ怒りたくもなるだろう、過去の俺。







「………じゃあもう、アレでいいんじゃないか?“宝探し”。
 ホグワーツ中にプレゼント隠して、リリーに探させるとかな」







そう言うと、は少し興味深そうな顔をした。
もちろん俺がそんなことを思いついたのは、先日のからの『宝の地図』の影響だ。


校内のあちこちにプレゼントを隠して、スタンプラリーみたいにヒントを辿って行って、
最後は空き教室とかその辺に誘導して盛大にパーティーでもなんでもすればいい。
きっとリリーはジェームズ名義だけだとやる気を失くすだろうから、
適度にからのプレゼントを混ぜ込むタイミングが重要だ。

自分で言っておきながら、少し「これ結構いいんじゃないか」という気になってきた。
どうせならそのヒントも、リリーの対抗心をくすぐるような難しい問題にしてみるとか。
リリー以外の誰にも見えないようなインクで指示するとか。考えれば、色々出てきそうだ。







「あとは、そうだな。ジェームズは勿論だけども隠れてたほうがいいだろうな。
 いっそ全員でどっかの部屋に1日中篭城してみたらどうだ?必要の部屋なら食べ物とかも揃えられるし」


「そんな便利な部屋、どこにあるの?
 あ……でもリリーの動きを監視しとかなきゃ、準備が出来る前にゴールされても困るんじゃない?」


「まあその辺は『俺たち』に任せろって」







6年生のこの時期なら『地図』もほぼ出来上がってたはずだし、いざとなれば『マント』だってある。
少なくともこの案は、ジェームズが時計で束ねた花を持ってリリーの周りをうろちょろするよりマシだと思う。
もそう思うのか、「ほうほう」と頷きながら俺の言ったことを反芻しているようだった。







「採用してもらえるかどうかは分からないけど、提案してみようかな!
 他にもっとインパクトある企画があればそっちになっちゃうかもしれないけど……
 あんまり変なのだったらわたしが断固拒否するし、まあとにかく、頑張ってみる!」







「ありがとー」と手を振って、は空き教室を出て行く。これから作戦会議らしい。
一緒に来ればいいとか、そういうことを言わないでいてくれた心配りが、今はありがたい。

俺はここに居ていいのだろうか?
あんなに楽しそうなの“時間”を奪うことは、正しいのだろうか?
考えても考えても分からない。答があるとも思えない。


ただ、もしの“時間”が本当に綻んでいるのだとしたら、
がそれに気付かないまま、楽しい思い出を抱えたままで居て欲しいと思う。
俺のように、後悔まみれのまま終わってしまうのは、あまりに惨めだ。



宝探しで見つかる宝っていうのはきっと、物を見つけるまでに味わった色んな事の思い出なんだろう、なんて。
そんなクサイ台詞は、言えるわけがないから。


























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1月23日 宝探しの始まり

*必要の部屋に扱いについて(クリックで展開)