AWAKEN --
I.to cause to wake up
II.to realize,become aware of



























     オルフェウス   1-21.AWAKEN


























“宝探し”以来、リリーとジェームズがちょっと仲良くなった気がした。

たとえば朝食の席で、リリーの隣にジェームズが座っても怒られなくなったとか、
図書館でわたしと一緒にレポートをしてるときにジェームズが来ても怒らなくなったとか。

だから「怒らなくなったね」と言ってみると、
「ちょっと、まるで私がいつも怒ってばかりみたいじゃない!」
と、怒られてしまった。(リリー、言ったそばから怒ってる!)



リリーとジェームズは、付き合ったりするんだろうか?
なんてことを(リリーが居ないときに)メアリたちと話し合うのがわたしの最近の日常。

もし2人が付き合い始めたとしたら、まあ、お似合いだなぁと思う。
どっちも頭がバツグンに良くて、すらっとしたスタイルがカッコいい人気者。


「リリーをパートナーにできる人は幸せだよね」と言ったわたしを、アリスは、
「そこは『ジェームズを彼氏にできる人は』って言うんじゃないの、女の子なら」と言って呆れたように笑った。

わたしとしては『リリーをパートナーにできる人』でも間違いじゃないと思うけど、おかしいんだろうか?

ジェームズは確かにユーモアがあって、見られないほど酷い外見というわけじゃなくて、
基本的にみんなに優しい(スリザリン絡みのときはちょっとアレだけど)人で、友人として誇れると思っている。

でも、それはリリーについても言えることだし、
わたしにとって付き合いが長いのはリリーだから、いい所も悪い所も知っている。
リリーについてのことと比べたら、ジェームズについて知ってることは少ないんじゃないかな、と思う。


だから、自信を持って「素晴らしい人だよ」って言えるのはどっちか、
と聞かれたとしたら、わたしは少し悩んだあと、「僅差でリリーかな」と答えるだろう。



そういう意味で「リリーをパートナーにできる人」と言ったわけだから、
アリスの言うみたいに『女の子だから』一概に男の子を基準にしなきゃいけないほうが、わたしにはしっくり来ない。





そういう考えがおかしいのかおかしくないのか、違うのか違わないのか、
よく分からなくて移動の間に考えながら歩いていたら、ついにリリーに「何かあったの?」と聞かれてしまった。












「何かっていうか…リリーを彼女にできる人はいいよね、って話なんだけど」


「どうしてそんな話になるのよ…」







わたしは笑って誤魔化す。
アリスたちと話してた内容を言っては、リリーがまた嫌な顔をするのが分かっているからだ。

しかし、リリーにはお見通しらしくて、
「どうせ私とポッターについて邪推でもしてたんでしょう」と呆れられた。(よく分かっていらっしゃる!)







「私から見れば、を恋人に出来る男の方が幸せだと思うわ」


「うそっ、なんで?どのへんが?」


「美味しいお菓子を作れるし、優しいし、一緒に居て楽しいもの。
 まあ、あまり頼りにはならないけど、そこも愛嬌があっていいんじゃないかしら?」







リリーはそう言って、魔法薬学の教室のドアを開けた。
『あまり頼りにならない』の部分に反論したくても、
今から向かう教室では確実に役に立たないわたしだと分かっているので、出来なかった。


地下牢教室は、2月の厳しい寒さのせいでいつも以上に冷え切っている。


6年生になって、リーマスとピーターはこの授業を選択しなかった。
なので、ジェームズとシリウスとリリーなんていうグリフィンドールの秀才たちに囲まれ、
わたしが一番役に立たない生徒なのは言うまでもないのだった。

幸いなのは、スラグホーン先生がリリーをお気に入りで、
おまけとしてわたしもそれなりに贔屓してくれることだろう。
たとえば失敗して、貴重な薬品をダメにしてしまっても、苦笑いで済ませてくれたり。
贔屓してくれる事を『幸い』なんて言ったら怒られそうなので、口には出さないけれど。







「ねえ、あなた、前に『今は皆で居たい』って言っていたけど、
 それでもやっぱり一度くらい真剣に考えてみた方が良いと思うわ、ブラックのこと」


「え、な、なんで、そんな、」


「だって、彼はの事が好きなのよ?私、断言できるわ!
 だって薄々分かっているんでしょう?」







机の上に荷物を置いて、リリーは熱っぽく言った。
分かってるだろう、と言われても、いや、そんな、分かってるわけがない。(だってそれって自意識過剰じゃない?)

わたしがしどろもどろに否定していると、徐々に他の生徒が集まりだした。
さすがにこんな場で大っぴらに話せる話題じゃないので、リリーは小声でわたしの耳元に話しかける。







「メアリやアリスやあなたが私とポッターを勘繰るのと同じで、
 メアリやアリスや私はとブラックについて噂しているのよ、もうずっと前から」


「うそ!」


「嘘じゃ無いわ!私のことをとやかく言うなら、私だってをせっつくわよ」







そう言って笑うリリーの目は鋭くて、まさに獅子の女王のようだった。(でも美人。さすが!)
そのタイミングでスラグホーン先生が入ってきて、リリーは教科書を持って先生の方へ行ってしまった。
珍しく自分から近寄って来て質問するリリーに、先生は嬉しそうに対応している。







「よう、早いな、







さっきまでリリーが居た場所で、どさっと音がした。
リリーに向いてた視線を巡らせると、噂をすれは影と言うのかなんなのか、そこにはシリウスが居た。







「あ、うん…魔法史が早く終わって……え?どっち?」


「は?」


「ひとりごと!なんでもない!」







あなたは、『どっち』のシリウス?


と言いかけてしまって、慌てて口をつぐむ。
よく考えるまでもなく、教科書を掴んでいる彼は『こっち』のシリウスだった。

なぜなら『あっち』の彼はというと、
「魔法史なんか二度と受けたくない」と言って、授業が始まる前に離脱していたからだ。
『こっち』のシリウスも魔法史を嫌がって、OWLで優を取ったくせに履修はしていない。
『シリウス・ブラック』にとって、魔法史はいつになっても興味の範囲に無いらしい。







「えっと、ほら、あの、ジェームズは?」







あまりにもタイミングの良い(悪い?)登場をしたシリウスのせいで、言葉がもつれてしまった。
けれどシリウスは特に不審には思わなかったらしく、
人差し指をちょっと持ち上げて教壇の方を示すだけだった。


指、長いなあ。
思わず観察してしまうほどすらっとした指の示す先にはリリーと先生が居て、
それから少し離れた所には挙動不審なジェームズの姿がある。

ジェームズの様子がどういう具合に挙動不審かと言うと、
右手でメガネの位置をずらしたり直したりしながら、
汗を拭うためかひっきりなしに左手をローブに擦りつけ、
前のめりな姿勢で口を開けては閉め、閉めては開け、リリーの背中に向けられた視線だけが動かない。







「何あれ」


「エヴァンズとペアを組みたいんだと」


「そうなの?でも残念でした、リリーにはわたしが居るもんね」







わたしがそれを言い切るか切らないかの内に、リリーの質問は終わったみたいだった。
ジェームズはすかさずリリーに近寄り、何かを言う。
内容は聞き取れないけど、ふたりがちらっとわたしに視線を投げてくるのが分かった。
「もうとペアを組んでいるから」という話なんだろう、と思う。

ふたりの話はすぐに終わった。
ジェームズは教壇近くのテーブルに荷物を置き、リリーはこっちに戻ってくる。







「ごめんなさい、
 今日は私、ポッターとペアを組むことになりそうだわ」


「……え…えぇ!?」







なんで、何が起きたの!?
と、わたしはリリーに掴みかかる勢いで聞いた。
リリーは曖昧に笑って言葉を濁すと、「頑張ってね」と言い残し、荷物を持って離れて行った。







「ジェームズに……負けた…!」


「いやそこは『エヴァンズに捨てられた』って言うところじゃねーの?」







なんと言われようとも、わたしにとってさっきの出来事は『リリー争奪に負けた』ということだ。
だからわたしはシリウスを横目で睨むふりをして、それから肩に重たくのしかかるローブを脱いだ。
これから薬剤を調合するんだから、袖がもたつくのも作業効率に影響する。

間隔を広めに取ってジェームズの隣の席に着いたリリーを眺めていると、
『わたしの横に座っているのはシリウスだ』ということに突然気付いた。
そういえば彼は、まだリリーが移動する前からわたしの横に座っていたんだった。
まるでリリーがそのうち移動すると知っていたかのように、荷物まで広げて。







「…ねえ、もしかして、シリウスもグル?」


「あー…いや、グルっていうか……」







グルだったらしい。(嘘がヘタなんだから!)

そんなにリリーとペアを組みたかったなら、言ってくれれば良かったのに!
でもまあ、もういいけど。リリーの代わりにシリウスがちゃんと助けてくれるなら、問題は無い。







「さあ学生諸君、授業を始めるよ!ああ、テキストはまだ開かずに。
 今日のテーマは“アモルテンシア”!エヴァンズ、説明してごらん?」


「世界で一番強力な惚れ薬です。魅惑万能薬とも呼ばれます。
 その匂いは嗅ぐ人が一番好きなものになると言われていて、
 調合中に螺旋形の蒸気を発し、真珠色の光沢を呈するという特徴があります」


「やあ、いつもながら素晴らしい、完璧な解答だ!
 さて今日はそれを調合するわけだが、ポッター、決して隣の席の美女に使わないように!」


「おっと教授、そいつは後ろの席の色男に言ってやって下さいよ!」







ジェームズがからかうように言って、シリウスは「てめっ…!」と声を詰まらせた。
スラグホーン先生は陽気に笑ってすべてを流し、テキストを開くように指示をする。

ん?
さっきジェームズが仄めかした“美女”っていうのは、リリーなのかわたしなのか、どっちだろう。
わたしとリリーとどっちが美人かっていう問題なら即答でリリーなんだろうけど、
そのリリーいわくシリウスはわたしのことがす、すきらしいから、わたしなんだろうか。
(だめだやっぱりこれって自意識過剰なんじゃないの!)







「……あっ、まさか今日の夕食に…?」

「盛らねーよ!」







シリウスは慌ててわたしの危ない憶測を否定した。
本当は、そういうことする人じゃないって分かってるから、ちょっとからかっただけなんだけど。






















それからは特にジェームズの茶々が入ることもなく、授業は進んだ。

わたしはひたすら天秤で材料を量る担当で、細かい操作は全部シリウスがしてくれている。
だったら、せめて計量でくらい役に立たなきゃ申し訳ない。
わたしは指針の揺らぎを見極めようと、目を細めながら天秤を睨んでいた。







「――次、そっちの薬草、0.5オンス量っといて」


「ん、オッケ!……これでしょ?」


「違う!そうじゃなくてその左のローリエみたいな形のやつ!」







湯気の向こうで、シリウスがシャツの袖をまくりながら言う。
わたしは謝りながら、指示された正しいほうの薬草を掴んだ。

地下牢教室には各テーブルからの熱気が充満していて、暑いくらいだった。
天秤に分銅を乗せながら横目でシリウスを窺うと、彼も例外ではなくて、額にうっすら汗を滲ませている。


その横顔を眺めながら、きれいだな、と思った。
何がきれいって、顎のラインも鼻のラインも、シャープなんだけど骸骨すぎるわけでもなくて。
グレーの瞳に被さる睫毛とか、さっき思ったように長い指とか、トータルして『きれいな人』。

だからって性格が歪んでるというわけでもなく。どっちかと言えば『深く狭く』なタイプで。
頭もよくて、“ブラック”といえば名門中の名門で、もちろん女の子からの人気だって高くて。


こんなに良い条件ばっかり揃った人が、わたしを好きになる?(いやいやありえないでしょ!)







「……?」


「はいっ!?あ、ごめん!0.5オンスだったけ?」







不審がるシリウスの視線で、わたしは我に返った。
そうだ、わたし計量中だった!ついうっかり…見惚れて、しまったけれど。

わたしは手早く薬草を掴んでシリウスに渡す。
天秤の指針はまだ微妙に振れていたけど、許容範囲のうちだったから良いってことにした。
シリウスなら、分量の誤差でちょっとおかしくなってもなんとか出来る、よね。(そう信じてる!)







「調子悪いのか?さっきからなんか、ぼーっとしてるけど」


「ううん、そうじゃなくて!なんていうかその……考え事?
 成り行きペアだとはいえ、調合とか任せっぱなしのくせに、ほんっとごめん!」


「や、別にそれは……オレがとペア組みたいって思ったからで…」







「へ?」と思わず喉から変な声が出た。

シリウスはわたしから受け取った薬草を千切りながら、呟くように言った。
聞き間違い、じゃないんだろうか。え、いま、なに、なにって言った?


鍋の中身はほぼ完成に近くて、リリーが言ったような螺旋状の蒸気が出始めている。
シリウスは視線だけで、その液面とわたしを交互に見て、覚悟を決めたように小さく息を吐いた。







「だから、オレがジェームズのグルなんじゃなくて、
 ジェームズがオレのグルだったんだよ、とペアを組めるように」


「な、なんでまたそんな、」


「次のホグズミード、一緒に行こう、って言いたかったんだよ。
 調合なんてさっさと終わらせて、寮戻りながら……あーもう!」







急に、語尾が苛立ったような感じになって、わたしは少し肩を震わせた。
どうしよう、怒った?わたしが変なタイミングで変なこと言うから?
というよりも、『ホグズミードに行こう』ってことは、あの、あれ?ふたり、で?


頭の中が大混乱しているわたしを置いて、シリウスは手早く調合を進めていた。
ひとりで材料を量って、ひとりで鍋を混ぜて、ひとりで必要な呪文を唱えていく。
その手際があまりも良すぎて、わたしは何も出来ずにただ立ち尽くしていることしか出来なかった。

鍋の中の、真珠みたいな光沢のある“アモルテンシア”から、出来上がりの合図である匂いが漂っている。
紅茶の匂いと、小麦粉がオーブンで焼けるときの匂いと、クィディッチのグローブの匂いがした。
それらはとても良い匂いで、うっかりすると飲んでしまいそうになる。


シリウスはそれを提出用のクリスタルの瓶に入れて、
それからわたしをちらっと見て、スラグホーン先生のところへ足早に向かって行った。
シリウスはどんな匂いを感じたんだろう。寮の部屋の匂い、とか、かな。(すごい物が色々ありそうだし)







「――合格だった。片付けたら帰っていいってさ」







提出に行っていたシリウスはすぐに戻ってきた。
わたしはようやく現実に引き戻されて、「ありがとう」とお礼を言う。
この様子だと、それなりに高得点が貰えそうだ。

残っているアモルテンシアを「エバネスコ」で消失させて、鍋を軽くすすぐ。
片付けをするわたしをシリウスが見ているのが分かった。視線が、まるで刺さるみたいに感じる。
これはやっぱり、「一緒に行こう」の返事待ち、って、こと。だよ、ね?







「あの、えっと、…一緒にって、みんなで一緒ってこと?」







少しわざとらしかったかもしれない。
だけど「二人で一緒にってこと?」と聞くのは、くどいようだけど自意識過剰みたいで嫌だったのだ。
もし「そんなわけないだろ」って返されたりしたら、惨めにも程がある。

シリウスは少し間をおいて、「いいや」と言った。







「だからその…二人で、って意味。
 別に、用事あるとか、が行きたくないなら無理する必要とかねぇし、」


「そ、そんなことない!…から、」







わたしはシリウスのセリフを遮って、言う。
だけど『わたしで良いなら』って続けるつもりだった言葉は、中々出てこなかった。
まるで大きくなりすぎた心臓が、気管を押し潰して一体化しながら鼓動しているみたいだ。

言えたことは、伝えようとしたことに比べて僅かだったけれど、シリウスには伝わったらしかった。
天秤を分解しながらわたしの言葉を聞いていた彼は、急に笑顔になって、「そっか」と言った。







「じゃあ、来週な」


「ん、来週。来週ね、オッケー。じゃあ、その、…先に戻ってるから!」







離れた場所で、リリーが驚いた顔をしているのが見えた。
だけどそれには構わずに、わたしは荷物を掴んで教室の出口へ向かう。
シリウスは半分笑顔・半分驚いた顔で、さっぱり片付けられたテーブルの縁に凭れ掛かっている。




どうしよう どうしよう どうしよう!
これって本当に、デートのお誘いっていうやつ?本当に?ほんとうに!?
それじゃあわたし、どうすればいいの?なに着ていけばいい?なに喋ればいい!?












「―――――、授業終わったのか?」


「っぎゃ!」







地下牢教室の重たい扉を開けて、廊下に飛び出すと、真横から声がした。
思わず奇声を上げながら声のしたほうを見ると、そこにもなぜかシリウスの姿。
あれ?なんで?さっきまで教室に居たのに?ああ違う、そうだ、これは『あっち』のシリウス?







「う、その……えっと……ごめん!」







『あっち』のシリウスが「?」と驚いた声を発するのさえ、わたしを混乱させていく。
耐えられなくなって、わたしは廊下を駆け出した。呆然とする『あっち』の彼を置いたまま、全力で。



“きれいな”顔も、“きれいな”声も、全部同じ。
『あっち』のシリウスも、かつてはわたしのことをすきだったんだろう、か?



ああどうしよう、どうしよう、ほんとに、ほんとうに、どうしよう!
だって、だって来週末、次のホグズミードの日って、バレンタインデーだよね!?


























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2月上旬 気付いたことは?