AXIS --
I.a straight line on which points are marked
II.a straight line around which an object turns



























     オルフェウス   1-23.AXIS


























俺が何をしたっていうんだ。

と、頭を抱えたくなった俺を責める奴はいないだろう。
たとえそれが『記録係』のような、人智を超越した存在であっても。



先日の魔法薬学の後、の態度が急変した。
その直前には魔法史の授業があったが、ビンズの授業なんて二度と受けたくなかった
(つまり“死んでも”ごめんだった)俺は、とはしばしの別行動を選んだ。

その時、つまりと離れる直前までは普通だったはずだ。
何事もなく「行ってらっしゃい」と送り出された。何も違和感はなかった。
確かにリリーに気づかれないよう、ぎこちない動作にはなっていたが。


それが魔法史、魔法薬学と空白の時間を経た後には、顔を合わせただけで悲鳴を上げて逃げ出す始末だ。


俺が何かしただろうか?それとも『あっち』の俺の不始末か?
(仮にそうだとしたら何と迷惑な男だろう、“オレ”ってやつは!)


の嫌がることは極力しないようにしてきたが、
しかしこのまま避けられていては俺の将来に関わる。
なにせ『記録係』の言うには、“2ヶ月くらい憑いていろ”なのだ。
さもなくば俺はせっかくの“やりなおし”のチャンスを無駄にしてしまう。



なるべくを刺激せずに状況を把握するにはどうするべきか。
一番簡単な答えは、『コレ』だ。



















「シリウスの恋を応援しつつ邪魔する会、第一回定例会議の開催を宣言する!」


「これ、そんな名前ついてたんだ」







拳を握って力説するジェームズに、リーマスのヒヤリとした合いの手が入る。

男子寮の一室、そこはかつて俺が7年間を過ごした根城だ。
『あっち』の自分はどこで何をしているのやら、
(ふざけた名前の)会議の参加者はいつもの4人から俺を抜いた顔触れだった。







「当然だろうリーマスくん!
 あいつにばっかり幸せな思いをさせてなるものか!羨ましい!」


「あ、本音そこなんだ…」


「だって!
 だって僕はまだリリーにファーストネームで呼ぶのを黙認されただけなんだぞ!」


「うん同レベルってことだね」







ジェームズたちは銘々好き勝手に床に座り、ハニーデュークス製と思われる菓子を食べている。
俺はそこから少し離れて、かつての自分のベッドに腰掛けた。

俺が『あちら側』で生きていたころ、
こんな風に3人だけで何かを企てている光景なんて、見たことが無かった。

それはによって不明瞭になっている部分の俺の記憶のことだけではなく、
しっかりとした記憶のある中でさえ見たことが無かったという意味だ。
きちんと自分の身体を持っていた以上、物理的に不可能だというのは当然なのだが、
そうではなく、当時であっても、俺を除いた3人だけで何かを進めるという事態そのものを考えていなかった。
だからだろうか、今まで以上に疎外感のようなものを感じる。



世界は、“俺”が居ないところでも、容赦なく動くのだ。
ガリレオ・ガリレイはやはり正しかった。『それでも地球は動く』のだから。







「で、応援しつつ邪魔するって、具体的にどういうこと?」


「デート中のシリウスの視界に絶えず存在してやるのさ」


「わぁ、さすが、シリウスが嫌がりそうな地味な攻撃だね」


「何を言うんだいリーマス!僕はただあのバカ犬が
 うっかりを暗がりに連れ込んだりしないように見張っておきたいだけさ!」







しゃあしゃあと言い放つジェームズ、苦笑いの残り2人。
俺の頭はまるで冷水を浴びせられたかのように一気に凍てついた。


あ?おいちょっと待てジェームズお前いまなんつった?


俺の耳が正常に機能しているのなら、あのメガネ男はいま、
“オレ”とがデートをする、というような意味のことを言ったはずだ。

一体いつの間にそこまで発展していたんだ、当時の俺。
襟首を掴んで揺さぶって問い質したい衝動に襲われながら、俺はジェームズたちの会議の進捗を見守る。







「奴らのデートコースは既にリサーチ済みだ。
 というかホグズミードでデートしようと思えばパターンが限られる」


「へえ、そう?」


「相手があのだから、まずはゾンコだろうね。
 そこで面白グッズでも楽しんで彼女の機嫌を良くしてからカフェにでも入るんだろう。
 ああ、もしかしたらマグル式にハニーデュークスでチョコレートを貢ぐかもしれないな」


「なるほど、マグルの間では素晴らしい慣習があるんだね」


「アジアのごく一部、限られた地域でね。
 ……ちょっとリーマス…そんなに輝いた目で僕を見ないでくれよ!あげないよ!」


「ケチな男はもてないよ、ジェームズ」







リーマスは晴れやかな顔で言う。


どうにも、妙な気分だった。(いつもより一層、という意味で)
どうやら本当に『あちら』の俺はとデートの約束をするまでこぎつけたらしい。
だが今の俺にそんな記憶は無い。いつものごとく『過去のことしか分からない』のだ。

俺は確かにのことが好きだった。
よく笑ってよく喋ってよく食べて、それで少し抜けてる彼女のことが本当に好きだった。
だから、週末に二人でホグズミードに出かける機会なんていうのは死ぬほど嬉しいに違いない。

それなのに憶えていないことがもどかしい。
俺の知らない『今』を生きている自分が、羨ましい。


そのまま『あちら』の俺とがうまくいけばいいのに、と思う。
だがその反面、そうなることを回避したいと思っている自分もいる。

もしうまくいって、そのせいで彼女が俺のことに構わなくなったら?
そうなれば俺はどうなる。未来は。ジェームズたちは。ハリーは。


それだけじゃない。
俺はどうしても、10月の時のように、昔の自分に対抗心を覚えてしまうのだ。

お前はこれから起こることを知ってるか?の未来を知ってるか?
お前に、呑気に生きてるお前なんかに、皆を救えるっていうのか?

それは突き詰めれば、俺が俺に向けている言葉だ。
自分で自分を批難して、自分に嫉妬して、俺は一体何なのだろう。



浅く息を吐いた。

みっともない。分かっている。
だがそれでも、俺はこの茶番を続けなければならないんだ。



そうこうしている内に『あちら』の俺が扉を開けて入って来た。
円座で密談をしているジェームズたちを視界に入れると、少し不満そうに顔を顰める。







「なんだよお前ら、オレ抜きで楽しそうにしやがって」


「ふーんそういうこと言うんだ、へぇー。
 これはねえ、リーマスくん、容赦なくやっちゃいますかねえ」


「そうだねえ」


「何の話だよ感じわりぃな」







俺の分身ともいうべき奴は、自分の領域である天蓋ベッドに向かって歩いてくる。
ジェームズはニヤリと笑ったまま「へぇ」「ほう」「ふーん」と言い続けている。

俺は腰掛けていたベッドから離れ、この場を離れることにした。







「ところで君は今までどこに行っていたんだい?」


「ああ、なんかエヴァンズがな、週末のことで話があるとかって…」


「なななななんだいそれは!羨ましい!
 こうなったら…もう…いっそ…本当に容赦しないんだからな!」


「だから何の話だよ」







なんというかまあ、頑張れ、俺。



















+



















「おかえり、リリー。どこか行ってたの?図書館?」







女子寮の私たちの部屋に戻ると開口一番にがそう尋ねてきたので、
私は「まあね」と濁した返答をしながら自分のベッドの上に荷物を置いた。

横を見ればとメアリはアリスのベッドの上で顔を寄せ合って座っていて、
どうやら何か良からぬものでも見ているみたいだった。
別に、寮の部屋の中なんだから、もう少し堂々と見てればいいのに。







「それ、なに?」


「あのね、フランク!
 フランクがアリスにラブレター書いてきたからみんなで添削してたの」


「……貴女たち、最低だわ…」







悪代官のように「いひひ」と笑うメアリ。
「ただのバレンタインカードよ」と照れ笑いをするアリス。
はカードをじっくり眺めていて、たまに裏、表、とひっくり返している。

私もアリスのベッドに腰掛けて、の手元を覗き込んだ。
薄いイエローのカードにワインレッドのインク、
文面は「I'm waiting for you at Wonderland,Alice」。







「フランクって意外とキザだったのね…知らなかったわ」


「ね、ホントに。“不思議の国にて、アリス、君を待つ”だって!
 これがさ、白いバラ一輪と一緒に届いたの。ホグズミードのお誘いに」







がそう言って窓際を指で示すので振り返ってみれば、
ガラス製の一輪挿しに白いバラが飾られていた。それがフランクの贈ってきたバラらしい。

“アリス”に、“白いバラ”。

バレンタイン当日は赤いペンキでも持って来いという意味かしら?
思わずそう呟くと、はニヤッと笑ってカードをひっくり返した。
「追伸:ドレスコードは赤い服」と書かれた文字に、はぁ、と乾いた笑いが漏れる。







「何と言うか……ごちそうさま、アリス」


「リリーまで、やめてよ」







アリスは照れ笑いのまま言う。
そこで不意に、「うらやましい」と何度も繰り返していたメアリが顔を上げた。







「ねえ、シリウスは?
 カードとかバラとかドレスコードとか!なにか連絡ないの?」


「なっ…え、べ、べつに何も無いし!
 そもそもべつにアリスとフランクみたいな関係じゃないし!」







途端に顔を赤くして、は逃げるようにアリスのベッドから離れようとする。
でもそれは、私とメアリが許さない。

がしっと腕を掴まれたは体勢を崩し、
「はなしてー!」と悲鳴を上げながら私たちの方へ倒れこんでくる。
アリスだけは呆れた顔でその光景を見ていたけれど、止める気は無さそうだった。







「なんで逃げるのよう、
 どうせそのうちアリスとフランクのレベルなんかサラッと超えて、
 アマンダとヒッグスみたいに所構わずキスするようになっちゃうくせに!」


「ない!ないから!絶対ならないから!!」


「えぇー…でも、シリウスは思ってるかもよ?
 日が暮れて、デートの最後、“”って名前を呼ばれて顔を上げると――」


「やめてぇぇ!もうやめてぇぇ!」







ブラックの真似をしているらしいメアリは、 調子に乗っての頬にキスをしようと顔を近付ける。
は「たすけてぇー!」と泣きそうなほど赤い顔で逃げ回っていた。

救いを求め、アリスの方に伸ばされたの手を握り、よしよしと私は頭の天辺を撫でる。
酔っ払った中年のようにに迫っていたメアリを軽く牽制し、「大丈夫よ」と声を掛けると、
は返事をすることなく、ただ私の身体にしがみついて少しだけ鼻を鳴らすのだった。







「あのね、大丈夫よ。
 ブラックはそんなことしないから。というか、させないから」







なにせ、図書館からの帰り道、たまたま見つけたブラックに約束させたもの。
が嫌がることをしない」「節度ある学生らしいデートを心がけます」って。
もちろんには、内緒だけれど。


少し安心したように肩を落とすに、「だからね」と私は言葉を続けた。







「まずはとりあえずファッションショーから始めましょう?
 わたし、にはボルドーが似合うと思うわ。アリスはどう思う?」


「無難に、白かな。でも白だと雪と同化しちゃうかも」


「え、待って、」


「はいはーい!あたしはね、色とかより可愛いニット帽がいいと思うよ」







再び逃げ出そうとするを捕まえたのは、今度は私とメアリとアリスの腕だった。


























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2月上旬 魔法の国にて君を待つ

* アリス = アリス・プルウェット。後のフランク・ロングボトム夫人。
 メアリ = メアリ・マクドナルド。7巻で名前だけ出てきた。