PROMISE --
I.a commitment,a pledge
II.to commit to something,to pledge,to indicate success in the future



























     オルフェウス   1-24.PROMISE


























そしてバレンタインデー当日。

朝っぱらからニヤニヤと纏わりつくジェームズたちの鬱陶しい視線から逃げてきたせいで、
オレは待ち合わせの時間よりもかなり早く到着してしまった。およそ30分前だ。
さすがにがもう来ているわけもなく、足元の雪を踏み固めながら待つ。


しばらくすると、見覚えのある顔たちがぽつぽつとオレの視界に現れ始めたことで
大半の生徒たちが城から向かって来る時間になったことに気付いた。
ということは、もそろそろ来るはずだ。

ハッフルパフの名物バカップル・アマンダ&ヒッグスが過度に密着しながら通り過ぎて行く。
腹立たしいような、いくらかは羨ましいような気分になりながらそれを見送ると、
ざくりざくりと雪から足を引き抜きつつやって来るの姿が見えた。










「あ、おは……え?わたし5分前には着くように、あれ?」






オレが声を掛けると、は急に慌てた様子で腕時計を覗き込んだ。
深めに被ったニット帽の、その天辺についているボンボンが反動でゆらゆらと振れた。
「いや、オレが勝手に早く来てただけだから」と言うと、は納得したような、安心したような顔で笑う。


あ、やばい。なんかこれ、すっげー嬉しいぞ!


誤魔化すようにして「行くか」と促せば、は無言で小さく頷いた。
そして、歩き出したオレの斜め一歩後ろを、ゆっくり着いてくる。
横に並んでくれりゃ良いのに、とオレは少し残念に思った。(だってその方が手だって繋ぎやすいし)







「……どこ、行くとか、決めてる?」


「あー…大雑把になら。あんまり細かくは考えてねぇけど。
 とりあえずさ、ゾンコにでも行かねえ?花火の補充もしたいし」







カタコトで喋るにそうやって返事をすると、
は驚いた顔で足を止め、「え、ゾンコ?」と言った。

オレも足を止めて振り返り、「ああ」と言う。
まずは、ガチガチに緊張しているらしいに、普段通りの態度に戻ってもらいたいのだ。
その為なら、デートコースにしてはイレギュラーな店をルートに入れることだって厭わない。
なにせ6年越しの悲願達成だ。慎重に、慎重に事を進めていかなければならない。



驚いた表情で何度かパチパチと瞬きをしていただったが(ああくそ、かわいいな!)、
オレの狙い通りに緊張はほぐれたらしく、数秒後、不意に笑い出した。







「そっか、ゾンコかぁ。うん。なんか久し振りかも!」


「だろ?新商品も出てるだろうし、行ってみようぜ」







「うん!」と元気よくが返事をして、オレたちは今度こそ並んで歩き出した。

何がおかしいのか、は歩きながらも未だに笑っている。
オレも、そんながおかしくて、悟られない程度に笑っていた。
傍から見れば、さぞや不思議な二人連れに映ることだろう。(だがそんなことは気にもならない!)






















ゾンコの店に到着してから、そこらのパブに通いつめている中年オヤジのようなノリで
「とりあえず、いつもの」と注文をした。もちろん“いつもの花火をくれ”という意味だ。


『取り扱い注意』の棚から店主が渡してくれるその花火を受け取り、店内をざっと見渡した。
見れば、は新商品の『鼻に喰い付くティーカップ』を眺めてニヤニヤしている。
一体誰に仕掛けるつもりなんだ、と思ったが、まあ、たぶん、ジェームズだろう。







「……それ、どうするつもりなんだ?」


「え?どうするって勿論ジェームズに試すしかないんじゃない?
 こっちのさ、“しゃっくり飴”を溶かして入れて、『ハチミツレモンだよ』って言って渡せば、」


「ジェームズの鼻にはカップがぶら下って、おまけにしゃっくりも止まらなくなるだろうな」


「最高!」







文字にすれば「うひゃひゃ」とでも表現されそうな笑い声を上げつつ、
はそのティーカップの値札をじっと眺める。あまり高いものではないようだ。

もしかして、買うつもりなんだろうか?
今日はバレンタインデーということもあって、何かにプレゼントしたいと俺は考えているし、
出来ればが本当に欲しいと思うものを贈りたいとは思っていた。が!


それは流石にあんまりだという思いがひしひしと湧き上がって来る。
別にこの場は「買ってやるよ」という言葉を飲み込めばいいだけの話だが、それでは妙に悔しい。
だから一刻も早く、に他の物へ目を向けさせなければならない。







「な、なあ、あっちにも何か面白そうなものが―――」


「おぉっと!やめてくれよ、リーマス。
 このティーカップは鼻に喰い付くのが趣味らしいじゃないか!」


「あれ、そうなのかい?気付かなかったよ、ごめんね」


「いやいやキミ明らかに商品名見てからオススメしてきたけどね!
 まあそういうことにしておくよ。ほらピーター、後ろが詰まってるよ、端に寄って」







しかし、に掛けようとしていた言葉は途中で遮られてしまった。
遮ったバカ野郎はいやにでかい声で、いやにくるくるした黒髪で、いやにメガネを光らせていた。


おいちょっと待て。お前、いやお前ら、







「なっ…何してんだジェームズリーマスピーター!!
 おま、おまえらなに!?なんでココいんの!?嫌がらせ!?なあ嫌がらせ!?」


「はぁああああ?これだからオボッチャマは困るんだよねぇ。
 何故この店に居るか、って、僕らにだって休日をホグズミードで過ごす権利はあるんだよ」


「そうじゃなくて――」







そういう事じゃなくて、なんでわざわざこのタイミングで入ってくるんだよ!
とオレは言いたいわけだが、何日か前のジェームズの言葉を思い出したせいで中途半端に途切れてしまった。



――『こうなったら…もう…いっそ…本当に容赦しないんだからな!』




あれは、そうか、こういう意味だったのか!なんてウザい奴らだ!
しかもどうせ、オレがエヴァンズと話をしたのが気に喰わないとかいう理由のくせに!







「……行こうぜ、


「え、もう?ジェームズたち…」


「ほっとけ!頼むから!」







こうなったあいつらを止めるのは不可能だ。つまり逃げるしか無い。
オレはの肩を押して、店主にガリオン金貨を投げ渡しながら店の外へ出る。
背景に聞こえるジェームズとリーマスのわざとらしい「それじゃあ、また!」という声が、ひどく耳についた。



















+



















ゾンコの店を出てから、シリウスは何度も何度も背後を振り返っては
「あいつら着いてきてねーだろうな」と苦々しげに呟いた。
わたしも一緒になって振り返ってみると、『あっち』の彼が数メートル離れたところに見える。
『彼』はシリウスが振り向いて警戒する度に、ぎくりと肩を震わせていた。


なんだかすごく、不思議な気分。
わたしのすぐ横にはホグワーツで一番人気のあるシリウスが歩いていて、
実はわたしの少し後ろにも“同一人物”が同行しているのだ。

これは本当にデートなんだろうか?なんて、考えてしまう。
メアリの意見が採用されたおかげで被らされたニット帽の位置を少し直して、気付かれないように息を吐く。
雪の上に踊り出てくる白い吐息は、すぐ下の色と同化してしまって、あまりよく見えなかった。







「……寒いな。大丈夫か、?」


「う、うん。平気。帽子もあるし!」







わたしの横を歩くシリウスが、わたしの顔を覗きこんで言う。(な、なんか、心臓に悪い!)
本当は手袋に包まれている指先さえも凍えそうだったけど、何とか笑顔を作って返事をした。
きっと、ぎこちない表情になってるんだろう。寒さのせいだ、って、シリウスが思ってくれれば良いけれど。







「でもやっぱ寒いし、どっか座れるとこ入ろうぜ。
 三本の箒は混んでるだろうし、別の店…あそこなんてどうだ?」


「え、でも、」







シリウスは足を止めて、前方斜め左にあるカフェを指差した。
ホグワーツの生徒がうっかり入れば、メニューを見ただけでさよならしたくなりそうな雰囲気に見えた。

わたしは「高そうだから別のところにしよう」と言おうとしたけど、
シリウスはひとりでスタスタとそのカフェの方に歩いて行ってしまう。
そうか、きっとシリウスの金銭感覚だったら許容範囲なんだろうな…なんて、少し虚しくなったりする。



店の前に置かれたイーゼルにはブラックボードが乗せられていて、
そこにはカラフルなチョークでメニューが書かれていた。

予想していたほど高い相場ではなさそうだったけど、それでもやっぱり、少し怯んでしまう。
わたしはシリウスのコートの端を掴んで、視線で『店を替えよう』と訴えた。
(ちなみにコートはすごく良い手触りだった。あれがカシミアってやつなんだろうか)







「ケーキセットだって。好きそうじゃん」


「いや、うん。好きだけど、でもやっぱり別の…」


「ここならジェームズたちも入って来ないだろうし。
 あ、オレが払うからは値段なんか気にしなくていいし、な?」







“ジェームズ”という単語に、わたしはまた周囲を見回した。
そういえばジェームズは何であんなに良いタイミングで現れたんだろう?
せっかく喰いつくティーカップで驚かせようと思ったのに。(開心術でも掛けられたのかも)

なんて、そんなことを考えている内にシリウスは店内に入ってしまっていた。
慌てて追いかけると「2名様ですね、こちらへどうぞ」と言われ、逃げられなくなってしまった。
笑顔のお姉さん(カフェの店員だけあってすごく可愛い)が少し恨めしくなる。



日当たりの良い、窓際の席に案内されて、わたしはまず帽子を取った。
それからコートを脱いで、座ろうとしたら、シリウスはタイミングを見計らったようにイスを押してくれる。
多少どもりながら「ありがとう」と言うと、彼は口の端だけでちょっと笑って、でも何も言わなかった。


ああもう、ダメだ、わたしの心臓、今日ここで使い物にならなくなるかもしれない…!


どうしてこんなに、キザな動作でも嫌味が無いんだろう。
思わず熱くなった顔に、かじかんだ手を押し付けて冷ましていると、
シリウスはその間に「ケーキセットひとつとエスプレッソひとつ」と、注文を済ませていた。







「え、シリウスは食べないの?」


「ああ、まあ…一口くれりゃそれで良いさ」







「そっか」と返事をしてから、わたしはハッと気付いた。
やらない。やらないからね、『はいアーン』なんてやらないからね!

今日はなんだか、わたしの顔は赤くなったり青くなったり、忙しい。
自分でも分かるくらいだから、きっとシリウスから見れば一目瞭然なんだろう。
伏せていた視線を恐る恐る上げると、テーブルに頬杖をついたシリウスの目はわたしを見ていた。


ああもう、恥ずかしい。帰りたい。助けてリリー。また顔が赤くなってきた!







「な、なに?わたしの顔、なにか付いてる?
 あっもしかして髪の毛?帽子取ったからグシャグシャ?」


「……いや、そうじゃなくて。
 今日、化粧してるんだなーと思って」


「し、してないよ!!」







ウソだ。本当はアリスにしてもらった。(というか、された)
ごく薄く、普段と何も変わらないくらいのお化粧だから、きっと誰も気付かないだろうと思ってた。のに。

シリウスは「ふーん」と言って意地悪っぽく笑った。
わたしのウソなんかお見通しに違いない。
どうして反射的に否定してしまったのか、そこは自分でも分からないけど。



ケーキはすぐに運ばれてきた。
わたしはフォークで少し切り分けてから、シリウスのティースプーンにそれを乗せた。
『はいアーン』なんてやらない。か、間接キスだってしない!

エスプレッソを掻き混ぜることが出来なくなったシリウスが「あっ!」と言って批難がましくわたしを見る。
その視線から逃げるように窓の外を見ると、店の外でひとり佇む『彼』に気付いてしまった。




わたし、何してるんだろう。
協力するって約束したのに、『彼』に気付けるのはわたしだけなのに、『彼』をひとりにさせて。




『彼』は『彼』の人生を歩んできて、その結果、ここに居る。
それはわたしとは全く関係の無いことだ。それは分かっている。

だけどわたしには、『彼』も、いま目の前に居る彼も、同じにしか見えないのだ。

わたしは何をしているんだろう。
こんな風に平和惚けしてないで、もっと他に、するべきことがあるんじゃないだろうか。

ついそんな風に考えてしまって、けれどすぐに考え直した。
ダメだ、そんな考えじゃどっちの“シリウス”のことも否定してしまう。
『あっち』のシリウスは、いまわたしの目の前に居るシリウスとは、同じだけど違う人なんだ。









「―――げっ…あいつら追いついてきやがった」






思考に沈んでいたわたしは、そのシリウスの声で我に返った。
「あいつら?」と尋ねると「ジェームズとリーマスとピーター」と答えが返ってくる。
シリウスの指が示す通りの方向を見れば、確かにそこには特徴的な3つの人影。







「……ていうか、それで窓の外見てたんじゃないのか?」


「え、いや、まあそんな感じ」







不思議そうにわたしを見てくる視線をかわし、再び目を外に向けた。
どうも、ジェームズたちは腕一杯にハニーデュークスの袋を抱えているらしい。
ピーターなんて、それで上半身がほぼ隠れているんじゃないかというくらいだ。


なんだか危なっかしいな、転ぶんじゃないかな。
と、そう思っていると、ピーターは雪に足を取られて予想通りにひっくり返ってしまった。

当然、あたりには大量のお菓子が散乱する。







「あーもう、何やってんだよアイツ!」







シリウスは眉間に皺を寄せて、ハラハラしたような表情でピーターを見ていた。
口では「ノロマ」なんて言いつつも、結局いつもシリウスはピーターに手を貸している。

それはジェームズもリーマスも同じだった。
はずなのだが、今はなぜか、ふたりともニヤニヤ笑いながらピーターを見下ろすだけだった。







「ああ!大丈夫かいピーター!せめて僕らの腕が空っぽだったらなあ!
 でもこの雪じゃあ、荷物を置いただけでびしょ濡れになってしまいそうだしなあ!」


「ああ、せめて優雅にコーヒーでも飲んでる優しい男が居てくれたらなあ」


「そうだなあ!このままでは確実にピーターが凍死してしまうだろうなあ!
 僕らの代わりに、ピーターを助けてくれる人は居ないだろうか、そこのカフェあたりに!」







シリウスは深く溜息を吐いて、ジェームズたちを睨んだ。
それから、諦めたようにコートを掴んで立ち上がる。







「……ちょっと行って来る」


「じゃあわたしも、」


「いいって。はそれ食いながら待っててくれ」






「でも!」と続けようとするわたしの言葉を遮り、シリウスは苦笑して言う。







「いいから気にすんなって。その代わり……なんて言うと反則かもしれねぇけど、
 でも、またオレと一緒にこの店に来てくれたら、オレはそれでいい。それじゃダメか?」


「だっ……だめ、じゃ、ないけど……」


「次のホグズミードでも、来年の今日でも?」







来年の今日、つまり、バレンタインデー。

その日、わたしはどうなっているんだろう?
イースターは、今年だけ特別遅いというはずもなく、あと少し先の未来に控えている。


来年。次のホグズミード。
どうなっているのかなんて分からないけど、でも、シリウスと一緒にまたここに来れたら、嬉しいと思う。
それは単に『逃げ延びることができたから』というだけじゃなくて、
今日のこのデートが、人生で一番と言ってもいいほど、とても楽しかったから。







「………うん、次のホグズミードも。来年も」







明るい笑顔で「じゃあ約束な」と言い、シリウスはお店を出た。
窓ガラス越しに、なんだか言い争いをしているジェームズたちとシリウスを眺めつつ、わたしはケーキを口に運ぶ。



約束。
忘れないでいよう。


























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2月14日 指きりげんまん、嘘ついたら、