チャーリー・ウィーズリーがその人生において最も重要な選択のひとつとも言うことのできる 「職業」についての選択を迫られたとき、彼はおいでおいでと手招きしてくる数多のクィディ ッチ・チームからのお誘いを何の未練もなくすっぱりと断ち切って今の職業を「選択」 したのかと言えば、そこに完全なる「イエス」という回答は存在しなかった。 彼は今の職業とクィディッチという職業とを天秤にかけ、クィディッチの方に傾きつつある心 や周りの意見やなんやかんやをえいやっと封じ込め、ドラゴンを追いかけることを「選択」した のである。 もちろん彼は大いに悩んだ。ルーマニアという地に赴くことが決定した後でさえ、いやむしろ 決定した後からと表現する方が適切であるといえるくらいに、自分の「選択」についての善悪 というか合否というかそういうことについてうんうん唸りながら卒業という時を迎えた。 彼の母親や弟たちはこぞって彼にもったいないもったいないと言ったが、父親とただひとりの 兄だけは別だった。ただし、父親と兄とでは彼のその「選択」を評価する理由が少し違った。 父親は、自他共に認めるマグル好き、つまり世間一般の尺度をもって測るならば変人の枠に入 れられる種類の人間であったので、息子が「普通ではない選択」をしたことについて、母親や 他の息子たちと同じようにもったいないと思う気持ちが多少あったにしろ、どちらかと言えば 誇らしく、あるいは諦めた気持ちで背中を押してくれたのだ。 大家族に生まれた彼にとってただひとりの兄は、彼がドラゴンを追いかけることを「選択」し たと母親から愚痴っぽく聞かされたときに、口先では弟たちと意見を合わせながらも、その端正 な顔に意地の悪い魔女のようなにんまりとした笑みを浮かべ、弟がそちらを選んだのは当然で あって、自分には最初からそうなるであろうことが解っていた、と言わんばかりに彼を見た。 彼は兄のその表情にとてつもないほどの羞恥心や敗北感を覚え、慌ててそっぽを向いた。なぜ ならば兄は彼の「選択」がひとりの女性に影響されたものだということを知っていたからだ。 ・というその女性と彼が初めて出会ったのは何処であろう、他でもない我らが 学び舎、ホグワーツだった。彼女は彼の兄であるビル・ウィーズリーと同じ学年、同じ寮に所 属していて、一言で表すのならば彼の「先輩」にあたる人物であり、同時に「兄の彼女」とい うどう接すればいいものやら判断に困る肩書きを持った人物であった。 そしてまた彼女の性格を一言で現すのならば「豪気」というそれ以外の何も当て嵌まらないよ うな人物なのであった。彼女の笑うという動作は腹を抱えてワハハと言い放つことであり、人 の背中をまず最初にバシリと叩くことこそが彼女の中での挨拶のマナーであり、食べるときに は肉も魚も野菜も好き嫌いせずにがっつりと食べることがモットーなのであった。 そんな彼女が如何にしてチャーリー・ウィーズリーの進行方向を"狂わせた"のかというと、彼 女自身が彼と同じ「選択」を迫られたときの出来事が原因というか彼の中に大きな衝撃を与え たという寸法なのである。 その日は、こんな会話から始まった。 「チャーリー坊や、こっちにおいで」 彼が談話室に入ったとき、・と彼の兄は仲良く並んで暖炉の前のソファを陣取 っているところであった。彼女は彼を「チャーリー坊や」と呼んだ。やめてくれと何度言って も、彼のお願いは「次から気をつけるね」という言葉と共に彼女の記憶のどこかに埋もれてし まうのだった。 こっちにおいでと言われ、チャーリーは渋々その言葉に従った。なぜ兄が・を パートナーに選んだのか、いまだに釈然としない思いが彼の内にあった。ビル・ウィーズリー はいつだって"良い子"だったし、いつだって良い兄貴だった。 そして実際、兄がこれまでに選んできた女の子は、長続きした例がないのはひとまず置いてお くとして、可愛らしくてちょっと大人びていて品行方正なタイプばかりだった。それがどうし たことだろう、兄がガラリと趣向を変えて、かねてから親交のあった・にお付き合いの申し込みをしたのはその 日から遡ることおよそ半年前になる。 「坊やっていうの、やめてくれませんか、"先輩"」 彼が嫌味を込めて『先輩』を強調して反論すると、彼女は「あたしまた言っちゃった!」と声 を上げた。彼女には決して悪気はないのだということは彼も十分にわかっていた。ただし、理 解と納得がいつも同居してくれるとは限らない。ビル・ウィーズリーはそんな彼女を見て面白 そうに笑うと、弟に自分たちの近くのソファに座るように勧めた。 それで何の用だ、と彼が聞けば、兄も彼女も顔を見合わせて、特に用はないんだけど、と言っ た。それが3人の会話の標準的な始まりだった。 「そうだ!今日はねぇ、ミネルバと面談があったんだけどねぇ!」 こほん、と咳払いすると、ビル・ウィーズリーと・は同じソファに座りながら 互いに向き合うように体の方向を変えた。 「、まずあなたが将来についてどのような考えを持っているかを聞かせてください」 「はい先生、わたしは、貿易商になりたいと思っています。 なぜならば、貿易商というのは、世界中を巡り、様々な人と触れ合い、 自分の見聞を広めることが出来るすばらしい職業だと思うからです」 兄がマクゴナガルの声色を真似て、面談の再現が始まった。 「あなたのその意見には、わたくしも同意見だと申しましょう、。 しかし貿易商といえど、役割は様々です。仕入れをしたいのですか? それとも商談をまとめあげたいのですか?」 「先生、わたしは全てを自分でこなせるような立派な商人になりたいんです。 自分で納得のいく商品ばかりを世界中から集め、これぞ運命の品、と呼んでくれる、 そんなお客さまのために働きたいんです。それがわたしの夢なんです」 「わかりました。あまり例のない選択ですが、あなたがそこまで言うのならば わたくしたち教師は全力でサポートしましょう。 、既にいくつか目星はつけているのですか?」 ・はマクゴナガル役のビルにまるで優等生のような笑顔を向けつつ、はい先 生もちろんです、と言った。 「第一志望は東インド会社です」 「ぶっ」 チャーリー・ウィーズリーは、自分の肉体のために呼吸という動作を通して取り入れておいた 折角の酸素を、彼女のぶっ飛んだ回答を聞いてしまったがために噴き出してしまった。 な、すごいだろ?と彼の兄はマクゴナガルの演技を終了して言った。すごいというかここまで 来たらそれはバカと呼ぶんだ、とは彼には言えなかった。 「ミネルバにすっっごい溜息で呆れられちゃった! でね、でね、実はミネルバにも内緒の続きがあるのよぅ、チャーリー坊や」 「はぁ、そうですか」 「聞きたいっしょ?ね?ね?」 聞きたいです聞きたいです、と彼は言った。 「貿易商とは仮の姿!その実体とは、空を翔ける海賊! 七つの海なんてもう古い!世界はひとつ!つまりは空! パイレーツ・オブ・ザ・スカイ!」 びしりと人差し指をチャーリーの額に向けて、・は鼻高々と言った調子で 彼を見た。ビルは既に笑いのツボを刺激されたらしく、腹を抱えて肩を震わせていた。 「それで、船の名前だったら『スカイハイ号』っていう候補があるんだけどね」 「……………そうですか………」 「でも『クラウドシュガー号』とどっちがいいかなぁと思って」 彼は自分の体からやる気に相当するものが全て流れ出ていくのを感じた。好きにしてくれ、と 一瞬本気で思ったが、クラウドシュガーとかいうメルヘンな名前は流石に厳しいのではないか と思い直した。 「だけどビルってば『ニュー・イカロス号』が良いって言うんだよ!ひどくない?」 「いや、なら"それいただき!"って喜ぶかと思って」 「ほらまた!ひどくない?」 ねっ?と同意を求められ、チャーリーはソウデスネと応えた。 「大丈夫、が降ってきたら俺が受け止めてやるから」という兄の声が聞こえたが、もは やそれにツッコミをいれるだけの気力さえ彼には残っていなかった。何せ厳しい練習を終えた あとだったのだ。今年のクィディッチ杯は、何としてもモノにしたい。 彼の思考は、いま彼の目の前で発展しつつある、頭のネジが数本外れているとしか思えない会話 から飛び立ち、来月に控えているレイブンクロー戦の戦略という境地へ到達しかけていた。 「部下はいっぱい居るんだけど、スカイハイ号にクルーとして乗船できるのは精鋭だけなの。 あ!でもビルとチャーリーは乗せてあげるからね!船長権限!」 「じゃあ俺は、ゴブリン師団の師団長ってところかな?マイキャプテン」 「それいただき!じゃぁチャーリーは、ドラゴン師団の師団長ね!」 「――――は?」 ワハハという馴染み深い彼女の笑い声で現実に引っ張り戻されたチャーリーは、どうやって進 化を遂げたのか理解のできない結論に目を白黒させた。 「だからぁ、ビルがゴブリンのリーダーで、チャーリーがドラゴンのリーダーなのよ。 で、あたしが、キャプテン・スカイハイ。どうよどうよ?無敵って感じじゃない? サハラの砂漠を駆け抜けて、アンデスの山頂に舞い降りる!空の覇者、スカイハイ!」 よっキャプテン世界一!と兄が言うのが彼の耳に届いた。ああもう着いていけないなと彼は思 った。 思ったはずだった。 それがどうだろう、いざ彼が「選択」を迫られたとき、彼の脳裏にぽんっと浮かびあがったの はあの日の彼女の声だった。曰く、彼がドラゴンで編成された師団の指導者として、空の海賊 の双翼の一角を成すのだと。 マクゴナガルと向かい合いながら、彼はドラゴンたちを率いる自分の姿を想像した。戦を前に したドラゴンたちは恐らく荒ぶっているだろうから、彼は耐火性のある鎧を纏わなければなら ない。その鎧はきっと、キャプテン・スカイハイから直々に賜ったお宝のひとつに違いないの だ。熱砂に埋もれ、気の遠くなるほどの時を経た炎の鎧。それはきっと、纏う者に勇気と加護 とを与えるのだろう。 彼はドラゴンの背に跨り、戦士たちを導くのだ。宝の島へ。敵の城へ。 そうして彼は「選択」をした。 彼の「選択」を善悪で判断するならその答は『悪』なのかもしれないし、合否で判断するのな らば結果は『否』であるのかもしれないし、他のどの基準を持ってきて判断しようとしても、 結局はネガティブな結果しか出ないのかもしれない。 ただ確実に言えるのは、彼が心からドラゴンたちを愛していることと、キャプテンからの招集 がかかれば、彼は兄と共に、キャプテンの指揮の元で前線に立つのだろうということだった。 もしもキャプテン・・が、ルーマニアまで飛ばされてしまった彼のことを、まだ 忠実な仲間だと信頼してくれているのならば。 |