右に曲がり、急降下し、左に曲がり、右に曲がり、急降下し、急降下し、右に曲がり、…
一体何回目の急降下かわたしの判断がつかなくなった頃、トロッコはようやく止まった。

小鬼がわたしの鍵を使って、なにやら操作をする。
すると、目の前にある厚い石の扉が開く。



「…すごい…」



金庫(というかもはや『部屋』だけれど)の中にはヒザの高さくらいにまで、金貨が積まれている。
でも全部が金貨なわけではなくて、中には銀貨や、銅貨のきらめきも混ざっている。
とてもキレイな光景なのでゆっくり眺めたいけれど、ハリーを待たせているので急がなくちゃいけない。

そういえばお財布を持っていないので、ポケットに入れて不自然じゃないくらいだけの金貨を手に取る。



「よろしいですか?」



小鬼がそう言うので、はい構いませんとわたしは答える。
トロッコはまた急降下、急降下、右折、左折…を始める。

魔法界の乗り物って、ぜんぶこうなの?
今朝はジェットコースター・ナイト・バスに乗ったばっかりだっていうのに!















  シーン6:センス・オブ・ワンダー 2











「……おまたせ…ハリー」



見るからに疲れきった様子で、はハリーに声をかけた。
『夜の騎士バス』は一般道路だったせいで恐怖もひとしおだったようで、
トロッコ自体はにそこまでの恐怖を与えるものではなかった。
しかしそれはそれ。往復し終えたころにはの体から『元気』というものは残らず退散してしまったようだった。



「あー…お疲れさま」

「……ありえない……魔法って…こうなの?」



そんなことないよ、とハリーは答える。
でもスピードだけで見れば箒も大差ないよ、とも思うけれど、さすがに口には出さない。



「休憩しようよ。アイスクリームでもどう?」



は目を輝かせてハリーを見る。
アイスクリーム屋までジェットコースターではありませんように、と祈りながら。















「おいしい!」



2人はフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスの席に腰掛けた。
メニューを見るなりは各種のナッツとチョコレートのサンデーに心を奪われ、注文した。

主人のフォーテスキューが意味ありげににやりと笑ってハリーを見るので、
ハリーは眉をひそめて主人のおっせかいな誤解を正す。



「バスといいトロッコといいあんな感じだったから、
 アイスクリーム屋さんまでジェットコースターだったらどうしようかと思ってたの!」



アイスクリーム屋がジェットコースターだったらサンデーが崩れるだろうと思いながら、
ハリーは『バス』という言葉にひっかかるものを感じる。



「バスって?」

「『夜の騎士バス』!」



スプーンでナッツを豪快に掬いながらが答える。



「もうね、ほんとにすごかったの!
 運転手は前を見て運転しないし、車掌は普通に運転手に話しかけるし、
 すごい音で、すごい揺れるの!すごすぎてわたし、舌噛んだくらい。
 一緒に乗ってたお婆さんなんか顔が真っ青でね――」

「…うん。僕も乗ったから、よくわかる」

「そうなの?いつ?」



自分がバスに乗ることになった経緯(ダーズリー!)を思い返すと腹が立ってきそうなので、
昨日だよ、とハリーは素っ気なく答える。



「昨日…」



(昨日も『漏れ鍋』。今日も『漏れ鍋』――)
(昨日は誰が『漏れ鍋』に行ったか知ってるか、お嬢ちゃん?)

(アリー・ポッターさ!いやいやネビルだったかな)



「大臣のお迎えつきハリー・ポッター!あれ、ネビルだっけ?」



は唐突に車掌の言葉を思い出した。
言ってもいないことをに言い当てられ、ハリーは目を丸くしている。



「どうして知ってるんだ?」

「車掌さんが言ってた。昨日はアリーがバスに乗ったんだって。
 わたしすっかり忘れてた。たぶん、ジェットコースター・ショックのせいね」



ニキビ顔のスタン・シャンパイクの顔がハリーの脳裏に浮かび上がる。
なるほど、それでネビルのことまで知っているのか。



「ねえ、でもバスに乗ったくらいでどうして『ハリーが乗った』って言いふらされるの?
 もしかしてわたしも今ごろ車掌さんに『が乗った』って言われてるのかな?」



ハリーは再び目を丸くする。
しかも今度はスプーンを運ぶ途中だったので、口まで開いている。



「……そっか。、僕のこと知らないんだ」

「え?ハリーって有名人なの?
 ごめんなさい、わたしかなり失礼だった?」



が申し訳ない、という顔をした。
ハリーはそれこそ『大臣のお迎えつき』な自分の待遇のせいで肩身の狭い思いをしていたので、
『有名人だったの?』と聞かれることに対して無礼どころかありがとうとさえ言いたくなった。



の家族に魔法使いは居ないの?」

「あー…ママが魔法使いなんだけど、昨日まで教えてくれなかったの。
 だからわたし何も知らなくて…ごめんね」

「謝ることじゃないよ!」



スプーンに乗せたままだったサンデーを口に運んで、
ハリーは自分が有名になってしまった経緯を説明し始めた。



『生き残った男の子』―――――………















「――だから今でも知らない人に声をかけられたりするし、
 ひどいときなんか『額を拝ませてくれ』って言われたりするんだ。正直、うんざりしてる」



ハリーは苦笑いして、肩をすくめた。
彼が話している間、は適当なところで相槌を打つ他には声を出さず、真剣に聞いていた。
おかげでハリーのサンデーものサンデーも、夏の日差しを浴びてだらしなく溶けかけている。



「そっかあ……大変だったんだ…」



はスプーンの先をチョコレートの泉に突っ込んで、溺れているナッツを救う。
うんまあそれなりに、と答えながら、ハリーもスプーンでアイスクリームを崩す。



「じゃあ、わたしの番ね」



は静かに、語り始めた。



「―わたしね、パパが居ないの。
 死んじゃったわけでもなくて、離婚したわけでもなくて、はじめっから居ないの。
 どうしてかというと、ママが言うには、候補がいっぱい居るから、なんだって。
 ママにはすごく仲のよかった友達がいたんだけど、みんな死んでしまって…
 残ってしまったママはもう何も考えたくなくなって、毎晩違う男の人と居たらしいの。
 友達が死んでしまってから3ヶ月くらい、昼は仕事して、夜はそんな感じだったから、
 ついに事故だったか何だったかで、倒れて入院したらしいの。
 傷の手当てを受けるだけのつもりが、医者には妊娠してるって言われて。
 そんな生活してたら子供まで殺してしまうって、怒られたんだって」



ハリーは何も言わない―言えない。



「だからママは、夜にふらふらするのをやめた。
 わたしを産んで、ちゃんと生きてくことにしたんだって。
 あのままだったら死んでただろうって、今でも酔っ払う度に思い出すらしいよ。
 だから、うちにはパパがいないの。あんまり気にしてないんだけどね。
 パパが居たらどんなだろうって思うときはあるけど…
 ママも、わたしも、そんなことはどうでもいいって思ってる。
 だからわたしも、気の毒がられることに正直、うんざりしてる」



は面食らっているハリーににっこりと笑いかける。



「重さは違うけど、そこはハリーと一緒だね」



そうだね、とハリーはやっとのことで答える。

そうだね。気の毒がられるのなんてうんざりだよね。
そうだね。サンデー、溶けちゃったね。







パーラーを出ると、が購入しなければいけない物のリストを持っていなかったので、
2人は新学期のための買い物ではなく、適当に目に留まった物を物色することにした。

羽ペンの店――(ハリー!クジャクの羽の羽ペンがある!)
箒の店――――(ファイアボルトだ!)
洋服店――――(学校って制服?へえ、ローブなんだ!)


ダイアゴン横丁を足早に一周するだけで、日は傾いていた。
2人はそろそろ『漏れ鍋』に戻ろうという結論に達し、人ごみをかきわける。
は金貨を存分に使って奇妙なお菓子を購入していたので、ハリーと山分けにしながら食べ歩く。

魔法の町は、とても楽しい。
魔法の学校は、もっと楽しいだろうか?






『漏れ鍋』の店内に戻ると、お母様がお戻りですよ、とトムが声をかけてきた。
とハリーは互いに「また明日」と言って手を振り、
ハリーは夕食を頼むためにトムの方へ、は部屋へ戻るために階段へと足を向けた。



に報告したいことがたくさんあった。

ダイアゴン横丁の人の多さのこと。
小鬼のこと。
トロッコのこと。
美味しいアイスクリームを食べたこと。


ねえママ、わたし友達ができたよ!
















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