部屋に戻ると、ママはベッドの縁に座って本を読んでいた。
何の本?と聞くと、とっても難しい魔法薬学の本、という答が返ってきた。
「あげないわよ」
「要らないもん」
だってわたしが欲しいのは、杖に、ローブに、大鍋に、羽ペンに、箒に、一年生用の教科書なんだから!
シーン7:カドゥケウスの伝令 1
が初めてダイアゴン横丁で魔法の世界に触れた日の夕食は、
の提案によってロンドンの中心部にあるレストランで摂られることになった。
はちょっと高級なフレンチよりもダイアゴン横丁で食べ歩きたかったのだが、
はそれを良しとはしなかった。できるだけ人目に触れたくないらしい。
休業宣言したばっかりの女優がレストランに居るほうが十分目立つのに、とは思った。
「―それでね、サンデー食べて、横丁をぐるっとまわって、戻ってきたの」
「楽しかった?」
「すっごく!でも、あれはダメ……ゴブリンのトロッコ・コースター」
ゴブリンのトロッコ?とは首をかしげる。
「グリ…何とか銀行のやつ」
「ああ、グリンゴッツね。どうして?あのトロッコ楽しいのに」
ありえない!はフォークにクレソンを突き刺したままを見る。
「ママの三半規管って、おかしいんじゃない?バスでもしらっとしてたし」
「何回も乗れば慣れるわよ」
「乗りたくない!」
はワイングラスを傾ける。
「でもトロッコに乗らなきゃ買い物できないわよ?手持ちのお金無いし。
あ、ポンドを窓口で換金してもらうなんて勿体無いことはしないからね」
「それのどこがもったいないの?」
「別の金庫にまだガリオン金貨の山があるのよ」
「うそ!」
は嘘じゃないもの、と言ってボトルをもう1本注文する。
「昔は給料よかったなあ…」
はふうと溜息をつく。
は仕方が無いのでサラダを頬張り、何とかして抗議の声が出てくるのに蓋をすることにした。
*
翌日。
そういうわけで再びトロッコに乗る運命となったことをに告げられ、ハリーは苦笑するしかなかった。
は椅子の背もたれをお腹のほうにして座ると、アゴをそのてっぺんに乗せる。
「ひどいよね、うちのママ…あれの何が楽しいんだか…」
「うーん…僕はトロッコはけっこう楽しいと思ったけど…」
「ハリーまで…!」
はがばりと両手で顔を包んで、大げさに泣き真似をする。
「…って、僕の親友の兄さんたちに似てるときがあるよ」
「そうなの?」
「ウン。なんか…なんとなくだけど。
彼ら、双子でさ…そっくりで見分けがつかないんだ。
だからしょっちゅう入れ替わって皆を騙してる…
が双子だったら、たぶんそうやって笑ってそうだなって思ったんだ」
あ、べつに悪い意味とかじゃないよ、とハリーは言い添える。
自分が双子だったら…?
そりゃあ授業さぼったり、入れ替わったりするだろう…と、は思う。
「…当たってるかも」
たぶん、母の影響だな、とは検討をつける。
ハリーは、ははっと笑って再びレポートに取り掛かる。
も手伝いたいのだが、入学してもいない未熟者なので役には立てそうもない。
「これって、何のレポート?」
「魔法薬学…すっごく嫌味な先生なんだ…毎回ひどい課題ばっかりでさ…」
ハリーは頭を掻いて何冊もの本を見比べる。
魔法薬学?
は昨日のが読んでいた本にピン!と来て立ち上がる。
「いいもの持ってくる!」
は大急ぎで2階へ駆け上がる。
そんなの後姿を見送り、やっぱり双子みたいだ、とハリーは思う。
だとしたらフレッドか、ジョージか、どっちだろう?
ロンたち―ウィーズリー一家―はまだエジプトにいるんだろうか?
をみんなに会わせたら、楽しいだろうな。
が手にとってくるものにあまり期待をしないで、ハリーはひとり微笑んだ。
*
「ママ!あの本貸して……って、あれ?」
勢いよく2階に宛がわれている部屋のドアを開けたものの、そこにの姿はなかった。
きょろきょろと見まわしても物陰に隠れている雰囲気ではなく、完全に無人であった。
ふと見れば、の占領したベッドの上に見慣れないものがある―というか、居る。
がそれに近づいてみると、それは小形のフクロウだった。
足に封筒をくくりつけ、のほうを見て何かを訴えている。
訴えられている当のは、フクロウがなぜこんなところにいるのかが理解できず、ただそれを眺めている。
「……そうだ。本…本……」
触らぬ神に祟りなし、と決め込んで再びきょろきょろし出したに、
フクロウはベッドから飛んで、抗議の意味を込めてかの頭を羽で打とうとする。
「ちょ、ちょっと、やめてよ!いた、いた…痛くは、ないけど…」
ホゥ、と鳴いて、フクロウは再びのベッドに舞い戻る。
ちくしょう、やめてって言ったらやめるのに結局そこに戻るなんて。とは思うが、
どうもフクロウは先程とは違って、クチバシで布団をつついている。
「ああ!穴開いちゃう…やめて、やめて!」
慌ててがフクロウを押さえ込もうとすると、
シーツだと思っていたところに白い紙が置かれていた。
がそれを手に取ると、紙の下からまさに探していた本と、メモ帳のようなものが出てきた。
「『へ』」
は紙に書かれている文字を読みはじめた―――
へ
「休業は9月から」とレニーがうるさいので、
今月いっぱいはちょこちょこ事務所に行く羽目になりそうです。
新学期までにホグワーツで打ち合わせとか、準備があるのに……
だからの新学期の買い物も一緒に行けなくなりそうです。ごめんね!
グリンゴッツの小切手を作っておいたので、使ってください。
(がトロッコ乗りたくないっていうから…我ながら優しい母ね)
暇だったらこの本でも読んで勉強してください。
これが理解できたら4年生くらいにはなれるわよ!なんてね。
ホグワーツの先生から借りたので、くれぐれも汚さないように!
追伸:小切手を使えるのは『・アンドロニカス』さんだけよ。
「……小切手?」
メモ帳のようなものを拾い上げて開いてみれば、たしかに一般的に『小切手』と呼ばれる形をしていた。
サインの欄があり、金額の欄がある。
紙そのものはうっすらと「G」を象ったような文字が掘り込まれており、
指の腹でなぞるとかすかに起伏を感じ取ることができる。
(これって「グリンゴッツ」の「G」?それとも「ガリオン」の「G」?)
まあいい。
トロッコに乗らずに済む。
はホグワーツの先生から借りたらしい本の上に小切手帳を乗せ、ドアに向かおうとする。
が、その気配を察したフクロウは、どうやら残されるのが不満らしく、再びの頭を打とうと飛び上がる。
「も、ちょっと、やめてよ…!」
足に結ばれている手紙がの髪をくしゃくしゃにしていく。
仕方がない。ハリーになんとかしてもらおう。
は本と小切手帳を持ち、頭上にフクロウを従えたまま階段を下りることにした。
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