「……きみって本当におもしろいね…!」
ハリーは階段から下りてきたわたしを見るなり噴き出して笑った。
失礼な、女の子を見て笑うだなんて。と思ったけれど、言えない。
だって、本を取りに階段を上って下りたらフクロウがくっついてる、だなんて。
どう考えてもおもしろい(というか、おかしい?)に決まってるじゃない!
シーン8:カドゥケウスの伝令 2
「何なのこのフクロウ、わたしに何の恨みがあるの、もう!」
「落ち着いて、…僕が何とかするから…」
ハリーは相変わらず羽での頭を叩き続けるフクロウを両手で捕まえた。
灰色のもこもこしたそのフクロウは大人しくハリーに掴まれている。
明らかな態度の違いに羽を抜き取ってやりたい衝動に駆られるが、そんなことはしない。(レディだもの!)
「あー…手紙だ。宛じゃないのかな?
ホグワーツからだ!」
「え?入学許可証なら持ってるけど…」
ハリーが封筒をに渡し、はそれを開封した。
・アンドロニカス殿
母君がご多忙との報せを受けました。
つきましては9月1日に『漏れ鍋』からキングズ・クロス駅まで
貴女を護衛する者を派遣することとなりましたので、
支度を整え、その者と同行するよう申し上げます。
決して1人で駅に向かわないようお願い致します。
ホグワーツ魔法魔術学校副校長
ミネルバ・マクゴナガル
「護衛ってそんな…大げさだよね」
「でも、しょうがないんじゃないかな…ほら、脱獄犯の…」
「シリウス・ブラック?」
そうそう、とハリーが相槌を打った。
横を見れば『漏れ鍋』の壁にもシリウス・ブラックの手配書が貼ってある。
「あーあ…ハリーと行きたかったのに!」
はホグワーツからの手紙を折り畳み、テーブルに投げた。
咎めるようにフクロウが一度鳴いたが、ハリーが手を離すとさっさと窓の外へ出て行ってしまった。
はフクロウに勝ち逃げされた気分になった。
「それで、。いいものって?」
「あっ、忘れるところだった。じゃーん!とっても難しい魔法薬学の本!」
はの本をハリーの目の前に突き出した。
「―って言っても、ママが言うには『これがわかれば4年生になれる』だから、
ハリーの難しそうなレポートには役立たないかもしれないんだけど……」
ハリーはから本を受け取り、目次を開いてみた。
本は痺れ薬から始まり、幸運薬までのあらゆる薬を取り扱っているようだった。
その中にレポートの対象である薬品の名前を発見し、ハリーはそのページを開く。
「…どう?ハリー。役に立つかな?」
「役に立つどころか…すごいよ!これだけで論文が書けそうだ!」
そのページには、まさに彼の意地悪な薬学教授が出題した問題の解答が直球で載っていた。
しかも解答だけではなく、もっと改良すべき点や注意書きなども載っていて、
ハリーにはこの本がまさに救世主のように見えた。
「これどこで手に入れたんだい?」
「さあ…ママが借りてきたの」
「きみのママにお礼を言っておいてよ!」
これがあればスネイプをぎゃふんと言わせられると息巻くハリーに、
そんなに凄い本をどうして借りれたんだろう、とは疑問に思った。
もしかして無理やり取ってきちゃったのかもしれない、と思い至るまでに時間はかからない。
ハリーがレポートをひと段落させた頃には正午になっていた。
とハリーはダイアゴン横丁で昼食を摂ることをトムに告げ、店の裏手にまわる。
ハリーがレンガを杖で叩くのを見て、は自分には杖がないことが物足りなくなった。
「ハリー、お昼ご飯のあとに杖のお店に連れて行ってくれない?」
「うん、オッケー」
2人はダイアゴン横丁へ踏み出した。
*
「杖だったらオリバンダーさんの店がいいよ」
昼食を終えたあと、ハリーはを案内しながら言った。
「そうなんだ」
「うん。…って、ハグリットが言ってたのを真似しただけだけど。
その人にぴったり合う杖を絶対見つけてくれるんだ。
ただ、見つかるまでオリバンダーさんが諦めないから、運が悪ければ3日くらいかかるんだって」
「3日もかかるくらい杖があるの?」
ハリーは2年前に自分が杖を購入したときのことをに話して聞かせた。
創業は紀元前で、店の8割は杖の箱で埋まってて――
杖を振るだけでその人との相性がわかって――
合う杖のときは、自分でもそうだってわかったり――
昨日初めて会ったばかりなのに、ハリーはとずっと友達だったような感じがした。
ハリーが身振り手振りで火花が迸ったときを再現すると、は目を輝かせてハリーの話を聞いた。
杖が暴れてオリバンダーさんがふっ飛んだ話をすると、はけたけたと笑った。
ハリーにはそれがとても嬉しかった。
「あ――ここだよ!」
2人はオリバンダーの店の前に着いた。
ハリーの話した通りの古めかしさに、は思わずおお、と声を上げる。
「すごい!古い!ここでわたしの杖が待ってるのね…」
「うん―たぶんね」
2人は店のドアを開けた――ベルがチリン、と鳴る。
「あの…すいません。杖を買いにきたんですけど」
照明の高さにまで杖が積まれていて、店内は薄暗い。
話に聞いていただが、想像以上に不気味な店内に、少し恐怖を感じる。
静かにすり寄ってきたに2年間の自分を感じて、大丈夫だよとハリーはに笑いかけた。
「さて―杖をお求めと申されたのはお嬢さんですか」
そこで突然、店主のオリバンダーが2人の前に現れた。
はひい、と声をあげる。
「す、すいません…びっくりして……はい、わたしです」
「ふむ……」
オリバンダーが合図をすると、巻尺や定規が一斉に目掛けて飛んできた。
はその迫力のあまり逃げようとするが、ハリーに掴まれ、動けなかった。
「、大丈夫だから」
「…おや、ポッターさん。杖の調子はどうですかな?」
「あ、いいです。すごく。ありがとうございます」
はウエストに絡まる巻尺が気持ち悪くて身を捩っている。
「お嬢さんの杖腕はどちらで?」
「つ、つえうで?」
「利き腕だよ」
ハリーが居なかったらパニックで死んでたかも、と思いつつ右です、とは答える。
オリバンダーは何やら数字をやたらに羊皮紙に書き込んでいる。
巻尺で窒息死することを警戒しているを見て、ハリーは笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。
「…顔が引き攣ってるよ…」
「わ、笑わないでよ…!」
はハリーを睨みつけたが、巻尺人間になっていては迫力はなかった。
「さん、とおっしゃいましたかな?」
ふ、とオリバンダーが羊皮紙から顔をあげ、を覗き込む。
そうですけど、と答えつつ、思わずは仰け反る。
しばらくの間の顔をじっくり観察し、うむむと唸ってオリバンダーは言った。
「…お母様にそっくりですな…いえ、言わずともわかっておりますとも。
この店で杖を買っていただいた方たちのことはひとり残らず覚えております。
お嬢さんは、ほんとうにお母様によく似ておられる…」
オリバンダーは少し遠い目をして語る。
「お母様が杖を買いに来られたときも、お嬢さんのように緊張しておられましたな…
同行されていたご友人が面白おかしく怖がらせていたことを老いぼれはよく覚えておりますとも」
「そ、そうなんですか…知りませんでした…」
ようやくオリバンダーが覗き込むのを止め、はめいっぱい反らせた背中を元に戻す。
途中でごき、と音がしたが、もこの店で杖を買ったと聞き、今では恐怖感も少し和らいだ。
何しろ、一緒にいた友達にからかわれるくらいだったと聞いてしまったのだから、
次にとゆっくり話をするときにはこのことを持ち出しても笑ってやらなければならない。
(ただしオリバンダーが誰か別の人と勘違いしていない、としてだが)
「さて、この杖から始めましょう」
オリバンダーはに一本の杖を手渡した。
ついに、杖を振ることができる。
の中で好奇心が完全に恐怖を凌いだ。
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