先頭車両まで着くころには車内のあちこちに人の姿があった。
ヒキガエルと抱えた男の子(ハリーと同い年ぐらいかな?)
カメラを首からぶら下げた男の子(わたしと同じくらい?)
やたら大声でクィディッチの話をする男の子

先頭車両のドアを開けると、イエローのネクタイをしたハンサムな男の子いた。



「きみは1年生?」



わたしはこくりと頷く。



「ここは監督生と首席の車両なんだ、ごめんね」

「えっ?そうなんですか?ごめんなさい!」



いいよいいよ、と言って彼はわたしを笑顔で送り返してくれた。
ハリーにもっとよく聞いとけばよかったな。恥ずかしい!


わたしは慌ててひとつ前の車両に飛び込んだ。











  シーン14:むこうがわ











それにしてもハンサムだった、と思いながらは足を止めた。
灰色の瞳がまっすぐに、射るように輝いていた。
きっと、女の子に人気があるんだろう、と思った。



「あら??」

「ジニー」



の目の前に居たのは、赤毛でそばかすのジニー・ウィーズリーだった。
よりも1つ学年は上だが、背丈はあまり変わらない。



「聞いてよ、ロンったら私にどっか行けって言うの!」



ジニーは兄の言葉に腹を立てているようだった。
はふんふんと頷きながらジニーのまくしたてる文句を聞いた。
いわく、いつも邪魔者扱いだの。
昨日も置いていかれただの。
果ては箒に乗るときの姿勢の悪さまで並べ始めた。

ジニー、とは控え目に声をかけた。
通り過ぎる生徒がちらちらと自分たちを見ているのが気になったのだ。



「どこかコンパートメント入ろ?座って話そうよ」



そうね、とジニーが言い、2人は並んで歩きだした。







汽車がゆっくりと動き始めたころ、2人はフレッドとジョージのコンパートメントを見つけた。
他のボックスにはもう席がなかったので、ジニーは迷うことなくそこへ入っていく。



「おう、ジニー」

「どした、そんな膨れっ面して?」



トランクを兄2人に渡して荷物棚に上げてもらいながら、ジニーはロンの文句を言い始めた。
聞いているのかいないのか、双子は適当な相槌を打ちながらお互いに目配せをしている。



「―だからイヤなのよロンって!このあいだも―」

「あー、妹よ。つまりロニー坊やをちょっくら懲らしめたいわけだな?」



別にそういうわけじゃないけど、とジニーが言うが、2人は聞いていない。



「偶然にも、妹よ、きみの兄は素晴らしい呪文を知っている。
 聞いて驚け、『コウモリ鼻糞の呪―」

「いやいや、妹よ、もうひとりの兄は素晴らしい道具を持っている。
 どうだ、『カエルチョコレート・フェイク』口の中で孵化する―」

「いや待てそれなら―」

「なんの、こちらは―」



が呆気に取られているうちに、座席は色々なもので埋まっていく。
フレッドが魔法で出したニワトリ(猛烈に噛み付く)や、
ジョージが取り出した謎の悪戯道具の数々は、の好奇心をこれでもかという程にくすぐった。



「―もう!2人ともがびっくりしてるじゃない!」



ようやくジニーが2人を止めたころには、コンパートメント中に煙が充満していた。
2人が競って花火の自慢を始めていたのだった。

フレッドとジョージは杖を振って煙を消すと、の方を見た。



「どっちの花火がよかったか意見をくれないか?」

「そうじゃなくて―」

「え、こっちかな?」



ジニーの非難の声を遮っては向かって右の方の双子を指差した。
右の方(ジョージだったらしい)はガッツポーズをして相棒に向き直った。



「おいフレッド、お前の負けだ。
 というわけで次の実験台は任せたぜ」

「ああ〜畜生…何がいけなかった、?」



ジョージの花火の方が綺麗だった、とは正直に感想を述べた。
ジニーは完全に呆れた顔で双子とを見ていた。

はわくわくしていた。
魔法を使えばどんなことができるのか、目の前の2人が教えてくれたからだ。
杖を振る、そのことだけでどんなにたくさんのことができるのか。



「ねえ、なんでも教えてくれるって言ったよね?
 教えて!わたしも色々したい!」



フレッドとジョージは顔を見合わせた。
ジニーはくすくす笑っている。



「参ったな、相棒」

「ああ、こりゃとんだイッチ年生だ」

「全くだ。俺たちのときよりずっと危険だ」



2人より危険だなんてことは絶対にないと思う、と言っては笑った。












「そういえばは何をしてたの?」



荷物を持ってなかったってことは、席を探してたわけじゃないんでしょ?
双子から『コウモリ鼻糞の呪い』のレクチャーを受けながら、ジニーがに訊ねた。
ジニーの杖からはコウモリ鼻糞と思われる物体が飛び出している。
この攻撃を受けたらたぶんショックで熱が出るな、とは思った。



「探検してたの」



たんけん?とフレッドが間抜けな声をあげてを見た。
フレッドはジニーに手ほどきをしていたので、コウモリ鼻糞がかかりそうになった。

に呪文を教えていたジョージがその光景を見て笑った。
ジョージに杖をぶつけないように気をつけて、も笑った。



「だって、9と3/4番線は柵を通り抜けるんでしょ?
 もしかしたら汽車の中にも通り抜けられるところがあって、
 秘密のバルコニーとか屋根の上に出れるハシゴとかがあるんじゃないかな、って思って……」

「なるほどなあ、そりゃ考えたこと無かった」



は杖を振る手を止めた。
一向にジニーのような効果は現れない。
まだ入学してもいないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

さきほど車内販売の魔女が来たときに双子が買ってくれたお菓子に手を伸ばす。
カボチャジュースは冷たくて、どこかポタージュのような雰囲気があった。



「それで先頭車両まで行こうとしたら、監督生と首席の車両だからって、追い返されちゃった」

「パースか?」



ううん、とは首を振る。



「イエローのネクタイでね、かっこいい人」



ジニーも杖を振るのを止め、の横でお菓子を食べ始めた。
逃げようとするチョコレートのカエルを器用に捕まえる。
なぜわざわざチョコレートを動かす必要があるのか、には理解できない。
(踊り食いをしているようで気味が悪いと思う)



「イエロー?」

「ハッフルパフか?」

「それで、ハンサム君なんだろ?」



目はグレーだったよ、とは付け加えた。



「そりゃディゴリーだな。ミスター・グッドボーイ・セドリック!
 そうかそうか、今年のハッフルパフはあいつが監督生か…」



フレッドがニヤリとした笑いを浮かべた。
監督生ってなに?とはジョージに尋ねた。



「監督生ってのは、各寮の5年生の男女が1人ずつ犠牲になってだな、
 教師の雑用から生徒の取り締まりまでこなす、最高に損な役回りさ」

「ああ、まったくメリットなんかないぞ!せいぜい風呂がデカイくらいだが、
 風呂ぐらい俺たちにかかれば監督生でなくとも入れるってもんよ」

「いやあ、俺たちそんなんにならなくて本当によかったよ」



ジニーがこっそりとに耳打ちして、
ウィーズリー家の3人の兄たちはみんな監督生だったことを教えてくれた。

ビルとチャーリーについては知らないが、
パーシーだったらその監督生というのにぴったり当てはまる気がした。
監督生にもバッチがあるなら、きっと彼は毎日きれいに磨いていただろう。
首席バッチのように、やっぱり双子にイタズラされていたかもしれない。


ちょっとお手洗いに行ってくるね、とジニーが席を立った。



「それにしても、はディゴリーみたいなのがタイプなのか?」

「やめとけ、やめとけ。ハンサムなら目の前に2人もいるじゃないか!」



が笑い声をあげたとき、汽車の速度が落ちた。

あれ?と思う間もなく、エンジンの音はどんどん弱まっていく。
窓に打ち付けている雨の音がはっきりと聞こえてきた。

着いたのかな、と思ったがそうではないらしく、双子は険しい顔をしている。



「…着いたの?」

「違う。こんな時間に着くわけがない」



フレッドが言い切った。

その時、汽車がガクンと止まった。荷物棚が振動した。
落ちてくるか、と思ったが、トランクは寸でのところで留まった。

明かりが一斉に落ちた。



「な、なに?」

「わからない。はここに居ろ、俺たちが様子を―」



バン!と音を立ててコンパートメントの扉が開いた。
なだれ込むような音がして、の足元で誰かがうずくまる気配がした。



「たすけて!へんなのが、マントが!」

「あん?その声、マルフォイか?」



マルフォイという少年が言ったとおりの「変なマント」が扉の前に現れた。
天井まで届きそうな黒い影で、顔だと思われる部分は頭巾で覆われている。
マントからわずかに見える手は白く、水死体のようだ。

は息を呑んだ。
いや、息が止まるような思いをしたのはだけではなく、コンパートメント内の全員だった。

はこのマントが早く通り過ぎてくれますようにと祈った。
そうでなければ、ありとあらゆるものがマントに吸い込まれてしまうようだった。
二度と幸せになれないような、二度とに会えないような、そんな気がした。



ガラガラと音を立てて空気を吸い込みながら、そのマントは扉の前を通り過ぎた。

ほんの一瞬の出来事のはずだったが、にはおそろしく長く感じられた。
今のは何だったのだろうか。



「……なんだったの…?」



少しして、明かりがついた。
同時に汽車も少しずつ動き出していた。

マルフォイと呼ばれていたプラチナブロンドの少年がゆっくりと起き上がった。
髪は乱れて、顔面は蒼白で今にも吐きそうに見えた。



「おいマルフォイ坊ちゃん、吐くんなら出てってくれよ」

「…う…うるさい……」



マルフォイ少年は悪態をつきながらコンパートメントの扉に手をかけた。
クラブとコイルはどこだとか言っていたように聞こえたが、にはよくわからなかった。



「…大丈夫?」

「うるさい…僕に構うな…!」



マルフォイは扉をぴしゃりと閉めた。
汽車は通常通りの速度まで持ち直している。

ありがとうの一言もなかったことに多少腹立たしさを感じながら、
はさっき通り過ぎたマントのことを考えていた。


あれが吸魂鬼。
ウィーズリー氏が言っていたアズカバンの看守のことだろう。



「……なんか、いやな気分」



そうだな、と双子が口々に賛同した。
何もマルフォイの無礼のことだけではない。

吸魂鬼というのはこんなにも忌まわしい生物だったのだ。
こんなのに囲まれているアズカバンというのは地獄に違いない。



「…君たちは大丈夫だったかい?」



再びコンパートメントの扉が開き、ルーピンが姿を現した。
ローブのポケットからはチョコレートの銀紙が覗いている。
配り歩いているのだろうか、とは思った。



「チョコレートを持っている子は食べなさい。気分がよくなるからね。
 どうやら抜き打ち検査だったようだ…」



そう言うとルーピンは先頭車両に向けて歩き出した。
ちっとものことには気付かなかったようで、は少し残念だった。
特別な言葉をかけてほしかったわけではないが、無反応も寂しいものだ。






















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セドって監督生…だっけ?(そういうことにしといて下さい)