シリウスは、ネズミ、探してる。
も、協力して欲しい。
( そんなことをわたしに信じろと言うのだろうか。 )
( ドアの外から階段を上ってくる足音がする。 )
それは違うよ。
だってブラックはハリーを狙ってるんでしょう?
狙ってない。
シリウスはネズミ、探してる。
どうして?
ネズミが人だとしても、その人が何なの?
言えない。
言えない?でも、知ってるの?
クルックシャンクスはそれを知ってるからスキャバーズを狙うの?
( クルックシャンクスは頷いた。ように見えた。 )
( 扉がノックされた。 )
( ?というハーマイオニーの声がする。 )
知りたいか?
( ハーマイオニーが部屋に入ってきた。 )
( 「フィニート・インカンターテム」 )
人間の視界で、わたしは頷いた。
シーン21:木星と犬 2
どうだった?と訊ねるハーマイオニーに曖昧な答えを返し、はクルックシャンクスを彼女に渡した。
シリウス・ブラックはハリーを狙ってはいない。狙っているのはネズミに化けた人間だ。
どうしたらそんな事が「はいそうですか」と納得できるだろうか。
脱獄囚。史上最悪の凶悪犯。
シリウス・ブラック。
狙いはネズミ。
ありえない。
ハーマイオニーが去り、月も昇りきったあと、深く溜息をついて、は目を閉じた。
ありえない。けれど、確かめなければ。
ロンとハーマイオニーの関係は悪化していた。
ラベンダーのウサギが殺されてしまったことよりも、
ハリーがホグズミード行きの許可をもらえなかったことよりも、
何よりも、2人の関係悪化のほうがの肩には重く圧し掛かっていた。
クルックシャンクスがスキャバーズを追うのを止めさせなければ、
いつかきっと近いうちに2人は決別してしまうだろう。
ロンとハーマイオニーが自衛してくれるのが一番ではあるが、
クルックシャンクスを説得できるのは猫になれるだけだった。
金曜日の午後、1年生のには授業がない。
平日では「時計」を使って変身することは無理だった。12時間の拘束があるからだ。
しかし休日ならば、12時間程度どうにでもなる。
昼食後、は談話室に戻り、頃合を見計らって猫になった。
本体の方には「部屋で寝ているフリをする」ように言いつけ、クルックシャンクスと共に外に出る。
肖像画を2匹の体でなんとか押し開け、階段を跳ね下りる。
ミセス・ノリスとピーブズには構わないことにする。
玄関ホールの大きな樫の扉は猫の力では開けられないので、窓から校庭に飛び出す。
秋の空は美しかった。
猫の低い目線で見るホグワーツの校庭はまるで違って見えた。
芝生は草原のように広がっていて、木々はまるで大樹のようにそびえている。
小さな花ですら大輪に思え、飛んでくる虫はその細部まで見ることが出来た。
クルックシャンクスはさっさと禁じられた森の方へ歩いていく。
いつもと違う光景に目を奪われながらも、は彼の後に続いた。
木々は密度を増してゆく。
鬱蒼と茂る濃緑の中にゆらめく黒い影を見つけたのはクルックシャンクスだった。
ついて来いと目で促し、彼はの白い小さな体を導いて黒い影に向かう。
小枝を踏み鳴らし、土の感触を軟らかな肉球で感じとる。
(…シリウス)
(クルックシャンクスか)
は足を止めた。予想もしない出来事だった。
クルックシャンクスのにゃぁという猫らしい声が聞こえるのは、わかる。
だがどうしてそれに応えた声はヒトのものではなく低い唸り声なのだ。
(…、連れてきた)
(?……ああ、そこの白い猫のことか?)
ニャァー!!というの驚愕に満ちた(鳴き)声が森に響いた。
本人としては人語として悲鳴をあげたつもりだったのだが。
クルックシャンクスの奥から出てきたのは黒い小熊ほどの生き物だった。
(ク、ク、クマ!!!)
(熊じゃない。犬だ)
よく見れば熊にしては耳の形が三角であるし、体型はどこかシャープな感じだった。
ああ、大きいことは大きいが熊ではなく犬なのか。なるほど。は言葉を呑んだ。
(あぁそう………え、いや違うよ。犬じゃないって。シリウス・ブラックでしょ?)
犬は顔を顰めた。犬のくせになんて器用なんだ、とは思った。
しかし一番驚くべきことはブラックが犬の姿をしていることだろう。
なぜ彼が今まで捕まらなかったのか。その答が目の前にある。彼は犬だったのだ。
(…そうだが。何故知っている?君は普通の猫ではないんだろう?)
(クルックシャンクスが…って、え!?なんでわかるの!?)
そんなことなくってただの白くて可愛い子猫ですよと続けるべきだったのだが、
猫になったせいか脳の回転が間に合わず、は仮にも凶悪犯相手に最悪とも言えることを口走ってしまった。
自分が生まれつきの猫ではないことは絶対に伏せておかなければならなかったのに。
(話し方が流暢すぎる。ニーズルとの混血のクルックシャンクスでも単語喋りが基本だ。
わたしはこの通り『動物もどき』だから人間の時と同じように喋ることができるが…)
まさかお前もそうなのか、とブラックの目が言っていた。
は必死で脳を回転させた。
まさか「はいそうです」と言うわけにもいかなければ、正直に時計のことを話すのもためらわれた。
なんたってブラックはの同級生だったのだ。時計のことも知っているかもしれない。
中身が普通の人間だとわかれば警戒されるかもしれない。
いや、それ以前に殺されるかもしれない。相手は凶悪犯だ。
何とかして、どうにかして、彼に自分を天然の猫だと信じさせなければ。
(…あ、あの…あたしの飼い主のママが魔法をかけてくれて、それで、えっと、
飼い主とだけなら会話ができるようになって、だから、その、話し方も上達して……)
(君の主人の名前は何と言うんだ?)
(…ジニー)
『ジニーごめん、ジニーごめん』とは心の中で必死に唱えた。
ハーマイオニーの名前は使えない。クルックシャンクスの飼い主だからだ。
の名前も出したくない。同名の誰かさんだと信じてくれない可能性だってあるのだ。
だから咄嗟に浮かんだ名前はそれしかなかったのだ。
(そうか)
(そうなの)
猫でよかったとは心底思った。
動揺してもヒゲがひくひくする程度で済んだからだ。
それに、案外ブラックも鈍いのかもしれない。
(…あの…シ、シリウス?聞いてもいい?)
彼のグレーの瞳が促すようにを見る。
それを見上げることは子猫の首にかなりの負荷をかける。
できれば伏せてほしかったが、彼はお座りの体勢のままだ。
(スキャバーズを狙ってるって本当?)
(……本当だ)
(どうして?)
それを聞いてどうする、と彼は言った。
低い唸り声がの恐怖を掻きたてる。
(あ、あたしの飼い主も、クルックシャンクスの飼い主も、スキャバーズの飼い主も、
みんな友達なの。すごく仲良しなの。でも今はすごく喧嘩してる。
クルックシャンクスがスキャバーズを食べようとするからって。
あたしは、…あたしの飼い主も、皆がそうやって喧嘩するのは悲しいの。
だ、だから…だから…理由があるなら…ちゃんと教えてほしい…です…)
語尾は頼りなくなってしまったが、なんとか言い切ることができた。
自分の勇気もあっただろうが、彼が黙って聞いていてくれたことが幸いだった。
彼はをじっと見ている。
(……………)
(………えっと…シリウス?)
少しの間、言葉は交わされなかった。
それでも木々はお構いなしに風にそよぎ、森の生物たちはがさがさと活動している。
(………今からわたしが話すことを君の主人には教えないと約束してほしい)
は少しためらったが、頷いた。
どうせ架空の主人なのだ。事情を知れることのほうが何倍も重要だ。
(……ことの始まりは、12年前のわたしの失策だ)
そうしてシリウス・ブラックは犬の姿のまま12年前の事件の真相を語り始めた。
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